第61話 Aランク任務
熊八の持つ羊皮紙を受け取り、目を通してみる。内容はこの通りだった。
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【依頼内容】 稀少品採取
鋼鯨の涙
【依者主】 ブラガ
先日、ミーティア海域の沖合にて鋼鯨の目撃情報が寄せられた。
要求は一つ。鋼鯨の涙を私のところまで届けてほしい。
予め伝えておくがこの任務は命の危険を伴う。決して軽はずみな気持ちで引き受けないで頂きたい。
任務中に負った怪我や損害、失った命に対して私は一切の責任を取らない。
それでも構わないという勇気と実力を兼ね備えた冒険者は私の屋敷に来てほしい。更なる情報を提供する。結果を出した者には相応の対価を約束しよう。
腕に自信のある冒険者の参加を待っている。
【納品期限】
10日以内
【場所】
ミーティア海域沖合
【報酬】
1kgにつき10P
【難易度ランク】
A
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羊皮紙に書かれた内容を一通り黙読したのち熊八に返すと、受け取った羊皮紙を筒状にくるくると巻きながら、したり顔で聞いてきた。
「どうだ? お前さんが初めてギルドメンバーに振る舞う食材としてぴったりだろ?」
自信満々に言う熊八とは裏腹に俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。
まず、涙は食料になるのか? それと海洋生物である鯨の涙をどうやって採取すればいい? そこまでの移動手段は? 方法は? そもそも鯨って泣くのか?
現状、俺が考えられる疑問が瞬時にして多数、湧いてくる。
「いや、待ってくれ。鯨の涙って一体なんなんだ? 俺にはどういうことか分からないから一から順番に説明してくれよ」
「なんでぃ、知らないのか? 元、漁師なら超高級稀少食材くらい知ってると思ったがな」
熊八のやつ俺が記憶喪失という体でいることをもう忘れてるのか? 鯨の涙というものが、どれだけ世間に認知されているかは知らないが初めから説明してもらわないと。
「すまんが全く思い出せないんだ。最初から教えてくれ」
「いいか、鯨の涙ってのはホントに涙ってわけじゃねぇ。その正体は” 胎盤 ”だ」
胎盤……だと……? 胎盤といえば、妊娠した母体にできる赤ちゃんを守るための組織だったっけ? それが一体何故、涙なんてことになってるんだ?
「あぁ~、お前さんの言いたいことは顔見りゃ分かる。なんで胎盤を涙と表現するのかってことだろ? ちゃんとそれも説明してやる。まぁ、簡単に言えば比喩だな」
比喩?
「まず、妊娠した鋼鯨の体内で作られた胎盤は赤ちゃんと共にぐんぐん成長して、臨月を迎えた母鯨は大声で鳴きながら痛みを堪えて出産する。その様が泣いているように見えたから涙ってことになったんだろうな。
そうして出産後に役目を終えた胎盤も体外へと排出される。出てきたものは透明でぶよぶよした胎盤ってわけだ。俺たちが狙うのはこの出てきた胎盤だ」
「まさか、それを採取して食べる気か?」
「そうだ。何か問題でも? お前さんはこいつの凄さを分かってねぇからそんなことを言うんだろうな」
図星だった。けど、知らないものは知らないからしょうがない。必要ならこれから覚えていけばいいさ。
