第35話 成長
右京の狩りのあと更なるターゲットを探す。
一匹目を見つけた時と同様に左京の探索能力が絶大な効果を発揮し、次々と目標を発見し棘を採取していく。
左京の狩猟方法を見ることもできたが、俺にはとても真似できそうになかった。
イグ・ボアの群れを見つけた左京は母親1頭、子供8頭の群れを捕捉すると親子の周りに水の壁を作り退路を断つ。
やがては半球状のドームで包み込み逃げ場のないモンスターは水に飲み込まれ動きを封じられてしまう。
その間、溺死しなよう器用にも顔の周りだけは空気の穴をあけ一匹ずつ棘を抜き取っていく。
一匹から二本の棘を抜き取り、全ての個体の棘を抜き終わったら身を隠しドームを解除する。
そうして一匹たりとも傷つけることなくあっという間に目的を達成した左京。棘一本につき1Gなのでこれだけで18Gもの値がつく。
右京→左京と順に成功し、次は俺の番だった。
更なる探索により、一匹目よりは小型だが親離れをしたばかりであろう個体を見つけることが出来た。
俺は二人の狩りを見ているあいだに自分ならどうするか頭の中でイメージトレーニングをしていた。目標を傷つけることは禁止なので刀を抜くことは出来ない。
なので今回は鞘にしまったまま使うことはないだろう。
となると今の俺の武器は魔力を纏い強化した己の肉体のみだった。
「次はあんたの番だけど、なにか策はあるの?」
右京が心配になったのか聞いてくる。
「策は無い。正面から真っ向勝負だ」
「はぁ!? あんた馬鹿でしょ? 正面からぶつかったらあんたなんかペチャンコにされちゃうわよ」
「心配してくれてどうも。けどそれしか思い浮かばないんだから仕方ないだろ?」
「呆れた。ここで死んだとしても自業自得なんだからね」
「……シンさん、大丈夫?」
左京も心配そうに見てくる。
「なぁに、大丈夫さ。まぁ見とけって」
心配する二人をよそに俺はやる気十分で魔力を纏う。
すでに異変を感じ取っていた若いイグ・ボアもこちらを警戒している。
「こうして会うのは久しぶりだな。お前は俺のこと知らないだろうけど修行の成果、確かめさせてもらう」
初めてモンスターと対峙したあの日は、生死の境を彷徨うほど痛めつけられた。
二ケ月越しのリターンマッチが始まる。
大きく鼻を鳴らし全身の棘を逆立てている目標は地面を蹴ると怒涛の勢いで突進してくる。
その巨大な鼻で押し潰し鋭利な牙で切り裂く。
だが、俺は自分でも驚くほどに落ち着いていた。頭はクールだが身体は熱い。
「来いっ!!」
突進してくるイグ・ボアと接触する直前で横に転がるように躱す。
勢いの落ちないまま後ろに生えていた木に激突し、太い幹をいとも簡単にへし折った。
バキバキと音をたてて崩れる樹木。近くにいた鳥や獣たちが慌てて逃げていく。
「さすがに威力はヤバイな。木にぶつかれば少しは大人しくなると思ったけど、全然平気そうだな。なら……」
躱されたイグ・ボアは反転し再度、猪突猛進してくる。
俺はありったけの魔力を練り込み真正面から待ち構えた。
両者が激突し、鈍い音が森に響く。
しかし、下顎から生えた二つの牙を両手で掴み鼻で潰されることも、牙で貫かれることもなかった。押し出される力に負けないよう両足で踏ん張り、地面には足の跡が残るほどに押し返す。
自分の身体の何倍も大きいモンスターの突進を受け止め、勢いを失っていく巨体をついには自力で止めることに成功した。
「うおりゃああぁぁぁ!!!」
牙を掴んだままのフルパワーで横に振り払う。
力負けしたイグ・ボアは地面に転がり背中から木に激突する。
これまでの生涯で脅威に感じる敵はおろか自身の身体よりずっと小さい人間に力負けしたことに戸惑っているのか動きが鈍くなる。
その一瞬の隙を見逃さなかった俺は、すぐさま背後に周り棘を抜き取った。
得体のしれない俺を恐ろしく思ったのか目標は踵を返すと森の奥へと逃げて行った。
無事、採取した棘を自慢げに掲げ俺は双子のところへと戻る。
「へへ、どーだ。俺も棘ゲットしたぜ」
得意げに告げるが二人の反応は思っていたものとは違っていた。
「あんた、正気!? あの突進を正面から受け止めるなんて! 一歩間違えば即死してたかもしれないのよ!?」
