第122話 GGG防衛チーム 三日目 女の闘い
♢ ミーティア 北門 右京 ♢
姐さまに言われた通り物陰に隠れて北門の様子を窺っていると、門の前に立つ衛兵に近寄っていく二人の人物が現れた。
その人物は紅白に彩られた鎧を着込んでおり、その姿から察するに紅龍騎士団の一員のようである。
騎士団の二人が来たということは緊急事態を受け、追加で門を護衛する任に就いているハズ。
すでに多数の衛兵で門を守っているのだからこれ以上は必要ないのかもしれないけれど人が多いにこしたことはない。
いよいよもって私たちが出向く必要はなくなったようね。
と、そう思っていた。
片手をあげて近寄っていった騎士団の二人が多数の衛兵に襲われるまでは──。
「えっ!? なんで衛兵が騎士団を襲ってるのよ!? 街を守る仲間でしょ!」
遠目からその様子を見ていた私たちはあまりの出来事に驚きを隠せなかった。
突然、袋叩きにあった騎士団はあっという間に取り囲まれてしまい姿が見えなくなると、悲鳴をあげる間もなく殴る蹴るなどの暴力を振るわれたようだった。
助けようにもすでに遅く騎士団を囲んでいた衛兵たちは次第にばらけていき、何事もなかったかのようにもとの位置へと戻る。
その顔は無表情でたった今、罪なき人に手をかけたばかりとは思えない。
完全に常軌を逸していた。
「すでに魔の手に堕ちていたか……。右京、今見た通り彼等は何者かに操られておる。儂等も迂闊に近寄ればああなっていたじゃろぅ」
冷静に状況を判断している姐さまはじっと見つめたままその場を動かない。
「姐さま、どうする? 私達二人だけじゃあの数を相手にするのは面倒よ。応援を呼びに行く?」
「いや、このままじゃと先ほどの騎士団のように何も知らぬ者が犠牲になる。せめて、異常事態であることを皆に知らせねば。むっ、見よ右京。あそこじゃ」
姐さまに言われた通り門に目を向けると信じられない光景が飛び込んできた。
それは、今しがた袋叩きにあったハズの騎士団が何食わぬ顔で門の護衛に加わっているではないか。
まるで人形のようにピクリとも動かずただ真っ直ぐ前を見つめている姿はただただ不気味であった。
「なによあれ? あいつらも操られたってこと? これじゃあ、どんどん敵が増えていくじゃない!」
「そのようじゃの。しかし、これでやるべきことが決まった。今すぐ攻撃を仕掛けこれ以上、敵の戦力を増やすわけにはいかぬ。戦うぞ、右京」
「ええ、姐さま」
戦う意思を見せた姐さまは、あれだけの人数を相手にしても全く怯む姿を見せない。
やっぱり私が尊敬するカッコいい大人だわ。
戦うからには私も全力でいく。少しくらい街が燃えちゃっても仕方ないわよね?
そんな私のやる気を感じとったのか、肩に手を置いた姐さまは無言で首を左右に振った。
「まず儂が先手を打って場を混乱させる。騒ぎが大きくなったら右京は衛兵を操っている者を探すのじゃ。そやつを叩かぬうちは儂らに勝ち目はない。頼んじゃぞ」
期待に添えるよう覚悟を決め、力強く頷く。
私の想いを受け取った姐さまは優しく微笑むと軽く頭を撫でてくれた。
すると、日光を浴びた干し草のような柔らかい香りが鼻をくすぐり、ガチガチになった感情を優しく解いてくれる。
自分でも気が付かないうちに緊張していたようだった。
「では、行くかのぅ」
程よく力みが抜けたことを見届けた姐さまは、キッと視線を戻し行動に移る。
その時、静寂に包まれたなか姐さまの能力が発動した。
能力 発動
【流離う案山子】
濃い紫色の魔力を滲ませた姐さまは能力を発動させた。
私はこれまでにも何度か能力を見せてもらっていたので驚きはしなかったものの、やはり何度みても変わった能力だと感じてしまう。
そこには姐さまと似たような背格好をした案山子が地面に現れた紫色の渦の中から音もなく現れていた。
まるで頭に糸を括りつけられ、上から吊り上げられているかのように両手をだらんと垂れ下げながら立ち、その手には特大の鎌が二つ握られ一つを姐さまが受け取る。
とんがり帽子をした案山子の顔には狸のお面が被せられており、素顔を見なければ判断が難しいほど。
