第29話 双子の能力
俺はグリフォンであるバーナードに乗り空を進む。街を出てから幾分、時間が過ぎた頃。
眼下には大きな渓谷が流れ、谷底には川が流れている。陸地には鹿の群れなどの草食獣の姿が確認でき、雲に遮られた太陽の光が影を落とす。
遠くにそびえる霞がかかった山の稜線が美しい。
順調に先頭を進んでいたが俺は右手の親指を立てたまま下に向け地面に降りる合図を双子に送った。
手綱を下に引きバーナードに地面に降りるように伝える。
素直に指示に従ってくれるバーナードはゆっくりと高度を落とし地面に近づいていく。できるだけスピードを緩めて飛び、走りながら着地する。
後ろの二人も後を着いて地面に降り立つ。
「ちょっと、なんで降りるのよ? まだ谷を抜けたばかりでオルバートの森はまだまだ先よ」
グリフォンに乗ったまま右京が尋ねてきた。
「……げ、限界だ。さ、さ、寒すぎる」
普段、街で出歩く格好のままグリフォンに乗り込み空の旅を続けていたが上空は極寒で薄着のままの俺は凍えていた。
転げ落ちるようにグリフォンから降りると寒さで身体が強張り自由がきかない。
シバリングを起こしガタガタと震え、今頃きっと青ざめた唇で紫色に変色しているだろう。
あまりの寒さに歯はカチカチと鳴り体が悲鳴を上げている。
ぎこちない動きでバーナードに括りつけた荷物の中から持ってきた衣服を着込む。
グリフォンはもともと長時間、空を飛べるように生まれているためスタミナも寒さにも耐性があり平気そうな顔で毛繕いしている。
俺の一連の動作から全てを察した右京は呆れた顔をしていた。
「あんた馬鹿でしょ。空は寒いに決まってるじゃない。そんなの常識よ、常識。いくら今が夏だからって甘く見過ぎよ」
暖かそうなふかふかなネックウォーマーや風を通さない革のマントに厚手の手袋。皮の帽子とゴーグルを額に上げながら右京が言う。
「……な、なら、と、飛ぶ前に……お、教えてくれても……いいじゃないか」
いまだに震えが止まらず呂律も回らない。
「何言ってんのよ。あんたが街を出たら勝手に先走ったんでしょ。私たちはついていくしかないじゃない。
そもそもなんで、あんたが仕切ってんのよ。ここは経験豊富な私がリーダーとなるべきなのに」
言われてみればその通りかもしれない。
初のCランク任務と空の旅とあって浮かれていた。今回は言い返す言葉もない。というか喋ることも億劫だ。
「まぁ、いいわ。喉も渇いてきたしここで少し休憩にしましょ。左京、ポッドを出して。ティータイムにするわよ」
言われた通り左京は荷物の中から鉄のポッドとカップを取り出し準備を始める。
慣れた手つきで茶葉をポッドに入れ、地面に転がってる手頃な石を集めて簡易の竈を作る。
その様子を見ていて思った。
「な、慣れたもんだな。……え、遠征はよく行ってるのか?」
「……うん。前はニコル様と姉さんと3人でよく行ってた」
「そうか、そういえば昨日は失礼な事を言ってすまなかったな」
「……別に。もう気にしてない」
「ありがとう。そうだ、水は俺が持ってきたものを使ってくれ。旅先で水は貴重だろ?」
俺は水を取り出そうとしたところで左京に止められた。
「……大丈夫。水ならいくらでもあるから」
「え?」
一瞬、左京が何を言っているのか分からなかったが、その答えはすぐに分かった。
左京は右手にポッドを持ち左の掌に魔力を集中させる。
すると、どこからともなく透き通った綺麗な水が左京の左手から溢れ出してきたのだ。
「え!? 水!? なんで?」
突然、手品のように手から大量の水が流れ落ちるその光景に俺は理解が追いつかなかった。
左京は当たり前のように流れる水をポッドに入れている。
「左京はどこでも水を出せるのよ」
不思議そうな顔をしていたのだろう右京が教えてくれる。
「左京の魔力は水を操る能力。TYPEは自然。空気中に含まれている水を集めて魔力で増幅させれば見ての通りどこでも水が出せるってわけ。詳しいことは私にもわかんないけどそうらしいわ」
