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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第三章  果たせぬ約束
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第118話  GGG調査チーム 三日目 オルバート草原の闘い

♢ オルバートの森  入り口  アラタ ♢



 熊八の手によって赤鬼の命は摘み取られ能力の使用者が死亡したことにより魔物の大群は散り散りに逃げていく。もはや統率もなく戦意も喪失したのか魔物が襲ってくる様子はない。

 残されたのは赤鬼の死体と首を切断されたドラゴンの死体、その他大勢の躯の山。


 敵勢力にはまだ青鬼が残っているが、それよりも今は目の前の異変にどう対処すればいいのか考えるので精一杯であった。



「熊八? 熊八だよな? どうしたんだよ、その姿?」


 いつもの二足歩行ではなく野生の熊のような四足歩行で佇み、帯電している電流も紫がかっている。なにより笑顔で優しい顔だった表情が怒りで別人のように変化していた。



「ヴゥゥ……、ゥゥゥ……」


「唸ってないで手を貸してくれ! ハルシアの血が止まらないんだ!」


「ゥゥ……、ヴゥゥ」


 いくら俺が問いかけても反応がなく、まるで人の心を失ってしまったのか唸ってばかりで言葉すら発してくれない。今はハルシアが一刻を争う事態だというのに理性を失ってしまっては話にならない。


 そんな熊八を見かねたのか、俺達を守るように立っていたトラが口を開く。



「アラタ殿、これでは埒が明かない。一先ず、熊八殿は放っておいて主の手当てを優先するべきだ。遠征の際、主は必ず救急キットを常備している。今回も持ってきているだろうから、それを使って救急措置をするのだ」


「わかった。なら、トラはハルシアの傷を抑えていてくれ! 俺はグリフォンに乗せた荷物を探してくる!」


「よし、任されよ」


 そうして仰向けに横たわるハルシアの傷を押さえようとトラが屈んだとき、考えうるなかで最悪な展開が起こってしまった。



「ヴゥアアァッッ!!」


 それまで唸ってばかりで動かなかった熊八がひとたび咆哮をあげると、明らかに俺達を敵視して襲い掛かってきたのだ。


 声に驚き振り向いた時にはすでにトラの体が吹き飛ばされていたあとで、まるでハルシア以外の人間は全て敵とでも言うかのように俺にも牙を向けてくる。

 そのあまりに馬鹿げた行動に、我が師匠とはいえ我慢ならず大声を張り上げた。



「何やってんだ熊八ッ! いい加減目を覚ませ、馬鹿野郎! ハルシアが死んでもいいのか!?」

 

 だが、俺の言葉は届かない。

 トラの次は俺だと言わんばかりに威嚇してくる熊八は真っ直ぐに俺を見据え、今にも飛び掛かってきそうな身構えで睨みつけてくる。


 せっかく赤鬼を倒したというのに熊八がこうなってしまっては意味がないではないか。

 むしろ、仲間であるだけ余計に戦いたくない。


 しかし、今は暴走している熊八に遠慮している場合ではなくハルシアを救うことが第一。俺の力量では逆立ちしても敵わないことは重々承知の上だが、みすみすやられてやる道理もない。

 どうにかして熊八の理性を取り戻さなければ治療もままならないため、抗うほか選択肢は残されていなかった。



異世界からの贈り物(ディメンション・ゼロ)】 発動


「ギフト・オープン」


 苦肉の策で思いついたのは能力を使用して熊八の中に眠る記憶に訴えかけること。

 能力の開放による光の塵が消え、現れたのはGGGのギルド二階にある【海熊亭】と書かれた看板をそっくりに似せたもの。


 今、考えられる最良の品を創り出すことで視覚に訴えかけなんとか理性を取り戻してもらう。

 俺に出来ることなど、これくらいしかなかった。



「ヴゥ……、ゥウ!?」


 看板を目にした熊八は明らかに動揺しているようで前のめりに乗り出していた身が引いていく。 

 どうやら効果はあったようでそれまでの威嚇の声とは違う困惑しているかのような声を鳴らしている。


 よし、イケる。もうひと押しだ。



「ギフト・オープン」


 次に創り出したものは巨大なバケツ一杯に入った水。

 それを持ち上げ、狼狽えている熊八目掛けて思いっきりぶちまけてやった。



「頭冷やして、戻ってこい! 馬鹿師匠!」


 罵声と共に、頭からもろに水を被った熊八は全身がずぶ濡れになり体に付着していた返り血もだいぶ落ちていた。水分を含んで束になった毛先からポタポタと水滴が流れ落ちていくなか声を掛けてみる。 



