第22話 急襲と戦闘
初任務を終えた翌日。
昨日の酔いも疲れも残っておらず改めてニコルさんから貰った【紺碧の指輪】の効果に驚く。疲労だけでなく酔いにも効果があるなんて幅の広い便利な道具だ。
一階に降りるとすでにギルさんが到着しており、依頼の張り出されたボードを眺めていた。
「おはようございます。ギルさん」
「おはよう。今日は残った依頼を片づけていく。昨日で期日の迫っている任務はあらかた終えたから今日はお前の好きな任務を選ぶといい」
「分かりました。ではこの任務を受けにいこうと思います」
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募集
【依頼内容】掃除
・海岸に打ち上げられた流木やゴミの撤去
【依頼主】ミーティア議会所 環境担当 フィリット
毎月恒例の海浜清掃のお願い
美しい砂浜を維持するために力をお貸し下さい
【納品期限】
8月末まで
【場所】
ミーティア議会所 環境部
【報酬】
日給8S
【難易度レベル】
D
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「いつも修行で砂浜を使っていたので感謝の意味も込めて掃除をしたいです」
「分かった。では議会へ寄って依頼人と会った後、海へむかうぞ」
二人は議会に立ち寄り、環境部と書かれた部署に依頼を受けにきたことを告げ担当者に依頼内容を聞く。
「私、環境部担当のフィリットと申します。この度は任務を受けて頂き感謝致します」
「それでは早速、今回ご依頼させて頂く仕事の説明をさせて頂きます。 ご依頼は毎月行っております海浜の美化です。
潮の影響で毎日のように海から大量の漂着物が流れ着き放置しておくと海浜の景観を損なう為、こうして冒険者の方に依頼を頼んでおります」
「今回お願いさせて頂く場所はこの辺りです。」
淡々と説明する人族の男性、フィリットさんは机に港周辺が描かれた羊皮紙を広げ、指で担当地区をなぞる。指し示られた場所はかつて修行した砂浜から船舶が停泊する地区までのおよそ3km。
「今回、私が同行し回収したゴミや流木などの後処理を行います。冒険者の方には指定の場所に打ち上げられた漂着物を集めてもらいたいのです。
以上で説明を終わりますが何かご質問は御座いますか?」
「無い。仕事に取り掛かろう」
「畏まりました。では私も準備が御座いますので30分後に砂浜でお会いしましよう」
二人は説明を受けたあと足早に議会を後にする。
ギルさんの議会嫌いはまだ直ってないようだ。
数日前は毎日通っていた道を通り浜辺へと辿り着く。
先に着いた二人はフィリットさんの到着を待ち、遅れて現れたフィリットさんは馬のようなモンスターと空の荷台を運んできた。
荷馬車を海水浴客の邪魔にならない場所に固定し運んできた馬型のモンスターを近くの木に繋ぐ。
「お待たせ致しました。それでは依頼のほうお願い致します。
小さなゴミを集めやすいようこの麻袋を使用してください。では、宜しくお願いします」
「よし、始めるぞシン」
砂浜には修行中は気にする余裕がなかったが、実に様々なものが打ち上げられていた。
大小様々な流木
片方だけの靴や、ドロドロの液体が入った謎の瓶
紐のような細長い海藻がからまり一つの塊となっているもの
人工物であったであろうボロボロの革製品
浮きに使用していたと思わせる欠けたブロック片
何かの生き物の白骨した骨や鳥の羽や魚の死骸など
ヤシの実のような繊維質の果実
もとが何かわからない謎の物体
よくよく注意してみれば実に沢山のものが落ちていた。
だが、そのどれもが腐っていたり傷んでいるものばかりで再利用できそうなものは無い。
30分ほど散策しただけでも相当な数のゴミが集まりすぐに麻袋がいっぱいになったため一度、馬車に持っていくことにした。
