第4話 初めての狩り
不安な夜をやり過ごし、なんとか日の出を迎えることができた。
今日の目的は森に入って飲み物と食糧を探すこと。
流石に、これ以上飲まず食わずでは行き倒れてしまいそうだ。
これまで遠目から眺めていただけの森だがここは自分の知らない異世界。
森に近づくとまず、その大きさに驚いた。
草原から見ていた森はそこまで大きくはないと感じていたがいざ、近付いてみると意外と距離があり近くまで来ると木々が視界を遮り山頂は見ることができず、草木が鬱蒼と生い茂っている。
さらに凶暴な獣や危険な生き物たちが俺を捕食しようと狙っているかもしれないが迷っている時間は残されていない。
森に足を踏み入れると早朝の木陰に入ったせいか随分と涼しく感じる。
転生前の職業柄、山菜や自生している野草を調理することがあり持てる知識をフル活用すれば食糧を確保できるのではないかと期待していたがその思いは脆くも崩れ去った。
森のなかでは今まで見たことのない葉っぱがひしめき、得体の知れない不思議な形をした植物で溢れかえっていた。
一枚一枚が車ほどの大きさの葉っぱの植物。
木の幹が五mはあろうかという太さの大樹。
地面から生えた電柱ほどの太さで木々に巻きついている何かの蔓。
人が乗っても平気そうなほど立派なキノコ。
竹のような真っ直ぐ伸びた固い植物は先がどうなっているのか分からないほど天高く、固さは鋼鉄のよう。
真っ赤に染まったボーリング玉がいくつも連なった葡萄のような果実。
地面から芽を出した植物がみるみるうちに成長しあっという間に俺の背丈を越える生育の早さ。
毒々しい蛍光色をした黄色とピンクの果実をつけたリンゴのような樹。
甘い匂いを放ち吸い寄せられた鳥を捕食した食虫植物ならぬ食鳥植物。
そこは見るもの全てが初めてのものばかりでどれもこれもがとてつもなく大きかった。
地球のころの知識は使えそうになく自分が小人にでもなったかのよう。心なしか空気も新鮮で濃く感じられる。
しかし、そんな異様な光景を目の当たりにした驚き以上に未知なるものへの興奮を覚えた。
「……すげぇ! この世界ヤバイ。マジで地球じゃねぇ!」
「どうなってんだ、ここの植物は!? はんぱねーな!」
「うひょーー!」
「一応、ナイフだけは出しておくか」
童心にもどった俺はナイフ片手にどんどん森の奥へと進んでいく。
草原に比べると生き物の数も桁違いに多く、見たことのない虫や生き物もわんさかいた。
サッカーボール程の大きさのてんとう虫のようなもの。動きは遅いが恐ろしく固い。
樹に擬態した手のひらサイズのトカゲ。触ると羽をひろげ飛んでいった。まるで手乗りのドラゴンのようだ。
顔が前と後ろ二つある青色のサル。しかし、よく見れば後頭部の毛が顔に見えるよう擬態している。
群れで行動する両手ほどの蝶の大群。それも一列に繋がっている。その姿はまるで鯉のぼり。
ふわふわとクラゲのような綿毛をした真ん丸で軽い鳥。風が吹くと飛んでいった。
ネバネバした薄緑色の液体を体に纏った毛虫のようなもの。動きはノロいが触りたくはない。
軽自動車ほどの大きさのカタツムリ。人が乗れそうだが乗り物としては機能しないだろう。
見るもの全てが新鮮なこの世界をただただ堪能していた。
虫嫌いでなくてよかったと心から思う。もしそうであれば発狂しているに違いないだろう。
好奇心を刺激する世界は見てて飽きないが、そろそろ喉の渇きが限界だ。
と、そんな時。
耳を澄ますと近くから水の流れる音が聞こえてきた。音のするほうに近づいていくと案の定そこには川が流れているのを発見した。
「ありがてぇ、やっと水が飲める。喉がカラカラだ」
川幅十mほどの川岸に近づき、両手で水をすくい一口試飲してみる。
「うん、無味無臭。水は同じみたいだな」
安心した俺は思う存分水を飲んだ。
川の流れは速く手を入れると水風呂のように冷たく、とても澄んでいる。
透明度も抜群で川底もはっきりと見え、木々の隙間から差し込んだ陽光がキラキラと輝き美しい。
「ぷはーーー! うんめぇーー! キンキンに冷えてる!」
喉が潤い一息つくと近くの大木に腰を落として寄りかかり、これからどうするか考えた。
最初はどうなるかと思ったけど水もあるし生き物も豊富。あとは食べられるかどうか可食判定してから安全なものを見極めていこう。
しかし人間のいる痕跡が全く見つからないな。この世界で人間は少ないのか? もしくは、人里離れた奥地にでも飛ばされたか?
