第30話 狩猟と技術
休憩を終え再び目的地を目指す三人。
今度は防寒対策は万全なので当分は地上に降りなくても大丈夫になった。
それでもやはり寒いものは寒いので休憩をとりつつグリフォンたちを休ませるためにも何度か地上に戻っていた。
途中、昼食を携帯食糧で済ませたり生肉を餌として与えながら進む。
朝一で出発した一行にも疲れが見え始め、先頭を行く右京が地上に降りる合図をし、それに従う。
俺たちはただ乗っているだけだが、同じ姿勢で長時間過ごすのは辛く、ましてや人や荷物を乗せて飛んでいるグリフォンは尚更大変だ。
地上に降りると近くの手頃な木にグリフォンの鎖を繋ぎ勝手に移動しないようにする。
ようやく休めるとばかりに翼を休めるグリフォンは各々、楽な姿勢をとっている。
「今日はここで野営しましょう。もうじき陽が暮れるしグリフォンを休ませないと。夜の飛行は危険だし急ぐ任務でもない。このペースなら明日には到着できるでしょうし」
グリフォンを撫でながら右京が告げる。
「そうだな。二人はこういう時はどうしてるんだ? テントか何か持ってきてるのか?」
「テントなんて大きな荷物は陸路でなければ持ってこれないから今回は寝袋だけ。今の季節ならそこまで寒くはならないし、平気よ」
「そうか、俺も寝袋だけだ。あとは携帯食糧と調味料、簡単な調理器具だな。俺は料理には自信があるから飯の用意は任せてくれ」
「あら、あんた料理人なの? 人は見かけによらないものね」
「褒め言葉として受け取っておこうか。それにクックというより板前と呼んでほしいな」
「イタマエ? なによそれ? 職業の一種なの?」
「ん、まぁ、クックと似たような意味さ。左京も聞いたことないか?」
「……知らない」
「とにかく料理が上手な人ってことでいいさ。それで任務中は持ってきた食糧だけじゃ足りないだろ? 獣を狩って美味しく調理してやろうじゃないか」
「ずいぶん自信あるじゃない。なら料理は任せるわ」
「ああ、任された。そのためにも食糧を調達しないとな」
「ええ、陽が暮れる前に手分けして必要なものを揃えるわよ。私が薪を拾って火を熾すからあんた達は狩りをしてきて。
この辺で狩りやすい獣は左京に聞いてちょうだい」
「了解。頼んだぜ、左京」
「……うん」
「左京は狩りの名人なのよ。うちのギルドでもトップクラスに上手いんだから。あんたも見て勉強するといいわ」
右京を拠点に残し俺と左京は狩りへと出掛ける。
グリフォンに乗っているとたくさんの獣が確認できたのでそう遠くへ行かなくても出会えるだろう。
身を軽くして刀を持つ。左京は武器らしい武器は持っていない。
「左京は狩りをするとき武器は持っていかないのか?」
「……僕は魔力さえあれば狩りが出来るから持っていかない。……それに邪魔になるし」
「水で狩りもできるのか。ホント使い勝手の良い能力だよな。万能そうだし」
「……別に、狩りは冒険者にとって必須スキルだから誰でもできるよ」
「それはそうだが、どうやって狩るのか見ものだな」
「……別に、普通だよ」
謙遜する左京だが、僅かに頬が緩んでいるのを見逃さなかった。
だんだん双子の扱い方が分かってきた気がするぞ。
二人で少し歩いたところであることに気付く。
「なぁ、左京。わざわざ歩いて行かなくてもグリフォンに乗って空から獲物を狩れば早いんじゃないか? そのほうが獲物も見つけやすいし」
「……それはダメ。グリフォンは身体も大きくて見つかりやすいし羽音も五月蠅くてすぐに警戒される。 ……それに狩りに成功してもその場でグリフォンが食べちゃうよ」
「それもそうか。左京は物知りだな」
「……別に」
ふふ、喜んでるのはバレてるぞ。
俺達はしばらく辺りを捜索していると草原の中で初のターゲットを見つけた。
騒ぎを起こさぬよう身を低く屈めたままアイコンタクトをとる。
獲物となるモンスターは鹿のような姿をしており夢中で草を食べている。角は無いのでメスだろうか?
耳はどんな小さな音でも察知できるように常に右に左に動かし距離をはかっているようだ。
おそらくこちらに気付いているだろうが50mほどの距離があいている今なら逃げ切れると判断し構わず食事を続けているのだろう。
獲物に逃げられないよう目視しつつ小さな声で相談する。
「……あいつを狙う。……僕がお手本を見せるからここにいて」
俺は黙って頷く。
さて、左京はどうやって獲物をしとめるのか。後学のためにもしっかり見ておこう。
しかし、左京は特になんの変化も起こさずただじっと獲物を見つめているだけだった。
そのまま2~3分は経っただろうか。
一向に動かない左京に不安になってきたが声をかけるか悩む。
いつになったら狩りを始めるんだ?早くしないと獲物に逃げられるぞ。まさか今更、命を奪うことに躊躇でもしてるのか?
