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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第50話  弟子入りの条件

 これまで淀みなく進んでいた熊八の動きがピタリと止まる。

 静まり返った厨房では竈にかけてある大鍋が沸きポコポコと音を鳴らしている。



「今なんて言った?」


 背中を向けながら、これまでに聞いたことのないような低い声で熊八が聞きなおしてくる。


 俺はあまりの雰囲気の違いに少し威圧されるが、ここで物怖じしているようではどの道やっていけない。変わらずハッキリと伝える。



「ここで働きたい! 俺を雇ってくれ!」


 熊八はゆっくり振り返ると怒っているでもなく、かと言って喜んでいる素振りも見せない。これまでのガサツだが温厚なイメージからは想像もつかないような感情を読めない表情だ。



「なんでだ?」


「あんたの仕事を見て惚れた! 俺の師匠になってくれ!」



 俺は怒鳴られるか、歓迎されるかのどちらかだと思っていただけにこの対応に戸惑う。

 ハルシアもどこか神妙な顔つきをしており、自分が口を挟むべきではないと固く口を閉ざしている。



「俺はもう弟子をとるつもりはねぇ、料理人クックを目指すんなら他を当たんな」


「いやだ。俺は熊八に教わりたいんだ。それに料理の腕だけが理由じゃない。熊八は見ず知らずの俺を助けてくれた」


「それとこれとは別だ。なんなら腕のいい奴を紹介してやろうか?」


「いらねぇ。俺は熊八に師事してるんだ。それにハルシアだって弟子入りしているじゃないか? 雑用でもなんでもやる。俺にこの世界で生きていく力をくれ」


「ハルシアはアレの前からいるんだ。それ以降、俺は弟子を取っちゃいねぇよ」



 俺は頑として頷かない熊八に誠心誠意、気持ちを伝えるため土下座した。土下座をしたのは生まれて初めてのことだった。



「頼む。料理には作った人の品性が出る。いくら料理が上手くてもそれだけじゃダメだ! 人間性が大事なんだ!」


「知ったような口を利くじゃねぇか、お前に料理の何が分かる?」


「分かるさ。俺は” 板前 ”だ」



 俺の熱の籠もった決意に熊八は押し黙る。


 だが、その眼は真剣そのもので真っ直ぐ俺の目を見ている。

 おそらく板前という言葉の意味を知らないかもしれないが聞き返してくるような素振りは見せない。



 それはまるで、言葉の垣根を越えて俺の決意を量っているかのようだった。長い沈黙のあと何かを感じ取ったのか熊八が口を開いた。



「二つ、条件がある」


 その言葉を聞いた俺は僅かでも希望の芽が出たことに感謝する。

 なんとしてでも条件を満たしてやる。



「一つ。俺は料理人クックであって先生じゃねぇ。人に教えられるほど人間できちゃいないし、器用じゃない。それに俺だってまだ修行中の身だ。技術は目で見て盗め」


「ああ、分かった」


 転生前、俺はそうして技術を磨いてきたのでこれに関しては問題ない。



「一つ。俺は食材の仕入れは俺自身で行う。料理人にとって必須スキルの” 目利き ”の才があるかどうか確かめさせてもらう」


 俺は黙って頷く。

 それは望むところだ。俺にだって板前として働いてきた矜持がある。やってやろうじゃないか。



「一つ。」


 おい、待て。条件は二つじゃなかったのか?

 けど口を挟むのは野暮なので極力表情に出さないよう努める。



「食材は生きている。仕留める強さと命を頂く感謝の心を忘れるな」


「分かった」



 日本人として” いただきます ”と” ごちそうさま ”の精神は今なお健在だ。

 問題なのは強さだな。話しぶりから察するに、どうやら自分で食材を仕留めて調達することもありそうだ。



「最後に……」


 もう、いいさ。

 疑問に思うこっちが馬鹿らしくなってきた。どんな条件でも達成してやろうじゃないか。



「 死ぬな 」



 それは意外な条件だった。

 そう言った、熊八の顔はどこか悲哀の表情を含んでいる。




 その後、熊八は夜の営業が終わった後に目利きのテストを行うといい、仕事に戻った。

 ハルシアも作業に加わりテキパキと仕事をこなしている。



 俺はその動きを眼で追い頭で反芻した。

 やがて次々と芳醇な香りを放ち、目にも鮮やかな料理の数々が出来上がる。そのどれもが食欲を掻き立てる。



 一匹の巨大な魚の刺身。

 見たことも無い魚の名前は分からないが、皮を引きプリプリと締まった白身の透けるような美しさ。


 片や、皮を湯引きしすぐさま冷水に当て、同じ魚でも触感の違いを楽しむ一手間。皮から浮き出た脂が光り見ただけでトロけそうだ。


 メインの刺身を引き立てるツマや大葉、あしらいの数々。胡瓜のような野菜で作った包丁細工もお手の物らしい。


 果たして、この世界に醤油のような調味料があるかは知らないが、もし無いのなら俺が必ずや実現してみせる。ただ山葵がないのが日本人として気になるところだ。



 魚の粗を使い、長時間じっくり煮込んだスープは骨や軟骨から染み出た濃厚なエキスにより黄金色に色づいている。


 そこに打ち粉でまぶした身を霜降りにし、臭みと濁りを取り除く。すると、うま味を閉じ込めることもでき、触感は滑らかになる。その身を崩さないように丁寧に炊く。



 素材の味を引き立たせるため調味料は塩と俺が見たことのない褐色の液体を少しだけ入れている。吸い物は魚の身と三つ葉、柑橘系の薄皮のみ。

 その見た目からは想像もつかない丁寧な仕事で、とても上品な馨りを放っている。



 残りの身は塩・胡椒で味を調え小麦粉をまぶし、熱したフライパンにバターを入れソテーにするようだ。見たところ和食と洋食どちらもいけるみたいだ。この様子じゃ、中華も問題ないだろう。



