第2話 自称神様の加護
頬を撫でる風が心地よい。
風に吹かれさわさわとそよぐ草。暑くもなく寒くもないまるで春の陽気のような穏やかな気候。
目を閉じていても分かる、陽だまりに手を置いたような柔らかな日差し。
このままゆっくり寝そべっていたい。
むにゃむにゃと覚醒前の脳を逡巡、記憶が甦る。
迫るトラック。飛び散る瓦礫。突き刺さるガラス片。体が軋む鈍い音。打ち付けられる衝撃。
「っううああああああああっっっ!!!」
寝ていた上半身を急激に起こし目を見開くと体中から冷や汗が噴き出る。
心臓が高鳴り、ドッドッドッっと脈打っているのが分かる。
「あれ? 俺……なんで?」
まだ手のひらがプルプルと小刻みに震え息も荒い。
「俺……たしか、トラックに………」
目を閉じるとあの光景がフラッシュバックしてきそうで怖い。
現状を全く理解できないが俺はとりあえず体が無事であることに安堵した。
あれだけの衝撃を受けたはずなのになぜ無傷なんだ? そもそも俺は室内にいたはずなのにここはどう見ても外だ。息を落ち着かせとりあえず立ちあがり周りの景色を見てみる。
そこはかつて俺が住んでいた町並みとは全く似ても似つかず、自然のままに育った草葉が生い茂り所々に岩が転がっているだけの長閑な草原だった。
しかし、広々とした空を見上げると燦々と輝く太陽のほかに月と思われる青白い星が見えた。
それも二つ。
一つ目は距離が近いためか太陽よりも数倍大きくて青白い月一号。クレーターもはっきり視認できる。
二つ目はまるで土星の輪っかのようにリングを纏いながら太陽と同じくらいの大きさの赤銅色の月二号。
つまりにここが地球ではないことを物語っていた。
「……よし。いいか俺。こういう時こそ慌てず騒がずが大事だ。OK?」
「OK、OK。大丈夫。ここがどこかは分からないが俺は平気だ。おかしなのは馬鹿デカい月とちっこいリング付きの月があるだけだ」
自問自答して余計、眩暈がしてしまうが、なぜこのような事態に陥ったのかを思い出すべく意識を記憶に巡らせた。
俺は板前だ。
夢のお店を立ち上げた。しかしクソなトラック運転主が店に突っ込んで吹き飛ばされた。
そしたら声が聞こえて今ここにいる。
ん? そういえばあの声どこから……?
???『思い出した?』
突然、後ろから声を掛けられ驚きのあまり声も出なかった。
後ろを振り向くとそこには小学生ほどの背丈の大仏が立っている。
大仏?
よく雑貨屋に被り物の大仏があるがこれは全身が大仏だ。最近は大仏の着ぐるみでもあるのだろうか?
「……きみは誰だ? というか、なんだ?」
『僕? 僕は神様だよ』
「神様? ……え?」
『まぁ厳密には違うけど君のなかの神仏のイメージがこの姿だったから今は拝借してるだけさ』
「???」
現段階でも意味が分からないのに、こいつのせいで余計に混乱してくる。
『まぁ、僕のことは置いといて。重要なのは君だよ。断片的に覚えていると思うけど君は一度死んだ』
「死んだ? 俺が?」
『そう。普通は肉体が死んだとき魂も一緒に逝くんだけど君の場合少し違ってね。現世に強い未練が残っている魂は稀に肉体が死んでも現世を離れないことがあるんだ。いわゆる幽霊ってやつだね』
「つまり俺は幽霊になったと。でもここは地球じゃないよな」
『なかなか冷静じゃないか、手間がはぶけて助かるよ。察しの通りここは地球じゃない。この星の名前は【ガイア】。今日から君が生きていく世界さ』
「ガイア? 聞いたことないな」
『そうかもね。なぜ地球生まれの君がガイアにいるかというと君は強い未練を残して死んだ。本来、魂も生まれた惑星に留まるんだけど君の場合その未練がとても強くてね。いずれ君は悪霊に堕ち更なる面倒を巻き起こす。僕は面倒事が嫌いなんだ』
神様なのに面倒とか言ってもいいのだろうか?
迷える魂が目の前にいるんだぞ?
