第33話 到着と発見
襲撃のあった夜が明け出発の準備をする一行。
あの後、再度眠りについたが夜戦での興奮が覚めなかったため深く眠りにつくことが出来ず、いまだに頭がぼーっとしている。
「二人とも準備はいい? お昼には目的地に着くと思うから一気に行くわよ」
右京が指揮をとり颯爽とグリフォンに跨り地面を蹴る。
みるみる小さくなっていく右京に送れぬよう続いて飛び立つ。
「今日も頼んだぜ、バーナード」
飛び立つ前に一声掛けるとグルルと喉を鳴らし身震いさせ天空へと羽ばたく。
昨日と変わらず飛行中は冷たい風が頬を撫でるが今日の俺は防寒対策はバッチリだ。これなら多少の寒さは耐えられる。
グリフォンに乗ることにもすっかり慣れ、右京を先頭に三角形の形で飛ぶ。
野営地から再出発し大分、時間が経った頃あたりの景色に変化が訪れてきた。
今までは草原地帯が続き所々に木々や岩が転がっている平地だったが今では緑が増え、小山のような森やその奥には鬱蒼としたジャングルのような森林が見える。
その中を縫うように川が流れているのが確認できる。
その手前で右京が降下の合図を送ってくる。どうやらここで一度、地上に降りるようだ。
「やっと着いたわね。ここから先がオルバートの森よ」
「ああ。まだ2ヶ月くらいだが、ずいぶん久しぶりに感じるよ」
俺は目覚めの地、オルバートの森に到着した。
「そういえば、あんたの姓はオルバートだったわね。ここの出身なの? でもこの辺に人の住める集落なんてあったかしら?」
「俺は記憶喪失でな。一番古い記憶がニコルさんとギルさんに出会ったこのオルバートなんだ。だから姓をオルバートにした」
「あら、そうなの。どおりで何も知らないわけね。納得だわ」
「そういうわけで、これから色々聞くことがあるかもしれないから変に思わないでくれ」
「あんたが変わってるのは今に始まったことじゃないわ。 今更、変に思ったりしないわよ。ね、左京」
「……うん」
「右京はともかく左京まで……」
「とにかく、今回の任務では私たちの指示に従ってちょうだい。これまでにいくつも生態調査の任務をこなしてきたんだから」
「それは頼もしい限りだな。ちなみに俺は以前、イグ・ボアに襲われて死にそうになったんだが俺達だけで大丈夫なのか?」
あの時の恐怖は一生、忘れられないだろう。
だが、今の俺は前とは違う。修行の成果が試される時だ。
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ。 軽~く任務を終わらせてさっさとミーティアに戻るわよ。
それに今回は第肆種絶滅危惧種に指定されているモンスターで討伐はもちろん傷つけることも禁止なんだから、あくまでモンスターの生育状況の確認なのよ」
「……けど、もし密猟者がいたら戦闘は避けられないけど」
「二人はこれまでに密猟者を捕らえたことはあるのか?」
「……あるよ。その場合は任務を一時中断してでも密猟者を捕らえることに専念するんだ」
「先に言っておくけど戦闘になった場合、相手を生かして捕らえようなんてヌルい考えは捨てておくことね。向こうだって私たちを殺しにくるんだから。情け無用よ」
「ああ。わかった」
「まっ、これだけ広い森の中でそう簡単に密猟者と出くわすこともないからあまり深刻に考えず任務に集中するのね」
右京から任務の心構えを聞き、気合が入る。
その右京はグリフォンの鎖を近くの木に繋いでいた。
「今日の拠点はここにするわ。これから森に入って目標の痕跡を追い、近くにいるようならこの辺を調査する。もし痕跡が無ければ場所を移しましょう」
「了解だ」
「……グリフォンの餌も採ってこないとだしね」
「ええ、今がお昼前だから夜までにここに戻ってくるわよ。いくらこの辺のモンスターが強くないといっても闇に紛れると厄介だもの。いいこと、単独行動は絶対禁止だからね」
説明を終えると右京は森に入る準備を進めている。
左京と俺もグリフォンを木に繋ぎ、荷物を纏める。
今回の目的はイグ・ボアの棘を採取して健康状態や生育状況を調査するもの。間違っても傷つけてはいけないし殺すなんて以ての外だ。
そこでふと疑問に思った。
「あれ? 傷つけてはいけないのにどうやって棘を採取するんだ?」
