第54話 仕入れ
魚屋での仕入れを済ませた熊八は俺が選んだものをいくつか交換したあと、別の店へと向かう。
「なぁ、熊八。さっきの俺の目利きはどうだったんだよ? 何個かはダメだったけどいいものはあっただろ?」
「結果は最後に教えてやるから、心配すんな。それより、次はここでテストするぞ」
台車を牽きながら熊八はとある出店の前で立ち止った。そこは、見たところ八百屋のようである。
店先にところ狭しと陳列された野菜の数々と値札。
地球で馴染のある野菜もたくさん、見受けられるが全く見たことのない野菜もある。ましてや、味など想像もつかない。
「らっしゃい! おう! 熊八じゃねーか。今日もいいもん揃えてるぜ、たくさん買ってってくれや!」
この店でも顔なじみのようで親しげに話しかけてくる店主。
やはり、毎日のようにこの市場に来ているのだろう。
「よし、じゃあ始めるか。アラタ、さっき買ったこの魚と貝にあうであろう野菜をここで好きに選んでみな。もちろん、魚との相性も考えて状態の良いものを選ぶんだぞ。
作る量は20人分。金は気にしなくていい。時間は3分やる。 始め!」
唐突に始まった野菜の選別。
魚の味はおろか今日初めて見たばかりの魚に合う野菜を選べと言う。
そんな無茶ぶりありか?
だが、魚屋でのこともあるので聞くだけ時間の無駄だろう。
俺は言われるまま野菜を選ぶことにした。
さっき買った魚は<トノサマダイ>って魚と牡蠣のような貝だったよな。
熊八がいったい、何をつくるつもりで購入したのかは分からないが、この際悩んでいても仕方ない。
見た目通りの味だと信じて考えてみる。
トノサマダイっていう名前くらいだからきっと、鯛の一種なのだろう。
幸いながら鯛は刺身、焼き、煮込み、揚げ、蒸し、汁物など、どんな調理法でも美味しい魚だ。
そういった意味では易しい問題なのかもしれない。
そして、この牡蠣に似た二枚貝。
初めて見る食材なので味は想像に任せるしかなく、こちらも牡蠣の味と決めつけて取り掛かる。
牡蠣は生、焼き、揚げなどが一般的だと思う。
貝は加熱しすぎると身が縮み、固くなってしまう為か牡蠣の煮込みというのはあまり聞いたことがない。
まぁ、探せば煮込みや蒸しなどの料理法はいっぱいあるだろうけど今は迷っている時間はない。持てる知識のなかで最良の答えを見つけなければ。
──よし、決めた。
鯛は刺身と鯛めし、煮物、粗汁にしよう。
米は昨日、使われていたからこの世界でも食べられているはずだ。調味料はその時考えるとするか。
牡蠣はオイル漬けにしてもいいし衣でくるんでフライもありだ。蒸し焼きにしてみるのもいいだろう。となると、使う野菜は絞られてきたな。
刺身に欠かせない、ツマの大根、大葉。他に薬味として茗荷や蓼もあるといいか。
見た目のことも考えて、小菊、海藻類、笹、人参、胡瓜、レモンやスダチなどの柑橘系だな。
鯛めしは米と鯛と調味料さえあれば大丈夫だけど一応、出汁用の昆布と葱、筍も買っていこう。
煮物は生姜と葱、あとは色合いとして菜の花やホウレンソウなど。
粗汁は余った食材を使えばいいか。
牡蠣のほうは牡蠣フライと蒸し焼きにする。
牡蠣の場合は鮮度によって食中毒を起こすのではなく餌となる海域によって変化する。
どれだけ新鮮なものでも食中毒菌を保有している個体ならば危険だ。生で食べられるか分からないから加熱する必要があるな。
なので、今回は生は避けて加熱用でいこう。
牡蠣フライの付け合せにキャベツの千切り、ミニトマト、レモンを使いたい。
タルタルソースも作りたいけど今回は時間がないからパスだ。ソースがあることを願う。なかったら、レモン汁でもいい。
蒸し焼きはレモンやぽん酢があれば十分だろう。
今回使う野菜はこんなものか。
「残り2分」
熊八は思案している俺に構わず、時間を計っている。大丈夫。あと2分もあれば野菜は揃えられる。
俺は頭の中で調理のイメージを構築し、必要なものをどんどん店主に告げる。
もはや細かいことは気にしてられないので直感と培ってきた経験で選別していく。
見た目は似ていても、味が分からないものは店主に聞いてなるべく自分のイメージと近づけていく。そうして、あっという間に時間は過ぎていった。
「そこまで。時間だ」
懐中時計を見ていた熊八は制限時間を告げる。
俺はなんとか、食材を揃えることが出来ていた。
「これがお前さんの選んだもんってわけだな。どれどれ……」
熊八は、少し考えたあと店主に追加で同じ食材を増やすように頼んでいる。
今度は入れ替えはしないようだった。
その他に果物を買っているが、デザートまでは時間内に含まれないよね?