俺が不安な顔をしていると左京は呟く。
「……良し」
よし? なにが良しなんだ? 鹿は相変わらず草を食べてるだけだが……。
何を思ってか左京は突然立ち上がり、どんどん獲物へと向かっていく。驚いた俺はたまらず声を掛ける。
「おい、左京。そんな堂々と向かっていったら逃げられるだろ。なにやってんだ」
「……大丈夫」
ずんずん近づいてくる左京に警戒した鹿は当然のごとく逃げ出す。
身体はデカいが動きも素早い。あのスピードなら追いつくのは至難の業だろう。
「あーあ。逃げられちゃった。次の獲物を探さないとな」
「……見てて」
自信満々の左京は指差す。
すると、それは起こった。
走って逃げる鹿が突然、その場にガクンと蹲るように止まった。
なぜ鹿が逃げるのをやめたのか分からず触れるほどまでに近づくと、ようやく理解した。
「これは、泥? いや沼か?」
「……そう。当たり。これが僕の能力、【変幻自在の青】の力」
鹿は必死に逃げようともがいているが全く動けないのかモゾモゾするだけだ。
「……さっき、この辺の地面に水を集中させて泥濘にしておいたんだ」
確かに、鹿の身体は半分ほど地面に埋め込むように沈んでおり四肢がすっぽりと嵌っている。
まさか鹿も草原がいきなり沼になっているとは思わないだろう、これでは身動きはとれそうにない。
「すごいな。水は遠隔操作もできるのか?」
「……あんまり遠すぎると無理だけどこのくらいの距離なら平気。……それに屈んでいるときに地面に手をついて送り込んだから簡単だよ。
……音がしないようにゆっくりやったから時間かかったけど」
「でも、よくここに逃げると分かったな。沼のないところに逃げられたらどうしようもないだろう?」
「……それはないよ。獲物を中心にC字型に覆ってるから。……逃げるなら僕たちのほうに向かってこないと逃げれない。けど、逃げるのに敵に向かってくるなんて矛盾してる」
「ああ、だから俺たちは普通に歩いて近寄れたのか。って、そこまで計算してたのか?」
「……うん」
左京はそこまで説明したあとに左の人差し指をピストルのように鹿の頭蓋に向けた。
ビスッュ
左京の左指から超高圧の水が噴射され、鹿は絶命した。
それは、さながら玩具の水鉄砲のようだが威力は桁違い。
先ほどまで生きていた命を摘んだ。
左京は獲物を仕留めたあと目を瞑り、自分の額に数字の4を逆さに描くように動かした。それはまるで十字架を描くようだった。
糧となる鹿に両手を合わせ静かに祈る。
「それにしても凄いな。初めて本物の狩りを見せてもらったような気がするよ。ただ追いかけるだけじゃなくて地形を利用するなんて。
まぁ、この方法は左京にしかできないだろうけどそれでも凄い。獲物を傷つけずに仕留めるなんて」
「……他にもいろいろ方法はあるよ。今回は臆病で脚の早い獲物だったから逃げられないようにこの方法をとったけど。
……仕留める時も噛み付くような危険な奴なら鼻と口を水で塞いで溺れさせることもできる」
「お、おう。それは、また……うん、確実だな」
「……けど、この方法は嫌い。……苦しませてしまうから」
「そうだな」
それから左京は鹿を沼から引っ張りだし泥のついた部分を左京の水で洗い流した。
沼にした地形も左京は元通りする。
仕留めたばかりの獲物に刀で首に切れ目を入れ血抜きを行う。
新鮮なうちに血抜きをしなければ肉が生臭くなり運ぶのも大変だ。
二人は近くに落ちていた木の棒に鹿の脚を括り持ってきた紐で結ぶ。
「よし、これでOK! まずは一匹目だな」
「……うん。僕たちはこれで十分だけどグリフォンの分も狩らないとね」
「ああ、今度は俺がやってもいいか?」
「……うん」
「そういえば、水鉄砲も威力ハンパなかったな。一撃で仕留めるんだから」
「……こんなこともできるよ」
そう言って左京は左手を刀のように横に払うと左手から水でできた飛ぶ刀を作り出した。
飛んでいった水のブレードは威力が衰えるまで草原の一辺を刈り取った。
それを見た俺はただ笑った。
「ハハハ、いやホントやべーわ。なんでもできちゃうんだな」
「……でも、魔力が切れたら何もできないけどね」
改めて思う。
左京のこの能力はヤバイ。水は形が無いからどんな形にもできるし攻守ともにバランスもいい。使い方次第で化けるな。面白い……、魔力は使いようによっては際限がない。
俺が考え込んでいると左京がトントンと肩を叩き指を差して教えてくれる。
「……次はシンさんの番だよ」
指差す先にはウサギのような群れがいた。
第31話は明日、18時に更新致します。