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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第45話  熊八とハルシア

 カラカラに乾いた喉を潤し、一息つけたと思ったら今度は目の前に熊がいる。


 いや、正確には熊そのものではない。

 まるで熊と人間を足して2で割ったかのような姿だ。


 決して、ビッグフッドなどではない。

 まぁ、ビッグフッドを見たことがあるわけではないが。



「落ち着いたか?」


 再度、問いかけてくる熊の顔はどことなく人に近く表情がある。けれど身体は毛むくじゃらで熊のような毛並。

 上半身には祭りで着るかのような紺色の法被はっぴを一枚羽織り、下半身には花柄のハーフパンツを穿いている。

 手は獣じみた手ではなく人間のように5本指だ。ただし、爪だけは熊のそれだった。

 身長は190cm以上はあるだろう。

 と言うか、大きすぎて俺の目測では予測が立てられない。とにかくデカい。


 今は俺の容体を確かめるように真っ直ぐにこちらを見ている。



 俺は目の前の熊人間が一体何者なのか全く分からなかったが、言葉は通じるし命を救われたことには違いないのでまずは礼儀を尽くそうと思う。軽く咳払いし答える。



「だいぶ楽になった。助かったよ、ありがとう。ここは……?」



 キョロキョロと辺りを見渡すと同じような長テーブルとイスが何組もあり、その奥にはカウンター越しに厨房のようなものが見える。

 今は食事の時間ではないのか、他に誰もいない。

 ガラスの窓から差し込む光が室内を照らし心地よい温かさ。


どうやら、ここは食堂のようだ。



「ここは俺の縄張りだ。そしてコイツは俺の助手のハルシア」


 そう言って紹介してくれたハルシアという人物は先程、大樽を持ってきてくれた若い女の子だ。

 この子は可愛らしい女の子という感じで小柄でパッチリとした茶色い瞳。青いシュシュで黒髪を縛り纏めている。

 服装は洋食のシェフが着ているような真っ白なコックコートを着ており下は黒のパンツ。


 その姿は凛としてカッコよくもあり、どこか可愛げだ。



「助手じゃなくて弟子ですよ。もう、何回言ったら覚えてくれるんですか?」


「ガハハ、こまけぇことはいいんだよ」


 この熊人間はいつもこんな調子なのか?

 少女は少し諦めも含んだような困り顔だ。



「それよりお前さん、体調はどうだ?」


 そう言って熊と少女が俺を見つめてくる。

 こうして並んでいるとある日、森の中で出会った童話のような組み合わせだな。



「おかげさまで回復してきたよ。もう少し休めば歩けそうだ」


 俺は首を左右に動かしたり、腕をぐるぐる回してみた。

 目覚めた頃に比べれば、断然自由に身体が言うことを聞いてくれる。



「そりゃ、良かった。なんで溺れてたのか知らねーが、お前さん運が太ぇな!」


「えっ!? この人溺れてたんですか!? だからこんなに濡れてるんですね。

 って、それなら治癒師ギルドに運ばなくちゃダメじゃないですか!! なんでここに連れてきたんですか!?」


 可愛い少女が驚いている。そんな顔も嫌いじゃない。



「ん? そりゃ、こいつが『・・み・・ず』って言うからよ。たっぷり飲ませてやろうとしたんだ」


 まぁ確かに言ったな。

 おそらく、この少女が言う治癒師ギルドってのは病院みたいなとこなんだろう。

 そりゃ、至極当然のことだよな。うん。



 ……ん? その前に治癒師ギルドってなんだ?

 治癒師? ギルド?


それ、なんて異世界?



「まぁ、いいじゃねーか。こうして元気そうなんだしよぉ。ガッハッハッハ」


 どうやらこの熊人間はずいぶん大雑把な性格のようだ。

 この少女はいつもこんな感じで振り回されているんだろうな。気の毒に。


 俺がそんなことを考えていると、少女が奥からタオルを持ってきて手渡してくれる。



「濡れた体を拭かないといけませんね。これ使って下さい」


「ありがとう」


 気が利く優しい人だ。

 タオルで顔を拭くと、清潔で柔らかくいい匂いがした。


 俺が身体を拭き終わると、熊人間が尋ねてくる。



「で、お前さん名前はなんて言うんだ? おっと、いけねぇ。人に名を聞くときはまず、自分から名乗らねーとな!

 俺の名前は【熊八くまはち】。 <鳴神なるかみの熊八>たぁ俺様のことよ! 聞いたことあんだろ?」


「ねぇな」


「そっか……」


 あ、落ち込んでる。

 腕を組み、胸をはって自信満々に聞いてきただけに有名人なのか?