 更に、一口大に切り分けた身に下味をつけ片栗粉でまぶし、竜田揚げにしている。


 カラッと揚げた身の余分な油を落とし、竹細工で作った籠の器に天紙を敷いて盛り付け、カットレモンを添えている。

 ただそれだけのことなのに、見ただけで溢れ出る涎が止まらない。



 付け合せのサラダは流水でパリッと張りを出させ、シャキシャキとした触感を出す。


 中身はレタス、キャベツ、サニーレタス、ブロッコリー、オクラ、貝割れ大根、レッドキャベツ、ニンジン、水菜、アスパラなど何品目もの種類が入っている。



 その上にミニトマトを丸のまま乗せていき、中心にボイルしたコーンを乗せて完成のようだ。


 ドレッシングはオニオン、フレンチ、ゴマ、シーザー、青紫蘇などこちらも食べる人の好みに合わせて用意しておりビュッフェ形式のようだ。



 主食はご飯も、パンも揃えているようで、注文によって選べるタイプのようだ。

炊き立て白米のいい匂いがしてくる。

 パンだけは仕入れているようですでにカットされ種類ごとに分けられている。



 その他にも、調理していたが今日は魚メインでのメニューのようだった。おそらく肉を使った料理もしているのだろう。


 魚を卸すには、使いづらいが肉を捌くには手頃な洋包丁や、中華包丁も見える。


 というか、包丁あり過ぎじゃないか?

 パッと見、10本以上はあるぞ。



 どうやらメインの料理を熊八が作り、盛り付けや配膳、付け合せをハルシアが作っているようで作業は分担されているようだ。

 そして、いつの間にか見た目はほとんど変わらない真っ白なコックコートを着た人物が何人も増えていた。


 弟子は取らないって言ってた癖に、いっぱいいるじゃないか。

 なら俺だっていいじゃん。熊八のケチ。



 というか、こいつら一体どこから現れたんだ?

 気が付いたら7~8人はいる。 バイトか?



 俺は二人の作業に見惚れていると、ハルシアが厨房の外に出ていき本日のメニューが書かれた看板を外に出しに行った。外はもう日が暮れはじめ、街灯が付き始めている。


 食堂から漏れた馨しい香りに釣られたお客さんが、ぽつぽつと来店しはじめ食堂がオープンした。

 どうやら、ギルドの人間だけではなく一般の人にも提供しているようだ。



 そうしてピークの時間帯には満席となり賑やかな食堂ではみな、笑顔を作りながら食事を楽しんでいる。俺は仕事の邪魔にならないよう外に出て二人の仕事が終わるのを待った。



 外で待っていると食事を済ませた人々は皆、満足そうに帰っていく。


 見た目通り味も格別のようだ。

 そういう俺も、一日何も食べていないので空腹はピークに達している。



 それどころか目覚める前は思う存分、海でスイミングしていたようだし余計に腹が減った。

 これだけ馨しい匂いを嗅ぎながら何も口にせず待っているのは、なかなかに苦しいことだ。気分は待てと言われた犬である。



 もし、俺が少しでもお金を持っていたら迷わず席に着き胃袋を満たしていたことだろう。




 そのまま数時間は経過しただろうか。

 賑やかだった食堂も営業中だと示す燭台の明かりが消え、ハルシアが看板を下げに外に出てきた。



「アラタさん、お待たせしました。お客さんは全てお帰りになったので、どうぞ中へ。お腹も空きましたよね?」



 どこかやりきったような清々しい顔でコックコートの第一ボタンを開き、夜風に涼んでいる。

 涼やかな風になびく髪を掻き上げ、耳に掛ける。


 その仕草はどこか艶があり、夜の帳のせいか妙に色っぽい。

 ドキッとするぜ。



「お疲れ様。すごい繁盛してるんだな。ほぼ満員の状態が続いてたんじゃないか?」


「ええ、今日は新鮮なヒメクロムツが入っていたので鼻と耳のいいお客さんがたくさん来られましたね。 あのサイズはなかなか仕入れることが出来ないので噂を聞きつけてきたようです」


「グルメなお客さんも多いんだな。その人たちを満足させるのは大変だろう」


「それだけ、やりがいもありますからね。こっちも燃えてきますよ」


「分かるよ。俺にも経験がある」


「楽しいですよね! いつも以上に元気になっちゃいます」


 俺はハルシアと話しながら店内へと戻ると熊八が三人分の賄いを用意してくれていた。



「おう、待たせたな! 腹減っただろ? まぁ、話しの前にまずは食ってけや」


 営業前までの雰囲気は全く感じさせず、もとの熊八に戻っていた。すでに空腹は限界なので、お言葉に甘えさせてもらうとする。


 テーブルの上には先ほど提供していた料理が並んでおり、俺とハルシアは促されるままテーブルに着く。


 あれ? そういえば三人分だけでいいのか?

 他のバイト達はもう帰ったのかな?

 まだ、挨拶もしてないのに……。



 熊八はフルーティーな果実酒を三人前ワイングラスに注いでくれる。

 これは赤ワインか?



「そんじゃ、今日もお疲れさん!」


「お疲れ様でしたー!」


「お疲れ様でした」


 まぁ、俺は働いてないから疲れてないけど、ここは合わせておこう。

 あれだ。転生お疲れ様ってことで。



 乾杯とともにガラスを合わせる小気味良い音が広い食堂に響いた。



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