第134話 GGG防衛チーム 三日目 僅かな可能性
♢ ギルドGGGホーム Olbato・K・Shin ♢
銀鬼と相対するは俺とスコルピオン。
先ほどの攻撃で奴に斬撃や物理攻撃が効かないことは明らかになった。
となってしまうと俺に残された攻撃手段はほとんど残されていないが、スコルピオンにはまだ策があるようだ。
「シン、今度は俺の忠告をよく聞けよ? 正直、俺たちの勝ち目はゼロに等しい。でも、勝てなくとも負けなきゃいいなら話は別だ」
「……? 何か策があるのか?」
「ああ、ほんの少しでいい。奴の注意を引いてくれ。その隙に俺が奴に攻撃する。出来そうか?」
確かめるように問うのは、怪我の状態や俺にまだ戦う意志が残されているか見極めているのだろう。
足や鼻の傷は今なお激痛を伴っているが、興奮状態の脳内では痛みも麻痺しているのか痛いだけでまだまだ動く。
それに、心なしか出血も収まってきた気がする。
「出来るかどうかじゃねぇ、やるんだよ! その代わり一発で決めてくれ。そう何度も次があるとは思えねぇからな」
「ああ任せとけ。お前が死んだら骨は拾ってやるからさ」
「フッ、まだ冗談利ける余裕があるじゃねぇか」
「半分は本気だぞ」
「……そうならないためにも、俺の命を預けたぜ!」
その言葉を皮切りに再度、銀鬼に向かって走り出す。
奴は先ほどから微動だにせず棒立ちのままだ。俺達如きを相手に構えるまでもないということか。
確かにその通りだろう。
でも、それが真実だとしても。
やっぱムカつく!!
「その余裕の顔に一発入れてやるぜ!」
痛む足などお構いなしに踏み込み、霧一振を突き立てる。
素手で刀を掴む化け物に対し意味のない攻撃かもしれない。けれど、今度の目的は捨て身による陽動作戦。
反撃を貰ったとしてもスコルピオンの攻撃が決まればそれで良し。
俺の放った渾身の突きは、あっけなく躱された。
『面倒だな。なら、こうするか』
呟くように奴が吐き捨てると左手で刀身を鷲掴みにし、あいている右手で恐ろしく早い手刀を霧一振に打ち付けた。
武器を持っているから強気になっていると判断したのか、刀を叩き割りにきたのだ。
ビィィィイインン
しかし、霧一振は決して折れなかった。
流石はベルグさん自慢のナンバーシリーズ。銀鬼の手刀でも甲高い音を鳴らすだけで刃こぼれ一つしていない。
奴は刀を折れなかったことに驚いているのか一瞬だが注意が削がれた。
想定外だが僅かな隙を無駄にせず、空を切った刀を瞬時に手放して奴の体にしがみつく。
出来れば両腕もろとも抱きかかえたかったが右腕だけは逃げられてしまった。
「今だ! やれ!」
必死の叫びを聞いたスコルピオンが何をするかは分からない。
それでも信じて任せるしかなかった。
バゴッ
言い終わるや否や、捕まえられなかった銀鬼の右腕による肘鉄が俺の左肩にヒットした。
左腕の自由が利かない。
強烈な一撃により脱臼か骨折したことだろう。
猛烈に痛むが、俺の目的は達せられた。
「よくやったシン。成功だ」
自信に満ちたスコルピオンの声が聞こえてくる。
と、同時に全身を雨に打たれたかのような感触に包まれた。
頭上から大量に降ってきた霧状の雨粒は俺と銀鬼を濡らす。
先ほどまで晴れていたため自然の雨ではないことは承知していた。
そして、これがスコルピオンの用意していた策であり俺達に残された負けないための手段。
「物理攻撃が効かないなら内側に攻撃すればいいだけのこと。いくら外側が硬くとも目の粘膜や呼吸による体内への侵入は超簡単。あっ、言っとくけどこれ即効性の筋弛緩剤だから。精々、死なないよう足掻いてみなよ」
濡れたまま後ろを向くと勝ち誇った顔のスコルピオンが蠍の尻尾をぶんぶん振り回し、その先からは透明な液体がポタポタと垂れている。
どうやらあの尻尾の先から毒の液体を噴射したようだ。
すぐさま銀鬼の体から離れ五メートルほど距離をとる。
