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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第三章  果たせぬ約束
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第121話  GGG防衛チーム 三日目 西門から北門へ

♢ ミーティア 西門  Reyhanehレイハーネフ・L・Guilfeedギルフィード ♢



 鬼人族である黄鬼の罠にまんまと嵌まり幾多もの爆撃を受けてしまった俺は体中が痛みながらも、ひどく憤慨していた。


 それはあいつ(黄鬼)に対して湧き上がった感情ではない。

 怒りの矛先は己自身に向けて発せられていた。



 “ なぜ、安易に飛び出してしまったのか ” 


 という、自己嫌悪に陥るに十分な浅はかな行動をとってしまったことによるものだ。

 

 なぜ、罠が仕掛けられていると思わなかったのか?

 なぜ、先手を取ったと錯覚していたのか?

 

 ヌルい。ヌルすぎる。

 まさか弟子の前でいいところを見せようと浮足立っていたとでもいうのだろうか。

 新人冒険者じゃあるまいし、愚行にもほどがある。


 結果、敵の術中に嵌まり戦況は劣勢となってしまった。


 情けない。

 いや、もはや情けないを通り越して腹立たしい。

 沸々と湧き上がってきた怒りの感情は身を奮い立たせ、頭に血が昇っていくのが感じられる。 

 

 それでも二度の攻撃を受けたため、火傷のヒリヒリする痛みと爆破による衝撃のダメージが体に刻まれ動かせるまで少々時間が掛かった。


 

 ようやく五感が戻ると、そこでは更なる怒りを掻き立てる光景が飛び込んできた。

 目の前で弟子であるシンが首を絞められ、今まさに窒息してしまいそうなほど顔が腫れ、赤くなっている。

 

 その瞬間。

 


 俺のなかで能力を発動するため(・・・・・・)のスイッチが切り替わった。


 能力  発動


 「 噛み殺せ、【最後の牙(レッド・ファング)】 」


 すぐさま落としていた十手を手に取り、シンの首を絞めている黄鬼の腕目掛けて投げつける。

 十手は狙い通り奴の腕に突き刺さると痛みに耐えきれずシンを開放するとこちらに顔を向けた。


 そして、己の不甲斐なさからくる怒りと弟子を傷つけられた怒りが同時に押し寄せ、激情に身を委ねたまま鬱憤を晴らすように雄叫びをあげる。


 こうなっては、もう止まらない。

 止められない。


 敵を噛み殺すまで──。 



 【最後の牙(レッド・ファング)】は怒りをエネルギーとしてのみ発動できる限定的な能力。

 変化タイプである俺は怒りを魔力に変換することで力を得ることができ、怒れば怒るほど威力が増していく。


 最後の牙(レッド・ファング)を終わらせるためには怒りが鎮まるか俺が死ぬかのどちらかのみで、それまでは永遠に戦うことが可能である。

 怒り続けることさえできるなら戦闘中の魔力切れはないといっても過言ではない。


 もちろん、糧として使用した怒りは消費されるが、新たに怒りの感情を生み出せば問題なく使用できる。 


 それ故、平常時は能力を発動することができず基本的な魔力のみで戦うことを強いられてしまうが、一度発動すれば通常時の何十倍もの出力を発揮する。


 若年時の俺はいささか気が短く、勢い任せでこの能力を決めてしまったが当時はそれほど困ることはなかった。しかし、歳を重ねるごとに性格も丸くなるのか何かと不便さが際立ち、条件による制限のせいでこれまで数々の苦労をしてきた。

 

 最後の牙(レッド・ファング)を使用すると性格が荒くなってしまうのも弊害の一つかもしれない。



 能力を発動し真っ直ぐ黄鬼を睨みつけ牙を剥きだしで唸ると、奴は明らかに怯えていた。俺の魔力に充てられたことで実力差を肌で感じ取ったようだ。


 もし、黄鬼に降伏するよう喚起できたなら大人しく従うことだろう。

 

 だが、それは有り得ない。

 もう遅すぎるのだ。



 なぜなら、この能力の名前は最後の牙(レッド・ファング)

 奴が見る最後の光景となるのだから……。

 


 怒りを力に変換した俺は一度地面を蹴り上げると、音もなく黄鬼に忍び寄る。

 そして一切の躊躇もなく黄鬼の喉を喰い千切った(・・・・・・)。 


 頭と胴体が離れたところでようやく現状を理解したのか頭部を失い崩れ落ちる胴体を見て一声あげた。



「……あ」


 耳障りな断末魔をあげる前に咥えていた頭を地面に落とす。

 そして。



 グシャッッ


 一言も発しないまま、足で頭を踏みつぶした。



♢ ♢ ♢

   

♢ ミーティア 西門  Olbatoオルバート・K・Shinシン ♢


 黄鬼との闘いはあっけない幕切れで終わった。


 いや、それは違うか。 

 ギルさんの圧倒的な能力の力によってそう見えただけだ。


 今しがた黄鬼の頭を踏みつぶしたギルさんは全身に纏っていた紅い魔力の蒸気を霧散させていく。

 どうやら敵を排除したことで能力も停止させたのかいつも通りの姿にもどった。

 まるで別人のような猛々しい表情と魔力をしていたので声を掛けていいものか躊躇してしまうが意を決して背中越しから声を掛けてみる。

 