「……それなら大丈夫。イグ・ボアの棘は毛が集まって固くなったもので抜けやすいしすぐ新しい棘が生えてくるから。
その棘さえあれば個体の健康状態が分かるし装飾品にも加工できるんだよ」
「へぇ、昨日の狩りもそうだが左京はモンスターに詳しいな」
「……別に。自然と身に着くよ」
「あんたたち、準備ができたら行くわよ!早くしないと日が暮れちゃうわ」
装備を整えた右京が急かしてくる。
左京は持ち物らしい持ち物も持っておらず、ほぼ手ぶらの状態で準備はできたようだ。
俺は刀と携帯食糧、水、採取用の小道具が入った袋を持ち準備を終える。
初の採取任務だけに何が必要で何がいらないか分からないが、これくらいは持って行ったほうがいいだろう。
「では、これよりイグ・ボアの生態調査の任務を開始する。なにか目標の痕跡を見つけたら知らせて頂戴。
途中で好戦的なモンスターに出くわすかもしれないけど、その時は臨機応変に対応しましょう。では出発!」
元気のいい右京に続き森に入っていく。
森は以前、来た時と変わらずこの星特有の生態系で巨大な木々や草花で覆われている。
新鮮な空気が肺を満たし、木々の隙間から零れる日光が草木に当たり鮮やかな緑が目に優しい。
耳を澄ませばサワサワと風に揺れる草の音や、姿なき獣の鳴き声。
魔力を体得したことによって生き物の気配を敏感に察知することができるようになった俺は、あらためて豊かな森に心が癒される。
特に襲撃もなくしばらく森の中を進んでいくと、どこからか川の流れる音が聞こえてきた。
「近くに川があるようね。水辺は生物の宝庫よ。行ってみましょう」
右京の指示で川音のする方へ進んでいくと川幅5m程のさほど大きくない川にたどり着いた。
川は澄んだ水が滾々と流れており川底もはっきり見える。
森に育まれた天然水だ。
「ここら辺でいいかしらね。それじゃ、左京お願い」
「……うん」
右京がいつもやっているかのように左京に頼んでいる。
「一体、なにをするんだ?」
「まぁ、いいから。見てなさいよ」
これから左京が何をするのか見当もつかず、言われた通り傍観することにした。すると左京は川へと近づき左手を川の中に入れた。
そのまま瞼を閉じると魔力を練っているのが感じられる。
時間にして30秒ほど目を閉じたままだった左京は手を川から引き揚げた。
「……分かったよ。目標はもう少し上流のほうにいる」
「そ。ならもう少し上流に行ってみましょ」
なにが起きたのか理解できなかった俺は左京に問う。
「今、何をしてたんだ? どうして上流にいるってわかったんだ?」
「左京の変幻自在の青は川を通じて探索機能も持ち合わせてるのよ」
「……僕の魔力を川に同調させると川に触れているモンスターの居場所が分かるんだ。
それでちょうど川に水を飲みに来ている目標を見つけたんだ。ここから5km先の上流にいるよ」
「相変わらず便利な能力だな。そのまま攻撃もできたりするのか?」
「……それは無理。川を伝って意識は届くけどそれだけ。遠ければ遠いほど魔力の消費は激しくなるし、単純なことも難しくなる。あくまで探索用だよ」
「それでも十分凄いけどな」
「……別に。いつものことだし」
ふふ、照れてる照れてる。
「さ、居場所も分かったことだし行くわよ」
それから川の上流へと進んでいくと見覚えのある巨体のモンスターが森の中を闊歩していた。
まさに探していた目標、イグ・ボアである。
その巨躯はプレハブ小屋ほどの大きさもあり、大きな鼻をフゴフゴと鳴らしながら食糧を探しているのか地面を嗅ぎまわっている。
身体にはいくつも槍のような棘が生え、こちらにはまだ気が付いていないようだ。
俺達は顔を合わせ、採取に取り掛かる。そこで小声で右京が囁く。
「私が先に手本を見せてあげるからあんたはここで見てなさい。左京も手は出さないで。いい?」
黙って頷く俺と左京。
右京がどうやって目標を傷つけずに棘を採取するのか興味があった。
きっと左京ならば今回の任務は容易いことだろう。目標が濡れることはあっても怪我はしないのだから。
けれど右京の場合はそうはいかない。
右京が操るのは水ではなく火。触れれば火傷を負ってしまう。
右京は魔力を練り始めると狩りが始まった。
第34話は明日、18時に更新致します。