左腕はもう使い物にならないが、むしろ左腕一本で済んだのは幸運かもしれない。
そうこうしているうちに早速、毒が回り始めたのか奴は片膝を着き呻き声をあげていた。
「って、お前! 俺まで毒かけんなよ! 俺じゃなかったら死んでるぞ!」
「つーか、なんでシンはピンピンしてんの? 猛毒は闘技場では使えないような劇物なんだけど?」
「俺はもともと毒が効かない体質なんだよ!」
「あー! だから、試合のときも平気だったのね。って、それズルくね!?」
「お前、俺が免疫体質なのを知らなかったのによくも策だなんて言えたな」
「そりゃあもちろん解毒薬は持ってるからね。あいつの動きを封じたらシンにだけ投与するつもりだったさ」
「なら、まぁ、うん。いいけどさ……」
「心配なら念のために解毒薬使っとく?」
「ああ、くれ」
そう言いスコルピオンは鎧の内側に隠していた小瓶を取り出した。
体調の変化は見られず至って健康体だが、一応薬をもらっておく。いくら毒が効かないとはいえ不安なものは不安なのだ。
使用した毒の効果は銀鬼を見れば明らか。
現にあれだけ強かった奴は全く動けないでいる。
──はずだった。
「え?」
たった今まで、目の前で蹲っていたはずの銀鬼は忽然と姿を消していた。
「ぐあああああぁぁああッッ」
次に捉えた情報は突如、叫び出したスコルピオンの声。
視線を向けると薬を差し出していた右手があり得ない方向に捻じれている。
もはや骨折などという問題ではない。
右手首だけを無理矢理、捻ったのか手首が一周していた。
痛みに堪えながら手首を抑えるスコルピオンは歯を食いしばって必死に正気を保っている。
考えるまでもなく誰の仕業かは分かっていた。
しかし、目にすることも、察知することも出来ずに解毒薬を奪われてしまった。
確かに毒を浴びていたはずなのに……。
そして、俺たちの目の前で蹲っていたはずの奴はいつの間にか俺たちの後ろに移動し、小瓶の中身を飲み干したところだ。
それは同時に策が通用せず、俺たちの敗北が決定した瞬間でもあった。
「な、なんで動けるんだよ? 確かに毒は回ったはずなのに」
空になった小瓶を捨て、口を腕で拭っている。
もはや毒など初めからなかったかのように銀鬼は平然と立っていた。
『お前だけが免疫体質だとでも思ったのか? まぁ、こちら側にしてはなかなかだったがな』
「こちら側? どういうことだ?」
『ん? お前、気付いてないのか? クックック、そうか。なら予定変更だ』
「何一人で納得してやがる。まだ勝負は終わってねぇんだぞ。そっちが来ないならこっちからぁ゛ッ……!?」
その瞬間、吸い込んでいた全ての空気が強制的に吐き出された感覚に陥る。
と同時に視界が暗転していき全身の力が抜け、いとも簡単に意識を手放した。
『遊びは終わりだ。思わぬ土産が手に入ったことだし情報は別の奴に聞くことにしよう。ついでに刀も貰っていくか』
「……待ちやがれッ! シンを離せ。殺すぞ」
『んーそうだな、お前には別の役割を果たしてもらうとするか』
♢ ♢ ♢
♢ ギルドGGGホーム Reyhaneh・L・Guilfeed ♢
「これは……、何があった?」
俺とニコルとソフィー、三人揃っていながらもまんまと緑鬼の術中に嵌まり、ようやくホームに戻ってきてみればGGGの建物は一変していた。
ホームは半壊しており、避難していた住民の姿もなければ残っていたはずのアイシャも見当たらない。
俺たちが留守にしていた間に襲撃があったことは明快である。
そして、その犯人も容易に想像がついた。
銀鬼の仕業だ。
俺たちが緑鬼の能力から抜け出たあとミーティア襲撃の実行犯の一人として緑鬼を拘束し、置いていく訳にもいかないので俺が手綱を握り、ここまで連れてきていた。
自分の中で様々な感情が巡り沸々と怒りが込み上げ堪らず魔力が迸る。
「ソフィー! ギル! 来てくれ、早く!」
