第120話 GGG防衛チーム 三日目 ギルフィードの能力
♢ ミーティア 西門 Olbato・K・Shin ♢
「ゲヘ! ゲハハハ! 馬鹿だなぁ、自分から死にに来るなんてさぁ! それでもまぁ、死体が爆発するなんて夢にも思わないだろうけど」
辺りを肉の焦げた匂いと不快な硫黄臭が混ざり合った瘴気が包むなか黄鬼の嘲笑う声だけが響いてくる。
いまだ立ち込める白煙が風にのって少しずつ晴れていくとようやく視界が開け、そこで俺が目にしたのは地面に蹲るように倒れていたギルさんの姿であった。
ギルさんの倒れているすぐそばの爆心地の跡には黒い煤と小さな窪みが何カ所も形成されており、爆発の威力が窺い知れる。
そして、先ほどまでそこにいたはずの衛兵の姿が消えてなくなっていた。
「ギルさんッ!!」
たまらず叫び、急いで駆け寄って身体を仰向けに起こして安否を伺う。
「ガハッ、ガホッ!」
目を閉じたまま咳込み、煤を被った顔で苦しそうに息をしているものの一命は取り留めたようである。
どうやら俺はギルさんの後ろを少し離れていたおかげで爆発の被害も軽微なもので済んだようだが、その中心地点でモロに爆撃を受けたギルさんのダメージは相当なものであったはずだ。
「クソッ! 俺が先を走っていればギルさんがこんな目に遭うことはなかったのに!」
意味の無い後悔を抱きながら、その元凶を作った張本人を睨みつけた。
「テメェ、許さねぇ……!!」
そこには丸々と太った鬼人族の黄鬼が愉快で愉快でたまらないとでも言わんばかりに顔を歪めてこちらを眺めている。
「ゲハハハ! どーよ、俺様の【肉爆弾】の味はよぉ!? あの至近距離で爆発に巻き込まれたのに五体を保てるたぁなかなか頑丈な奴だが、もう動けないだろぅ?」
癇に障る笑い声をあげている奴を今すぐぶっ飛ばしたかったが、今はギルさんの治療を優先することにし、急いで持ってきていたポーチを手に取った。
ポーチの中には市販で販売されている魔力ポーションを常備してある。
俺の財力では万能魔力回復薬は購入できないので、緊急用の代用品として少しでも回復させなければ危険だ。
焦る手でなんとか栓を開け、ギルさんの口に流し込もうとしたとき視界の隅で何かが飛び込んでくるのを捉えた。
それは、人間の片腕であった。
次の瞬間。
パァッッンン
甲高い破裂音と宙に体が浮かぶほどの衝撃が瞬時に俺とギルさんに襲い掛かり、爆風もろとも後方へと投げ出される。
キーーンという激しい耳鳴りと爆発のダメージにより全身の節々が痛むが、この程度で済んでいるのは魔力を纏っていたことによる防御力の上昇の恩恵だろう。でなければ、今頃生きてはいられないハズ。
痛みを堪えて起き上がると姿勢を変えた状態で横たわるギルさんを発見したが、二度も爆撃を受けたギルさんの体はもうボロボロの状態で衣服も焼け焦げ穴が空いている。
痛ましいその姿を見た瞬間。
己の痛覚を凌駕する激情が瞬時に湧き上がってきた。
「よくも……、よくも俺の師匠をやってくれたな。お前だけはぜってぇ許さねぇ!!」
全身の細胞から魔力を放出するかのような濃密な魔力を練り上げると黄鬼に向かって走り出し、落としていた刀を拾って駆ける。
目指すは黄鬼のみ。
殺気の籠った視線で睨みつけながらも、ぐんぐん近づいていき距離を縮めていく。
最初の爆発があったせいか倒れている衛兵の姿もない。
これまでの奴の攻撃から察するに爆弾を作り出すために肉体が必要なのは判明しており、間違いなく肉体を爆弾に変化させる能力者であることは確実だろう。
多大な犠牲を払いはしたものの、奴に残された爆弾はもう失われた。馬鹿みたいにポンポン爆発させた代償をその身に刻んでやる。
そうして、あと数歩近寄れば刀の間合いに入るという直前。
これまで動かなかった黄鬼が動き出す。
「ゲハハ! だから馬鹿だってんだよ、お前らは。爆弾ならここにたんまりとあるからさぁ」
そう言い終えると、黄鬼は顎が外れてしまうかのではないかと思うほど大きく口を開けると黄鬼の口内からもぞもぞと這い出すものが吐き出された。
それは、生きた大量の小動物の群れ。
鼠に小鳥といった小さくて素早い動物が一斉に口から放たれ、蜘蛛の子を散らすように拡散していく。
まるで手品のショーを見ているかのように際限なく吐き出される生き物は、ようやく自由の身になったことを喜ぶように元気に逃げていく。
そのうちの何匹かは俺の足元すぐ近くまで駆け寄ってきていた。
「しまっ……!」
咄嗟に空中へと跳び上がるが、そこでは小鳥の群れが俺を避けていくようにすれすれを飛行していく。
そして、眼下では術中に嵌まった俺を見て舌なめずりをしている黄鬼を捉えた瞬間。
バパパパパパパッッッンン
幾多もの小鳥が俺を包み込むように多数爆発した。
