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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第51話  本日のメインメニュー

 一日の営業を終えた食堂で晩餐を摂る俺達。

 今宵のメニューはヒメクロムツの刺身、ヒメクロムツのソテー、ヒメクロムツの竜田揚げ、ヒメクロムツの吸い物、10品目のシャキシャキサラダ、etc……。

 主食は白米と切り分けたバケットやガーリックトースト。


 その献立は和洋折衷どころかまるで統一感のないものだった。食い合わせなんか一切無視している。

 しかし、そんなことが気にならないほどに絶品だった。

 一品、一品がそれで完成されている。


 もし、食い合わせも最適ならば高級料亭に引けをとらないだろう。



何よりこの魚だ。


 本日の献立でメインとして使用されたこの” ヒメクロムツ ”と呼ばれる巨大な魚。

 見た目は黒っぽく、ヒメの頭文字が付いていることからメスなのだろう。

 地球にもクロムツという魚はいるが、この世界ではサイズが桁違いだ。おそらく2m以上はある。



 聞くところによると、このヒメクロムツは深海魚のようで目はとても大きく人間の拳ほどもある。

 人間の頭も軽く収まりそうなほど大きな口は鋭利な歯がギザギザと生えそろっており、噛み付かれた獲物は逃げる術をもたないだろう。鱗は一枚一枚が手のひらサイズで、びっしりと隙間なく身を守っている。さながら自然の鎧だ。



 だが、そんな見た目とは裏腹に熱を通した身はとても柔らかでジューシーな脂を蓄えており、火を近づけるだけで溶けた透明な脂が染み出てくる。

 冷たい深海で生息しているものだからこその脂肪だろう。



 極め付けは鮮度だ。

 俺は魚介類ほど鮮度によって味の左右されるものは無いと思う。


 地球での例を挙げるならば、水揚げされたばかりの烏賊いかと時間を置いた烏賊では全く味が違う。

 他にも、顕著なものが雲丹うにだ。スーパーに売られているものと生きているものでは、もはや別物と考えたほうがいい。

 よく寿司ネタとして雲丹が苦手という人もいるが、そういう人ほど新鮮なものを食べてもらいたい。きっと驚くはずだ。


 もちろん流通がしっかりしているところでは話しは別だが。その代わり値段も跳ね上がる。


 

