第123話 GGG防衛チーム 三日目 円舞
♢ ミーティア 北門 右京 ♢
大事な藁人形を馬鹿にされた姐さまは怒りに満ち満ちていた。
普段、物静かで声を荒げることのない姿からは想像もできない一面を覗かせ、顔を覆う狐のお面越しからでも怒りが伝わってくる。
「右京、あ奴は儂が仕留める。お主は周りの邪魔な衛兵を近付けさせんでくれ」
「……ええ、分かったわ。任せて」
どうやら操られている衛兵たちは門に近づきさえしなければ攻撃してくることはないけれど、鬼人族の女が衛兵を盾にしているのでどちらにしろ近づかなければいけない。
このまま睨み合いを続けて応援が来るのを持ってもいいけど、姐さまがあの様子じゃそれも無理そうね。
それに、いくら頭に血が昇っているとはいえ勝ち目のない戦いに挑むほど姐さまは愚かじゃない。何か勝算があるからこそ単独で向かっていくはず。
私は言われた通り姐さまの闘いを邪魔させないようにするだけ。
今はそのことだけに集中しよう。
再度、大鎌を握りしめた姐さまは案山子と呼吸ピッタリに動き出すと敵のもとへと走り出す。
姐さまが門に近づいたことによりビクンと反応した衛兵はフラフラと体を左右に揺らしながら、気味の悪い動き方で攻撃しようと武器を振り上げた。
「姐さまの邪魔はさせないわよッ!」
前もって発動していた鳥枢沙摩明王の火球を複数操り、衛兵たちの足元の地面目掛けて飛翔させる。今度は光量を抑え、破壊力に魔力を注いだため威力は十分。
もし、人間に当たれば腕の一本や二本は吹き飛んでしまうので絶対に当てないよう集中して操作しないと。
そうして狙い通り誰にも当てることなく全弾、無事に地面に着弾すると轟音を巻き起こしながら地面を穿つ。爆炎と風圧をモロに浴びた衛兵は後方へと吹き飛ばされ、受け身も取らずに転がっていた。
ちょっと爆発が近すぎたせいで火傷や怪我をしてしまったかもしれないけど命に別状はないだろうからまぁ、いいわよね。
そもそも敵に操られているのに無傷で生還しようだなんて虫が良すぎるのよ。
少しは痛みを伴って反省してもらうためにも丁度いいわ。
なんにせよ、姐さまに衛兵を近付けさせないという目的は果たした。
あとは姐さまが一騎打ちで鬼人族をやっつければそれでお終い。衛兵も気を取り戻し、北門も奪還して万々歳だわ。
頑張って、姐さま!
♢ ♢ ♢
♢ ミーティア 北門 Paul・O・Swift ♢
小柄な体型を生かしたスピードで突進していき右京の放った鳥枢沙摩明王の発火に合わせて天高くジャンプし、衛兵ごと一っ跳びで乗り越えていく。軽やかな跳躍力と機動力は儂の持ち味の一つであり速さで翻弄する。
頼んだ通りうまく衛兵の出鼻を挫いてくれた右京には流石と言う他ないじゃろう。
儂の可愛い後輩なだけある。
そのおかげで邪魔をする存在が消え、目の前に残るは鬼人族の露出狂のみ。案山子と対になって大鎌を振り上げ狙いを定める。
このまま一思いに始末してやりたいが、まだ聞かねばならぬことも沢山あるので殺すわけにもいかぬ。大人しく言うことを聞くとは思えぬが、言わぬのならそれ相応の対応で吐いてもらうしかあるまい。
儂のパピィを貶した罪は重い。そう簡単に吐いてくれるなよ、フフフ……。
ちょこまかと逃げられても面倒なのでパピィを先導させ、機動力を削ぐために両の足を掬い上げるように大鎌を振り払わせる。
奴も無抵抗で鎌の餌食になるはずがないのでジャンプするなり後ろに跳ぶなりして避けるはずじゃ。
そこをすかさず狙う。それさえも躱すようなら同じようにパピィが急襲をかける。
あとはそれを繰り返していけば自ずと奴は防戦一方となり、悪手を踏んだ時点で詰みじゃ。
鎌を何かしらで受け止めるという手も考えられるが、もし、それを選択したなら助かるのじゃがな。鉄さえ両断する切れ味を篤と味わうがいい。
鬼人族の足元へ向けられた刃は女が後ろに跳んだことで空を切った。
狙い通りに儂自身で追撃を仕掛け、更なる追い打ちをかけていく。
じゃが、それすらも簡単に躱されてしまった。
儂も速さに自信があった分、それをいなしている奴もまた身軽で俊敏。
しかし、息つく暇も与えぬ攻撃を加えているとはいえ、そもそも反撃の気配すら感じられない。
まるで逃げ続けて時間を稼いでいるような違和感すらある。
……うむ。だんだん読めてきたな。
奴は干渉タイプか操縦タイプのどちらかじゃな。現に、これだけ多くの衛兵を自分の駒として操っておることからそれは自明の理。更に露出の多い恰好と操られているのが男だけという観点から推測するに、性を喚起させる要因が洗脳の鍵となるようじゃ。
じゃからパピィを組み敷いたとき男どころか人間ですらなかったことに驚いておったのじゃ。無論、藁人形に性欲はないので操ることも出来ず、罵ることしかできなかった。
当初、男が多いと思ったのは衛兵という護衛の仕事上、不思議ではなかったがどうやら真相は違うところにあるようじゃの。
