第130話 GGG防衛チーム 三日目 脱出
♢ ミーティア 大通り Savina・J・Nicole ♢
迷路の一角に隠れていた緑鬼を発見し、戦闘へと突入する。
ここで僕が奴を仕留めなければ、この囚われている迷路から脱出することも、街に危機を知らせることもできない。
ギルとソフィーはいまだ迷路のどこかで緑鬼を捜し続けていることだろう。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
そうして、先ほど呼び出したばかりのナディに戦闘準備をさせ僕の補助を頼む。
先に仕掛けてきたのは奴からだった。
その異様に長い手足で大股でじりじりと近づいてきた緑鬼は僕よりもリーチが長く、しなるような右のフックを繰り出してくる。
「シッ!」
まるで鞭のようなその殴打は大きな弧を描きながら肉薄する。
しかし、速さはそれほどではなく屈むことで難なく躱す。
振り切ったことでがら空きになった身体へ向け突進し、低い姿勢のまま緑鬼の右脇腹に掌底を打ち込む。
パァァン
一撃入れると怯むことなく奴の左の拳が飛んできた。
距離が近かった為、今度は躱すことはできず右腕でガードしながら後ろへと飛ぶ。
お互いに一発づつ攻撃し、様子を見る。
「ゲハハ! 軽いねぇ! お前の女みてぇな細い腕じゃ、何発貰おうが屁でもねぇな」
見たところ、奴の言う通り大したダメージは与えられていないようだ。
脇腹に的確にヒットしたにも関わらず苦しむ素振りを見せない。虚勢や我慢の類でないことは本当だろう。
『さて、どうかな』
「あん?」
それでも、先手は打った。
『ほら、そこ』
僕が指し示してやった場所は先ほど掌底を打ち込んだ右の脇腹。
そこには先ほどまで何もなかった箇所に文字とも絵ともいえぬ文様が服の上から浮かび上がっていた。
大きさは僕の手の平サイズ。
「ん~? なんだこりゃ? いつの間につけやがった?」
奇妙な文様を付けられたことを嫌がり、左手でごしごしと擦っているがその程度で消えるような代物ではない。そうしてこちらを警戒しながらも必死に擦っているとこで、とある命を下す。
『ファム』
ただ一言、そう告げた瞬間。
それまでただの文様だったものが突如、勢いよく燃え出した。
「んなっ!? ぁちぃぃ!!」
突然、服が燃え出したことで緑鬼は酷く混乱し火傷による痛みと何が起きたのか理解できずに困惑している。火が服全体に燃え移る前に破り捨てるようにタンクトップを脱ぎ捨てた。
文様が燃え切ったところで炎も消え去ったが、必死に消火しようとした左手と右の脇腹に軽度の火傷を負ったようだ。
「てめぇ、何しやがった」
じゅくじゅくと焼け爛れた皮膚と緑色の表皮の一部分だけがぽっかりと赤く変色している。
燃えたことで肉の焼ける焦げた匂いと、燃え切ったタンクトップが灰へと変わっていた。
《火の妖精族ナディ》
彼女は火の眷属の妖精であり、僕の手の平が触れた箇所を通じて火の文様を描き出す。
僕の着火の合図により火の気がないところでも自由自在に炎を生み出すことが可能。
また、彼女の姿は緑鬼には見えないため奴からしてみれば僕が発火系の能力と誤認していることだろう。
炎といえば右京の専売特許だが、これくらいの火力ならばナディの力を借りて僕にも出すことはできる。
最も今は戦闘中により送り込める魔力が限られているが、送り込む魔力と触れている時間が長ければそれに比例して火力も強くなる。
それでも、奴にダメージを与えるだけの効果はあるようだった。
『さて、なにかな』
「ふざけてんじゃねぇ!!」
怒りに任せ再度突っ込んできたが僕が手を掲げたところで急制動し、たたらを踏んでいる。
どうやら先ほどの一件を警戒し不用意に手を出せないようだ。
だが、相手が来なくともこちらから攻め込むこともできる。
長い腕を掻い潜るように迫り、掌底を打ち込む。
今度は右肩にヒットし、がむしゃらに腕を振る鬼の両腕にも掌底を加える。
計三カ所に攻撃を打ち込むと、じわじわと浮かび上がるように先ほどと同じ文様が体に直接浮かび上がった。
そして、バックステップを取りながら言葉を発する。
『ファム』
「ぎゃああぁあぁぁっっ!!」
今度は服の上からではなく、緑鬼の表皮から炎の手が上がると苦痛の叫び声をあげ地面へと転がり回る。
ブスブスと不快な異臭を放つ白煙を燻らせながらようやく火が消えると殺気を孕んだ鋭い眼光を向けてきた。
「クソがぁ……。殺す!!」
その上半身は火傷だらけになり焼け落ちた皮膚の下から筋肉の赤い繊維が見て取れ、凄まじい激痛であろうことが伝わってくる。
血走った眼は充血して怒りに満ち満ち、僕を殺すことだけしか考えていないのだろう。
と、そこで奴が纏っていた魔力が突如、増幅し始めた。
これは、……鬼神化だ。
「ぅがああぁぁぁっっ!!」
拳を握り雄叫びを上げながら天を仰ぐ姿は、なんとも禍々しい。
瞬く間に当初の倍以上の魔力を纏った緑鬼は全身を濃緑色に変化させ、額には突出した角が一つ生えていた。
それまで火傷を負っていた箇所も鬼神化の影響か若干、回復しているように見受けられる。