「……ギル、さん? 大丈夫ですか?」


 恐る恐る声を掛けてみるとゆっくりと振り返るギルさん。

 その表情は険しい顔つきながらも、いつもの顔に戻っていた。



「ああ、大丈夫だ。怪我を診せろ、治療する」


 そう言ったギルさんはそれ以降口を開くことはなく、ただ黙って俺の怪我を診てくれていた。

 ギルさんに治療してもらうのは海での修行中や森での戦いの後など、これまでに何度もあったが今回はどこか気まずい空気が辺りを包み緊張感が漂う。



「火傷が多いが軽傷だ。首の痣も次第に消えるだろう。万能魔力回復薬エリクシルを使う程でもない。今はこれを飲んでおけ」


 そうして魔力ポーションを手渡されギルさんも自分で服用している。

 指示通りに飲み干して一息つく。



 脅威は去ったというにも関わらず、いまだにぎこちない違和感を感じ、どう切り出せばよいのか分からない。

 なぜ、これほど重い空気が流れているのかは言わずもがな理解していた。

 それはギルさんの全身から発せられている気配が一帯を支配していたからに他ならない。

 

 怒っているのか、後悔しているのか。

 それとも、悲しんでいるのか。

 喜んではいないということだけは分かったが、その胸中を知るにはまだ修行が足りないようである。

 

 怒り狂っていた姿はとうに消え失せ、今は物憂げな表情で淡々と作業を進めていく。

 そんな重たい空気を察してかギルさんの方から口を開いてくれた。



「ここにはもう鬼人族やつらはいないだろう。いたら真っ先に殺しに来るはずだからな。俺は戻って応援を呼んでくる」


 黄鬼による襲撃で西門を破壊されたことで街の外に出ることは出来なくなり、護衛に就いていた衛兵は全て吹き飛んでしまった。火の手があがっていた家屋は全焼し白煙をあげならが燻り、残されたのは穴だらけの地面と煤まみれの瓦礫だけ。


 西門の復興にはかなりの時間とお金がいるだろう。

 それでもこの程度で被害を抑えることができたのはギルさんの迅速な処置によるものが大きい。

 もし、黄鬼が街の中央まで爆破しながら進んでいたなら甚大な被害が出ていたはずだ。



「俺も行きます。俺だってまだ戦えます」


 内心、まだ体のあちこちは痛むが師匠が行くというのに座ってなどいられない。

 無理をしてでもついて行かなければ。



「お前はここでもう少し休んでいろ。まだ、傷が痛むだろう? 応援が到着したら何があったのか詳しく説明するんだ。もし、俺が戻ってこなければ応援の部隊と行動を共にしろ。単独行動だけは絶対にするなよ」


 俺の空元気など見透かされていたようで宥めるようにたしなめられてしまった。

 先ほどニコルさんに怒られたばかりだったので、今回は素直に言うことを聞いておく。



「……分かりました。ギルさんも気を付けて」


「ああ。行ってくる」


 そう言い残し、ギルさんは応援を呼ぶために街の中心街へと戻っていった。

 残された俺は人のいなくなった西門でただ一人、応援を待つ。



♢ ♢ ♢


 一方その頃。同時刻。


♢ ミーティア 北門  右京うきょう ♢


 明け方に起こった襲撃によって叩き起こされた私は姐さま(スウィフト)と一緒に防衛地である北門へと到着していた。

 ただでさえ森での任務から帰って来たばかりで疲れも抜けきっていないというのに、こう立て続けに厄介事が起こっては身がもたないじゃない。

 

 けど、今回はあねさまと共同の任務なので森での仕事より遥かに安心できる。

 なぜなら姐さまは、私が認める数少ないカッコいい大人だから。

 物静かだけれど言葉に重みがあり、時折笑う顔には同性でもドキッとしてしまう魅力がある。


 間違ってもシンのようなバカみたいな行動は取らないし、とても頼りになる素敵なお方。

 ニコル様、左京に続いて信頼している人かもしれない。

 シンは……そうね、次の次の次くらいには信用してやってもいいかな?


 うん。きっと、そう。



 冒険者ギルドでも数少ない女性の先輩というのも親しみやすさを助長させているのかもしれない。

 なんにせよ、心強い味方がいてくれて頼もしいわ。

 

 すると、前を行く姐さまが止まるよう手で前を塞いだ。



「どうしたの姐さま? 北門はすぐそこじゃない。早く行きましょ」


「……変じゃ。何かおかしい」


 目的地である北門まであと僅かという位置で立ち止まった姐さま。

 昨日、防衛任務で訪れた際も今と変わらない街並み。私が見た限りではどこもおかしなところはないのだけれど。



「静かすぎるのじゃ」


「そうかしら? そう言われてみれば、確かにあれだけ大きな爆発があったにしては静かね。この辺は被害がなかったのかな?」


 しかし、私の問いかけにとんがり帽子を被った姐さまは静かに首を振る。



「あそこを見るのじゃ右京。昨日まで北門は開いておったがすでに閉じられておる。そればかりか、儂たちも急いで駆けつけたというのに護衛についている衛兵の数が多すぎる」


 言われた通り門に目を向けると、そこでは多くの衛兵や冒険者らしき者達で守られている。

 ゆうに三十人は門の前で立ちはだかり、鼠一匹たりとも通さんとばかりに隙間なく陣形を保っていた。

 そんな男たちが一言も言葉を発せずにじっと立ち尽くしている姿を見ていると、徐々に薄気味悪く感じられる。



「そうね。なんだかキモいわ。でも、あれだけたくさんいるなら私達は行かなくてもいいんじゃないかしら?」


「もう少し隠れて様子を見ることにしようかの……。右京、こっちに来るのじゃ」


「ええ、姐さま」 


 前から思っていたのだけど、姐さまはどうしてこの口調で話すのだろう?

 もっと女性らしく可愛い言葉遣いをすればいいのに。私みたいに。


 だが、私がそんな呑気な考えを巡らせていられるのもこの時だけだった。


 やがて知ることになる。

 姐さまの言っていた静かすぎるという意味を。



 すでに魔の手がこの北門を支配していたとは知らずに──。


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