たまたまじゃが、我がギルドで北門の護衛を任されたのは女性である儂と右京。儂にそのような性癖もなければ右京はまだ子供。性には疎い。
奴が儂等を操ろうとしないのは、しないのではなくできないからなのじゃろう。
奴の戦法は自分は隠れて身を潜め男を操って戦わせる他力本願。
操ることに魔力を注いでいるぶん自分自身の戦闘力は低いとみて間違いない。だから逃げ続けるだけの速さを極め、反撃してこないのじゃろぅ。
もし、ここに他のメンバーが来ていたらと思うとぞっとするわい。
これらのことを総じて導き出せる結論。
それは、奴の能力の正体は“催淫”といったところじゃろうて。
「と、推測してみたのじゃが如何かのぅ?」
儂とパピィの目の前で逃げに徹していた鬼人族に問うてみる。
歯を噛み締め、苛立ちを含んだ表情が言わずもがな正解であることを物語っていた。
「……ったく、あんたみたいのはホント、ムカつくんだよ。知った風な口、利きやがって。それであたしを負かしたつもりかい? あぁ、いいさ。だったら見せてやるよ。あたしの本気をなぁ!」
自身の能力を看過されたことに憤っているのかこれまで見せなかった闘志をむき出しにし、内に秘めていたオレンジ色の魔力が体から溢れ出した。
それと同時にそれまで額に生えていた一本の小さな角がみるみるうちに伸びていく。
「鬼神化か。じゃが、みすみす変化を待つほど儂は甘くないぞ」
奴の姿が変わる前にパピィによる攻撃を仕掛け、決めにかかる。
過去の経験から鬼神化の恐ろしさは身を以って知っているので早々に潰すのが吉。
振りかぶった大鎌が奴の首を捉える直前、思いもよらぬ方法で窮地を脱した。
奴はなんと、自ら鎌へと頭を向け生えたばかりの一本角で大鎌を受け止めよった。
流石は鬼の象徴である自慢の角であるのか魔力が凝縮した角は恐るべき堅さとなり硬度は鉄をも凌ぐ。初撃にして止めの一撃を防がれてしまい、まんまと鬼神化を許してしまった。
全てのポテンシャルが上昇した奴は軽く後方に跳び上がると、これまで以上に軽快な動きを見せ、一気に形勢が傾く。
「残念だったわね。せっかくあたしを殺す最初で最後のチャンスだったのに失敗しちゃうなんて。さぁて、さんざんコケにしてくれたぶん、キッチリお返ししないとね。まずは、こんなのなんてどうかしら?」
すると、奴の目が怪しく光ったと思った瞬間。
それまで体に纏っていた魔力が瞬時に円状に拡散していくのが感じられた。
いかん!
これは干渉タイプが能力を発動した際に発せられる気配。
それはつまり、新たな命令を僕である男どもに伝令した証。
右京が危ない!
すぐさま右京のいる後方へと振り返ると同時に悲鳴が聞こえてきた。
「こいつら急になんなのよ!? キモイ、キモイ、キモイ! こっちこないでよッ!」
それまで門から決して離れなかった男たちは目の色を変えたように右京へと向かって真っすぐ走り出していた。右京も炎で近付けさせないよう地面に炎の壁を築いたが、命令に抗うことのできない僕は躊躇なく炎へと踏み込んでいく。
「おのれ……、卑怯な手を使いおって。お主と戦っておるのは儂じゃろうが!」
「あ~ら、何のことかしら? 誰があんたとだけ戦うって言ったのよ。命のやり取りをしているのだから、弱点を突くのは当たり前じゃない」
「外道め……」
右京を助けに行くか、ここに残って奴を仕留めるか。二つに一つ。
悩んでいる時間もない。今すぐ決断して行動せねばどちらの機会も逃してしまう。
「さぁ、面白くなってきたわね。仲間を助けに行けばあたしを倒せない。あたしを倒しにくれば仲間は僕に襲われる。あんたはどっちを選ぶのかしら? 楽しみだわぁ」
この状況を作り出した鬼人族の女はケラケラと笑い、さぞ愉快であるのか歪んだ笑みを浮かべて儂がどちらを選択するのか見ている。
しかし、儂のなかではすでに答えは出ていた。
「そんなこと迷うまでもなく決まっておる」
「な~んだ、残念。もう少しあんたの悩む顔を見ていたかったけど、もう決めちゃったのね。で、どっちかしら?」
一度、パピィを隣まで下がらせたあと鬼人族に向け言い放つ。
「お主を倒すに決まってるじゃろうが」
儂の言葉を聞いた鬼人族は驚いたように肩をすくめ、つまらなそうに吐き捨てる。
「あら、仲間を見捨てるなんて冷たいのね。まっ、あたしでもそうするけど」
「勘違いするでない。右京は幼くとも立派な冒険者であり儂らの仲間じゃ。お主の僕にやられるほどヤワじゃないわ」
「随分と信頼してるのね。なんて美しい絆かしら。まったく……、反吐が出る」
「ぬかせ」
もはや問答することさえも時間の無駄と思い、全力で仕留めにかかる。
ああは言ったが、儂が一秒でも早く奴を仕留めれば右京の助けにも行ける道理。
そうと決まればやるべきことは一つしかない。
「特別に円舞を見せてやろう。しかと目に焼き付けよ」
パピィと隣り合わせで立ち、お互いの空いている手を握り合わせる。
「舞え、【豊穣の円舞】」
それはまるで、踊るように跳び、舞うように滑らかな動きをした闘いかたであった。




