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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第58話  師弟の契り

 俺はガイアでの初の獲物であるアナギンポを捕まえることに成功した。

 しかし、それは同時に今まで生きていた命を摘み取ったことを意味する。



 地球で働いている頃にも魚の活造りなどで生きたままの魚を絞めて調理することがあったが、今回はこれまでに感じたことのない罪悪感を感じた。それは獲物の大きさからくるものなのか、生々しい手触りからくるものなのかは分からなかった。

 額に汗を滲ませながら黙って熊八を見る。その足元ではぐったりと動かなくなった獲物が横たわっていた。


 これまでの流れを黙って見ていた熊八は真剣な眼差しで問うてくる。



「どうだ? 自分の手で一つの尊い命を無慈悲に奪った感想は?」


「………」


 なにも、そんな言い方しなくてもいいだろ……。俺だって好きで殺したわけじゃないんだから……。



「気持ちのいいもんじゃないさ。……けど、仕方ないじゃないか。俺達は他の生き物を食べて生きてるんだから」


「そうだな」


「そもそもコイツを仕留めろって言ったのは熊八だろ。俺が弟子になる為には、こうするしかないじゃないか」


「ああ。そう言った」


「なら、責めるようなことは言わないでくれ。俺だって傷つくんだ」


 俺は今思っている気持ちをストレートにぶつけた。

 熊八に八つ当たりしなければ罪悪感に押し潰されてしまいそうになったからだ。



「何を勘違いしている。俺は責めちゃあいない。この世に生きとし生ける全ての者ならば弱者は強者に食われるのは当たり前のことだ。お前はコイツより強かった。ただ、それだけだろう?」


「そうさ。その通りだよ。けど、そう簡単に割り切れるもんじゃない……」  


 俺はこの手で潰し、ひしゃげた頭から血を流して伏しているアナギンポを見ていると、とても理屈で折り合いをつけることは出来そうにない。これは人の感情としての問題だ。



「そうだ。その気持ちが大切なんだ。命を奪い糧とすることで己の命を明日に繋げることができる。憐みではなく感謝を。死ぬまで忘れるな」


熊八……。



「それに、コイツにとっちゃ感謝されながら殺されようが可哀想と思われながら殺されようが、何も変わらない。どっちにしろ死ぬんだからな。殺される相手のことなんか、いちいち考えていられないだろうに。死の前ではどちらも平等だ」


「………」


「快楽で殺生するは鬼畜の所業。その時、人としての尊厳は失われる。この先、どれだけ殺生を重ねようとも決して自分を見失うなよ」


 そう言い項垂れた俺の頭に大きな手でガシガシと撫でてくる。荒っぽく髪をぐしゃぐしゃにされたが、どこか悪い気分ではなかった。



「そして、今からお前はこの熊八の弟子だ。改めて名乗ろう。俺の名前は【霹靂火へきれきか 熊八】。霹靂火は俺の真名だ」


 突然のことに俺は言葉が出なかった。簡単に人に教えてはならないという真名をさらっと言いやがった。



「これは師弟としての証だ。誰にも言うんじゃねぇぞ。まぁ、ハルシアは知ってるがな! ガッハッハッハ」


 豪快に笑う熊八は満足そうに笑顔だった。



「いよっっしゃあああぁぁぁーーー!!!」


 俺は事の重大さをしっかりと噛み締め両手でガッツポーズを構えて叫んだ。ようやく熊八の弟子として認めてもらうことができた瞬間だった。



「うっし! そんじゃあ、さっさとギルドに帰るぞ。ハルシアに任せちゃいるが、それが心配だ」


「ああ! ハルシアにも教えてやらないとな!」


 俺は仕留めたばかりのアナギンポを抱え、熊八の竹籠の中に入れさせてもらった。こう大きくぬるぬるしていては、とても素手で持って帰れそうにない。帰ったら美味しく調理してやるぞ。



「ところで、熊八。このアナギンポの捕まえ方はさっきの俺の方法で正しかったのか? 本当は他に道具があったんじゃないのか?」


 例えば、釣り針とか釣り糸とか。



「道具なんていらねぇよ。餌さえありゃ十分だ。よし、そんなら師匠として見本を見せてやるか」


 熊八は、腐りかけた肉片を一つつまむと、おもむろに穴の空いた地面の近くに置く。それは先ほどと同じアナギンポをおびき寄せる方法だった。



「なぁ、それじゃ餌だけ取られちまうぞ。コイツの素早さは知ってるだろ?」


 だが、俺の言葉は全く聞き入れる様子のないまま、肉片をじっと見つめている。

 そして匂いに釣られたアナギンポが瞬時に巣穴から飛び出してきた。



刹那。



ッッタァァンン



 硬い地面を何かがぶつかる音がした。

 それは餌を咥えたアナギンポの脳天を熊八の鋭利な爪が串刺しにし、勢い収まらずに頭を貫通し岩盤に突き刺さった音だった。正確な一撃で行動不能にし、苦しませることなく逝かせる。


 そのまま頭を掴み、腕を振るうと一気に巣穴から引っ張りだし6m級の獲物が何の抵抗も見せずに全身を晒した。

 俺の時とは違い、いとも簡単に仕留めてしまった。



「とまぁ、こんな具合だ。お前さんのやり方だと指を噛まれちまうし餌も血だらけだ。そう何度も使える技じゃねぇな。その点、このやり方なら怪我をする心配もねぇし餌も再利用できる。それにアナギンポは身の危険を感じると体中から粘膜を出すから掴みにくくなるしな。そうなる前に仕留めた」


 ただでさえ動きの速いアナギンポのスピードを更に上回る速さ。人外とはこのことだな。いや、獣人だから人外であってるのか? ともかく音がするまで何が起きたのか全く理解できなかった。

 今の俺のレベルでは目で追うことすら適わないのか。師匠の背中は果てしなく高く遠い。



「いや、どう考えたって無理だろ。こんな方法は熊八しかできないんじゃないのか?」


「そんなことない。ハルシアだって出来ると思うぞ。……多分」


 多分て。そんなことを初心者である俺のテスト内容にするなんてヒドくないか?

 本当は不合格にする腹積もりだったんじゃないのか? 合格したからいいけど……。



 新たな獲物を竹籠にしまった熊八は帰路につくため来た道を戻る。

 俺も置いて行かれないように後を着いていくが、その道中、何度かまた海に落ちてしまった。



 弟子になったはいいが、これから覚えることは多そうだ。

 とりあえず、腹が減った。



 俺達は朝食を作って待っているであろうギルド目指し、急いで帰る。

 新鮮な食材を手に入れて──。



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