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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第一章  転生
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第6話  スープの温もり

 ハリイノシシに襲われ滝壺に落ちるところで意識を失った俺は、ぼんやり聞こえてくる話し声で目を覚ました。



 誰かが話している。

 何を話しているかまでは聞き取れないがどうやら男が二人で会話しているようだ。

 ここは……?


 朦朧とした意識のなか幸運にも生きているということだけは理解できる。

 そうだ。たしかハリイノシシに追われて川に飛び込み流されて滝から落ちるところで……。



「ぐっ!」


 身体を動かそうとすると全身が痛み頭痛もひどい。けれどなんとか動きそうだった。



「おっ! 良かった! 起きたみたいだよ」


「ようやく話が聞けるな」


 会話をしていた男達が俺が目を覚ましたことに気が付き顔を覗かせる。



「やぁ! 調子はどう? 体は動かせそう? どこか痛むところはある? どこから来たの? どうして川を流れてたの?」


「ニコル。そんなに一度に聞いたら答えられんだろ」


「あはっ! そうだね、ごめんごめん。とりあえず目を覚ましてよかったよ。君はラッキーだったね。でもギルが君を見つけていなかったら危険なところだったよ」


「生きてたんだからいいだろ。それより話せるか?」


 そう聞いてきたギルと呼ばれる男とよく喋るニコルと言う二人の男。

 どうやら俺はこの人たちに命を救われたらしい。


 痛む身体をなんとか動かし上半身を起こすと、どうやら俺は簡易的なキャンプのベットの上で寝かせてもらっていたらしい。



「はい、大丈夫です。話せます。滝から落ちるところまでは覚えているんですが、そこで気を失ったみたいです。あの後はどうなったんですか?」


 俺の問いに優しそうな顔のニコルさんが答えてくれる。



「君が滝から落ちる瞬間にギルが滝壺に飛び込んで空中で受け止めたんだ。右手で鞭を木に巻きつけ左手で君を抱えてね。そして宙ぶらりんになった二人を僕が上まで引っ張り上げたってわけ」


 事も無げに人間技ではないことを告げた。

 だが、ぼんやりとした記憶が嘘ではないと教えてくる。



「それにしても危なかったよ、君! ギルが《フエフキドリ》の警戒音に気付いて駆けつけなければ滝壺まで真っ逆さまだったからね!」


 見ず知らずの他人のために滝に飛び込む勇気と片手で二人分を支える腕力。

 片や細身ながら百kg以上はありそうなギルさんと俺を引っ張り上げたニコルさんの力。

 どちらも、ただの人ではなさそうだ。


 だが、まずは……。



「ありがとうございます。二人のおかげで助かりました。あなた方は命の恩人です。この御恩は一生忘れません」


「いやぁ~、そんな当然のことをしたまでだよ。もちろん感謝されるのは嬉しいけどなんだか照れるなぁ。えへへ。あ! そうだ! 温かいスープがあるから持ってくるよ。スープは好き? 嫌いな人なんていないよね! 待ってて! すぐ持ってくるから!」


「あ……ありがとうございます」


 そう言い残し、ニコルさんはキャンプの外に出ていった。



「気にするな。あいつはおしゃべりで誰に対してもあんな感じだ」


「はぁ……。でも、明るくて優しい方だと思います」


 ギルさんは落ち着きがあり、口数も少ない。鋭い眼光から少し威圧感も感じてしまう。

 けれど、命を投げうってまで人助けするならばいい人に決まっている。



「それで、なぜイグ・ボアに襲われていたんだ?」


 そう聞いてきたギルさんの眼は威嚇するでも諭すとも違う、嘘を言えば看破されてしまうような、そんな眼差しを向けてきた。イグ・ボアというのはさっきのハリイノシシの名前のことだろう。



 俺はありのままを説明するために口を開こうとした。

 しかしどこから説明すればいい?


 転生のことを言えば頭のおかしな奴と思われるだろうし、そもそもなぜ自分があの場所にいたのかすら分からない。

 目が覚めたら草原にいて手がかかりを求めるうちに森に入りお腹が減ったのでイノシシを襲った。

 しかし、予想をはるかに超える強さのイノシシの親子に返り討ちにあい死にそうだったと。



 自分で思い返してみても到底納得してもらえるような話ではない。

 人に伝える前に自分自身が理解していないのであれば説明のしようがない。



「どうした? 言えないのか?」


 間があいたせいでギルさんがさらに問うてくる。



「いえ、そうではなくどこから説明すればいいのか……」


と、困り果てているときキャンプの外からマグカップを持ったニコルさんが入ってくる。



「まぁまぁ、ギル。彼だって今目覚めたばかりで記憶が曖昧なのかもしれないじゃないか。それこそ死の淵から生還したんだから。そう焦らなくても落ち着いたら話してくれるさ。はい、これ! ニコル特製のあったかスープ。これを飲んで温まって。君の傷が早く良くなるよう、まじないをかけておいたんだ。美味しいよ」


 湯気が立ち上る暖かそうなスープの入ったマグカップを手渡してくれた。

 右手は痛むので左手で受け取り一口すする。



 うまい。


 一口飲んだだけで身体に染み渡るような優しくて暖かい味。

 冷えた身体に熱が戻ってくる。


 まるで温泉に浸かっているかのような温もりと安心感。

 コンソメ味の馨しいスープに小さく切ったベーコンとキャベツのような野菜が入っている。

 地球で同じようなスープを幾度も食べたことがあるであろう、ありふれた味。



 だが、そのどれをも越えるほどに美味しいスープだった。


 断言できる。

 今まで食べたスープで一番おいしい。

 あらゆる緊張と不安から解放されホッとする味に感動を禁じ得なかった。



 たまらず目から大粒の涙が零れ落ちた。



「ど、ど、どうしたの? 熱かった? 目に染みた? 口にあわなかった?」


 突然、泣き出した俺に驚いたのかニコルさんが慌てている。



「いえ、違うんです。あまりに美味しくて……。ほんとに美味しくて。すみません……」


「それなら、いいんだけど……」


「……」


 俺は人前で泣くことを憚りもせず涙を流しながらスープを飲み干した。

 そして、ニコルさんとギルさんは俺がスープを飲み干すのをただじっと眺めて待ってくれた。



♢ ♢ ♢



「どう? 落ち着いた?」


「はい。スープとても美味しかったです」


「スープはまだたくさんあるし他の食事も用意してあるから、おかわりして食べてね」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


 ニコニコと笑顔で優しい言葉をかけてくれるニコルさん。

 異世界で初めて人情を感じることができた瞬間だった。



「待て、その前にさっきの質問に答えてくれ。大事なことなんだ」


 落ち着きを取り戻したところでギルさんが先ほどの問いと鋭い眼光を向けてくる。

 もはやこの人たちに嘘をつく理由はない。ありのままを全て話そう。


 心の中でそう決心した俺は身に降り掛かった出来事をポツポツと話し始めた。



第7話は明日、18時に更新致します。

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