「……あれは、ない」
双子そろって非難してくる。
「二人とも大袈裟だって。やる前からなんとなく受け止められる気がしたから実行したまでで……。それにちゃんと成功したろ?」
「あんたは増強タイプじゃないでしょ!? 見てるこっちがヒヤヒヤしたわよ」
「……けど、凄かった。僕たちにはできない方法」
「お、初めて左京に褒められた。なんか嬉しいぞ」
「のんきに喜んでる場合か!! あんたそんな戦い方じゃ早死にするわよ!」
いつもの如く騒ぎ立てる右京を宥めつつ、次のターゲットを探しに森を進んだ。
その後も採取に成功した俺達は陽が傾いてきたのでグリフォンの待つ拠点まで戻る。
今回の探索だけで計13頭発見し、棘26本を採取することができた。
街に持ち帰れば26Gにもなる大金だ。
本日の夕飯は双子が狩りを行い、俺が焚火の用意や料理の支度をすることになった。
ほどなくして全員分の獲物を狩ってきた双子と合流し食事の準備をする。
前日の約束通り地球仕込みの調理技術を発揮し、出来上がった料理を食べた右京から
「人間なにかしら長所はあるものね」
と、褒めてるのか貶しているのか分かりにくいお言葉を頂いた。
いつしか陽も落ち夜が更けていく。俺たちは焚火にあたり食後のお茶をすする。
「今日の狩りを見て思ったんだが左京の能力はホント便利だよな。これなら簡単にお金を稼ぐこともできるじゃないか」
「……別にいつも通りだよ。それにあの技は魔力を結構、消費しちゃうから何度も使える技じゃないし」
「でも、まだ余裕はあるんだろ?」
「……うん。まだ平気。でも僕や姉さんよりシンさんのほうが魔力の総量はずっと多いと思うよ」
「え? そうなのか?」
「そうね。今日一日、あんたの魔力の使い方を見てたから分かるんだけど、スタミナは私たちより上よ」
「なんだか照れるな」
「けどっ! 使い方が全然なってない! 魔力を無駄遣いしすぎ! なんなのよあの戦い方は!? 今、思い返しても腹が立つわ」
一体何をそんなに怒っているのか分からないが話を聞いてみよう。
「そんなに怒るなよ、成功したからいいじゃないか」
「全然ダメよ。いい? 能力の源である魔力は人それぞれ容量が違うってことは知ってるわよね。いくらあんたが桁外れの魔力を秘めていたとしても使い方が下手くそ過ぎなのよ。
例えるなら、私の魔力がMAX100%のとき20%の魔力を練ることによって【私だけの火遊び】を発動できるとするわよ。
このとき私はちょうど20%の魔力を練ってるから無駄なく能力を発動できる」
「逆に20%の魔力が必要なのに10%の魔力しか練らなかった場合、能力は発動もしないし練った魔力も無駄になるの。
けど、あんたの場合10%で済む魔力に対して50%~60%もの魔力を練り込んでいる。
魔力を多く練り込んでいるから能力はちゃんと発動するけど余った魔力は空気中に霧散して無駄になってるわ」
「つまり、あんたは自分のスタミナに頼った雑な戦い方ってわけ。いくら魔力が多くても使えば使うほど減っていくんだからいつかは空っぽになるわ。
これが戦闘中なら尚更よ。
もし、増強タイプのように< 魔力を練る量 = 攻撃力 >とかなら問題ないけどあんたは創造タイプなんだから意味ないわよ」
右京の説明を聞いた俺は思い当たる節があった。
海で修行していたころ一日魔力を練っていても動けていたが、鎧ガザミとの戦いでは20分と保たずに魔力を使い果たし動けなくっていた。
戦闘中にそれだけ多くの魔力を無駄に消費していたため、スタミナ切れを起こしていたのだ。
これまで疑問に思っていたことの答えが見つかり納得した。
今までは魔力を引き出すことに集中しすぎていて練り込んだ量までは考えていなかったな。
「どうすれば練り込む魔力のコントロールがうまくなるんだ?」
「それは一人一人感覚が違うから繰り返し体で覚えるしかないわね。ま、私は天才だからすぐできちゃったけど」
「ああ、そうですか」
せっかく感心してたのに、自分で評価を落とす奴だな。
すると、これまで聞き役に徹していた左京が口を開く。
「……シンさん。いい方法があるよ」
左京の顔がわずかに緩んでいた。
第36話は明日、18時に更新致します。