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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第一章  転生
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第5話  油断と虹

 右腕から流れる血がぽたぽたと指先から滴り地面に血痕を残している。



 くそっ、迂闊だった。地球の猪と同じわけがないのに安易に攻撃してしまった。

 しかもあいつ逃げるどころか威嚇してやがる。

 考えが甘かった……。



 傷む右手の代わりにナイフを左手に持ち替え、距離を取って睨み合っていると更なる事態が襲う。


 ギィギィ甲高い声で威嚇を続ける仮称<ハリイノシシ>は地面を爪で抉りながら荒く鼻息を鳴らし、今にも突進してきそうだった。

 しかも、その奥からガサガサと草を掻き分ける音がすると新たに二匹・三匹とハリイノシシが数を増やしながら森から姿を現したのだ。



 おいおい、嘘だろ……。


 ぞろぞろと合計八匹ものハリイノシシが俺を囲むように睨み威嚇してくる。

 異変を察知したのか近くにいた鳥や獣が慌てるように甲高い鳴き声を上げながらこの場を去っていく。



 なんてっこった。一匹でもやられたのに八匹もいんのかよ。こりゃ、まずいな。調子乗ったわ。前にはハリイノシシ、後ろは流れの速い川……。

 この膠着状態も長くは続かないだろうし、川に飛び込んだほうがまだ生き残る可能性があるかな。



 そんなことを考えていると森の奥から轟音を鳴らし、木々をなぎ倒して近づいてくる本当の絶望が姿を現した。



 それはハリイノシシの成長した大人の姿だった。

 その大きさは二tトラックはあるであろう巨躯に四本の太い牙。

 体から生えている棘は一本一本が槍のようだった。



 おそらく母親であろうその巨躯は可愛い我が子を襲った俺を敵と視認し、全身の棘を逆立て激昂している。



 マジかよ……、あの大きさで赤ちゃんかよ。子供が追撃してこなかったのは母親を待っていたからか……。


 俺は母親が動く前に川に飛び込んだ。

 これ以上、母親の殺気に耐えられず恐れをなして川へと逃げる。


 水飛沫をあげ、冷たい水が全身を刺激し一気に体温が低下していく。

 川の流れは速く顔だけ出すのが精いっぱいだったため、ただ流れに身を任せた。



「ぶはっ……ハハッ! どうだ、追えるもんなら追ってみろ! この豚野郎!」


 容赦なく水が口の中に入ってくるが最後の負け惜しみを叫ぶ。

 その姿はまさに負け犬の遠吠え。


 母イノシシは怒りの声をあげながら川岸を走り、道行く邪魔な木はなぎ倒し岩を牙で砕きながらも追ってくる。相当ご立腹の様子だ。その後ろを八匹の子供たちが走る。



「見たか、コノヤロー! さっさと諦めて帰りやがれ!」


 流されるままの俺は母イノシシが諦めるまで岸に上がることもできず、なす術もない。

 イノシシとは反対の岸に上がろうともがくが川の流れが速く泳ぐこともままならない。


 傷口からは血が流れ冷たい川の水に体力が奪われていく。


 やべぇ、このままじゃ溺れ死ぬ。誰か助けてくれ……。

 しかし俺の願いを露ほども知らない母イノシシはついに痺れを切らし、その巨躯を俺目掛けて川に飛び込んできた。



 やべぇっ!!


 咄嗟に川に潜り衝撃を減らそうとしたが母イノシシの壁のような鼻が的確に押し潰してくる。

 大量の水飛沫と轟音が森に響き、気泡が川一面を覆い尽くすほどの威力。



「ぐぅはぁっ!!」


 凄まじい衝撃に息が出来なくなり吸い込んだ空気も全て吐き出してしまった。


 幸いなことに底が深かったため川底に押し潰され絶命することはなかったが、それでもかなりのダメージを負ってしまった。

 一刻も早く呼吸するために水面を目指し水中をもがく。



「ぅはっ! はっ!」


 水で視界が悪いなか、やっとのことで水面から顔を出し目一杯息を吸う。

 死ぬっ! マジで死ぬ! 殺される! 誰でもいいから助けて!



 視界の隅で子イノシシも次々と川に飛び込んできて俺を殺そうと殺気だっているが、母親ほどのジャンプ力はないようで、ただ川に飛び込んでいるだけだった。



 もはや泳ぐ体力も残されておらず、かろうじて生きている状況。

 身体の大きな母イノシシは川の流れをもろに受けると、どうすることも出来ないようで飛び込んだ後はただ前を流されるだけだった。

 どうやら泳ぎは上手ではないらしい。



 しかし次の瞬間、母イノシシが忽然と姿を消した。



 えっ? なんで? どこいった?

 

 答えはすぐに分かった。

 数m先に滝があり、前を流れていた母親は滝壺に落ちたようだ。

 

 そしてすぐに俺も。

 もうダメだ……。ここで俺は死ぬ。


 

 川の流れに抗うこともできず押し出されるように俺は空中へと投げ出された。

 と、その時。



「見つけだぞ! こっちだ!」


 落ちていく感覚の中、ハッキリと声が聞こえた。無我夢中で手を伸ばすが既に掴む力は残されていない。それでも生きるために必死で左手を伸ばす。



ドッ


 全身を何かがぶつかる衝撃が走る。

 状況がつかめないままゆっくりと目を開けると、どうやら滝壺には落ちずに済んだようだ。

 眼下には約三十m真下に落ちる大量の水と絶え間なく飛んでくる小さな水飛沫が顔に張り付いてくる。


 大量の水の粒子は陽の光を反射し綺麗な虹を幻想的に作り出していた。



 俺の意識は虹を見たのを最後に途切れた。


第6話は明日、18時に更新致します。

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