目の前の惨状に対し、必死に理性を保っていると建物の陰から行動を共にしていたニコルの叫ぶ声が聞こえてきた。
急いでニコルの元まで駆けつけると更に感情を刺激する光景が飛び込んで来る。
そこにはボロボロに打ちのめされ意識を失っている右京とスウィフトの姿があった。
ニコルが脈を確かめ、ソフィーは瞬時に能力を発動し二人の回復に努めている。
全身傷だらけではあったものの、命さえ繋ぎ止めていればソフィーの能力で問題なく治癒するだろう。
事実みるみる傷口が塞がっていき二人の顔に生気が戻っていく。
流石、治癒師ギルドの長。
その手腕は確かであり万能魔力回復薬を使うまでもなかった。
「もう大丈夫。意識はまだ戻らないけどじきに目を覚ますわ。でも、なんで二人がここにいる? 北門の護衛に向かったはずだろ? それに、アイシャちゃんはどこ行ったんだい?」
ソフィーが疑問に思うのも分かるが真実を知るものはここにはいなかった。
「分からない。僕にも分からないんだ……。クソッ! 僕は団長代理として失格だ」
「別にあんたを責めてる訳じゃないさ。あんたは立派に務めを果たしてるよ。悪いのは全部コイツらさね」
会話の流れから自身の危険を感じ取ったのか、弁明するように慌てて緑鬼が口を開く。
「ちょっと待ってくれ! 俺が知ってることは全部話しただろ!? だから手荒な真似はよしてくれ。あんた等は無抵抗の人間に手を掛けるようなクズじゃないだろ? へへ」
妙な説得力をもって降伏する緑鬼はヘラヘラとのたまう。
しかし、その言葉が俺の琴線に触れた。
奴の体を縛っていた縄を引っ張り、襟を掴んで壁へと押し付ける。
「黙れ。俺たちが手を出さないのは無実の者だけだ。犯罪者には容赦しない。次、許可なく喋ったらその首、噛み砕く」
すでに俺の我慢も限界に近かった。
ただの脅しではなく本気で噛み殺すことも厭わない。
俺が本気だと悟ったのか苦しそうに何度も頷いたので、仕方なく力を緩めてやる。
右京とスウィフトが安全域まで落ち着いたところで、更なる負傷者を発見した。
しかし、そいつは二人以上に酷い有様で打ち捨てられていた。
日焼けした褐色の肌。
黄金の蠍を模した下半身の鎧。
まだ若い青年。
なんとか確認できたが、黄金の鎧はバラバラに砕かれ精悍な顔つきだった顔は殴られ過ぎたことにより腫れあがっている。
右手首は捻られたかのように一周しており、呼吸も浅く危険な状態であった。
「こいつは闘技場でシンと戦った奴だ。ソフィー、治療してやってくれ」
ソフィーによる治療を受け腫れが引くと驚くことにまだ意識があった。
そして、ゆっくりながら言葉を発していく。
「あんたら……、シンの……、仲間だ、な。シ、シンが……、攫われた。頼む! あいつを……た、助けてくれ!」
散々痛めつけられたであろう体で必死に頼む姿は胸を打つ。
言われるまでもなく、やるべきことは決まっていた。
「シンは俺の弟子だ。なんとしてでも連れ戻す」
俺の言葉を聞いた青年はようやく安心できたのか、眠るように意識がなくなった。
「ソフィー、緑鬼を頼む」
俺は持っていた緑鬼の手綱をソフィーに託す。
もはや一刻の猶予もない。街の外へ逃げられる前に銀鬼を追い、シンを取り戻さねばならない。
「ギル、僕も行く。三人を任せたよソフィー。帰ったらまたギルドのみんなでお礼に行くから」
「二人とも絶対帰ってきな。必ずだよ。どんな怪我でもあたしがすぐ直してやるから。……気を付けるんだよ」
心配そうにしながらも送り出すソフィーは自分のやるべきことをしっかり理解していた。
シンの後を追いかけるのも問題はなかった。
それは、わざと残されたかのように点々と続く血痕が地面に残されていたから。
そしてその血の匂いは記憶に新しい、紛れもなくシンのものである。
「行こう、ギル。大切な仲間を取り戻しに」
「ああ」
水面下でなんとか抑えていた怒りは今か今かと開放される時を待ち、静かに燃え上がっていた。