第43話 帰還
グリフォンの弔いを済ませた一行は街へと戻る準備を進める。
いまだに落ち込んでいる右京は表情も暗いままだ。
「右京、いつまでも落ち込んでいても仕方ない。悲しいだろうけど前を向かないと。強くなって敵討ちしてやろうぜ」
「うっさいわね。私は平気よ。いいから放っておいて」
これはまだ時間が掛かりそうだと感じた俺はそれ以上追及せず、バーナードに跨った。
左京も右京の状態を分かっているが、あえて触れないのは双子として同じ時間を過ごしてきたならではの気遣いなのだろう。
左京は知っている。
右京が悲しみに負けない強さを持っていることを。
左京は見てきている。
このままで終わらせないことを。
準備ができたことを見計らいピーと高い音の指笛を鳴らしたギルさん。すると森の上空から大きな羽音が聞こえ、それは姿を現した。
「右京、帰りはコイツに乗せてもらうぞ」
ギルさんの元へと降り立ったものは巨大な鷲のようであった。その大きさはグリフォンの3倍はあり隣のグリフォンが小さく見えてしまう。
顔を摺り寄せてくるロック鳥をギルさんが撫でている。
とても懐いているようだ。
「こいつはロック鳥で名前はルーフ。俺専門の空の旅のパートナーだ」
それを見た右京は驚く。
「凄い。空の覇者であるロック鳥を手なずけるなんて。こんなに近くで見るの私初めて」
「別に手なずけたわけじゃない。卵から孵って初めて見たものが俺だっただけだ。
その後、動いたり声を聞かせたのはまずかったかもしれんがな」
「……刷り込みですね。でも、どうやって孵るところに居合わせたんですか? 必ず親鳥がいるはずなのに」
そう尋ねる左京も感心して見上げている。
「左京の言うとおり、鳥の習性の一つで俺のことを親だと思ったらしい。ルーフとの出会いも色々あったんだが、今は街へ帰るのが先だ」
ギルさんが手を上げるとルーフは乗りやすいように身体を地面に寝そべらせ屈んでくれる。
胴体に巻くように取り付けられた防具を伝って背中へとよじ登っていく。
「右京、心配しなくても暴れたりしない。登ってくるんだ」
「はい! ロック鳥に乗れるなんて光栄ですわ」
その後ろを感動しながら右京も登る。
「先頭は俺、後ろを二人は並んでついてこい。白鬼の奇襲も考えられる為、警戒しつつ普段より高度を上げて飛行する」
「「はい」」
ギルさんの指示を聞き、再出発する。
ロック鳥のルーフは飛び立つように羽ばたくと砂塵を巻き上げながら一気に空へと舞いあがる。
ぐんぐん高度を上げていくルーフに置いていかれないよう俺達も急いで飛び立つ。
グリフォンも十分速いのにロック鳥はそれ以上だ。いつか俺も乗ってみたいな。
ギルさんの後についていくように飛行し、いままでで最高の高度で進む。
流れていく空気も一層冷たくなり防寒具を着込んでいても肌寒い。
幸いなことにそれ以降、白鬼の奇襲や問題も起きることなく飛行し陽が暮れはじめたので途中の仮拠点で野営する。
朝日が昇り始めた頃から出発し、昼前にはミーティアへと無事に帰ってくることができた。
街に入る前に地面に降りロック鳥のルーフはギルさんに撫でてもらうと、どこかに飛んでいってしまった。
城門を潜り、ギルドに戻る前に俺と双子たちはグリフォンを返却するために荷物屋に立ち寄る。
契約期間よりだいぶ早く帰ってきた俺達に驚いていた店主だったが、グリフォンが2頭しかいないことで状況を察したようだ。
そこで右京はグリフォンを死なせてしまったことを店主に告げ、違約金の30Gを支払うサインをする。
店主も大事なグリフォンを一頭失っただけに落胆していたが、それ以上に右京の悲しみようを見て事務的な処理をした後は深くは聞かなかった。
右京は死亡したグリフォンの羽を見せ持ち帰る許可を尋ねると、店主は黙って頷くばかりだった。
今回の荷物で持てるだけの貴重品は持っていき、それ以外の荷物は後でギルドに届けてもらうことになった。
荷物屋を離れる前に俺は今回の旅で世話になったバーナードに声を掛ける。
「お疲れ様、ここまで運んでくれてありがとな。次はお前に見合う力を付けてまた来るよ」
低くクルルと鳴いたバーナードは嘴を顔にすり寄せてくる。軽く撫でたあと荷物屋を後にした。
4人でギルドに向かう途中、気になっていたことをギルさんに尋ねてみる。
「そういえばギルさん。万能魔力回復薬ってどこで購入できるんですか? 俺も何かあった時のために欲しいんですが……」
「ん? シンにはまだ早い。これは商店や雑貨屋には置いてない特別な薬で、これ一つで100Pするからな」
「100P!? 高っか!!」
(円なら約1千万!?)
