第125話 GGG防衛チーム 三日目 真っ向勝負
♢ ミーティア 東門 Abraham・A・Morgan ♢
黒鬼に対して忠告するも全く耳を貸さず、これ以上は言葉ではなく体に教えてやらねばなるまい。
魔力を滾らせ一歩一歩近づいていくと奴もまた真っ直ぐこちらへと向かってくる。
そして、お互いの拳が届く直前まで迫ると、まるで写し鏡のように同時に右手を振り上げ渾身の一撃を放った。
ゴッッ
防御は一切無視の右ストレートがお互いの顔に炸裂した。
脳を揺さぶる一撃も歯を食いしばりながらも堪え、目の前の敵を打ちのめすためだけに次なる左を繰り出す。
奴もまた吾輩の攻撃を受けながらも反撃する強さを見せ、追い打ちをかけてくる。
ゴゴッ
超至近距離で一歩も引くことなく弾丸のような拳を打ち付け、打たれる。
そのまま一息つく間も許さない殴打の応酬を繰り出し、体力と気力の続くかぎり次々と振り抜いていく。
右、左、右、右、左。
右、左、右、フェイントを入れつつ、左、右、右、左。
全ての攻撃が確実にヒットするが全く怯む姿を見せない奴は、それどころか同じくらいの反撃をしてくる。
みるみる顔全体に血が滲み、唇を切り、拳が赤く染まっていく。
拳を振り払うごとに鮮血が飛び散り地面に赤い飛沫が舞う。
それでも止むことの無い両者の拳はボディーブローや顎、鳩尾を狙い的確に急所を突く。
凄まじい数の殴打を繰り広げ、拳と拳がぶつかり合ったところでようやく距離が開けた。
「ぅぐっ!!」
「ぶはぁ!!」
すでに奴の顔は腫れあがり、腕で口を拭うと血液混じりの唾をペッと吐き捨てた。
「バッハッハッハ!! いいねぇ! やっぱ闘いってのはこうじゃねーとな! ようやく面白くなってきやがったぜ!」
ボロボロになりながら、それでも笑う黒鬼を見ていると末恐ろしくもなるが、吾輩も胸中は同じであった。
「ふっふっふ。これほど血沸き肉躍る闘いは久しぶりだ。惜しむらくはお主が鬼人族であるということだけだが、吾輩も負けられんのでな」
「関係ねぇな。俺は今を楽しむだけだ。まだ壊れるんじゃねぇぞ!!」
啖呵をきって突っ込んで来る奴を迎え撃つため、両手を構える。
しかし、この戦いを楽しんでいるのはお主だけではない。純粋な力のぶつかり合いは吾輩も望むところ。
どちらが強いか白黒つけようではないかっ!!
先に顔面目掛けて振り抜いてきた拳を今度は皮一枚のところで躱し、すかさず右腕をホールドし関節を固定しへし折りにかかる。
浅黒い奴の太い腕は鉄のように固いが力には自信がある。
このまま骨をへし折ってくれよう。
ミシッ
確かな手応えを感じ、もう一息というところで思わぬ衝撃が脳内を駆け巡る。
それは岩の如き硬さの頭蓋による頭突きを繰り出してきたものによるものであった。
「ぐっ……!」
目に光が瞬き、凄まじい衝撃に額が裂けてしまう。
たまらず頭を下げてしまうと吾輩の拘束から抜け出した手を合わせ、両手の拳を右肩に叩きつけられた。
そうして、不覚にも片膝をついて初のダウンを喫してしまう。
額から溢れた夥しいほどの血が視界を赤く染めあげ、目に染みる。
更なる追い打ちを警戒したが、次なる攻撃が加えられることはなかった。
「ワン、ダウ~ン。どうした? まだまだやれるよな?」
奴は人差し指を付き出して完全に遊んでいた。
自分が負けることなど微塵も考えていないからこそ、止めを刺さないで嬲っているのだ。
と、そんな時、後方から珍しく声を張った左京の声が聞こえてきた。
「モーガンさんっ! 僕も戦います!」
吾輩が崩れたことで名を呼び叫んでいるが、すぐさま起き上がり手を出さないよう片手を揚げる。
「大丈夫だ! この程度なんともない。手出しは無用。奴は吾輩が止めてみせる」
額の出血を腕で拭うが溢れ出る血は止まる気配を見せない。
が、それでも心は全く折れていない。
「いいぞぉ、そうこなくちゃな。もっと俺を楽しませてくれ。ところで能力は使わなくていいのか? このまま終わったらつまらないだろ?」
随分と舐められたことを言われてしまったが、どうやら出し惜しみして勝てる相手ではないようなのでお言葉に甘えることにする。
今後の戦闘のことを考え力を温存していたが、そうも言ってられない。
「よかろう。ならば吾輩の全力をお見せするとしよう。ところでお主はいいのか? 鬼神化するなら今のうちだぞ」
「お前が俺に膝をつかせたら使ってやってもいいぜ。できたらだがなぁ?」
「ふっふ。たわけたことを。すぐ後悔することになるぞ」
「やってみな」
そこまで言ったところでお望みの能力を開放した。
【筋肉至上主義】 発動
能力を開放すると瞬く間に変化が訪れる。