 そして、これは魚でも同じ。

 人によっては締めることによってグルタミン酸やイノシン酸などの旨味成分を増幅させたほうが美味しいと言う人がいる。

 もちろん、それも事実だ。間違ってはいない。


 確かに、あえて寝かせたほうが美味しくなる魚もいるが、やはり触感や舌触りなどは変化してしまう。

要は一長一短なのだ。

 どちらを引き出すかは調理する料理人次第というわけだ。そこで料理人の腕前が試される。



 その点では熊八はヒメクロムツの長所を最大限、引き出していると思う。

 深海魚であるならば、海面近くの水温だけでも自らが発する熱で味を劣化させてしまうことだろう。


 空気中にさらしたならば以ての外だ。

 それ故に、あのスピードで卸していたのだ。出来うる限り手を触れずに最短時間で調理を済ませる。


 時間も美味しさを左右する一つの要因だ。




その点、この刺身は絶品だった。


 皮を引いてお造りにした身はプリプリとしており、程よい弾力もある。何も付けなくとも噛み締めるほどに甘みが出てくる。

 次に、湯引きをして皮も一緒に食べられる刺身。

 こちらは濃厚な脂を感じる。皮と身の間に強烈な旨味が隠されているようだ。


 極めつけは皮を火で炙った焼き霜造りだ。

 他の刺身とは違い、パリパリと軽く焦げ目のついた皮はとても香ばしく口に入れた瞬間、鼻から香りが抜けていく。

 サラサラとした脂が口内の温度により溶け出し舌全体に行き渡ると、まろやかな甘みを楽しませてくれる。



 あぁ、なんて美味いんだ。

まだ一品目なのに疑うべくもなく熊八の調理スキルが高いことが窺える。


 見た目も申し分なく、盛り付けたハルシアの美的センスも突出していた。

 メインである刺身を引き立たせる名脇役のツマ、水にさらすことで水分を含ませしっかりとした触感。

 殺菌作用のある大葉は衛生的観念から見ても優秀で、ツマから出る水分を刺身に移さない効果もある。

匂いの強い薬味は使用せず、シンプルに纏めている。



だが、それだけに山葵と醤油が無いことが悔やまれる。


 どうやらガイアでの刺身の食べ方は生か塩で食べるのが一般的なようだ。

なんと、もったいない。



 俺の板前としての使命はガイアで醤油と山葵を発見することになりそうだな。




 俺は全ての料理に舌鼓を打ち絶品の数々に感動しながら全てを平らげた。どの料理も素晴らしく、心地よい余韻に浸る。


『空腹は最大の調味料』なんて言われることもあるが、それ抜きでも十分すぎるほどに美味しかった。



 熊八とハルシアもうんうん頷きながら美味しそうに頬張っている。

 やはり料理が好きな人は美味しいものが好きなようだ。いや、それは誰でも同じか。



 勧めてくれた赤ワインも料理にあう辛口で、ついついペースが早くなる。


 ……と、いかんいかん。


 俺にはこのあと大事なテストが待っているんだ。ここで勢いに任せて酔っぱらってしまっては元も子もない。



 抑えて飲まなければ。

 しかし、どれもこれも美味いんだよなぁ~。




「ご馳走様でした」



 感謝の気持ちを込め手を合わせて祈る。


 俺は心行くまで料理を堪能し、幸福感に包まれる。

 あぁ、あとはふかふかのベッドがあれば文句なしだ。その前に風呂かな。



「ご満足頂けましたか?」


 ハルシアがワインにより赤らめた顔で聞いてくる。

 酔っぱらった女性の顔って、いいよね。



「ああ、すごく美味しかった。ホントに美味しかったよ。ご馳走様」


「喜んでいただけたようで良かったです」


 ハルシアは、フフフと笑いながら赤ワインを煽る。昼間の顔とは違い、ほほが赤い。

 どうやら酔っぱらうと笑い上戸になってしまうようだな。


 今はまだそこまで酔っていないので抑えているようだが、その片鱗が窺える。その眼はとろんと微睡まどろみ、眠そうだ。



「さて、腹も膨れたことだし本題に入るか」


 熊八は面倒になったのかワインのボトルに直接、口をつけ飲んでいる。豪快だな。


 ハルシアと違い、熊八は酒を飲んでも全く変わることなく平常運転だ。

 恐らくザルで相当酒強いな。かなりの酒豪と見た。



 俺はそう切りだした熊八の言葉に、食事で緩んだ気を引き締め身構える。



「ああ。それで” 目利き ”のテストって、何をするんだ?」


 熊八は空になったボトルを置き、新しいボトルを開けている。蓋のコルクを握力だけで開栓した。

ソムリエナイフがあるのに必要ないのか。折れやすいコルクを優しく抜き取る力と丁寧さが、すげぇな。

 それにしても、まだ飲むのか。



「なぁに簡単なこった。ただ、食材として上等なものを見極められるかどうか当てたら弟子にしてやる」


「ホントか!? 男に二言はないよな!」


「ったりめぇよ。俺を誰だと思ってやがる。<有言実行の熊八>たぁ、俺様のことだぜ」



 あれ? なんか前聞いたのと違う気がする。

 もしかして、酔っぱらっても顔に出ないタイプであって、すでに酔っ払ってるのか?

 そう言い開けたボトルをガバガバと水のように飲んでいる。


 おいおい、大丈夫か?

 いや、いっそたくさん飲ませて勢いで弟子入りしちまうか。うん、それもありだな。



「それで、どうやってテストするんだ?」


「んぁ? あ~、ん~どうすっかな。 ん~~~……」



 熊八は考え込むように腕を組み、目を閉じる。

 そして、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。


 おい、寝るなよ。テストするんじゃなかったのか?



「おい! 熊八! 寝る前にテストしてくれよっ!! 俺の人生が懸ってるんだから!」



「ん? おぅ、おう。わーってるって。心配すんな……。俺に任しとけ………」



 ダメだこりゃ。完全にデキあがってる。こうなってしまっては何を言っても無駄だろう。

 テストの詳しい内容も教えてくれそうにない。参ったな。



「いつもこうなんですよ、熊八さんは。お腹がいっぱいになると寝ちゃうんです。子供みたいで可愛いですよね。ウフフ」



 ハルシアは笑いながらワインを飲む。

 気が付けば、ボトルが2本空になっている。


 え? まさか、これ全部ハルシア一人で空けたの? いつの間に?

 隠れた酒豪がここにいた。



 どうやら、見た目は変わるがいくらでも飲めるタイプで熊八とは逆のようだ。俺の目利きも心配になってきたぞ。



「いいのか、このまま寝かせてて?」


「大丈夫です。少ししたら自分で起きますから、このまま寝かせてあげて下さい」


「ならいいんだけどさ。でも、今日はテストは無理そうだな」


「そうですね。でも、明日の仕入れについていけばいいと思いますよ」


「仕入れ?」


「はい。熊八さんはいつも市場で気に入った食材を見て買ってくるんです。なのでメニューも当日にならないと分からないんです。

 うちは予約もとってないので全ては出たとこ勝負です。ねっ? 面白いでしょう? フフフ」


 そう言って、クイッとグラスを煽ると、注いであるワインを飲み干す。このザルめ。



「けど、後片付けはどうするんだ? バイトも帰っちゃったみたいだし」


「バイト? うちは熊八さんと私だけですよ?」


 そんなはずはない。

 俺は確かに見たんだ。その時は酔っ払っていないしシラフだ。間違いない。



「えっ? だって、ついさっきまで一緒に働いてたじゃないか。あの人たちはどこ行ったんだ?」


 すると、ハルシアは何かを察したように納得し悪戯っ子のように微笑んでいる。



「そっかぁ~。アラタさんはまだ知らないんですよね。というか、忘れてるんですよね。ウフフ。では、ここで私からのサプライズショーをお見せしましょう」



 ハルシアは空になったグラスをテーブルに置くと、その身体から薄い水色の湯気のようなものが立ち込めてくる。昼過ぎに議会で見た魔力というやつだ。



 そうして指をパチンと鳴らすとハルシアの能力が発現した。


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