第52話 ハルシアの能力
椅子に座ったままのハルシアは薄水色の魔力を纏い指を鳴らす。すると、その後ろで魔力を糧に、じわじわと輪郭を現す8つの人型が現れた。
白いコックコートにコック帽、首には鮮やかな緑色のタイを巻き、黒のパンツを穿いている。他にウェイターの衣装を着ているものもいる。
見た目こそ人間の姿だが、その顔は全く人のそれではなかった。
その顔はまさに、猫。
帽子から飛び出る猫耳。パッチリとした瞳。ピンと伸びた髭。逆三角形の小さな鼻。
猫達の毛色も様々で、黒猫・白猫・グレー猫・クリーム猫・三毛猫・斑猫・茶トラ猫・サバトラ白猫と見受けられる。
「お呼びですかにゃ? ご主人様?」
そう言った黒猫は語尾が猫語だった。
「うん、ちょっとね。もしかして、寝てた?」
「いえ、食後の毛繕いをしてましたにゃ」
ハルシアと会話する黒猫は手を前で揃え背筋を伸ばし、ウェイターの服もきちんと着こなしている。猫だけど猫背ではないようだ。
この黒猫は紳士風でしっかり者の印象を受ける。
「僕は寝てたけどにゃ」
そう言ったのは茶トラ柄の猫で、コックコートの帽子をズレたまま被り、他の猫はタイを結んでいるのにこの子だけ結んでいない。
口には出さないが寝起きのようで少しだけ不機嫌そうだった。
「あはは、ごめんね。すぐ終わるから」
朗らかに笑うハルシアは俺へと視線を戻す。
「どうかしら? 私の家族です。素敵でしょ、フフフ」
俺は一体、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
だが、すでに熊八と会っているため獣人の存在には驚かないが何もない空間から突如、現れたことに驚く。
「いったい、どこから出てきたんだ? 何もなかったはずなのに?」
ハルシアの後ろには隠し扉がある訳でも無く、なんの変哲もない食堂だ。それなのに、この猫達はいきなり現れ一列に並んでいる。
「フフフ、驚きました? これが私の能力。【何時でも何処でも猫可愛がり】です」
不思議そうに見ている俺を察してか、詳しく説明してくれる。
「アラタさんは魔系統をご存知ですか? というより、知っているはずですが、忘れてしまっているようなので一から説明しますね」
ハルシアの説明によると、この世界には魔系統と呼ばれる属性が存在し個人によってTYPE毎に分かれるとのことだった。俺は詳しく話しを聞き、忘れないようしっかりと記憶した。
「さて、以上のことを踏まえて問題です。私の能力は魔系統のうち、どのTYPEに属するでしょう?」
俺がちゃんと理解しているか確かめてくるように聞いてくる。
「何もない空間から現れたってことは、ハルシアのTYPEは【召還】か【創造】じゃないか? 創造は数が少ないって言ってたから召還タイプかな?」
「フフ、正解です。私の【何時でも何処でも猫可愛がり】は場所や時間に縛られることなく自由にこの子たちを呼ぶことが出来るんです。もちろん制約はありますけどね」
「けど、あんまり何度も呼ばれるのは大変なのにゃ。僕たちにも都合ってもんがあるにゃ」
さっきの茶トラがぼやいている。関係ないと思うけどデリバリーキャットって名前はどこかエッチだな。
「もう、いいよ。ありがとね。皆もありがと、おやすみ」
「おやすみにゃさい、ご主人様」
再度、指を鳴らすと猫たちは水色の魔力を纏いながらゆっくりと消えていった。
俺は一通り見ていて疑問に思ったことを尋ねてみる。
「ハルシアはさっきの猫たちのことを家族って言ってたけど、一緒に住んでるのか?」
「ええ。普段は私の家でゴロゴロしてると思いますよ。今も家に還しました。それまでは何処で何をしているかは分かりませんが、私の呼び出しは絶対です。何をおいてもすぐに駆けつけるよう守らせています。そういう決まりなので」
だから、寝ていたとしても起きてきたのか。
「確認なんだけど、あの猫たちは他の獣人と同じで自我があるんだよな?」
「もちろんありますよ。あの子たちはもともと捨て子だったんですが、私が生活の面倒を見る代わりに、契約によって力を貸してくれます。なので食堂のお手伝いもしてくれるんですよ」
ふむ、なるほど。
どうやら俺が見たバイトだと思っていた人たちはあの猫たちのようだった。
ハルシア一人の能力であれだけの数を呼び出すことができるなんて魔系統とはなかなか便利で奥が深そうだ。
「ハルシアと猫の獣人が8人で合計9人家族ってことなんだな。結構な大所帯じゃないか」
それだけ多くの生活費と住む家なら、そこそこお金持ちなんじゃないだろうか?