もともと己の肉体に絶対の自信を持っているため、普段この力をつかうことはないが今回はお披露目といこう。
すると、みるみる肉体がふくらむように筋肉が発達していき血管が浮き出ていく。
【筋肉至上主義】は筋肉に負荷がかかるとそれに比例して筋力が上がっていくだけの能力である。
だが、それだけで吾輩はこれまで幾多もの相手を負かしてきたのだ。
武器はいらない。
なぜなら、この肉体が究極の武器になるのだから。
全身を包む赤い魔力から吾輩が能力を使用したことは歴然であろう。
「では、いくぞ」
一言、告げたあと最初と同じように右ストレートを繰り出す。
だがその結果は全く違ったものになる。
ボグッッ
振り払った右拳は目にも留まらぬ速さで振り抜かれ、黒鬼の左頬を弾き飛ばした。
能力を使う前は反撃をする余裕があった黒鬼も、能力を開放後では成すすべなく体ごと吹き飛ばされていた。
おそらく吾輩の拳は見えていないことだろう。
まだまだこれからが本番なのだがな。
倒壊した家屋に激突した黒鬼に駆け寄り地面に打ち付けるように追撃をかけていく。
一撃、一撃に全魔力を込め、打ち出される攻撃は拳の痕を体に刻み込みベコベコと歪ませる。
ドドドドドドッドドオドドドドドッッ
反撃を与える隙も与えず、猛ラッシュをかけると黒鬼はぐったりと倒れたまま動かなくなった。
目標が沈黙したことでようやく攻撃を止める。
あくまで吾輩の目的は捕縛であり殺害ではない。
仲間を傷つけたことは許せぬが、獄中で罪を償うがいい。
吾輩の連打を一身に受けた黒鬼はピクリとも動かなくなったので拘束するため手ごろなものがないか辺りを見渡す。
そこで、遠くで戦闘を見届けていた左京が駆け寄ってきた。
「……モーガンさん流石です。鬼神化させることなく無力化するとは。あっという間でしたね」
「なに、相手の力量を見極められなかったことが黒鬼の敗因だ。なかなか素晴らしい筋肉であったが精神までは未熟のようであったな。もう少し肉体で語り合いたかったが、致し方あるまい」
「……相変わらずですね」
「ところで左京よ。鎖か何か縛るものは持っていないか? 途中で暴れられても面倒なのでな」
「……すみません、持ってないのでギルドに戻って取ってきます」
「うむ。では吾輩はここに残ってるので頼む。道中、気を付けるのだぞ」
「……はい」
と、左京がギルドに向け踵を返した時。
気絶しているとばかり思っていたやつが目を覚ました。
「ぶるるぅあああぁああっぁぁっぁぁぁ!!!」
一体どこにそんな力が残されていたのか驚いたが、倒壊した家屋の瓦礫を吹き飛ばしながら黒鬼が立ち上がっていた。
肩で荒く息をし、ギラついた眼でこちらを睨みつけてくる。
それは痛みと怒りが綯い交ぜになったようで真っ直ぐ闘士を向けてきた。
「ふぅー、ふぅー、やってくれたなぁ。利いたぜ、今度は俺の本気を見せてやらぁ!!」
その言葉を最後に真っ黒な魔力の奔流が溢れ出した。
間違いなく鬼神化だ。
いますぐ攻撃を仕掛ければ変化を止めることもできるかもしれないが、そうはしなかった。
なぜなら正面から闘い、打ち負かすことに意味があると信じているから。
全力で向かってくる者には全身全霊で応える。
それが冒険者の流儀であろう。
ほどなくして変化の済んだ黒鬼はそれまでの浅黒い肌から漆黒の肌へと変化しまるで闇に塗りつぶされたような見た目に変わった。
変わったのはそれだけではない。
明らかに変化後では魔力の質も量も見違えていた。
ふふ、これほど心昂るのはいつ以来だろうか……。
筋肉が武者震いを起こして喜んでおるわ。
「ぶはぁ~、待たせたな。何もしてこないとは命知らずの馬鹿だな」
「それは吾輩を倒してからにしてもらおう。これで正真正銘、お互い本気。最終ラウンドといこうではないか。左京は下がっているんだ」
大人しく吾輩の言うことを聞いた左京は攻撃に巻き込まれない程度に距離をとった。
団長から言わせれば二人で協力して仕留めるべきと叱られることだろうが、何も言わずに下がってくれた左京には感謝せねばなるまい。
吾輩の我儘に付き合ってもらっている以上、その信頼に応える意味でもこの戦い負ける訳にはいかない。
大きく深呼吸をしたのち、魔力を体に巡らせていく。
「うむ、始めようか。そういえば、まだ名を聞いていなかったが名は何という?」
吾輩の問いに少し悩んだ様子をみせた黒鬼であったが、少しすると口を開いた。
「……Grendel。それが俺の名前だ」
「そうか。では、いくぞ! グレンデル!」
黒鬼との最後の勝負。
己の意地と意地のぶつかり合い。
こんな出会いでなければ、いい友となれただろうに……。
せめて吾輩の手で眠らせてやろう。
今、一人の男の血塗られた歴史に終止符を打つべく拳を振り上げた。