第40話 鬼人族との力の差
本日は2話連続投稿していますので、前話をお読みでない方はそちらからどうぞ。
戦闘が始まる前に左京に耳打ちする。
「奴は強い。二人で戦っても勝てるか分からない。俺が何としても隙を作るからその隙に右京を連れて逃げろ」
「……そんなのだめだよ。二人であいつを倒そう」
「無理だ。左京だって分かるだろ? レベルが違いすぎる。左京はこのことをギルドに伝えて助けを呼ぶんだ」
「いやだ! 姉さんを襲った奴を許せるもんか! それにシンさんもやられてしまう」
普段とは違う左京の固い決意に、これ以上言っても時間の無駄だと思い俺が折れる。
「分かった。けど危なくなったら言った通りにしてくれ。これは右京の命を救うためだ」
頷く左京。
そして戦闘で邪魔になる防寒具を脱ぎ捨てスキンヘッドを睨む。
「作戦は決まったか? それじゃ、いくぜっ!!」
あえて時間を与えたスキンヘッドは戦闘を楽しむ余裕を感じさせる。その間、白い男はただ黙って見ているだけだった。
魔力を纏ったスキンヘッドは正面から突っ込んでくる。
疾っ!!
俺は敵の初動を見逃すまいと一時も目を離さなかったが、猛スピードで突っ込んでくる奴を捉えきれなかった。気が付いたときにはもう眼前へと迫り拳を振り上げている。
その拳に込められた魔力は一撃でも喰らえば行動不能に陥る十分な濃度。
本能的に横に躱し、左京も反対側へと転がるように避けている。
それまで俺達がいた場所にスキンヘッドの拳がヒットすると地面を砕く。まるで爆発したかのように地面を抉り、砕けた地面が破片となって飛び散り砂埃が舞う。
なんてパワーだ!? こいつ増強タイプか!?
受け身を取りながらもあまりの威力に驚く。その視界の奥では左京が攻撃を始めたのを確認する。
たまたまではあるが俺と左京はスキンヘッドを挟むように位置をとっているので相手としてはやりにくいはずだ。
左京は【変幻自在の青】を発動させると左手を手刀のように構えブレード状の水を高出力で噴射する。
スキンヘッドの男は拳を地面から抜き取ると左京の攻撃を避ける素振りも見せず、もろに喰らっていた。
(……手応えあり)
が、奴は肩に小さな切り傷を作るだけでほとんどダメージを受けていなかった。
「なんだこりゃ? 水か? あーあー、服が切れちまったじゃねーか」
奴に当たった水のブレードは二の腕と肩にかけて服が切れている程度で切り傷のように一筋の赤い線が入っている。
左京は一撃必殺のつもりで攻撃していただけに驚いていた。
「俺の皮膚に傷をつけるとはなかなかいい技じゃねーか。その調子で俺を楽しませてくれよっ!!」
言葉を言い終わると同時に左京へと飛び出し右ストレートを振りぬく。
距離が近く動揺していた左京は一瞬、判断が遅くなり正面から攻撃を受けてしまう。
なんとか両手でガードを構え水の盾を目の前に作り出した。
だが、男の殴打は軽々と水の盾を突き破りガード越しに左京を殴り飛ばす。
「っうぐ!!」
吹っ飛ぶ左京は後ろの草木に背中から突っ込むと茂みに隠れ、姿が見えなくなってしまった。
「ハッハー! いい感触だったぜぇ」
左京に気を取られている奴に対し、俺は気配を殺し背中から袈裟斬りを仕掛ける。
が、男は振り向きもせず身を屈めると俺の斬撃を躱した。
「っな!?」
そのまま両手を地面に着き後ろ蹴りを喰らってしまう。
なんとか右肩で受けるものの尻餅をつくように後ろに飛ばされる。
ずきずきと傷む肩を堪え急いで体制を整え立ち上がるが、そこにはすでに拳を振り上げた奴が俺を捉えほくそ笑む。
避けきれないと判断し、咄嗟に両手で刀を支えガードするが奴は刀の側面を殴打し俺もろとも吹き飛ばした。
「ぐっ!!」
重い一撃。
突き上げられるように殴られ身体が宙に舞う。
左京とは反対側の森に今度は俺が吹き飛ばされ、太い幹に背中から激突したところでようやく勢いが止まった。
「おいおい、軽すぎて相手になんねーぜ。もう少し俺を楽しませてくれよ」
期待外れとばかりに頭をガシガシと掻く男の顔は不満そうだった。