説明を聞いて素直に驚いた。
「すごいじゃないか左京! この能力はサバイバルにはうってつけの力だ! なんて素晴らしい魔力なんだ!」
べた褒めする俺に左京は存外、悪い気はしないようで少し照れていた。
「……別に、こんなの簡単だよ」
口ではそう言っているが明らかに先ほどよりも水の勢いが増し、地面に小さな池ができそうだ。動揺しているのが丸分かりだ。
「そして、これが私の能力よ」
右京は右の掌を口の前に持ってくると、まるで見えない粉でも吹くようにふうっと軽く息を吹いた。
すると、小さな火花がチチチッと空中を走り先ほど作った竈に入るとボウッと火がついた。
「どう? すごいでしょ? これで私の凄さが分かったかしら?」
その一連の動作を見ていた俺は驚愕していた。
「すげぇ!! 右京は火を操ることが出来るのか! 一体どうなってんだ? 二人そろって天才じゃないか! まるで魔法みたいだ!」
「あ、当たり前でしょ! 私を誰だと思ってるのよ。あんたとはもって生まれたものが違うのよ」
「全くその通りだ! 生活にも活用できて戦闘でも大いに役立つ! なんて羨ましいんだ! これは神様に愛されし者の能力だ!」
「な、なによ……、気持ち悪いくらい素直じゃない。いっつもそうしてれば私も怒らないのに……」
右京も左京と同様に褒められるのには慣れていないようで顔を赤らめている。
竈の炎は踊っているように燃え盛る。鉄のポッドでなければ原型を留めていないだろう。
「つまり右京もTYPEは自然なんだな」
「そ、そうよ。ほら、早くあんたもカップを出しなさい。せっかくだから温かいお茶を分けてあげるわ」
「助かるよ! 体の芯まで冷え切ってるんだ」
初めて他人の魔力を目にすると双子の能力にただただ驚いた。
あっという間にアツアツのお茶が出来上がり、お茶を注いだカップを受け取る。地面に腰を降ろし少しずつ口に流し込む。
喉を通るお茶の熱がじんわりと感じることができ冷えた体に体温が戻ってくる。
「それで、あんたの能力はどんな能力なの?」
一息ついたところで右京が尋ねてきた。左京も興味ありげに視線を向けてくる。
「それが、まだ決めてないんだ」
「決めてないって、どういうことよ?」
「俺のTYPEは創造らしいんだけど、どんな能力にするかはまだ決めてないんだ」
「あんた、創造タイプなの?私、初めて見たわ」
左京も頷く。
「あんたは知らないでしょうけど創造タイプはレアなのよ。うちのギルドにもいないんじゃないかな。 左京、あんた知ってる人いる?」
「……知らない」
あれ? ギルさんは一人いるって言ってた気がしたけど秘密なのかな?
「ギルさんからレアだとは聞いてたけど人の能力を見たのも今日が初めてだし、いまいち実感が湧かないな」
「どんな能力にするか決まったら教えなさいよ。私たちだって教えたんだから」
「ああ。そのうちな」
お茶を飲み終えた三人はカップを片付け出発の準備を始める。
左京は持ってきた鍋に水を張りグリフォンたちに水をあげていた。
今度こそ防寒対策をしてバーナードに跨る。
「いい、あんたは今日が初のCランク任務なんだから私たちについてきなさい。私と左京は二ツ星で先輩なんだから!」
「はいはい、分かってますよ。俺は出しゃばらないから、どうぞ行ってください」
「はい、は一回でいいのよ!」
「へい」
「へい、じゃなくて、はい、よ!」
「はーい」
「伸ばすな!」
「……もういいよ、姉さん。シンさんもあんまりからかわないで」
「ああ、すまん。ついな」
「ついってなによ! あんたがちゃんとしないから私が言ってあげてるんでしょ! それにさっきまでの素直な態度はどこいったのよ!
ちょっと気を許せばすぐ調子にのる。これだから男ってやつは@:d」xs*lv」
見かねた左京は一足先に空へとグリフォンを飛び立たせた。
「あっ、ちょっと待ちなさい左京! 先頭は私が飛ぶんだから」
それを追うように右京と俺も大空へと飛ぶ。
オルバートの森まではまだ遠い。
第30話は明日、18時に更新致します。