「目が覚めたか。俺が誰だか分かるか?」


 キョトンとした表情の熊八は、どうやら理性を取り戻したようで濡れた髪を掻き上げると尋ねてくる。



「……お前さんはアラタだ。俺は熊八。一体、どうなってる? 何があった?」


「話はあとだ。正気に戻ったんなら手を貸してくれ。ハルシアが死にかけてる」


 俺の言葉で我に返ったのか、顔と視線を次々に動かして辺りを見渡していく。

 

 血だらけになって倒れているハルシア。

 首が折れて動かない赤鬼。

 うずくまって痛みを堪えているトラ。

 辺りを囲む死体の山々。

 全身ずぶ濡れになっている体。


 ようやく現状を理解し、これまでの全てを思いだしたようだった。    



「すまねぇ。俺はまた……、なんてことを……」


「いいから、早くハルシアの手当てを手伝ってくれ。ハルシアの荷物に救急キットがあるらしいから、それを持ってきてくれ」


「お、おう。それなら俺の万能魔力回復薬エリクシルのほうがいい。待ってろ、すぐ取ってくる」 


 再度、能力を発動させた熊八はバチッと音をたてると見えなくなった。

 そして、数分もしないうちに荷物を手に戻ってくる。  



「ハルシアの口を開けてくれ。万能魔力回復薬エリクシルを飲ませる」


 血でべたべたになった手でなんとか口をこじ開けけると、熊八が持ってきた薬を点滴していく。

 それは鮮やかな翡翠色のとろみのある液体でハルシアの口の中にポタポタと二、三滴づつ落としていく。


 すると、その効果はすぐに現れた。


 先ほどまで止まらなかった血はピタリと止まり、それどころか凄まじい早さで傷口が塞がっていくではないか。青ざめていた顔色もみるみるうちに赤見が差していき、いつもの顔色に戻っていく。

 ここまで回復したのであればもう心配はないだろう。



「良かった……。本当に、良かった」


 静かに呼吸をするハルシアを見て一命を取り留めたことに安堵する。

 出血多量により自力で動くことは無理そうだが、命を繋ぎ止めることには成功した。


 緊急を要する事態は乗り越えることができたので次への行動へと移しにかかる。



「それで、さっきのは何だったんだ。まるで別人のようだったぞ。どういうことか説明してくれ」


 ハルシアの体調を確かめた熊八は薬と一緒に持ってきていた毛布で優しくハルシアの体を包むと、何かを言いたげに顔を上げた。

 しかし、棘だらけの言葉を吐き出すのが苦しいかのように悩める表情で項垂れる。


 それでも俺の率直な問いから逃げるべきではないと受け止めた熊八は沈痛な面持ちでゆっくりと語り始めた。

 


「俺は……、ろくでもねぇ奴だ。本当は誰かの師匠になんてなっちゃいけなかったんだ。それでも、変われる。変わることができると信じて弟子をとった。だが、実際はこの有様だ。俺はまた(・・)弟子を死なせてしまうところだった。あの時から、何も変わっちゃいなかったんだ……」


 俺の問いの答えになっていない言葉を吐き出していくが、トーンの落ちた声で呟くように嘆く姿を見ていては言及しようにも言い留まってしまう。

 

