第128話 GGG防衛チーム 三日目 囚われた力
♢ ミーティア 大通り Savina・J・Nicole ♢
GGGのホームを出た後、僕たち三人の前には距離を空け先導する緑鬼の後ろ姿がある。
すのすぐ後ろでは銀鬼が見張りを利かせており、下手な手出しは出来ない。
今なお街の至る所では爆発による火の手が上がっており、騎士団や憲兵が鎮火活動や事態の収拾に努めて走り回っていた。
まさか、この騒動の元凶である鬼人族が街の真ん中を平然と歩いているとは思いもしないだろう。
そもそも何故、彼等はこんな凶行をしでかしたのだろうか?
歩きながらも問題解決の糸口を探るため思考を巡らせてみる。
やはり真っ先に思い当たるのは“ 鬼退治 ”による王国民への復讐だろう。
先の依頼によって鬼人族は生存数を激減させられ、実に種の九割が死滅した。
同胞の仇討ちを名目とし、あまりにも凄惨な仕打ちの代償という大義名分を掲げ破壊行為を遂行。
または、もともとの荒い気性から鬱憤を晴らすために暴れたいだけなのかもしれない。
結果、己の命尽きようとも。
五年前、敵として戦ったことのある僕からすれば十分、納得のいく答えだ。
次に考えられる可能性は報酬か。
彼等は“ 鬼 ”とハーフとはいえ、半分は人間。
人として営みを続けていくためにはどうしてもお金が必要になってくる。それはエルフと人間のハーフである僕とて同じこと。
仮に、今回の騒動で街を占拠したならミーティアの莫大な財源は全て彼らの手に渡ることになる。
その額は計り知れず、残った鬼人族全員を養っていくには十分すぎる。
一生食べていくだけの資金集め、という可能性も捨てきれない。
しかし、そんなことが本当にあり得るだろうか?
彼等は自分さえ良ければ他人などどうでもいいと言わんばかりの者が多く、追い詰められたなら強奪や殺害も厭わない。
そんな彼等が残された種族のためにこれだけ大規模な攻撃を仕掛けてくるだろうか?
否。
それは無いな。
たとえ、街を占拠することに成功したとしてもミーティアが襲われたとなればエーデルシュタイン王国の王が黙ってはいない。
すぐさま中央から大軍を率いてあっという間に奪還してしまうだろう。
そうなれば今度こそ鬼人族が絶滅することは想像に難くない。
ただでさえ五年前の闘いで多数の鬼人族が生存していたにも関わらず、絶滅一歩手前まで追いやられたのだ。どう考えても勝ち目がない。
そんな馬鹿げたことをするからには、やはり裏があるハズ。
そして、何より軽すぎるのだ。
本気で街一つを陥落させるつもりなら圧倒的に戦力が足りなすぎる。
いくら鬼人族の戦闘能力が高く力が強くとも、あまりに無謀。
実際にギルはすでに鬼人族の一人を討ち取ったと言っていた。
彼等がどれだけの戦力と人員を用意しているかは不明だが、街の様子から追撃や新たな問題は起こっておらず、事態が鎮静化しつつあるのは見て取れる。
おそらく初撃の爆発の余波さえ鎮まってしまえば街の体制が整い、状況が一方的に傾いていく。そうなってしまえば、守りを堅め街を壊滅させるどころか何も手にすることが出来ないまま命を落とす羽目になるだろう。
更には、シンたちによる《オルバートの森》での鬼人族の目撃情報によって街は警戒態勢を取り、調査チームも派遣された。
奇襲をかけるにしても状況が悪すぎる。
というより、存在自体が明らかとなっているのだから奇襲ですらない。ただの蛮勇だ。
森と街。
二つに戦力を分断させるのが目的だとしても森からの報告によれば向こうにも鬼人族はいるようだし、街にはそれこそ沢山のギルドや騎士団、傭兵たちが滞在している。
考えれば考えるほど、悪手すぎる一手にしか見えない。
しかし、それでも彼等はやってきた。
これらのことから推測される結論。
それはつまり、奇襲による攻撃が主戦力ではないという証左。
戦局を覆すほどの何か。
その切り札が彼等にはある。
それは何か?