「ゲヘ! 思い知ったか人間どもめッ! 一人残らず殺してやるからなぁ! ギャハハハハ!」
空中で逃げ場のない俺は何羽もの小鳥の爆弾を全身に受けてしまい、受け身をとることもままならないまま地面へと打ち付けられる。
もはや目も耳も鼻も正常に機能しておらず、すぐそばで黄鬼が何か喚いていることだけは感じ取れるが何を言っているのかは聞き取ることができなかった。
いくら小型の爆弾とはいえ、あれだけ多数の爆発を一身に受けてしまってはひとたまりもない。
どうやら肉体の大きさに比例して爆発の威力も上がるようだが、今頃そんなことが分かっても遅いではないか。
それに、あいつの体はどうなってるんだ。
まさかあの太った体型は体内に隠していた動物を隠すためのカモフラージュだったとでもいうのか。一体、どんな手段でそんなことを可能にしているのか疑問だが今はそれどころじゃない。
すぐに立ち上がってニコルさんに言われた通り応援を呼ばなければ。
けれど、撤退し応援を呼ぼうにもあまりにもダメージを受けすぎたようで体の自由が利かない。
ついさっきまで一人で突っ走ろうと息巻いていたクセに現実はこんなものなのか……。
生き急いでいるつもりはないが、自ら渦中に飛び込もうとするのは悪い癖なのかもしれない。
体が動かない分、思考は加速しているのか短い時間の中で後悔と己の未熟さが波のように押し寄せてくる。
虚ろな視線で見上げると、少しだけ体が萎んだような気もする黄鬼を捉え一歩ずつ近づいてきた。
そのまま首を掴まれ持ち上げられると呼吸もままならず、途端に息苦しくなってしまう。
デブのクセに筋肉はあるようで片手で軽々と持ち上げたままじわじわと首を絞める力を強め俺が苦しむ姿を見て楽しんでいるかのよう。
「もう動けないだろうが、お前の体も爆弾に作り替えてやる。また敵の増援が来た時には派手に散ってもらうためにな。そうして出来た死体をまた爆弾にして、また殺す。そしたらまた死体ができる。ゲハハ! これなら永遠に殺し続けることが出来らぁな!」
「そ……、そんなこと、させるか……」
息も絶え絶えになりながらも、まだ俺の心は折れちゃいない。
命の尽きるその時まで戦い続ける。
それが、ギルドGGGの冒険者としての役割なのだから。
そんな俺の言葉が黄鬼の癇に障ったのか、それまで笑っていた顔が急に無表情に変わり冷たい視線を向けてくる。
「させる、させないの問題じゃない。俺がそうするんだ。お前に選択権はないんだよ」
そうして遊ぶことを止め本気で息の根を止めにかかったのか、喉が潰れてしまうのではないかと思うほど首を絞める力を強めてきた。
「が……、ごぁ……」
もはや声にならない声が漏れ、頭に血が昇ったのか脳内が痺れ始める。
鬱血し目玉が飛び出そうな錯覚まで感じ、肺が今すぐ呼吸をしろと心臓の鼓動を高鳴らせる。
危険な状態に陥ってしまったため言葉にこそできなかったが、俺の言葉には続きがあった。
《そんなことさせるか。なぜなら、ギルさんがお前をぶっ飛ばすからな》
今まさに意識が飛びそうになったとき。
俺の声なき声は現実となる。
ヴスッッ
「ぐあぁっ!!」
それまで首を絞めていた手を突然緩めた黄鬼は俺を開放した。
地面に転がりながらも大きく息を吸い、過呼吸かのように息を荒げて大気を吸う。
仰向けに倒れながらも黄鬼に目をやると俺を掴んでいた右腕を左手で押さえているではないか。
更に、その右腕にはなんと、十手が突き刺さっていた。
十手の先端は刃物のように尖ってはいないにも関わらず、だ。
一体どれほどの力で、どれほどの速度で飛んで来れば突き刺さるのか想像することも難しいが現実として目の前で起きている。
痛がる黄鬼は乱暴に十手を引き抜くと血のついた十手を放り投げ、飛んできた方向に目を向けた。
そして、目にする。
決して触れてはいけない逆鱗に触れてしまったことを──。
目覚めさせてしまった、眠れる獅子を起こしてしまったことを──。
そこには、紅色の魔力を湯気のようにもうもうと立ち昇らせているギルさんが鬣を魔力によって揺らめきさせながら佇んでいた。
その顔は憤怒の表情をしており、凄まじい形相で黄鬼を睨みつけている。
見るものを怯えさせるその眼光は一切ブレずに睨み続け、剥き出しになった牙は歯茎が覗くほど怒りに燃え低い声で唸っている。
「ひっ……」
あまりの形相と魔力に竦みあがった黄鬼は一歩、後ずさった。
直観か、はたまた生物の第六感が肌で感じ取らせたのか互いの力量の差を痛感し急激に戦闘意欲を削がれたかのようだ。
怯える黄鬼をよそにギルさんは大きく息を吸うと、街全体に響いたのではないかというほどの大声で獅子の咆哮をあげた。
能力 発動
「 噛み殺せ、【最後の牙】 」
これまで、顕現することのなかったギルさんの能力が発動した。