あらかた追加で買い終えたあと、先ほどと同じように小切手にサインして店主に渡している。
どうやらこの市場では現金で支払うことはないみたいだ。
「まいどあり! 次も頼んだぜ!」
「おう! いいもの仕入れりゃ、また来るさ。ガッハッハッハ」
大量に購入した野菜と甘い匂いを放つ果物を台車に入れると、すでに半分は埋まってしまった。
20人前って言ってたけど、それにしては多くないか? どれだけ作る気だ? それとも備蓄分か?
かといって営業用には少ないし、一体どうする気だ?
「熊八。さっきから気になってたんだけど、なんで目利きのときに時間制限があるんだ? ゆっくり考えさせてくれてもいいじゃないか。一体何のために急かすんだよ?」
「もちろん意味はある。料理人ってのは仕入れ、仕込み、仕上げ、片付け、掃除とやることがいっぱいだ。 ちんたらやってたら、陽が暮れちまう。
だから、こうして日ごろから癖を付けておくんだよ」
「なら、人を増やして作業を分担すればいいじゃないか。何も全部を一人でやらなくても……」
「バカ野郎。厨房ってのは料理人の聖域だ。 おいそれと他人を入れられるかってんだ。
一皿の料理に全てを注ぐ。 それがプロってもんだろう?」
今、はっきり分かった。
熊八は料理バカなんだ。この仕事にプライドを持って仕事してる。
いや、だからこそ惹かれたのか。
俄然、やる気が出てきたぜ!!
その後は、調味料を主に取り扱っている店で足りなくなったものを補充用に買っていくだけで、俺のテストは行われなかった。
てっきり、魚・野菜ときたから次は肉を買いに行くものと思っていただけに拍子抜けした。
まぁ、俺は肉より魚のほうが目利きは得意だから助かったけど。
「うっし、仕入れはこんくらいでいいか! 帰るぞ、アラタ!」
「待ってくれ、その前にテストの結果を教えてくれよ。俺を弟子として認めてくれるのか!?」
「ん? ん~、まぁ、悪くはないんじゃないか。まだまだ未熟な面はあるが素質はあるし、料理の経験があるってのもホントみてぇだな」
「だから最初からそういってるだろ! でも、これで俺を正式に弟子と認めてくれるんだな」
「いや、まだだ」
「なんでだよ!?」
「まだ条件を満たしてねぇ。昨日、言った条件はまだ覚えてるか?」
条件?
ああ、目利きの才の有無と技術は目で見て盗めってことと、仕留める強さと感謝の心、あとは死なないことだっけ?
もちろん覚えてるさ。
「ああ、覚えるよ。それがどうしたんだ?」
「目利きに関しては認めるが次は獲物を仕留める強さを見せてもらう。それが成功したら正式に弟子として認めてやろう」
そういえば、そんなことを言っていたな。
けど獲物を仕留めるのは漁師や狩人の仕事なんじゃないのか?
あっ、でも俺は元漁師か。なら、出来ちゃったりするのか?
「それで本当に最後なんだな?」
「もちろんだ」
「分かった。それで、獲物はどうするんだ?」
「任せとけ考えはある。今のお前さんにぴったりな獲物がな」
そう言って熊八は台車を牽き、ギルドに向け歩き出した。
なにやら不穏な空気を醸し出す熊八に少し不安になったが、なんにせよ次で最後だ。
この世界で生きていくためにも、うまくやってみせるさ。