第3話 身体検査
自称神様との話を終えた俺は自分の置かれている状況を把握することから始めた。
「さて、兎にも角にも自分自身のことを知らないとな」
自分のことを一から調べるとは少し奇妙な気がしたが、この現状では仕方がない。
とりあえず、着ている服は地球でいうところの作業着のような上下が繋がった恰好だった。
地球のものと違う点は開閉部分がチャックではなくボタン式であったことと首元から股関節部分が開く仕組みでそこから服を着るようだ。
作業着の下には地球と同じように下着であるパンツとシャツを着ていて靴はブーツのようだった。
そして性別が男性であることにも気がつく。これはこれでよかったのだろう。
幸い前の身体と同じものが股間にぶら下がっていたので使い方は分かる。
しかし、驚くべきはほかにあった。
身体の前にぶら下がっているものはいいとして、なんと後ろ側にも垂れ下がっているものがあったのだ。その付け根を手さぐりにまさぐっていくとそれはお尻の上、尾骶骨部分から直接生えている。
まぎれもない尻尾だった。
その尻尾はサルのように細長く真っ黒な色をしていた。ためしに手で尻尾を握ってみると握られた感触がある。触覚があるということはやはり俺の体の一部で動かせるはずだ。
十分ほどお尻に集中して動かすと、ぎこちないが自分の意思で動かすコツを掴んだ。
尻尾は意識していないときは地面より数cm上でぶら下がっている。
そのほかに気付いたことは体毛は明るい茶系。(太陽の下では金髪にも見える)前の身体に比べて多少体毛が濃いこと。身長は約百七十cmほど。
視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の5感は正常なこと。ズボンには尻尾を出すための穴が開いていること。そのほかは特に違う点はないようだった。
ちなみに味覚は草原の草を齧ってみたり嗅いでみて確認した。
耳が人間と同じ位置にあったことに安堵しつつ、少し気落ちしたような不思議な気持ちになったことは秘密だ。
運動能力や筋力を計るためにぴょんぴょん跳ねてみたり転がっている石を投げてみたところ驚くべき事実が判明した。
以前の肉体よりはるかに自由に身体が動いたからだ。
垂直にジャンプすると三mは軽く跳ぶことができ、投擲した石は軽く百mは飛んだだろう。
決して地球の頃の肉体が劣っていたわけではない。そこそこ体力はあるつもりだったし筋力も一般以上と自負していからだ。
もしくは、この星の重力が軽いためか?
しかし、それを凌駕するこの肉体。素晴らしい。
以前の体より格段に基礎体力や心肺機能が高いことはこの短時間で体感していた。
いつか、この肉体の体力の底を確認してみたいものだ。
極めつけにこの尻尾。
尻尾のおかげで身体の重心がかなり安定し、慣れてくれば軽いものなら巻きつけて持ち上げられそうだ。幸いなことに握られても力が抜けるような弱点もないようで一安心。
「よし! だいたいは感覚がつかめてきたぞ!」
次は情報収集だな。どこに行くべきか。
難儀なことに持ち物はほとんど持っていなかった。
腰のベルトに括り付けられた刃渡り約二十cmのナイフの入ったポーチ。不思議な文字のようなものが刻まれているが俺には読むことができなかった。
他は首から下げている青い宝石が埋め込まれた金属製の鍵。まるでサファイアのような美しさ。
時間は限られている。獣も出るかもしれない。
できるなら陽のあるうちに街を見つけたい。それが無理ならば体を休めるところを探さなければ。
とりあえず、近くにあった大きめの岩によじ登り辺りを見渡してみる。
この近くに街があるのかは知らないが見渡す限りの草原地帯と所々に小山のように点在する森が見えるのみだった。人工物のようなものは何もない。
「まずは森を目指しつつ前進するか」
学生の頃RPGのゲームにはまり一時期、何百時間もプレイしていたが最初の頃は比較的安全な地帯だと草原か森林のどちらかだろう。
ゲームの世界の常識が異世界で通用するとは思えないが、何も当てにしないよりはマシだろう。
けれど、森には入らずに草原から眺める程度の距離で歩いていくことに決めた。
この世界について何の根拠もないがRPG経験と自分の第六感を信じて進む。
あれから一時間は歩いただろうか。
草原を歩き続け森が見える程度の距離で歩いてみたが街はおろか何も変わったことは起きなかった。
ただただ同じような景色が延々と続くだけ。
「……読みが外れたか」
俺はただ当てずっぽうに歩いていたわけではなくある仮説のもと進んでいた。
その仮説とは俺が転生する前の身体の所有者が比較的、軽装でいた為である。
ろくに荷物も持たず乗り物もなし。
あるのはナイフと鍵型のネックレスのみ。財布すら持っていない。
まるで自分の庭を散歩に出かけるような装備だ。このような軽装なら少し歩けば何かしら人工物や手がかりが掴めると思っていたが甘かった。
唯一、危険な獣に出会わなかったことが幸いだ。
たまに聞こえてくるのは鳥に似た鳴き声と草を撫でる風の音だけ。
しかし、獣には出くわさないが持久戦もヤバイ。高かった陽も徐々に傾き気温が下がっているのが肌で分かる。
「方向を間違えたか? 今から引き返すか? いや、ダメだ。引き返したところで正しい保障はない。進むしかない」
俺は空腹と喉の渇き、体力の消耗から焦っていた。
こんなことならあの自称神様に街のある方角を聞いておけばよかった。あの野郎、自分が面倒だからといって説明をはしょりやがって。職務怠慢だ。真面目に働いている神様に失礼だろ!?
そこで、俺は思い出す。
「そうだ! 神様から加護を受けてたんだ! 今使わずいつ使う!?」
「加護よ! 我を助けよ!」
「こい! プレゼント!」
「贈り物、オン! etc……」
俺はいろいろと叫んでみたり、体をくねらせたりしてみたが何かが起こる気配は微塵も感じなかった。
「ダメだーーーー! 使い方がわからん」
まずい……、このままではまた死んでしまう。
そして決心した。
危険は増すが森に入るしかない。
このままではどのみち飢えや渇きで死んでしまう。そうなる前に体力の残っているうちに森に入り食糧を探す。
しかし、だいぶ陽も傾きあと一時間もすれば日没を迎えるだろう。
夜の探索は見通しも悪く危険が増し得策とはいえない。
ここは一晩、草原で過ごし日の出とともに森に入り食糧を探す。一日くらい飲まず食わずでも大丈夫なはずだ。
俺は近くにあった比較的大きな岩の陰に寄り添うように身体を預けしばし仮眠をとることにした。
幸運にも季節は夏のような気候だったので凍えることはなく一夜を明かせそうだ。
そして、次の日の朝。
不安から深い眠りに就けなかった俺は怠い身体を無理やり起こし森に足を踏み入れる。
初投稿のため第4話は一時間後に更新致します。