「いえいえ、もう一人いるので全員で10人家族です。ただ、その子は他のみんなと違ってここでお手伝いは出来ないんです。その代わりに、その子にしか頼めないこともありますので、うまく釣りあいが取れてます」
その後、眠ったままの熊八を放っておき俺とハルシアは自分たちで使った食器を片付ける。
どうやら夕食を摂る前に猫達と手分けして片付けていたようで、お客さんに出した食器やグラスは綺麗に洗い終わっていた。
「そういえば、アラタさん。今日はどこに泊まるんですか?」
食器を洗うハルシアはだいぶ酔いが醒めてきたようで表情も戻りつつある。なんて早さだ。
「それがまだ決めてないんだ。生憎、手持ちもないから今日は野宿でもするよ」
「でしたら、私の家に来ますか? あの子たちもいるので狭い家ですがアラタさん一人くらいなら大丈夫ですよ」
ハルシアの提案はとても嬉しいのだが、流石に出会ったばかりの若い男を女の子の家に泊めるのはマズイと思う。
もちろん、俺は恩人に対して事を起こすつもりはないが、絶対とはいいきれない。
猫達が9人もいるけど。
「ありがとう。でも、色々とまずいから気持ちだけ頂くよ。俺もなるべく早く泊まる場所を見つけるから心配しないでくれ」
「そんな気を遣わなくてもいいですよ? というより、あの子たちがいるので間違いが起きることはあり得ませんし」
「そう? ならお邪魔しちゃおうかなぁ……」
俺の下心も幸か不幸か解消され、ハルシアの言葉に甘えようとしたとき別の案が飛び出してきた。
「なぁに言ってやがる。アラタは俺んとこに泊まるんだよ」
さっきまで鼾をかいて寝ていたはずの熊八が起きていた。先ほど話していた通り自分で目を覚ましたようだ。
「明日は朝から市場に行く。アラタ、おめぇも着いてくるんだよ。俺の弟子になりたいんだろ? そこで” 目利き ”のテストをするからよぉ」
大きく欠伸をかきながらボリボリと背中を掻いている。
「いいのか? 言っとくが金はないぞ」
「わーってるよ。文無しから巻き上げるほど俺はがめつくねぇ。それに、市場の朝は早ぇからな。一緒に行動したほうがいい」
俺は熊八の提案に乗ることにした。
「ということだから心配ない。ありがとなハルシア。そんで熊八、お世話になります」
「ガハハ。いいってことよ」
その後、食事の片付けを終え外出用の服に着替える。
熊八の持つ食堂の鍵で戸締りを確認した後に外に出た。
「では熊八さん、アラタさん。お休みなさい。私は仕入れには同行しませんのでいい結果になることを願っています」
「大丈夫さ、これでも目利きには自信があるんだ。何が何でも合格してやる」
「フフ、頑張ってください」
そうして、ハルシアはすっかり暗くなった夜道を歩いて帰っていった。
「いくぞ、アラタ。俺ん家はこっちだ」
「ああ」
俺は熊八の後ろに着いていき、本日の宿である熊八邸に向かう。
明日は俺の今後の人生が決まる大事な日になるだろう。
しかし、今日はとてつもなく長い一日だった……。
俺はクタクタに疲れた重い身体をなんとか動かし、帰路へと着く。