ここからが本番のようだね。
怒り狂っている緑鬼は最初より長くなっていると思しき腕をカマキリのように上段に構え、かなりのリーチだ。
ナディがいなかったら一方的に嬲られることになっただろうが、僕に触られるということがどういう結果に結びつくか理解しているので迂闊に手を出してこない。
しかし、膠着状態は長くは続かなかった。
緑鬼はするすると手を地面近くに下ろすと、脇に落ちていた酒瓶を手に取る。
それは当初、緑鬼が一人で酒盛りをしていた際の残りであり、左右の瓶をぶつけ合わせ即席の凶器とした。
ナディといえど、瓶を燃やしきるほどの火力は出せないので一応は武器にはなるだろう。
だが、燃えないというだけで特別危険視するほどでもない。
鋭利な凶器とはいえ、たかが酒瓶。
それよりも奴自身の爪や角のほうがはるかに恐ろしい。
奴とて分かっているだろうが、それだけ僕を警戒し直接触れたくはないのだろう。
握りしめた切っ先を僕へと向けゆっくりと迫りくる。
だが、相手が僕に触れないよう対策をとってくることは幾多の戦闘経験から分かりきっており、僕もその対策を始めから講じている。
予め上着の内側に仕込んでおいた、あるものを取り出す。
それは小さな投げナイフ。
いつどこで戦闘になってもいいよう常に持ち歩いており、護身用にも使っている。
刃渡りは十cmほどしかないがナディの手にかかれば燃えるナイフと化し、投げた先でも炎上する。
これによって、近・中距離の相手でも十分に戦うことが可能だ。
『さぁ、第二ラウンドだ』
にじり寄って来た緑鬼は両腕を鞭のようにヒュンヒュンとしならせながら機会を伺い、目覚ましいスピードで突き付けてくる。
大分、早くなっているが追えないことはない。
この程度ならギルやGGGメンバーのほうがよっぽど早い。
鋭利な切っ先をナイフで受け止めつつ隙を狙うがやはりリーチの差が大きく踏み込むことが出来ない。
ナイフを投げようにも投げた瞬間、僕は刺されるだろう。
そうして、しばらくは金属かぶつかる音だけが鳴り響く一進一退の攻防が続いた。
だが武器の性能の違いは如実に現れる。
何度も打ち付けあったため瓶の刃物は少しづつ欠けていき、ついには持ち手付近まで削り取った。
反して僕のナイフはベルグさん特注のナイフ。
これしきのことで刃こぼれするほど軟じゃない。
「ちっぃ!」
業を煮やした緑鬼は咄嗟に瓶を投げ捨てると別の瓶へと持ち替えようとした。
その僅かな間を逃すはずもなく、一瞬の隙を突いて投げナイフを投擲する。
狙うは手の先に転がっている瓶。
これ以上同じことを繰り返させないよう先に割ってしまい酒のアルコールに着火させ触らせない。
間髪入れずに今度は緑鬼目掛けて投げつけ、奴の右の太ももへと突き刺さった。
「ぐぅ!」
『ファム』
「うがっあぁ!!」
一瞬にして燃え上がったナイフは傷口深くまで燃え上がり、足の内部から火傷を負わせていく。
それは想像を絶する痛みで、もはや奴は立っていることさえ出来ない。
尻餅をつくように座り込んだところで詰みのナイフを肩口へと投げつけ左肩に突き刺さる。
けれど肩に刺さったナイフは発火させないまま牽制のため放置し、勝負はついたかに見えた。
念のため投擲したナイフの代わりを懐から取り出し、無駄な抵抗をさせないよう構えておく。
『動くな。少しでも怪しい動きをしたら肩のナイフを発火する。諦めて能力を解除するんだ。そうすれば命だけは助けてやろう』
僕の気配から脅しでないことを悟ったのか、緑鬼は観念した様子で手を上げた。
「分かった! 俺の負けだ! だから殺さないでくれ! もともと俺は頭に命令されて動いていただけなんだ。この仕事が終われば大金が手に入るって聞いたから手を貸したんだが、死んじまったら意味がねぇ。命あっての物種だ」
そうして怪物が敗北を認めたことで奴の能力が解除されたのか、鬼神化を解くと同時に、ぐにゃりとした感覚の後もといたミーティアの街へと戻ってきていた。
向かい合う僕たちのすぐ脇にギルとソフィーも無事に帰ってきており僕たちを見て事の成り行きを察したようだった。
「流石あたしのニコル。一人で追い詰めちまったんだね。おやおや、これはまた随分と灸を据えてもらったみたいで」
帰ってくるなり喋り出すソフィーは手傷を負っている緑鬼を見てニヤニヤと笑っていた。
しかし、無事に帰ってくることが出来たとはいえ随分と時間を喰ってしまった。
『それじゃあ、話してもらおうか。君たちの目的はなんだ? いや、それより銀髪の男はどこに行った?』
すると、僕の問いを聞いた緑鬼は敗北したにも関わらずクックックと笑いだしゆっくりと口を開く。
「……知らねぇよ。俺の仕事はあんたらを一秒でも長く閉じ込めておくこと。その後の頭の動きなんざ知る由もねぇ。なんせ俺だって向こうにいたんだからな。けど、一つだけハッキリしてることがある」
『なんだ?』
「俺は仕事を果たし、あんたらの勝ち目はなくなったってことだよ」
緑鬼の顔は敗者とは思えぬ勝ち誇った顔をしていた。