第60話 あだ名
俺達は感謝の祈りを捧げたあとに、ハルシアと猫達が用意してくれた豪華な朝食を頂く。
昨日の料理とは違い、熊八が調理に参加していなくても味は格別であった。さすが一番弟子というだけはある。
最初は食べきれないだろうと思われるほどの量だったが、総勢11人でテーブルを囲むと、あれよあれよと料理は減っていき、次々にお皿が空になっていく。何より熊八の食べる量が凄まじかった。
曰く、朝はしっかり食べないと体も頭も働かないとのこと。熊八は半ば強制的に料理を俺の皿によそってきてはおかわりを勧めてくる。せっかくハルシア達が用意してくれた食事を残すわけにもいかないので苦しくなっても限界近くまで食べ続けた。
朝からこんなに食べたのは随分と久しぶりだった。
皆のお腹も満たされ食後のデザートを食べるものや、紅茶を嗜んでいるもの、眠そうにしているものなど各々ゆったりとした食休みをとる。
「ご馳走様でした。あんまり美味しいから食べ過ぎたよ。腹いっぱいで動けないや」
紅茶を飲むハルシアは空になったお皿を見て嬉しそうにしている。
「満足してもらえて良かったです。いつかアラタさんが作った食事もご馳走してくださいね」
「ああ、今日みたいに豪華な食事とはいかないけど賄いを作るのは得意なんだ。任せてくれ。そういえば朝の営業時間は短いんだな。夜に比べてお客さんも来てなかったようだし」
俺の素朴な疑問はメロンにかぶりついている熊八が答えてくれた。
「ん? お前さんはまだ知らなかったか。うちは基本的に夜しか営業してねぇんだ。さっき朝飯を食ってたのはギルドの連中で一般の客は朝、昼は入れねぇようにしてる」
「あぁ、だから仕入れも20人前だけでよかったんだな。朝と昼ごはんを食べれるのはギルドメンバーの特権ってことか。まぁ、熊八とハルシアと猫達じゃ一日中営業するのは大変だしな」
「というより、もともとギルドメンバーの料理だけ作っていれば問題なかったんだが今は数が減ってな。だから夜は一般の客にも開放してるってわけだ」
なるほど。そういえばギルドメンバーって何人なんだろ? 俺も入団したら挨拶に行かないと。
「なので、うちは予約はとっていませんし営業するか否かもその日次第なんです。営業する日は入り口に看板を出すのが目印となってます」
ハルシアの言う通り昨日は看板を出してたな。それなのに、あれだけのお客さんが入るってのは凄い事だ。やはり腕がいいとお客さんはちゃんと来てくれるようだ。
「ご主人様、そろそろ片付けて帰ってもいいかにゃ? 散歩の時間なのにゃ」
そう聞いてきたのは黒猫だった。そういえば、まだこの子たちについてもよく知らないな。ちょうどいい機会なので紹介してもらおうかな。
「うん、それじゃ片付けちゃおうか」
「ちょっと待ってくれ。今日から正式に働かせてもらうことになったから皆のことをもっと知りたいんだ。少しだけ時間をくれないか?」
皆が一斉にこちらを向いてくるのは少し気恥ずかしいが、恥らっている場合ではない。ここでは俺が一番下っ端なのだから自分から動かなければ。
「そうでしたね! 熊八さんと私のことはもう知ってると思うのでこの子たちを紹介しますね。じゃあ順番に」
ハルシアは右隣の黒猫に挨拶するよう促すと椅子から立ち上がり自己紹介を始めてくれる。
「初めましてにゃ。僕は見てのとおり黒猫の獣人で皆からからは” クロ ”って呼ばれてるから、そう呼んでほしいにゃ。本名じゃにゃいけど自慢の毛色だから僕も気に入ってるにゃ。よろしくにゃ」
「ああ、よろしくクロ」
多分、あだ名のようなものだろう。たしかに毛色は違くても似た姿で8人もいれば間違えそうだから見た目で判断できるのはありがたい。
「クロは一番年上で皆のまとめ役なんですよ。家でもリーダーとしてしっかりしてますし、私も頼りっぱなしなんです」
へぇ、そうなのか。確かに紳士風でどこか大人な印象を受ける。そういえば、昨日もホールで働いてたな。低めの声とウェイターの制服を着ているので男性なのだろう。
「じゃあ、次はシロお願い」
「はい。私は” シロ ”って呼んで下さい。もちろん本名じゃありませんよ。よろしくお願いします」
この子は語尾に”にゃ”をつけていなかった。みんながみんな語尾が変わる訳ではないらしい。声から察するに女性だな。
そうして簡単ながら順番に自己紹介してもらい最後に俺も挨拶する。みんなの名前と性別、特徴はこのようになっていた。
