第127話 GGG防衛チーム 三日目 団長として
♢ ギルドGGG ホーム Savina・J・Nicole ♢
夜明けと共に巻き起こされた鬼人族による襲撃は、街の様相を一変させていた。
慌ただしく駆け回る人々。
流血し、手当てを受けている者。
襲撃犯を捕まえるため武器を手に動き出す者。
それぞれの思惑が錯綜し、悲鳴と喧噪に満ちた街は落ち着きを失っている。
助けを求めてきた者のためにギルドを開放し、救護者の受け入れと護衛を同時に担う。
他も心配だけれど僕がここを動くわけにもいかない。
早々にギルドに到着したアイシャの手を借りて応急処置を施しながら現状を把握していく。
ギルとシンを西門へと送り出してからというものの次々とギルドメンバーが到着し、右京とスウィフトは北門へ、左京とモーガンには東門への護衛に向かってもらった。
皆の力を知っており、心から信頼していてもやはり不安は拭えない。
何故ならこの騒動を起こしているのはあの鬼人族なのだ。
何が起こっても不思議ではない。
頼む。皆、無事でいてくれ……。
助けを求めた人であっという間に埋め尽くされたギルド内はかなり混雑し、人々の表情は暗く不安でいっぱいだ。
と、その時、一人の女性の声で呼び止められた。
「ニコル! 大丈夫か? 応援に来たぞ」
そこには治癒師ギルドの長であるソフィーが大きな荷物を抱えながら荒い息をして立っていた。
『ソフィー!? どうして、ここに!? 君は治癒師ギルドに居なきゃダメじゃないか! この状況だと怪我人も殺到しているから君の力が必要だろう!?』
「うちは設備も整ってるし、弟子たちに任せてきたから大丈夫。それより、あたしはあたしの能力で救えるものを助けにきたんだよ。実際、ここにもたくさんの患者がいるじゃないか」
ソフィーの言う通りGGGの一階はすでに怪我人や避難してきた人で溢れかえり、特別措置として二階の食堂まで開放しているのだ。それでも続々と避難民が駆け込んで来る。
人々が避難してくるにも訳がある。
ここには腕利きの冒険者が揃っており、名声は地に落ちてはいるものの実績は確かだからだ。多少の面映ゆい考えは拭えないが、今はそれどころではない。
助けを求める者には救いの手を差し伸べるのがGGGの流儀なのだ。
『……分かった。ありがとう、助かるよ。必要なものがあったら何でも言ってくれ。協力する』
「フフ……、流石あたしのニコル。まず重傷者から診ていくよ。あたしの指示に従ってちょうだい」
『分かった』
それからはソフィーの活躍もあり、次々と傷を癒し始めた。
持ってきていた大荷物は医療道具の魔道具ばかりでどれも高価なものばかり。それを惜しげもなく使っていき、ソフィーの能力も併用して凄まじい速さで治療を施していく。
忙しなく動き回り、ようやく落ち着きを取り戻してきたころ街の護衛に出ていたギルが帰ってきた。
『ギル! 西門の護衛はもういいのかい? シンがいないようだけど、どうなったの?』
ギルの姿は出ていったころに比べて煤だらけで所々が焼け焦げたあとが見られた。
護衛に向かった西門で戦闘が行われたことは明白だが、シンがいないことまでは分からない。
「俺達が門に着いたときにはすでに鬼人族の手に堕ちていた。俺とシンで門を奪還し、軽傷を負ったシンを置いてきた。報告が済み次第すぐ戻る。他はどうなった?」
『戻ってきたのはギルが最初だよ。ここも手一杯で僕も動けない。それで報告内容は?』
「西門にいた鬼人族は俺が殺った。門を取り返せたことから見ても他に鬼人族はいないだろう。今頃は騎士団や応援の部隊が到着しているハズだ」
『了解。ギルは引き続きシンと一緒に行動して護衛を続けて。くれぐれも無茶はさせないようしっかり見ておいてくれ。頼んだよ』
「ああ、任せろ」
手短に報告を済ませたギルは踵を返すとギルドを出ていこうと扉に向かう。
しかし、扉を開けたギルは歩みを止めると瞬時に濃密な紅い魔力を纏った。
その魔力は明らかに臨戦態勢の迫力を感じさせ、空気がピンと張り詰めたように緊張感が増す。異変を敏感に感じ取ったソフィーと僕はギルの立つ扉の向こうを凝視した。
そこには道を行き交う人の波の中、微動だにせずこちらを見ている二人の立ち姿が目に入る。その視線はギルや僕等を見ていると容易に判断できた。
一人は人間としては身長が高く余りにもひょろ長い手足を持ち、猫背で瘦せこけた体。
頭まですっぽり隠すように羽織られているフードからは緑色の肌が僅かに覗いている。
