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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第44話  新たな目覚め

第44話から第二章の始まりです。

 時は二ヶ月前へと遡る。



「…………ぃ、……ろ」



………ん? ……なんだ?



「……ぃ、おい! ……しろ! 起きろってんだ!」



声がする。

 


「しっかりしねーか、ほらっ!」



 だんだんはっきりと聞こえてくる声。

 次にぼんやりとした暗闇のなかで腕を引っ張られる感覚がする。


 よく分からないが、どうやら俺は寝そべっている状態らしい。

 声の主に上半身を半ば無理やりに起こされると、ようやくうっすらと視界が本来の機能を取り戻してきた。


 ここが暗いのではなく俺の瞼が固く閉じていたようだ。

 鉛のように重たい瞼をゆっくり開いていくと薄ぼんやりとした光が目に入ってくる。そのまま更に瞼を上げていくと、差し込む光の強さに思わず眉をしかめてしまう。



「大丈夫か?」



 さっきと同じ声。

項垂れた重い頭をなんとか持ち上げ前を見るとぼやけた視界の先に誰かいる。

 声色からして男性ということは分かるが、その声も、輪郭も、名前すらも分からない。

 どうやら前にいる男の手で両肩を支えられて座っているが今、手を離されたらすぐに地面に倒れてしまう自信がある。


全く力が入らない。



「おい! 大丈夫かって聞いてんだ? 分かるか? あぁん?」



 目の前の男がパチンパチンと二回、俺の顔の前で指を鳴らし俺の反応を見ている。


 大丈夫だって。ちゃんと聞こえてる。

 けど、どうしようもなく身体がだるくて口を開くのも億劫なんだ。言葉を発するなんて以ての外だ。


 俺は精一杯の反応を示すために眉をわずかに上下させる。

 これで伝わったかな? 伝わるわけないか。


 でも、ごめん。今の俺にはこれが最大のコミュニケーション手段なんだ。

 察してくれ。



 と言うより、なんで俺はこんな状態なんだ?

 体は全身ロープで縛られているかのように動かないのに、頭は割りと冴えてる。

 けど意思に身体が追い付いてないかのような変な感覚。



あーーダルい。

滅茶苦茶ダルい。


 そこで、違和感を覚える。



ん?


 口の中に何か入ってるな。

 なんかしょっぱいし。うげっ、そう思ったらどんどん塩辛くなってきやがった。

 気持ち悪い。今すぐ吐き出したい。


 少しづつ覚醒してきた脳は今頃、味覚を感じ取ったようだ。

 これまで固く歯を食いしばっていたのか、万力のように閉じた顎をゆっくりと開いていく。



「ん? なんだおめぇ、口になんか入ってるぞ? どら、とってやる」


 そう言った男はおもむろに俺の口に指を突っ込むと口の中の異物を引っ張り出そうとする。



 おい、やめろ。なんてことすんだ。

 俺にそんな変態プレイの素養はないぞ。


 だが、困ったことに頭で拒否してもそれを伝える手段がない。

 俺はされるがまま、口に入っているものを取ってもらった。



 ずりゅずりゅと黒っぽく細長いひだのようなものが口の中から出てくる。

 

 うえぇぇ。なんだこれ?

 なんだってこんなもんを俺は口に入れてんだ?



「こりゃ、海藻だな」


 俺の口の中から出てきたものを観察する男は親指と人指し指でつまんでいる海藻をぞんざいに捨てた。



「お前さん、溺れてたのか?」



溺れてた? 俺が?

そんなわけない。俺はこう見えて泳ぎは得意だ。

 小学生の頃、プールの授業でリレーの選手に選ばれるほど上手なんだぞ? いくら最近、泳いでいないといっても溺れるような無茶とヘマはしないはずだ。

 これでも立派な社会人なんだから。



 いや、待て。

 そもそも俺は泳いだ記憶なんてないぞ。ましてや、海なんてここ数年来ていない。


 

 仕事場と自宅のアパートを往復するだけの人生なんだ。

 やっと身体と脳の動きが同期してきたのか、ゆっくりではあるが身体を動かせるようになっていた。


 俺は右手で顔に触れてみる。


 冷たい。恐ろしく冷たい。

 これまでの人生で感じたことがないほどに体温が低い。

 あまりの冷たさに、俺の手が冷たいのか顔が冷たいのか判別できなかった。


 しかも、濡れてるじゃないか。

 濡れた髪の毛からポタポタと水滴が滴り落ちている。これではホントに溺れていたみたいじゃないか。



クソッ。一体、何がどうなっている?



「まだ意識はハッキリしてねーみたいだが、どうやら生きてるようだな」



 そう言った男はマネキンのように動かない俺の身体を軽く右肩に担ぐと歩き出す。


 待て、どこに連れて行くつもりだ。説明しろ。

 めっちゃ怖い。泣くぞ。



 俺の思惑を露ほども知らない男はずんずん歩いていく。

 ゆらゆら揺れながら運ばれていく俺は抗う力もないので、ただ身を任せるしかない。



 ようやくハッキリと見えるようになった視界で捉えた情報は砂浜を歩いているということ。

 耳を澄ませば、一定のリズムで寄せては返す、細波さざなみの音も聞こえてくる。

 スンスンと鼻で匂いを嗅いでみると海辺特有の磯臭さ。


間違いなくここは海だ。



 そして、新たな疑問が。

 俺を担いで歩いているこの男。

 今の俺の体制では上半身は見えないのでなんとも言い難いが、見えている下半身はやけに毛深い。


 いや、もはや毛深いと言うには言葉が足りないだろう。

 例えるならば動物だ。まるで動物のように地肌が見えない程に隙間なく毛が生えている。


 それなのに、花柄のハーフパンツに二足歩行の足。その先には素足でビーチサンダルを履いている。爪は尖っており、見るからに硬そうで鋭い。



 なんだこの生き物は?