「この胎盤は栄養の塊といってもいいくらい栄養素を含んでいてな。鋼鯨の胎盤を食べた病人は一夜にして元気になるって言い伝えがあるほどだ。
では、なぜそこまで栄養価が高いのか? それはこの鋼鯨の生態にある。現在、鋼鯨は<第弐種絶滅危惧種>に指定されている稀少生物で滅多にお目にかかれる生き物じゃねぇ。
その理由として普段は未踏地で生息しているからだ。だが、出産のため一時的にこのミーティア近海まで泳いでくる」
「未踏地? なんだそりゃ? そこから来るのと栄養に何の関係性があるんだ?」
「未踏地ってのは俺らのいる世界の外側のことだ。そこでは見たこともないような生き物がひしめき、常に食物連鎖を繰り返すことでどんどん旨味が凝縮されていく。
鋼鯨はそこでたっぷり栄養を補給したのち、安全な海域で出産して弱い赤ちゃんを守るってわけだ」
「へぇ、そうなのか。ところでその<第弐種絶滅危惧種>ってのはどういう意味なんだ?」
「うし、これからのためにも説明してやっか。しっかり聞くんだぞ」
【絶滅危惧種の種類】
絶滅危惧種とは確認されている生き物の生息数、絶滅までの危機度、危機の原因を総合的に判断し選定されている。通称レッドリスト。
<第壱種絶滅危惧種>
確認されている生息数、十匹以下が対象。
いかなる理由でも捕獲・狩猟は禁止。原則、人間の接触禁止。四ツ星以上の者且つ、議会の承認を得た専門知識を有する者のみ調査可能。
<第弐種絶滅危惧種>
確認されている生息数、百匹以下が対象。
いかなる理由でも狩猟は禁止。繁殖可能な場合のみ保護できる。三ツ星以上の者のみ調査可能。
許可が出た一定の者だけが野生生物に支援を施しても良い。
原因の調査、解明、介入が許された場合のみ絶滅に追いやっている対象を水準値まで除去できる。
<第参種絶滅危惧種>
確認されている生息数、千匹以下が対象。
いかなる理由でも狩猟は禁止。繁殖可能な場合のみ保護できる。二ツ星以上の者のみ調査可能。
許可を得た一定の者だけが野生生物に支援を施しても良い。
<第肆種絶滅危惧種>
確認されている生息数、一万匹以下が対象。
狩猟期間内で許可を得たものが一定の数のみ捕獲・狩猟できる。ただし、狩猟は調査の必要がある時だけとする。一ツ星以上の者のみ調査可能。
<第伍種絶滅危惧種>
確認されている生息数、十万匹以下のもの。
狩猟期間内で許可を得た者が一定の数のみ捕獲・狩猟できる。一般人の捕獲・狩猟は禁止。流通に出回っても良い。一ツ星以上の者のみ調査可能。
「って、とこだな。分かったか?」
一度に説明されてもよくわからなかったが、なんとなくは理解できた。つまり無暗やたらに殺してはいけないってことだろ。そんなことしないけど。細かいことは追々、現場で覚えていけばいいさ。
「うん大丈夫。あれ? でも今回俺たちが狙うのは第弐種絶滅危惧種に指定されている生き物なんだろ? 採取してもいいのか?」
「大丈夫だ。なんせ出産後、体内から自然に剥がれ落ちたものを拾うわけだからな。母体に何の影響もないし魚の餌にするにゃ勿体無い代物だ」
「あぁ、それならいいのか。でも、俺はまだ星無しだぞ。三ツ星以上じゃなきゃ、そもそも依頼を受けることもできないじゃないか」
「それも問題ない。なんせ俺が四ツ星だからな。お前さんは俺についてくりゃいい」
熊八、四ツ星だったのか。すげぇな。獣人は見かけによらないな。でも、俺がついて行ってもいいのか? それなら星の意味がなくないか?