そして、姐さま自身もローブの中から取り出した狐のお面を被り戦闘スタイルが整ったようだ。
二人ともお面を被ってしまうとどちらが本物の姐さまか分からなくなるので、初めて能力を目にしたものからすれば人間が二人いると思うはず。
今は狐の面をしたほうが姐さまなので、飛び出す前に労いの言葉を掛ける。
「気を付けてね姐さま。敵の能力者が分かったらすぐ知らせるわ」
コクンと頷くと物陰から出て一歩一歩、ゆっくりと衛兵に近づいていく。
衛兵からしてみれば大鎌を手にして近寄ってくる恐ろしい存在に映っただろう。
それでも、感情を乗っ取られてしまった衛兵には効果がないのかもしれないけど。
大鎌を構え、明らかに敵意を持って近づいていく姐さまに対して全く動く気配のない衛兵たちは虚ろな視線のまま各々の武器を取り始めた。
どうやら何の会話も行われないまま戦闘が開始しそうな雰囲気ね。戦闘が始まってしまえば姐さまとコンタクトを交わすことは出来なくなる。
いくら姐さまといえ、あれだけ大勢の敵を相手にしては苦戦することも考えられる。
一刻もはやく操っているものを見つけなければ。
そして、そうこう考えているうちに闘いの幕が開けた。
軽やかに跳ねた姐さまは案山子とまるで踊るように戦場を駆け抜け、息もぴったりに攻撃を加えていく。
それでも命を奪うまでの斬撃は与えず加減して戦っているのが目に見えて分かった。
どうやら操られているだけの衛兵を気遣い、なるべく傷を付けずに無力化しようと試みているようで姐さまの優しさが身に染みて感じられる。
でも、それじゃあ長く保つはずがないじゃない。
姐さまのバカっ!
こんなときくらい自分ことだけ考えればいいのに!
身を挺してまで衛兵を救おうとするその姿勢に胸を打たれる。
そんな優しい姐さまを救うために私ができることはたった一つだけ。
どこ?
どこにいるの?
慌ただしくなった門の前は人が入り乱れ、乱闘騒ぎになっている。
それでも尻尾を出さない首謀者は狡猾な人物であるのか全く隙を見せてはくれない。
一体、どこなのよ!?
このままじゃ、姐さまが!
目を凝らして違和感や操られている法則性を必死に探してみても、全然見つからない。
それよりもスレスレで敵の攻撃を躱し、ヒヤッとする場面ばかり見せられては姐さまばかりに目が引きつけられてしまい集中力まで欠いてしまう始末。
~~~~ッ!
なかなか首謀者を見つけられない苛立ちと己の不甲斐なさから居ても立っても居られなくなり、思いっきり歯を噛み締め視線を右に左に泳がせる。
そして、ついに我慢の限界が訪れた。
「もーーぅ、無理ッッ!!」
【私だけの火遊び】 発動
「燃やせ! 鳥枢沙摩明王!」
物陰から飛び出たあと瞬時に能力を発動し、姐さまに襲い来る敵の武器目掛けて炎の火球を飛ばす。一直線に飛んでいく火球が衛兵の構えていた槍に着弾すると勢いよく燃えあがり、たちまち炭へと化した。
すぐさま新しい火球を生み出し自由自在に操ると、案山子に当てないよう注意を払いながらサポートに努める。武器ではなく衛兵にぶつければ簡単なのだけれど、姐さまが殺めてしまわないよう徹底して戦っていたのを見た後ではそうもいかない。
私が戦闘に参加したことを受けて姐さまと案山子が一旦戦闘を中止し、後方まで下がって問いかけてきた。
「右京、操っている者を見つけたのか? どいつじゃ?」
「ごめんなさい姐さま! まだ見つけてないの。けど私、ただ見てるだけなんてできない! 私も一緒に戦うわ! そして、一緒に探して!」
大きな声でハッキリそう伝えると軽く身じろいだ姐さまだったけれど、狐のお面越しでも怒っていないことだけは感じ取れた。
その証拠に零れるようにお面の内側から笑い声が聞こえてくる。
「フフ……、そうじゃったな。右京は優しい子じゃ。ただ見ていろだなんて我慢ならんかったじゃろぅ」
「ええ、そうよ! お叱りは後で受けます。でもその前にこいつらを黙らせてやりましょう!」
「うむ。では、そうするとしようかの。実は儂も直接手合わせしてみて感じ入る部分があってな、どうにも腑に落ちんのじゃ」
事実、途中で戦闘を中断したにも関わらず衛兵たちが持ち場を離れて襲ってくることは無かった。