「この小さな一瓶で値も張るが、効果は十分だったろ? いざという時の緊急用だ」
そんな高価なものを使わせてしまった俺と双子は改めてギルさんにお礼を言った。
「これ一つで命を救えるなら安いもんだ。命は金には代えられんからな」
カッコいい。
いつか俺も言えるようになりたい。
ギルドGGGに戻った4人は現団長であるニコルさんの私室に向かう。
3階にある団長室の扉を三回ノックすると、
「 どうぞ 」
と返事が返ってくる。ニコルさんの声だ。
初めて入る団長室に少し緊張していたが今はそれどころではない。机でなにやら書類に記入していたニコルさんは俺達を見て労う。
「おかえり、お疲れ様。けど随分早い帰還だね。状況は芳しくないのかな?」
机の前に進むとギルさんが説明する。
「占いは当たっていたぞニコル。森で異変が起きている。 緊急で対策を立てるべきだ。早くしないと手遅れになるぞ」
「そう、それはマズいことになったね。詳しい話しを聞かせてくれ。その後、僕は議会に報告しにいく」
ギルさんは頷くと左京を前に促し、ニコルさんの前に立たせる。
「左京、まずお前たちが見たものを説明してやってくれ」
「……はい」
ギルさんに言われた通り左京は土還しの異常行動や鬼人族の襲撃をニコルさんに伝えた。それをニコルさんは黙って聞いていた。
「なるほど。まさか鬼人族が絡んでるとはね。死人が出なくてホントに良かった。
話は分かった。僕はこれから議会に報告してこれからの動きを決める。ギルも一緒に来てくれ」
「ああ」
「三人は任務で疲れてるだろうから今日は休んでね。今後の任務は明日、伝えるから。お疲れ様」
矢継ぎ早に伝えたニコルさんはギルさんと共に議会へと向かっていった。
俺はいまだに事の重大さが理解できていなかったが、あの二人が焦っているということはそれだけの危機が迫っているということだろう。
疑問は残っていたが別命あるまで大人しくすることにした。
「二人はこれからどうするんだ?」
俺は残った双子に尋ねる。
「私は荷物屋からの荷物も受け取らないといけないし、依頼の調査報告と換金もあるから一度、家に帰るわ」
「……僕も姉さんと同じ」
「今回の報酬は三人で山分けよ。そのあとはまだ決めてないわ。あんたはどうするの?」
「俺は荷を解いたあと、明日の任務に備えて準備するつもりだ」
「そう、ならここでお別れね。……ん」
右京はそっぽを向きながら右手を出してくる。俺は意図が分からず右京に問う。
「なんだ? この手は?」
「っ!? なんだじゃないわよ!! 握手よ、握手!! 一応、助けてもらったんだしパーティとしての区切りをつけるためにするだけよ!! なんで分かんないのよ!?」
「ああ握手ね! こちらこそ、いい経験になったよ。ありがとう」
俺は少し恥ずかしかったが照れながらも右京と握手を交わす。
そして、左京とも自然に握手をする。
「危険な目にもあったけど、こうして帰ってこれてよかった。またパーティを組むことがあったら色々教えてくれ。元気でな左京」
「……うん。シンさんも元気で」
「なに言ってんのよ。どうせ、また明日会うじゃない」
「いいんだよ。こういうのは雰囲気が大事なんだよ」
「はいはい。私はもう行くわ。左京、あんたもいつまで握手してんのよ。行くわよ」