俺は左手で腹部を押さえ刀を引きずるように持ちながら森から出る。口からは吐血し顎を伝ってぽたぽたと地面に血痕が残っているがまだまだ戦える。
しかし、奴の強さはこれではっきりと分かった。
さて、どうするか……。
「ん? その刀さっきぶん殴っても折れなかったか!! なかなかいい刀を持ってるじゃねーか! 俺が貰ってやる」
ペッと血を吐き出し袖で血を拭う。
「誰がやるかよクソヤロー。ぶった斬ってやる」
「いいぞぉ、かかって来い」
刀を握り締め、ありったけの魔力を纏う。もはや出し惜しみする相手ではなく全力をぶつける。
俊敏なステップで右に左へと動き撹乱しようとするが、その視線は確実に俺を追ってきている。
スピードでも見切られている。なら……。
左右への動きを止めた俺は直線的に真っ向から飛び込む。待ち構える奴は捻り潰す気なのか両手を上げている。
「俺様相手に正面から攻撃しようなんざ百年早ぇんだよ! これで終いだ!」
両者がぶつかる瞬間。
突如、男の地面が陥没し両足が地面へと沈み込む。その後ろでは左京が地面に手を着き地面を泥状に作り変えていた。
「うお!?」
急激に足が沈み込み視線が俺と同じ高さになった奴に向かい、
ここぞとばかりに脳天を切り裂くように刀を振り下ろす。
「甘ぇんだよ!!」
しかし、奴は真剣白刃取りで振り下ろす刀を受け止めた。
嘘だろっ!?
確実に捉えたと思っていたが、まさか止められるとは微塵も感じていなかった。
持てる力全てで振り下ろしただけに動揺も大きい。
刀を挟まれたまま横に振り払われると姿勢を前のめりに崩されてしまう。
そのまま奴は魔力を額に集中させ後ろに振りかぶると勢いよく頭突きを喰らわせてきた。
ゴッッン
骨と骨がぶつかる鈍い音が響く。
「ぐあああぁあぁああああ」
頭が割れたかと思うほどの頭突きに呻き声をあげてしまう。
たまらず刀を離し、よろけながら額を押さえる。
その手には赤い血がべっとりと付着していた。比喩ではなく正真正銘、頭が割れている。
裂けた皮膚から夥しいほどの血が流れ、視界を赤く染めフラフラと後ろによろめき膝を着く。あまりの衝撃に立っていられなかった。
「刀は貰ったぜ、ガキ」
不敵な笑みを浮かべる奴は腰まで沈んだ身体を沼から出そうともがき始める。
「……させるか」
しかし、左京は地面を泥に作り変えた後に魔力を練り上げ男の頭上に巨大な水の球を作り出していた。そのまま動けない男の上半身を水で包み込む。
「……溺れてしまえ」
両手を前に出し水を操る左京。
男は水の中に閉じ込められ手をもがいているが、全く意味をなしていない。そうして呼吸ができずに次第に苦しみだした。
なんとか這い出そうと地面に手を着くが間髪入れずに左京は沼の範囲を広める。
先ほど俺が立っていた場所だけ避けて泥状にしてくれていたが今は半径3m全て泥沼に作り変えていた。
それも底なしを。
水の球の中で両手両足を地面にめり込ませ、ゆっくりと地面に沈んでいく。
首だけ後ろを振り向き、充血した眼は左京を睨み怒りに燃えていた。
恐怖を感じた左京はここで逃がしてはなるまいと更に魔力を送り込み水圧を上げる。
やがて男はズブズブと顔まで地面に埋まっていき、地上から奴の姿が見えなくなった。
それでも油断することのない左京は魔力を頼りにどんどん地面の中に沈めていく。
完全に捕獲したと感じ勝利を確信したのか、もう一人の白い男に目を向ける。
だが白い男は仲間が窮地に追い込まれていても、じっと見ているだけで動こうとしない。俺達にとっては有難いことなのでそのまま放っておく。
しかし、左京の作り出した水の牢屋から先ほどの魔力とは桁違いの魔力を感知し、泥の地面を急激に這い上がってくる。
「ぐぐ……くそぅ、なんて力だ……。抑えきれない」
必死に閉じ込めようと魔力を送り続ける左京だが勢いは止まらない。
そして泥の地面から沈めた奴の片腕だけが飛び出してきた。
が、その腕は先ほどの腕とは違い闇夜のように真っ黒に変色している。
瞬間。