黒猫……クロ。男性。一番年上。しっかりものでリーダー。ウェイター兼お会計担当。
白猫………シロ。女性。副リーダー。語尾に、にゃがつかない。ウェイトレス兼お会計担当。
グレー猫……グー。男性。マタタビ酒好き。横着しがち。ウェイター。
クリーム猫……ヒメ。女性。みんなのアイドル。一番年下。食いしん坊。ウェイトレス。
三毛猫……ミケ。女性。おちゃめ。ムードメーカー。ポジティブ。ウェイトレス。
斑猫……ブチ。男性。男爵風。ミルクティーが好き。にゃがつかない。キッチン。
茶トラ猫……チャド。男性。気怠げ。いつも眠そう。キッチン。
サバトラ猫……サラ。女性。お姉さん風。お洒落。ウェイトレス。
一通り紹介してもらうと、やはり毛色にちなんだあだ名であった。覚えやすくすぐに慣れ親しむことができる。
その後は食器を片付けるとハルシアの能力で家へと返還してもらっていた。
「あと家に” トラ ”って子がいるので後で紹介しますね」
今までのパターンからおそらくトラ柄の猫なのだろう。そのうち会えたときに挨拶するとしよう。
「そんじゃあアラタ。お前さんの入団を薦めるから一緒に団長に挨拶に行くぞ。ハルシア、あとは頼んだ」
「はい! いってらっしゃい」
現在、俺達のいるこの【GGG】というギルドは一階が出入り口、受付、ホールがあり二階が食堂。三階が団長室、客室。そして屋上と地下の食糧庫となっている。
俺は熊八に連れられて初めて三階へと昇った。その一室の前で立ち止まりノックをする。
ドン、ドン、ドン
「団長! 俺だ! 入るぞ!」
熊八は返事も待たずにガチャガチャとドアノブを捻るが、どうやら鍵が掛かっているらしく扉は開かない。
ドン、ドン、ドン
「おい! いねぇのか? ニコル!」
強めのノックをし再三、扉越しに問いかけるが中から返答はなく物音もしない。
借金の取り立てじゃないんだからそんな強めにノックしなくても……。いきなりそんなことされたら怖いだろが。
「ん~、いねぇみたいだな。団長のくせにギルドほっぽってどこ行きやがった?」
普段、ハルシアに任せている熊八が言えたことなのか?
「仕方ねぇ。一階に降りてアイシャに聞いてみるか。あいつなら何か知ってるだろ」
そう言って階段を降りていき一階の受付嬢に話しかける熊八。
その人は艶やかな長い黒髪でおっとりとした目、胸が大きくスタイル抜群だった。美人さんじゃないか、熊八!!
「アイシャ、団長どこ行ったか知らねぇか? 団長室にいなかったんだけどよ」
「あら~、ニコルさんなら任務中で留守にしてるわよ~。何かあったの~?」
その話し方は語尾が伸びる特徴的な話し方だったが、見た目通りの綺麗な声だった。素敵だ。
「そうかい。そんじゃあ仕方ねぇな。いや、大した用じゃねぇんだけどよ。新しい弟子をとったからギルドに入団させようと思ってな」
おい、大した用だろ。本人目の前にしてよくそんなこと言えるな。
「まぁ~、そうなの~。ハルシアちゃんも喜ぶわね~。あら、可愛い顔してるじゃない。ミーティア・E・アイシャよ。よろしくね~」
「あ、はい。新って言います。宜しくお願いします」
そう言って一礼する。こういうのは第一印象が大事なんだ。
「なんでぃ。いっつも敬語つかわねぇのに今は敬語なのか?」
「ほっとけ」
うるさいよ。ニヤニヤして聞いてくるんじゃない。絶対、分かってて聞いてきたろ。恥ずかしいだろが。
ヤベ、顔赤くなってるかも。
「まぁ、可愛い~。それはそうとニコルさん大事な任務らしいから、いつ帰るか分からないって言ってたわ~」
「分かった。ありがとなアイシャ。もし、団長帰ってきたら教えてくれや」
「は~い、いいわよ~」
団長不在の為、一先ず入団は見送ることにして仕事に取り掛かることにした。
「アラタ、これからお前さんの魔力を鍛えることと食材を手に入れる一石二鳥の仕事に行くぞ。帰ってきたら獲った食材でギルドメンバーの賄いを作ってもらう。お前さんの御披露目も兼ねてな! 今日からお前は俺の弟子だからビシビシ鍛えていくぞ!」
「おう! どんと来い! 俺の腕前見せてやる! それで、何から始めるんだ?」
「これだ」
熊八はいつの間にか羊皮紙を持っており、文字が書かれている。目立つ見出しにはこう書かれていた。
【難易度ランク A 採取任務 <第弐種絶滅危惧種> 鋼鯨の涙】