…………。
考えを巡らせていた刹那。
一つ一つの点が隣り合っていき、恐るべき一つの解へと導かれていく。
「まさか……!?」
それまで黙って後ろを付いていくだけだった歩みを止めハッと顔を上げる。
そして、辿り着いた答えを二人に知らせようと口を開こうとしたとき、後方から声が掛かる。
「 デズ、やれ 」
銀鬼の発した言葉を受けた緑鬼はくるりと振り返るとニタニタとした気味の悪い笑みを浮かべながら能力を発動した。
咄嗟に僕たちも魔力を滾らせ戦闘態勢をとるが、すでに手遅れであった。
能力、発動 【迷路職人】
緑鬼の能力が発動すると成す術なく敵の手中へと三人そろって落ちてしまう。
それは、奇妙奇天烈な光景であった。
つい今しがたミーティアの街を歩いていたはずの僕たちはいつの間にか推定十mはありそうな高い壁に左右を阻まれ、前に進むには幾重にも入り組んだ道を行くしかない。
後ろに引き返そうにも高い壁によって道が塞がれており、それまで歩いてきた道が消えている。
それは、まさに迷路そのもの。
なにより不可思議なのは見上げた空に雲や太陽は無く、逆さまのミーティアの街並みが天に張り付いていた。
その街並みは路地裏まで精巧に模倣され、逃げ惑う人々の姿や家屋の屋根一つ一つまでハッキリと見え現在進行形で映し出されている。
どうやら僕たち三人だけがこの特殊な空間に飛ばされたようで緑鬼や銀鬼の姿は消えていた。
『やられた……。彼等の狙いは僕たちとの戦闘ではなく、隔離だったんだ』
「あたしとしたことが、ぬかったね。ざまぁない」
ソフィーは警戒していたにも関わらず、まんまと敵の術中に嵌まったことに腹を立てている。
ミーティアにおいても屈指の強さを誇るギルとソフィーを戦線から引きはがし、邪魔者を遠ざけることが目的だったのだ。
『聞いてくれ二人とも。今すぐここを抜け出して街に戻らないと大変なことになる。もしかしたら、街が地図から消えてしまうかもしれない』
「どういうことだい? 分かるように説明しておくれよ」
説明を求めてきたソフィーに僕の仮説を説明しようとする前にギルが口を開く。
「待て、二人とも先にこれを見てくれ」
ギルが何かに気が付いたようで壁の一面を指さしている。
そこには壁に埋め込まれるように豪奢な額縁に入った、注意書きが記されていた。
【一つ。迷路から出るには怪物を倒さなければならない】
【一つ。迷路は破壊不能】
【一つ。迷路は成長する】
言われた通り目を通してみると、それは迷路の性質を表したかのような記述であった。
「なんだいこれは? 怪物? 破壊不能? それに成長するだって?」
ソフィーが驚くのも無理はないが、どうやら迷っている時間はなさそうである。
『おそらくだけど、ここに書いてあることは本当だろうね。これほど大掛かりな能力を発動し相手を強制的に迷路に閉じ込めるには何かしら代償が必要だ。その代償として予め脱出方法や性質を提示しているんだろう』
「なら、試してみるか」
そう言ってギルは壁際に近づくと右手に紅い魔力を凝縮し目にも留まらぬ速さで壁を殴りつけた。
強烈な殴打によって大きな衝撃音が鳴るが、それでも壁は傷一つついていない。
「そのようだな。力ではビクともしない」
『これで証明されたね。そして急ごう。怪物を倒すのはいいとして、成長するっていうのは厄介だ。のんびりしてたらどんどん大きくなって怪物と会えずに一生、出れなくなるかもしれない』
「ああ。それなんだが、高いところから捜したほうが早いだろう。壁を登って様子を見てくる」
するとギルは軽い身のこなしで壁を蹴って高く一っ跳びすると、あっという間に壁の頂上付近へと辿り着いたが、なぜか上に登ろうとせずすぐに降りてきた。
「ダメだ。壁の上は透明な蓋でもあるのか登れない。歩いて捜すしかないようだ」
『そう簡単には出してくれないか……』
壁も壊せず上にも登れない。
となると、地道に迷路を歩いて攻略するしか方法がなくなってしまった。
「時間がないんだろ? なら、手分けして捜すかい?」
危険は増すが、このメンバーなら大抵の相手には打ち勝つことができるハズ。
それにソフィーの言う通り今は一分一秒も惜しい。
『よし、手分けして怪物を捜そう。誰が出会えるか分からないけど、まず間違いなく一人で相手をしなければならないだろう。充分、用心してくれ」
力強く頷いた二人に、その後の対応を任せることにし僕たちは迷路を進む。
ソフィーは右へ。
ギルは左へ。
そして、僕は直進する。
どこにいるかも、相手が誰かも、何も分からないまま僕たちは別の道を進んでいく。