それまで片腕だけ見えていたはずが泥と水の球からも抜け出すほどの勢いで黒い物体が地面から飛び出してきた。
「……そんな。破られた」
飛び出してきたものは固い地面にベチャっと音をたて着地する。
その姿は沈める前の奴と違い全身真っ黒に変化し身体も肥大化しており、額の短かった角は何倍にも伸びていた。
そこから禍々しい魔力が発せられている。
その姿はまさに鬼であった。
それを見た白い男は誰の耳にも聞こえない独り言をつぶやいた。
「馬鹿が」
ぜーぜー息をしている奴は、よほど苦しかったのか天を仰ぎ胸は大きく伸縮を繰り返す。息が整うと左京に顔を向け睨み付ける。
「 殺す 」
たった一言。
その言葉で左京の戦意は削がれてしまった。
(どうしよう、勝てない、逃げないと、怖い、怖い、怖い。殺される)
「……う、うわぁあぁぁ」
左京は苦し紛れに小さな水の球を無数に作りだし一斉に打ち出す。その攻撃はさながらショットガンのようだ。
「覇っ!!」
しかし、黒鬼に着弾する前に鬼の声により全て掻き消されてしまう。
恐怖に包まれた左京は身を守るべく自分の身体を中心に水の球の鎧を作り出した。
黒鬼は水の鎧を物ともせずに襲いかかり、あまりの速さに消えてしまったかのように見えた左京は成す術なく立ち尽くしたままだった。
侵入してくる鬼の太い右腕により二つに裂ける水の球は、水飛沫をあげながらラリアットの要領で左京の首と胸にヒットすると、そのまま水中から押し出すように左京を飛び出させ腕を振り払う。
大ダメージを負った左京はまたしても森の中に吹っ飛ばされた。
が、今度ばかりは起き上がることもできないだろう。意識を保つのがやっとの状態だ。
勝敗は決した。
左京は森に吹き飛ばされ、俺は血だらけで額を押さえ片膝をついている。
対して鬼のダメージはゼロと言っても過言ではない。
戦闘を見ていた白い男が口を開く。
「気は済んだか?」
「ああ。こいつら放っておいても死にそうだが、息の根を止めてやる」
「早くしろ。力まで使うとは愚かな」
「うるせぇんだよ。この任務が終わったらテメェも殺してやるからな」
「………」
白い男は話しにならないと悟ったのか会話を切り上げた。
黒鬼は止めを差すべく俺へと近づいてくる。
「お?」
だが、俺は立ち上がり魔力を纏って戦う意思を見せる。
「よくも左京をやりやがったな。許さねぇ」
フラフラになりながらもその眼は鬼を睨み付け溢れだした血によって服が赤く染まっている。
刀も無く傷を負い勝ち目はないどころか、立っているだけでキツイが負けを認めるわけにはいかない。
「威勢がいいな。そうでなきゃ」
魔力を込めた俺は最後の攻撃を放つ。
それはただの右ストレートだが正真正銘、渾身の一撃だった。
ペシッ
だがその攻撃が奴に届くことは無く、まるで蠅を振り払うかのように軽くはたかれてしまい、バランスを崩し前のめりに地面へと倒れ込む。
黒鬼は倒れた俺の右腕を足でゆっくりと踏みつけ徐々に体重をかけてきた。弱者を嬲ることを楽しむかのように。
「ぐぅああぁぁあぁ」
あまりの激痛に叫び声を上げてしまう。
「ひゃはははははっ!! いいねぇ!! いい声だすじゃねーか!! これぞ嬲りがいがあるってもんよぉ」
そのまま更に体重をかけてくる黒鬼。
そして、
ボキッッ
「あああああああああああああああああ」
「おっと、骨が折れちまったかな? へひゃははは」
黒鬼が足をどけると右腕が関節のない場所から不自然に折れ曲がっていた。それからも黒鬼は何度も何度も俺の身体を蹴り飛ばし始める。
ドゴッ
ドゴッ
ゴッ、ゴッ、ガッ、ゴッ
蹴られるたびに呻き声をあげるが奴は止める気配など見せない。
「おらおら、どうした!? もう終わりか? ひゃははは!!」
ピクリとも動かなくなった俺を見て痛めつけることに満足したのか黒鬼は2、3歩下がり最後の言葉を告げる。
「ちっとは楽しかったぜ。あばよ」
そして、止めの一撃が振り下ろされた。
第41話は明日、18時に更新致します。
ストックがヤバイけどまぁ、いいかー