自然も手つかずでそのまま。この木なんて樹齢何百年ってくらいに大きい。そんなのがそこかしこに生えてる。
そんなことを思案していると腹の虫がグゥーと音が鳴らす。
腹が減った。
昨日からろくに食べずに歩き周っていたから当然だ。ろくにと言うか全く何も食べていない。
「水は確保できたものの次は食糧だな。なにか食べないと」
と、そんなとき川の対岸からガサガサと草を掻き分けて川に近づいてくる音が聞こえてきた。
息を殺し身動きせずジッと木陰からその様子を窺っていると、藪の中からあるものが姿を現す。
あれは……、豚だ。いや猪か?
口から牙が生えているのが見える。体毛は茶色く白い模様が額から尻尾に向けて縦に三本入っている。
鼻が大きく固そうだがその他、特に目立った違いはない。
この世界にしたら仕留め易いサイズなんじゃないだろうか?
その動物は地球の豚と同じくらいのサイズであり目測で一m弱。
猪を一から捌いたことは無かったが、豚の片足のブロックからは捌いたことがあるので仕留めてしまえば、なんとかやれるだろうと思った。
殺るか。
この世は弱肉強食。
それは地球でもガイアでも変わらない生けるものの真理だ。このチャンスを逃してなるものか。猪には悪いがここで俺の糧となってもらおう。
俺は転生したこの肉体を以ってすれば猪一頭を仕留めることなど造作もないと感じていた。
音を立てずナイフを抜き取り右手でしっかりと握る。
そして、木陰から飛び出し一気に川岸へと走り出す。目標は対岸にいる猪。
一歩踏み出すごとにぐんぐん加速し川岸ギリギリのところで勢いよくジャンプする。
川幅は十mはあろうかという長さだったが今の俺にとっては飛び越えられる距離だった。
よし! やっぱり跳べた! 今ならいけると感じてた! このままあの猪にナイフを突き立てる!
水を飲んでいた猪は突然、対岸から跳びかかってくる俺に驚き咄嗟に背を向けた。
逃げられる! いや、その前に仕留める!
時間にして僅かな間だったが、集中した俺はハッキリと獲物の姿を捉えていた。
そして距離にして一m。
今まさにナイフを突き刺す瞬間。
予想していなかったことが起きる。
目の前の猪がまるでハリネズミのように全身の毛を逆立て無数の鋭利な棘を向けてきたのだ。
なっ、に!? かまうもんか! このまま突き刺す!
しかし、無情にもナイフは棘に阻まれ刺さることはなく、持っていた右手にいくつも棘が突き刺さっていた。
「ぐあぁ! いってぇーーー!」
あまりの痛さに喚きながら手を抜き取り悶える。
幸いナイフが妨げとなり棘が深くまで刺さることはなかったが、それでも右手・右手首・右肘までいくつもの傷を負ってしまった。
棘の何本かは折れて服に引っ掛かっており、傷口からは赤い血が溢れ服を赤く染めていた。
状況は一変。
川を背にしたまま今度は俺が追い詰められてしまった。
初投稿のため第5話は一時間後に更新致します。