第36話 目測と訓練
魔力の無駄遣いに気がついた俺は左京からコントロールのヒントをもらう。
「いい方法ってなんなんだ左京?」
「……見てて、こうするの」
そう言うと左京はその辺に落ちていた細い木の枝を拾い上げると魔力で木の枝を包んだ。
そして、その枝を渡してくる。
「……この枝を魔力を使わないで二つに折ってみて」
言われたまま素の筋力だけで枝を折るように力を入れる。
だが、
「う、クソっ! 固ってぇ! なんだこの枝!? こんな細いのに鉄みてーだ。全然折れねー」
どんなに力を込めてみてても枝は全く折れなかった。しなることも無く、びくともしない。
「……じゃあ、今度は魔力を纏って同じように折ってみて」
俺は魔力を手に纏い再度、チャレンジしてみる。
「フン!」
ペキッ
すると、先ほどまで鉄のように固かった枝が嘘のように簡単に折ることが出来た。
「やっぱ、魔力があるとないとじゃ全然違うな。でもこれが何だって言うんだ? 魔力によって力が上がることは知ってるぞ」
「……違うよ。今、僕が渡した枝を簡単に数値化するとして、元の枝の耐久値が1だとする。 これに僕が纏わせた魔力によって耐久値が+100上乗せされた。
これで合計101の耐久値の枝になった」
「……シンさんが魔力を纏わないで折ろうとしたときの攻撃力を50とすると、攻撃力が足りなくて折ることができなかったんだ。
けど次に魔力を纏ったシンさんは攻撃力1000もの魔力を使って、枝を折った」
「……このとき【攻撃力1000 - 耐久値101】で899もの魔力を無駄に消費したってこと。この無駄になる魔力をできるだけ少なくするのが大切」
「そうか。それは確かにもったいないな。けど理屈は分かるけど、どうやって相手の魔力の耐久値を調べるんだ?」
「……それは肌で感じて覚えるしかない。訓練すればどれだけの魔力が込められているかは見ただけで分かるようになるよ。
……だからシンさんの戦い方を見て姉さんは怒ってたんだよ」
左京の説明を聞いて理解する。
これまでの戦いでどれだけの魔力を無駄にしてきたかということに。
「そう言うことよ。あんたはどの動きの時でも常に過剰に魔力を練り込むから望む効果は得られるけど、瞬発的なものなの。
この訓練を積まないと長期戦ではあっという間にスタミナ切れを起こすわ。」
「ああ、身に覚えがあるよ」
「説明を付け加えるなら魔力によって上昇する耐久値には上限があって、一定の魔力を注いだらそれ以降、魔力を注いでも耐久値は上がらないわ。
増強タイプ以外わね」
「……これから暇なときに、僕が魔力を込めた適当なものを渡すからできるだけ魔力を無駄にしないで対応してみて。
そうすればいつかは適正な魔力を肌で感じ取れるようになると思うよ」
「そうか、助かるよ」
この夜から魔力を目測で判断する訓練が始まった。
「左京、試しにもう一回やってくれないか?」
「……いいよ」
左京は近くに転がっていた小石を拾い魔力を纏わせる。
「(200くらいでいいかな)……はい、これを割ってみて」
「よし、きた」
(この小石の耐久値を30として、魔力によって+200が上乗せされたとすると合計で230の耐久値だ。
シンさんは手に取ると小石に込められた魔力を感じている)
う~ん。500くらいかな?