 あれか? ビッグフッドか?

 でも、ビッグフッドって雪山じゃなかったっけ? 海にもいるのか?


それにビーサンて。ご近所か。




 あーー、もーーー。訳がわからん。

 夢か? 夢なのか?


 でも、夢ではないと確信がある。

 夢にしてはあまりにもリアルすぎる。風も、熱も、色も、匂いも、味も五感全てが現実だと俺に突き付けてくる。



 つーか、喉乾いた。

 カラカラだ。さっきの海藻のせいで口の中がしょっぱいし、変なえぐみもある。

 水が飲みたい。水。水。水。

 


「………み……ず」


 あまりの欲求に口をついて言葉として発音することができた。

 

 やった! しゃべれるぞ!

 まず俺を降ろすんだビッグフッドめ!

 そして、水を恵んでください。お願いします。



「ん? なんだって?」


 どうやら俺の言葉は届いていないようだ。言葉を懸命に絞り出す。



「……み、ず」


「水な! わーてぇるって! もう少し我慢しな。もう着くからよ。そこでたっぷり飲ませてやるから、それまで干からびるんじゃねぇぞ。ガハハハ」



 笑えねぇ冗談だ。

 こちとら一刻一秒を争う渇き具合だぞ。


 船で遭難した人があまりの喉の渇きに海水を飲んで死亡したケースを知っているだけに急いでくれ。覚えてはいないが、きっと俺も海水をたくさん飲んじまってるはずだ。



 それでも、このビッグフッドは俺を助けてくれようとしていることに安堵する。

 どうやらいいビッグフッドみたいで俺を食べるつもりはないようだ。良かった。



 問題は山積みで何一つ、現状を理解できないがこのまま連れていかれれば水にありつけそうだ。

頼んだぞ、ビッグフッドよ。

 俺の命運はあなたに懸かっている。



 すると担がれたままの景色にも変化が訪れた。

 今まで砂浜の地面を行くばかりだったが、あるところから石畳に姿を変え、ペタペタとどこか気の抜ける音を鳴らしながら歩いている。

 道行く通りも通行人がたくさんいるのか、活気に満ちた声や、ざわざわとした話声が聞こえてくる。



 どうやらここには人の営みがあるようだ。凄く気になるが今は早く水をくれ。

 今なら2リットル一気に飲めそうだ。

 冗談だ。それくらい喉が渇いているってことだ。



 俺の願いが通じたのか、ある建物の前で男は立ち止まる。

 そして、片手で木製のドアを押し開け中へと入っていく。



 外の通りも賑やかだったが、ここも負けじと騒がしい。周りの視線が集中している気がするが今はどうでもいい。


 とにかく水だ。

 ありったけの水を用意してくれ。一滴残らず飲み干してやる。



 そのまま進んでいく男は年期の入ったフローリングの床を土足で進み、二階へと階段を昇っていく。階段を昇り切ると、どこからか驚いている声が聞こえてきた。



「おかえりなさぃ……って、何ですかその人は!? 今度は何したんですか!?」


「おう! けえったぞ。いいから、ありったけの水持ってこい」


「えっ!? 水ですか? すぐお持ちします」



 突然の来訪に動揺を隠せないであろう若い女性の声。

 

 それはそうだろう。

 肩にびしょびしょに濡れた人間を担いで現れたのだから驚いて当然だ。


 しかし、男に指示されると素直に従いパタパタと足音が離れていく。




「ついたぞ。ここで待ってな。すぐに水を飲ませてやる。っても動けねぇか、ガハハハ」



 木製の長テーブルの上に寝かせられた俺は天井が高く立派な梁が見える開けた部屋で待つ。

 少しすると、先ほどの女性が自分の体ほどの大きな樽にたっぷりの水が入った大樽を抱えてきた。


 なんて怪力だ。

 その細い腕では到底持ち上げられそうにないのに当の本人は澄ました顔で軽快に運んでいる。



 男が優しく俺を抱き起こしてくれると毛むくじゃらの大きな手で、その手に似合わない小さなグラスに水を汲み俺の口に近づけてくる。

 女性は状況を理解できずに困惑している顔だが、黙って見守っている。

 俺は少し気恥ずかしいが、ここは甘んじて受け入れようではないか。



「さぁ、飲め。たんと飲め。ほれ」


 男は少しづつグラスを傾けゆっくり飲ませてくれた。

 カラカラに乾いた喉を無色透明な水が染み込んでいく。



あぁ、うまい。


 これだよ、これ。至福の一時だ。




 俺は一口飲ませてもらったあと、カッと目を見開きグラスを受け取る。

 そして、狂ったように水を飲み始めた。


 グラスに汲んでは飲み干し、また汲んでは飲み干す。

 10杯は軽く飲み干したところでようやく生きた心地がついた。喉もすっかり潤い大きく深呼吸する。



「どうだ、落ち着いたか?」



 そう尋ねてきたのはどこからどう見ても熊にしか見えない人物だった。


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