「……うん」
お互い照れながらもパーティを解散した俺達。
これからは次の任務のために各々、別行動となる。
こうして、俺の初Cランク任務は終わった。
だが、このとき俺達はまだ知らない。
これから起こる大事件の発端に居合わせたことを。
待ち受ける試練を。
まだ知らない───
♢ ♢ ♢
とある廃墟にて。
「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁーーー!! クソがぁぁぁ」
巨体で浅黒い肌の男が喚きながらボロボロの机や椅子を蹴り飛ばし破壊している。これまでなんとか形を保っていた机は男の一撃によりバラバラの木片へと成り果てる。
その顔は般若のように怒り狂っていた。
その傍らでは数人の人影が月夜に照らされ影を落としている。
「ねぇ、なんであんなにオコってるの? うるさいから、コロしていい?」
「耳障り。黙れ」
「……」
「あ゛ぁん!? 今、口答えした奴誰だ? 俺は今最高にムカついてんだよ!! この猛りを鎮める為なら一人くらい殺っても仕方ないよなぁ? なぁ゛!?」
「ハハ、ウケる。絶対無理じゃん」
「……」
喧騒のなか廃墟の奥からコツコツと存在感を示すかのように一人の足音が響く。
「 全員聞け 」
それまで騒ぎ立てていた男や他の人物がピタリと押し黙る。
「俺達の計画は動き出した。それとミラ。<憤怒のギルフィード>が現れたようだがお前の意見は?」
ミラと呼ばれた白い服装の細い男は簡潔に答える。
「なぜ都合よく現れたのかは不明ですが、計画に支障はありません」
影が差しこみ顔が見えない男は報告を聞き、考えるように顎を触りながら思案している。
「港はともかく森で現れたのはあきらかに不自然だ。間違いなく能力者だろう。予知に近い能力を持った奴がいるはずだ。見つけ次第、生け捕りにして連れてこい。他に報告のあるやつは?」
「この中に裏切り者がいるってことは?」
ボロボロのソファーに腰掛けながら酒瓶を持ち、ひょろ長い手足の男が聞いてくる。
「裏切りか。それはまず無いだろう」
「なぜ言い切れる? その根拠は? この中に内通者がいれば俺達の計画は水の泡に終わる。それじゃ契約と違う。俺は金になるって聞いたからここにいるんだぜ?」
ひょろ長い男は酒を傾けながら疑問をぶつける。
「考えてもみろ。今回の計画で手に入る金と依頼で手に入る金。どっちが儲かると思う? それに、ここに集まっている者たちは幼稚な正義感のために俺達を売るか?
その対価はなんだ? 名誉? 金? 違うだろ。俺達の一番の望みは破壊だ。その付属品として巨額の金が手に入る。違うか?」
ひょろ長い男は酒瓶を一気に煽り、飲み干すと乱暴に放り投げた。
投げられた酒瓶は地面に落ちると甲高い音をたて粉々に砕け散る。
「確かにその通りだ。認めてやるよ。それにあんたが頭だからな」
ひょろ長い男の同意を得られると、にやりとほくそ笑む。
「他に質問のあるものは?」
だが、今度ばかりは誰も口を挟まない。
「よし、準備は整った。 狩るぞ」
声色の若い男から発せられた言葉を言い終わると同時に、そこかしこから歓声が湧きあがる。
男はただ不敵に笑っていた。
これにて第一章、終了です。
第二章の開始、第44話は一週間後の18時に更新致します。