自慢げに胸を張っている熊八に聞いてみる。
「星無しの俺がついて行ってもいいなら星の意味ないんじゃないか? そこんとこの仕組みはどうなってるんだよ?」
「もちろん意味はある。依頼を受けるのは俺だが、だからと言って俺一人で全てをこなすわけじゃねぇ。大物を狙うときは大抵チームを組む。そのチーム全員が星の条件を満たさなくてもいいんだ。チームの顔として星を満たしている代表者が依頼を受諾するってわけだ。
けど、もしチームの誰かが問題を起こせば責任者である契約者も同罪だ。悪質な問題なら星の没収・違約金の支払い・監獄行きだってあり得る。一番最悪なのは冒険者の資格剥奪だな」
「なるほどな。それなら、おかしな真似はできないな」
「そういうことだ。だからお前さんも下手な真似はすんじゃねぇぞ」
「分かってるさ。もし、俺が知らずにおかしなことを始めたら力ずくで止めてくれ」
「ガハハ! 任せとけ! そういうのは得意だ」
それはそれで怖いけど仕方ないだろう。気を付けて行動しよ。
「きっと前のギルドでも同じようにしてたんだろうよ。でなきゃ、あれだけの金は稼げねぇからな」
元の体の持ち主は星無しだったので、その通りかもしれない。
「そんじゃ、早速、依頼主のとこに行くとするか」
そうして熊八はアイシャさんに挨拶したのち、ギルドを出ていく。カウンター越しに手を振って笑顔で見送ってくれたアイシャさんはとても可愛かった。
今回の依頼主である美食家ブラガという人物。
屋敷に向かう道中ブラガについて熊八に尋ねてみると、どうやらこの街では有名なお金持ちらしい。
まぁ、屋敷に住んでいるって時点でお金持ちの雰囲気はあるし、この依頼の報酬も凄い。
1kgで10P。つまり、円になおすと1kg百万円だ。どんだけ破格なんだよ。
価格破壊おこしてるじゃねぇか。
つまり、それだけの価値があるってことだ。どんな味なのか一度食べてみたいものだ。俺の舌が興味を示している。
そのまま歩いていくと賑やかな街の中心街から少し離れていき、周りには大きな屋敷や広い庭が目立ってきた。どの屋敷も豪華で繊細な細工をあしらった豪邸であり、プールまである。
丁寧に手入れが施してある庭はとても綺麗だった。
そこかしこからお金の匂いがプンプンする。どうやら目的地は近そうだ。
閑静な高級住宅街の一角にこれまた目を引く巨大な屋敷が現れると、屋敷の前に巨大な鉄製の門が閉じられているのが見える。門番として鎧を着た衛兵が二人と執事風の男が立っていた。その奥ではもはや西洋のお城といったほうが似合っている建物が存在感を放ちながら鎮座している。
「ついたぞ。ここが美食家ブラガの屋敷だ」
「でっかい家だな。つーか、もはや城だな。これだけの豪邸に住めるなんてどんな人物なんだろ」
「これから会うんだ。自分の目で確かめてみりゃいい。ただ、忠告しておくが奴は変人としても有名だ。ここからは気を抜くなよ」
「お、おう。任せとけ」
どこか先ほどまでとは違う空気を出す熊八が俺に緊張感を与える。思わず生唾をごくりと飲み込む。
そのまま、執事の男に近寄り懐から出した冒険者カードを魔力で纏い声をかける熊八。
「ギルドGGGのもんだ。採取依頼を受けにきた」
近くでみた執事の男はスーツを着たモデル体型の長身、ワックスで固めた艶のある黒髪をオールバックにし礼儀正しくお辞儀をした。
すらっと伸びた腕と白い手袋が目を引く。この暑い中、外で立っていたにも関わらず、汗一つかいていない。
「お待ちしておりました。ギルドGGGの熊八様とお連れ様ですね。御主人様は屋敷の中でお待ちです。どうぞ、これを」
そう言って、執事が熊八と俺に手渡してきたものは一枚の札で文字とも絵ともおぼつかない絵柄が描かれている。
なんだこれは?
札を一瞥した熊八は嗤う。
「ふん、魔力符か。相変わらずやることがひねくれてんな」
「申し訳御座いません。御主人様は多趣味なお方ですので、どうかご容赦下さい。御主人様にお会いしましたらこちらの札をお渡しください」
恭しく頭を下げる執事は瞑目しながら静かに告げる。
「まぁ、いい。行くぞアラタ」
「あ、ああ」
執事が門番に軽く頷きかけると指示を受けた門番は二人がかりで鉄製の重厚な門を開けてくれる。
ギギギと金属が擦れる音を鳴らしながらゆっくりと開いていく扉はとても重そうだった。それはまるで急ぐものを足止めするかのように。
人が通れる隙間が空いたのを確認し、歩き出す熊八の後ろについて屋敷の敷地内に進む。
ふと、後ろを振り返ると先ほどの執事が感情の読めない顔でこう言った。
「 お気を付けて 」
どこか不気味に響くその言葉を残し扉は閉められる。
不安の種を残したまま俺たちは依頼人に会いに行く。