だが、神様は口を挟む暇も与えずにずけずけと言葉を発していく。
『それで、悪霊の面倒を見るくらいなら君の未練を取り除いてあげればいい。つまり生き返ってお店を開店させる。転生してね』
「なるほど、一応筋は通っている。……って、信じられるか! それに神様なら魂の一つくらい強制的に消せたりできるんじゃないのか?」
『神様にも色々あってね。他の神様がうるさいんだ。ほら八百万の神々とか言うでしょ。神様いっぱい! 夢いっぱい!』
「…………」
そう言って自称神様は両手を広げて首を傾げた。
『ほんとは地球で生き返らせたかったんだけど、君の肉体は使い物にならなかったからさ。その時、丁度この世界に出来立てほやほやの死体があったから君の魂を入れたってわけ。ちょっと細工はしたけどね!』
ここまで話半分に聞いていたが、そろそろ理解が追いついていかなくなってきた。
が、どうやら俺は自らの意思で運命をも変えたらしい。
「なぁ、この世界に料理人はいるのか?」
『もちろんだよ! じゃなきゃこの星に転生させたりしないよ』
「それもそうか。なら転生もアリかな」
『お! 前向きだね。この世界で生きていく気になったかな?』
「いまだに信じられんし頭も混乱してるけどな。薄々、夢なんじゃないかと思ってるよ。けど、それが本当ならオマケの人生楽しませてもらうよ」
『その意気だ!』
地球でやり残したことがないと言えば嘘になるが死んでしまったのではしょうがない。あの痛みと記憶は鮮明に焼き付いているから疑いようがない。
せめて家族と料理長には別れと感謝の言葉を伝えたかった。
『そんな君に僕からのプレゼントだ! 手を出して』
手を神様に近づけると神様の手から神々しい光が輝く。
光に触れると手から体に向け熱が込み上げてくるような今まで感じたことのない感覚が身体を包んだ。
『君に加護を授ける。またすぐ死んだら面倒だからね』
神様ってのはみんなこうなのか? 俺のイメージと大分違うけど。
『面倒臭がりなのは僕だけさ』
ぐっ、心を読まれたのか。気味が悪いな。
『はい! おわり! 次はこの世界について簡単に説明するね』
「ああ」
もう、この際ヤケクソだ。とことん付き合ってやる。
『ガイアと地球は似ている星だけど決定的に違うものがある。それは【魔術】、魔法と置き換えてもいい。人によっては魔力と言ったりもする』
「魔法があるのか?」
『なに言ってるのさ、地球にも魔術はあるじゃないか。君が知らないだけ。ただ、君が驚いたように地球で魔術の存在は極僅かな人間しか知らないし、それを世間に公表することも禁止されている。稀に公の場に現れるけど大抵は頭のおかしな奴と思われてお終いさ。その代わり地球で発達したのが科学。逆にこのガイアでは科学はあまり発展せず魔術が発達したんだ』
「……マジかよ。ゲームや漫画の世界だけだと思っていた」
『君の知らない世界なんていくらでもある。一例として君は性交の快楽も知らない。動物として由々しき事態だ』
「ぐっ、それはそのうち機会があればやろうと……」
『人間の童貞はみんなそう言うな。童貞のなかで流行っているのかい? まっ! それもこの世界で知っていけばいいさ。あとはガイアでの生活に困らない程度に語学を刷り込んでおいた。コミュニケーションをとれなければ生きていけないからね』
「そうなのか? 全く実感が湧かないんだが」
『じきに分かるさ。けれど君の知識や経験はそのままにしてあるから細かい事は自分でこの世界を調べて頑張ってね』
と、そこまで説明したところで、さも帰りますと言わんばかりに締めにかかる。
「おいおい、まさかもう説明は終わりか? まだ聞きたいことがたくさんあるんだが……」
『え~、だって面倒臭いし。あとは自分でなんとかしてよ』
嘘だろ。冗談きついぜ。これで異世界に俺を頬放り出すつもりかよ。
『あっ! 最後に一つ忠告しとくね。君は一度死んだけど僕の力で生き返らせた。けど次はないから。 もし、君が死んだとしても転生はさせないし生き返りもさせない。だから安易に考えず死なないよう頑張って生きてね! では、さらばじゃ!』
自称神様はそう言い残すと自らの身体を眩い光に包み、一瞬輝いたと思ったら跡形もなく消えていた。
神様に聞きたいことはたくさんあったが本人があの調子では仕方がない。
なんにせよ一度潰えた夢をまた目指すことが出来るのだからきっと幸福なことなのだろう。
「悩んでても仕方ない! コツコツいくか!」
修行時代の経験から下積みの重要性を理解しており、真面目な性格も相まってこの世界を少しずつ受け入れはじめていた。
♦ ♦ ♦
???『あー疲れた! これでようやく暇潰ししながら、だらだらできるよ!』
???【また人間を転生させたのですか。やりすぎると裁きがありますよ】
???『え~、だって退屈なんだもん』
???【またそれですか。いつか問題になりますからね】
???『いいのいいの! それよりさぁ~、今回は少し細工したし面白くなると思うんだよね~、ヘヘ』
初投稿のため第3話は一時間後に更新致します。