袋に入りきらない大きな流木などは空いている手で引きずりながら運ぶ。
荷車に戻りゴミを荷台に乗せフィリットから代わりの麻袋を受け取る。
「シン。今回の任務で俺が口を出すようなことは無さそうだ。俺はギルドに戻っている。任務が終わったらギルドに来い」
「分かりました。別行動ですね」
ギルさんと別れたあとも続けて清掃活動を行う。
何度か往復して砂浜のゴミはあらかた回収し終えると、次は港の停泊所へと向かった。
港にはたくさんの船が停泊しており、小型のヨットから大型の帆船などが並んでいる。
ぷかぷかと浮かぶ船には商船の屈強な船乗りが荷物の出し入れをしているところやクルージングに向かうであろう若いグループなど目的は様々だ。
砂浜にもたくさんの観光客や海水浴に来た人々で賑わっていたがここも人の出入りは多い。
交易都市でもあり観光地としても有名なミーティアならではの光景だろう。
遊びたい気持ちに駆られたが仕事、仕事と自分に言い聞かせ手を動かす。
いつかは俺もあんなふうに女の子と遊びたいなぁ……。ダメダメ、今は任務に集中だ。ゴミも溜まってきたから一度、戻るか。
ここでのゴミもだいたい集めたので、フィリットのところに戻ろうとしたときそれは起こった。
突然の破裂音。
まるで爆弾が爆発したかのようなけたたましい音と振動。
湧き上がる悲鳴。
突然のことに驚き、音の発生源を振り返ると停泊していた大型の帆船の一つが黒煙をあげている。
よく見ると船体に大きな穴が開き、辺りに木片を撒き散らし破片が港に降り注いでいた。
逃げまどう人々。
突然の爆発に騒然とし、パニック状態に陥っている。
爆心地の帆船は浸水しているのか少しずつ傾きはじめ、沈没するのは時間の問題だろう。
辺りには異変を察知した通行人が野次馬と化し、物見遊山で見物に来た人々でいっぱいになり皆が帆船を注視していた。
なにが起きた!? 船が爆発したぞ。大砲の火薬に引火でもしたのか? つーか、ヤバイよなこれ。怪我人もでてるんじゃないか?
誰一人、この状況に対応できないでいると傾きかけた帆船の穴からあるものたちが姿を現した。
それは大きな二つの鋏。
鋭い爪を船に食い込ませる8本の脚。
赤黒く重厚な甲殻に覆われた身体。
飛び出た二つの目。
ぶくぶくと口から小さな白い泡を吹きだしている。
その姿はまさに蟹だった。
ただし、地球の頃の蟹とは大きさが桁違いだ。
その身体は大人の人間ほどの大きさで船から次々と出てくるではないか。
正確な数は分からないが、最低でも10匹以上は確認できる。
と、そのとき桟橋で爆発に巻き込まれた人間の男が恐怖のあまり悲鳴をあげ恐れおののいている。
「うわあぁぁーーー!!! 化け物めっ!! こっちに来るなあぁぁぁああぁあぁぁ!!」
先ほどの爆発で足を怪我しているのか太ももの辺りから血を流し倒れている。
男の声を聞いた蟹は一斉に男に襲いかかると我先に鋏を突き立て、肉を千切ってはせっせと口に運んでいた。
男の断末魔はすぐに途絶え、蟹の鋏には赤い血がべっとりと付着している。
もう食べるところが無くなった男に興味を示さなくなった蟹は、野次馬の人だかりに視線を送る。
瞬間。
「キャーーーーーーーーーーー」
「鎧ガザミだーーーー!!」
「逃げろーーーーー!!」
女性の悲鳴を筆頭に辺りは叫び声と悲鳴が包んだ。
野次馬たちは我先に逃げようと蜘蛛の子を散らすように走っていく。
鎧ガザミと呼ばれた蟹たちも獲物に逃げられるものかとその巨躯からは考えられないほどの動きで素早く追いかける。
しかも地球の蟹とは違い、横歩きではなく真っ直ぐに向かってくる。
鎧ガザミのいる桟橋から少し距離があるとはいえ、あのスピードではすぐに追いつかれてしまうだろう。それはつまり死を意味する。
初めて見る人の死。あまりにもリアルな現実。
映画や漫画とは違う。今そこでさっきまで生きていた人が死んだ。
否、殺された!!