まるで何かを守っているかのような立ち回りに、これまで見えてこなかった違和感が湧き上がってくる。
「なんで私達を襲ってこないのかしら?」
「あれだけ大勢の人間を同時に操っておるのじゃ、複雑な命令は下せまい。……おそらく、操られている衛兵に課せられた命令は“ 門に人を近付けさせるな ”という類のはずじゃ。その証拠に門を離れた儂に追撃を加えようとはせんからのぅ」
「じゃあ、門に近づかずに攻撃したらどうなるのかしら?」
私がそこまで言ったところで姐さまも理解したのか、笑い声が聞こえてくる。
「それは面白い提案じゃのう。是非とも奴等がどんな反応するのか見てみたいわい」
了承をいただいた私は再度、鳥枢沙摩明王を発動させ今度は手のひらサイズの光球を創り出す。それは、森でイグ・ボアにやってみせたものと同じ強烈な閃光弾。
いくら操られているとはいえ、あれだけ多くの人間の視界まではコントロールできないハズ。
手のひらに乗せた光球にフッと息を吹きかけ、衛兵のもとへと飛ばしていく。スピードを増して飛んでいく光球の後ろを姐さまの案山子が追随していった。
もちろん案山子には視力がないので、どれだけ眩しくとも平気だ。衛兵たちの視界を奪ったあと一気に無力化する算段。
そして、衛兵の近くまで十分近づいたところで一気に膨大な光を拡散させる。
いまだ薄暗い明朝の街に真昼の如き光が照らし尽くす。
その間近で強烈な光を目にした衛兵たちは狙い通り目を眩ませたようで何も見えていない様子。
「今よ! 姐さま!」
掛け声をかけると同時に次々と武器を奪い、動きを封じていく案山子はあっという間に半数を無力化することに成功した。
続けて残りの半数に向かっていった時、ついに奴が現れた。
『 調子のってんじゃないわよッ!! 』
突如、どこからか現れた女は案山子を上から圧し潰すように乗り上げ、全体重をかける。
バランスを崩した案山子はうつ伏せに倒れてしまい、両肩を地面に押さえつけられ身動きがとれなくなってしまった。
「出たぞ、右京! 奴が能力者じゃ!」
姐さまがそう声をあげた先には額に一本の突起物が生えた女の鬼人族がいた。その女の肌は褐色で額に角がなければ一般人と見分けがつかないだろう。
さらに、その女は水着のような露出が多く女性の大事な部分を面積の小さい布で隠してあるだけの恰好で同性の私から見てもスタイルがいいと認めざるを得ない。
長い足に形のいい大きめのバスト。綺麗なくびれ。ふっくらとしたヒップ。
私も大人になったらあれくらいになるから悔しくはないけど、なんだかムカつくわね。
『さんざん好き勝手やってくれたお返しに、こいつを頂くわ』
そう言った鬼人族の女は意地悪そうな顔でこちらを見た後、案山子のお面を無理矢理はぎ取り顔を突き合わせる。しかし、驚く羽目になったのは鬼人族の女のほうであった。
『なっ!? 何よこいつ!? 人形じゃない! 気持ち悪ッ!』
まさか藁人形が立って走っていたとは思ってもいなかったのか、ぞんざいに投げ捨てると汚れた手を払うかのように叩いている。
しかし、その行為が何よりも危険であったかを鬼人族の女が知る由はなかった。
「今、なんと言った? 儂の人形が気持ち悪いじゃと……?」
『ええ、言ったわよ。アレ、あんたの人形だったのね。聞こえなかったみたいだからもう一回言ってあげる。超~~気持ち悪いわッ!!』
……マズイわ。
仮面で表情が見えないけれど、それでも容易に感じ取れるほどに姐さまが怒っている。
大鎌を握り直し、ゆっくりと鬼人族と向き合うと背筋の凍るような声で囁く。
「……先の言葉、取り消せ。さもなくば命は無いぞ」
しかし、気を良くした鬼人族はここぞとばかりに煽り立て、悪びれもなく追い打ちをかける。
『イヤよ。気持ち悪いものを気持ち悪いと言って何が悪いのかしら?』
バチバチと音を立てているかのような問答にもはや口を挟む隙間がない。
こうなってはどうすることもできない。今は静かに距離をとろう。
「口を閉じろ露出狂がッ! 儂の愛しいパピィを貶した罪、その身で償わせてやる!!」
物静かな姐さまが初めて見せた怒り狂った一面であった。