 俺の知らない過去の悔恨をいまだに背負い、苦悩の日々を送っていたのだろう。

 いつもは元気で大雑把。

 ガサツで声がデカい熊八でも今の姿は、とても小さく見えてしまった。



「とにかくハルシアは生きてるんだ。まだ闘いだって終わってない。後でたっぷり愚痴は聞いてやるから今はこの場を治めよう」


 そう言って立ち上がりると、今になって青鬼との戦闘で負傷した体が悲鳴を上げていたことを思い出す。 

 ズキズキと痛む脇腹は触るだけでも敏感に痛みを伴い、息苦しさまでも感じ始めた。



「アラタもこれを飲め。効果は知っての通りだ。それと、トラにも飲ませてやらねぇと。俺が吹き飛ばしちまったからな」


 言われた通り薬を服薬しトラも回復した。

 もともと戦闘職で体を鍛えていたトラは出血こそしているものの、大事には至っておらず熊八にブツブツ小言を言う程度で収まっていた。



「それにしても随分、静かだな。青鬼はまだ残ってるはずだよな?」


「そのはずだが、どうやら終わったみてぇだな」


 赤鬼を倒した以降、魔物も散っていったので俺たちの近くで戦闘は行われていない。

 問題は青鬼の存在だが遠目で確認したバスコ卿も戦闘を終え、白骨融合個体キメラも復活していない。


 それどころか熊八が築き上げた魔物の死体の山も動き出す気配を見せないことから、どうやら青鬼は赤鬼が負けたことでいち早く逃げたようだった。

 

 バスコ卿と合流し、お互いの状況を擦り合わせたところ、青鬼の撤退で間違いないだろうという結論に至った。



 戦闘後に残された草原地帯には見るも無残な光景が広がっている。

 一体、この短時間でどれだけの命が失われたのだろうか。

 

 傭兵も、魔物も、あまりにもたくさんの命が潰えた。

 


「生き残ったのはこれだけか……。なんとも少ないのぅ」


 戦闘を終えたバスコ卿は俺達と変わらないくらいの身長に縮んでおり、どうやらあの巨大な体躯は能力による恩恵らしい。

 相変わらず、あり得ないことがあり得る世界だ。


 生き残った傭兵は自力で立てるものでも五人ほどで、負傷者が七人。

 それ以外のものは殉職した。


 俺達もハルシアが致命傷を受け、いまだ意識が戻らず昏々と眠り続けている。

 失ったものはあまりに多く、得たものは何もない。


 当初の目的である生物調査もほとんど進展しておらず、判明したのは天玉甲蟲の巨大化と突発的な発生、フェロモンによる誘導だけであった。

 


 こうして、明朝に巻き起こったオルバート草原の闘いは勝者を生むことなく幕を閉じた。

 

 

♢ ♢ ♢


♢ オルバートの森 深部 ♢


 樹海の如き深い森の中、陽光の光も閉ざしてしまう暗がりで全身の肌が真っ青な男の声が木霊している。

 その声は酷く苛立っているのか言葉の節々に怒りが籠っている。



「──ああ、そうだよ。赤鬼ガキが死んだ。あっ? だからさっきから言ってんだろ。議会の編成隊の他に邪魔が入ったってよぉ。ウロチョロ嗅ぎまわってた奴等なんだが、そいつが鼠ってもんじゃねー。奴は四ツ星(クアドラプル)の熊八だ。リストに載ってるから間違いない」



「──それが恐ろしく強いやつで俺達では相性が悪い。もともと俺達は数で攻める広範囲殲滅型なんだ。化け物みてぇな相手には歯が立たねぇ。それはおたくらの仕事だろうが」



「──俺一人では四ツ星(クアドラプル)の首二つは取れない。だが、俺の仕事は全うした。計画に支障はねぇよ。あとはそっちに任せるからな」



「──うるせぇッ!! だったらテメェがやればいいだろうが! 俺も次期、合流する。俺が行くまでに終わらせておけよ」


 男は誰かと会話をしていたようだが、ひどく憤慨している。

 それでも何とか落ち着きを取り戻した男は転がるように地面に寝そべると、木の葉で覆われた暗い空を見上げ、静かに笑った。


 

「クックック。あとは街に向かった連中が上手くやるだけだ。なかなかの大仕事だったが俺は生きてる。クックック。あぁ、楽しみだぁ……。なんせ、全てが終わった暁にはあの街は俺のものになるんだからな……」



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