足はガクガクと震え、心臓の鼓動は早鐘を打つ。
やばいやばいやばいやばい! どうしよう!? 逃げなきゃ! 早くギルさんに知らせないと!!
ガザミたちは逃げる獲物を追いかけ四方八方に散っていく。いくつかの個体は海へと飛び込み潜るもの。いくつかは地上を走り人間を追いかけるもの。
そうして追いつかれた人間は皆、酷い死に方をした。
生きたまま肉を削がれ、骨を折り、内臓を抉られ捕食される。
嬲られる人間はいっそのこと一思いに逝かせてくれとその眼は訴えているかのようだった。
一人、また一人と捕まりその度に蟹たちは集まっては散り、奪い合っている。
餌を。
そして、ガザミは次の餌を見つけた。
それは泣き叫ぶ少女。
突如、日常からかけ離れた現実を突き付けられた少女はただ泣くことしかできず、へたり込んでいる。
大声をあげて泣いている少女はガザミにとっては餌が呼んでいる程度にしか考えられず、このままでは少女の命は一刻も保たず消えてしまうだろう。
時間が凝縮したかのような濃い時間の中で考える。
ヤバイ……あの子供、殺される……助けなきゃ、……今ならまだっ!!
「……うぅ、おおおぉぉぉぉあああああああーーーー!!」
バチィッン
俺は自らを奮い立たせるために雄叫びを上げ、両手で頬を思いっきり叩いた。
恐怖に打ち勝ったわけでも、策があるわけでもなくただこのまま見ているだけの自分が許せなかった。
修行では使うことのなかった日本刀【霧一振】を抜く。
勢いよく抜かれた刀はシャララと甲高い音を鳴らし研ぎ澄まされた刃が空気に触れる。
先頭のガザミが少女に襲いかかろうとする瞬間、魔力を纏い地面を蹴った。少女に向かっていく右の鋏、目掛けて刀を振り下ろす。
霧一振は音もなく鋏を両断した。
少女とガザミの間に立ちはだかるように現れた俺は振り下ろした刀を返し、その勢いのまま横に薙ぎ払う。
俺を敵とみなしたのか左の鋏で攻撃を試みてくるが、すでに遅い。
振るう刃は厚い甲殻を物ともせず切断し、身体を真横に切り裂いた。
中枢神経を破壊されまともに動くことができないガザミはその場に崩れ落ちる。
半分になった身体でもガサガサと動く脚から生命力の強さを感じさせる。
ガザミを一匹駆除した俺はすぐさま空いている左手で少女を抱え走る。
少女はショックのあまり気絶していたため暴れることも無く運ぶことに苦労しなかった。
走りながら後ろを向くと、両断したガザミの死骸に他のガザミが群がり共食いをしている。やつらに仲間意識など存在しない。あるのは貪欲な食欲のみ。
逃げまどう人々の中にフィリットさんの姿を見つけ、少女を抱えたまま近づく。
「フィリットさん!!」
「ああ! 良かった無事だったんですね!」
「この娘を安全なところまで頼みます!! そしてこのことをGGGに行って伝えてください!!」
「分かりました! けどあなたは!?」
「俺は奴らを食い止めます! 早くしないと犠牲者が増える!! 行けっ!!」
フィリットさんは言われるまま少女を背負うと急いでGGGへ向かって走っていった。
俺は震える手を握りしめ、恐怖を感じながらも鎧ガザミたちの元へと戻った。
第23話は明日、18時に更新致します。