「フンっ」
バキッ
俺が力を込めると石は簡単に砕けた。
一部始終を見ていた右京が物申しそうな顔をしている。
「今のだと多いわね。多分、半分くらいで割れるんじゃない?」
「……うん。僕もそう思う」
「マジか。右京は触ってもいないのに見ただけで分かるのか」
「当たり前じゃない。冒険者にとって必須スキルの一つよ。それに数字はあくまで目安よ。魔力を完全に数値化するなんて無理なんだから。今は説明のために言ってるけどいずれ見ただけで分かるようになるわ」
その後は各自、自由時間と休息の時間とし思い思いの時間を過ごす。
俺はそれ以降も左京に次から次へと魔力を纏わせた小物を催促していった。
「ていっ」
バキッ
この夜、何度目か分からない程、小枝を折り続けた俺の周りには折られた枝や割れた小石が散乱している。
気が付けば結構な数をこなしてきた。そのおかげで最初に比べたら随分と上達したと思う。
「今のはいい感じじゃなかったか?次はもっとうまくできる気がする。もう一回頼む」
「……え」
「ちょっとあんた。いい加減、今日は止めにしなさいよ。左京がヘトヘトじゃない」
あれから数時間は左京と二人で訓練していたため左京の消耗具合に気付かない程に夢中になっていた。
「ああ! すまん左京! つい夢中になってしまった」
「……つ、疲れた」
左京は楽しそうに訓練する俺を想ってくれたのか、言うに言えずに付き合ってくれたみたいだ。
楽しくなると周りが見えなくなるのは悪い癖だな。
スマン、左京。
「左京も左京よ。疲れたなら自分でハッキリ言いなさい。いくらこのお馬鹿さんが鈍感で鈍くて察しが悪くてもスタミナだけはあるんだから。左京が付き合うのは勝手だけど引き際は見極めなさい」
「……うん。ありがと姉さん」
「それにあんたもよ。魔力を込める側だって魔力を消費するんだから手伝ってもらってる以上、もう少し気を遣いなさい」
「ああ、その通りだな。悪かった、左京。付き合ってくれてありがとな」
「……次からはもう少し短くしようね」
そう言った左京はよほど疲れたのか倒れるように眠ってしまった。俺はと言うと訓練を始める前とあまり変わらずピンピンしている。
泥のように眠る左京に右京は上着を被せてあげながら聞いてくる。
「あんた、ホントに魔力量だけは多いのね。左京だっていくら昼間に狩りをしたからといっても、決して少ない方じゃないのに」
「ああ。この身体はもとから魔力が多いみたいなんだ。正直、まだまだ潜在能力はあると思う」
「あんた何言ってるの? 自分の身体のことでしょ? それじゃ、まるで他人のことみたいじゃない」
しまった。また口が滑った。
気を抜くとボロが出てしまうな。いかんぞ。
「いや、魔力は奥が深いなぁ~ってことさ。うん。そういうことだ」
「あんた、前にもそんなこと言ってたわよね。もしかして……」
右京が懐疑的な視線を向けてくる。やばい、俺が転生者だとバレたか?
むしろカミングアウトしてもいいだろうか?
同じギルドの仲間として隠し事は良くないかもしれない。いっそ全てを打ち明けてしまおうか。
「もしかして……、多重人格なの?」
鈍くて助かった。
いや、そもそも転生してきたこと事態が現実的ではないか。
「違う。俺も疲れが出てるのかもしれないな。そろそそ俺も休むとするよ」
俺が転生者だと打ち明けて接してきたギルさんとニコルさんは真実を知っているために隠す必要はなかったが、これからは認識を改めよう思う。
余計な心配をかける必要はない。
その後、俺と右京は熟睡している左京を回復させるために6時間交代で見張りをたてることにした。今日は右京を先に寝かせる。
その夜は、モンスターの襲撃も無く平和な夜を過ごすことができた。
最初に見張りをしていると暇になったので魔力の循環と右京に教わった一人でも目測を鍛える修行を行い時間を潰した。
「見張りの間、暇でしょうから一人でできる修行を教えておくわ。方法は簡単よ。さっきは二人でやっていたことを一人でやるの。
とは言っても、自分で魔力を込めるからだいたい分かってしまうけれど。だから10個くらい魔力が抜けないうちに数値を変えて練り込むの。それをランダムで折っていく」
「二人でやるより大変だけどやらないよりはマシよ。けど、やり過ぎには注意なさい。修行に集中しすぎて見張りが疎かになったら本末転倒だもの」
俺は教えてもらった通り実戦してみたが、少し始めたところで枝を折る音が五月蠅く眠れないとの理由から右京に怒られ止む無く中断した。
それ以降、魔力の循環と見張りに集中し時間は過ぎていった。
6時間後、右京と見張りを交換した俺は眠りにつく。
明日は拠点を移動し新たな獲物を狙う。
第37話は明日、18時に更新致します。