 スマンが全く知らん。



 落ち込んでいる熊八は気を取り直したのかすぐに元気になる。



「まぁ、いいさ! 次はハルシア、自己紹介してやんな」


「はい!」


 そう言って、弟子の女の子がハキハキとした口調で自己紹介してくれる。



「初めまして。熊八さんの一番弟子を務めさせてもらっています、【Mallモール・B・Harushiaハルシア】と申します。宜しくお願いします」


 そう言って、ペコリと頭を下げる。



「あ、……ども。よろしくお願いします」


 たじたじ、しながら俺も釣られて頭を下げる。



「よし、最後はお前さんの番だ。 名はなんてーんだ?」


 熊八とハルシアの自己紹介が終わり、俺の番がきた。



「俺の名前は………」


 名前を名乗ろうとしたとき、不意に恐ろしくなった。

 自分の名前が思い出せなかったのだ。



「俺の名前……、名前は………。あれ?」


「どうしたんだ? 名だよ名。まさか忘れちまったのか? ガハハ」


 熊八は茶化して場の雰囲気を和らげてくれるが、まさかの図星だ。


 えっ? マジで? 嘘だろ、おい。

 俺は口に手を当てて記憶に意識を集中し、なんとか思い出そうと考えを巡らせる。



 しかし、いくら考えてもその糸口さえも見つからない。

 そもそも名前など無かったかのように記憶から抜け落ちているようだ。


 自分の名前が思い出せないというのはこんなにも恐ろしいことなのか。焦燥と混乱で頭がいっぱいになる。


 不穏な空気を感じ取ったのか茶化すことを止めた熊八が真剣な顔をして聞いてくる。



「どした? ホントに忘れちまったのか?」


「やっぱり溺れた後遺症があるんじゃないですか? 一度、先生に診てもらったほうがいいですよ」


 二人が心配そうに俺を見ている。

 俺はなんとか絞り出すように言葉を紡ぐ。



「……な、名前が……思い出せない」


 いや、考えてみればおかしなことだらけだ。

 そもそもなぜ、俺は海で溺れていたんだ?

 

 ここはどこだ?

 なぜ、熊が人語を話している?

 どうして名前が思い出せない?他の事なら鮮明に思い出せるのに。


 一体、何がどうなっているんだ?



誰でもいいから教えてくれ──。





???『 知りたい?なら、教えてあげるよ 』




ッ!!?



刹那。


 どこからともなく聞こえてきた声。

 その声は熊八でもハルシアの声とも違う。

 男か女の声さえも分からない。


 それは時間にしてほんの一秒にも満たない、数コンマの極僅かな時間の中、俺は瞬時に理解する。




 俺は地球で死に、自称神様によってガイアで生まれ変わった転生者だということ──。


 新しい身体に加護を施し細工をしたということ──。


 面倒臭がりな大仏姿の自称神様から魔力の存在と次の転生はないということ──。




 まるで、たくさんある情報を無理やり頭に押し込んだかのような感覚。

 言葉を交わしたわけでも、目で見てきたわけでもないのに直接、脳に刷り込まれているようだ。


 あまりの情報量に俺は眩暈を起こし、激しい頭痛と共に顔をしかめる。なんとか持ち堪えることができたがズキズキと痛む頭を抱えた。



「どうした? やっぱり治癒師ギルド行くか?」


 突然、頭を抱えた俺を心配してくれたのか熊八が尋ねてくる。



 だが、俺はもう大丈夫だ。

 いや全然大丈夫ではないが今しがた起こったことを説明してどうなる。

 やはり後遺症が残っていると思われるだけだ。予期せぬ出来事だったが、なぜ溺死していたかも理解した。


 要は、ちょうどよく溺れて死んでいたこの身体に自称神様が俺の魂を入れたようだ。

 本来の肉体の持ち主が溺れるに至った理由までは分からなかったが俺は自己完結する。



「いや、平気だ。それより溺れた影響のせいか名前を思い出せないんだ。すまん」


 取り繕う俺の言葉に怪訝な顔で見てくる二人だが、このまま押し切ってしまおう。



「どうやら俺は部分的に記憶を失ってしまったみたいだから、いっそのこと新しい名前を付けようと思う。この世界の名前の付け方ってどんな風にしてるんだ?」


「この世界?」


 ヤバ。今のは失言だったな。気を付けないとボロが出てしまう。



「いや、あれだ。記憶を失ってしまった俺にとっては新しい世界ってことだ。うん」


 懐疑的な目で見てくる二人。

 やっぱ無理があったか。

 さて、どうするか。



 俺が次の言い訳を考えていると熊八が口を開く。



「なんでぇ、そういうことか! 忘れちまったんなら仕方ねぇな。ガッハッハッハ」


 熊八とハルシアが揃って笑っている。

 二人が単純でよかった。弟子は師匠に似るって聞くけど、これもそのおかげなのか?



「名前の付け方でしたよね? 私の名前を例にして説明しますね。名前は出身地、家名、個人名の順に付けます。

 私の場合、Mallモール地方出身でBarbaraバルバラ家のB、個人名がHarushiaハルシアとなります」


「分かった。結構、単純だな」


「まぁ、名前ですからね。覚えやすいほうが何かと得ですし」


「そうだな。あれ? でも熊八は? なんかニュアンスが違わないか?」


 俺の素朴な疑問に熊八が答えてくれる。



「俺はもともと、この国の出身じゃねぇんだ。まだ俺がガキの頃、他の国から移住してきてな。

 祖国では【真名まな】と言って普段使う名前の他にもう一つ名前がある。その名前はとても重要なもので信頼できる人間以外には教えない決まりだ」


「へぇ、そんな決まりがあるのか。なら俺も熊八と同じような付け方がいいな。そっちのほうが性にあってるし」


 まぁ、俺もともと日本人だし。横文字はなんだか苦手だ。



「そうか、なら好きな名前を考えればいい」


「実はもう決めてあるんだ」


「おっ! 決断が早い奴は好きだぜ。そんで、なんて名にしたんだ?」






 

「俺の名前は……【アラタ】だ。真名は【味蕾みらい】にする」



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