手には酒瓶を持っており面長の顔からは涎を垂らし焦点のあっていないかのような嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
もう一人は銀髪をオールバックにした若い男。
整った顔ながら切れ長の目で全てを見透かしているかのような視線を向けており口元は薄っすらと笑っている。
青年からわざと滲ませている銀色の魔力は底知れぬ器量を感じさせ危険な雰囲気を纏っていた。
そして、その両者の額には小さな角が生えている。
同時に一目で確信した。
奴らが今回の襲撃の主犯であり、鬼人族であることを。
そして、緑のひょろ長い男はともかく銀髪の男は明らかに異常だということを。
道を挟んで大分距離が離れているにも関わらず、容易に感じ取れるほどの不吉な魔力。
それは、悪意を体現したかのような禍々しい魔力の揺らぎを迸らせながら挑発するかのように佇んでいる。その視線に宛てられているとまるで背中に冷や水をさされたかのような悪寒が全身を廻り、鳥肌が総立ちした。
「 来いよ 」
不敵に笑っている銀髪の男がそう口を動かすと、けたたましい喧噪の中、本来なら聞こえるはずがない声にも関わらずハッキリと聞こえてくる。
それほど男から視線を外すことができず、釘付けにされていた。
そして、尚も男は続ける。
「 来ないなら仲間を殺す。そこにいる人間もな 」
まるで読唇術を会得しているかのように容易に言葉を読み取ると、指示通りにゆっくりと前へと歩き出す。
ここで暴れられでもしたら多くの犠牲者が出る。そして、それがただの脅しではないことも理解した。
隣には同じように警戒し、緊張した面持ちのソフィーが歩み出る。
どうやら奴がいかに危険な人物であるか理解できているのは一握りの人間だけのようであった。
現に、アイシャは忙しく手を動かして怪我人の処置に励んでおり扉の向こうの人物になど一切、気にする素振りを見せない。
ギル、ソフィー、そして僕。
GGGの建物内には数多くの人がいるものの僅か三人だけが危機的状況を正しく把握していた。
『……アイシャ。ここを任せたよ。僕は少し出てくる』
懸命に仕事をこなすアイシャにそう言伝を残し、一歩一歩外へと向かって歩き出す。
「え~!? ニコルさん、出掛けちゃうんですか~。……ニコルさん?」
よほど僕の顔に余裕がなかったのか、異変に気が付いたアイシャも視線を追うように外へと向け、現状を理解したようだ。
瞬時に状況を察したアイシャは力強く頷くと見送ってくれる。
「お気をつけて、皆さん」
いつもの間延びした語尾もこの時ばかりは消え失せ、相手との力量の差を痛感し、悔しそうな面持ちで送り出してくれる。
本当に気の利く優秀なメンバーだ。
これなら僕が戻るまで臨機応変に対応できるはずだ。
あとは任せたよ。
扉の入り口で佇んでいたギルの肩に軽く手を置くと、小さな声で尋ねてきた。
「やるか? 待つか?」
『待とう。ここじゃ被害が出る。今は従うんだ』
そう言って外へと一歩を踏み出す。
僕の後ろをギルとソフィーが並んでついてくる。
素直に呼び出しに応じた僕たちを見た銀髪の男は満足そうに微笑むと、隣に立っていた緑鬼に耳打ちする。すると緑鬼はどこかへと歩き出し始め、僕たちについてこいと言わんばかりに手のひらを動かす。
緑鬼の後を少し間を空けて僕たちも続く。
その更に後ろに銀鬼がついてきた。
敵の思惑に従っていいものか?
いっそ犠牲覚悟で戦うか?
今なら三人も手練れがいるし敵の策に嵌まる前に何とかなるかもしれない。
いや、ダメだ。
こんなところで戦ったら確実に街に被害が出る。僕たちは生き残れたとしても多くの人が死ぬ。ここには女性や子供もいるんだ。
けど、このままついて行ったら敵の策に嵌まるだけだ。
どうする……?
どうすればいいんだ……?
と、沈黙したまま必死に考えを巡らせていると声が掛けられた。
「迷うな、ニコル。お前の指示に俺達は従う。どんな結果になろうともお前を信じる」
声に出さずとも僕の考えを見透かしたギルは力強く助言をくれた。
更にソフィーも背中を押してくれる。
「そうさ、やるならやるよ。大人を揶揄う子供にはお仕置きが必要だろ?」
そんな二人の言葉に靄が晴れるように考えが纏まった。
「二人とも有難う。今は進むんだ」
罠と知りながらも頼れる仲間の言葉を信じ、敵地へと歩みを進めていく。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか。
……フッ、鬼ならもう出てるか。
どちらにせよ碌なものが待ち受けていないことは確かなんだ。
なら、とことんやるしかないだろう。
あぁ、怖いなぁ……。