第113話 GGG調査チーム 三日目 虎 VS 青鬼
♢ オルバートの森 入り口 新 ♢
たった今、ハルシアの家族でありキャッツの最後のメンバーが窮地を救わんと召喚された。
その圧倒的な力は瞬く間に死体たちを無力化し、ひいては青鬼をも吹き飛ばし立ち塞いでいる。
「ありがとう、トラ。助かったよ」
「何のこれしき。して、奴が下手人ですかい。我が主に傷を負わせたこと、身を以って償ってもらおうか」
ハルシアからトラと呼ばれた虎の獣人は、竹の笠帽子を被り浴衣のような着物を着流し、背中には二本の長物の刀を携えていた。
その風貌はまるで風来坊かのように身軽であり、且つ流麗な立ち姿であった。
「ト……トラ? トラって本当に虎の獣人だったのか? 俺はてっきりトラ柄の猫の獣人だとばかり」
これまで会ってきたキャッツのメンバーはその体毛の色や種類から愛称で呼ばれており、最後の一人も同じだと思い込んでいた。
しかし、目の前に立っている獣人はどうみても猫には見えず体型もどっしりとしているため見間違うわけがない。
「アラタさんはトラと会うのは初めてでしたね。この子がキャッツ最後のメンバーであり唯一の用心棒、トラです」
「お初にお目にかかる、アラタ殿。噂は主からかねがね。ここは儂に任せて下がってて下され」
「あ、ああ……」
簡単な挨拶を済ませると、背中に携えていた刀をシャララランと小気味良い音を鳴らしながら一本抜き取った。
それは日本刀とよく似ているが、リーチの長さがそれの倍以上はあろうかという程に伸びている。どうやらゾンビを一掃するのに用いたのは持ち前の爪だけで本領はこれからのようだ。
召喚されたばかりで状況を把握し、瞬時に脅威を排除する判断力。
目にも留まらぬ速さでゾンビを切り裂くポテンシャル。
溢れ出る魔力の力強さ。
戦闘職でない俺でも肌で感じることができるほどにこの獣人は強い。
『いきなり出てきたと思ったら好き勝手しやがって。どっから出てきたネコ野郎。悪戯にしちゃあ過ぎるぞ』
ゾクゾクするほどに寒々しい魔力を放つ青鬼はあきらかに激怒していた。
トラの一撃を受けているはずの体は服こそ破けているものの、出血など目立った外傷は見られない。
奴もまた強者。
すでに俺の手出しできる次元ではないことだけはハッキリと分かる。
刀を向けたままトラが問う。
「言い残すことはあるか? 最後の言葉になるぞ」
『畜生がいっぱしの口を利くんじゃねぇよ。銅鑼猫が』
「心まで鬼と堕ちたか。救えぬな」
虎と鬼。
短いやり取りは戦いの合図であったのかのように両者はぶつかり合った。
生まれおちた時から人間と一線を画す力を授けられた神に愛されし者同士の闘いは、互いの宿命を示すかのように殺しあう。
【死の再利用】 発動
再度、解き放たれた青鬼の能力は先ほどとは違うものであったのか亡き者にされた傭兵たちが起き上がることはなかった。
しかし、その代わりに地中から何かが這い出てくるかのようにモコモコと地面が盛り上がっていく。
やがて地面から現れたのは肉が削げ落ち、白骨化した動物の骨らしき物体だった。
まるで地殻変動でも起きているかと見紛うほどに一斉に蠢き始めた地面は次々と隆起していき、あっという間に周りを白骨死体に囲まれてしまう。
骨だけでも生前の姿が想像でき、鼠、蜥蜴、亀、鹿、猪、人間など大小様々な個体が形成されていく。
その数は軽く百を超える。
『お前等の体も骨になるまで使ってやる。楽に土に還れると思うなよ。……殺れ』
青鬼が顎で指示を出すと、土のついた骨格標本のような死体がカタカタと骨の擦れる音を鳴らしながら一気に襲い来る。
「トラは私達に構わずアイツを仕留めて!」
「しかし、それでは主が……」
「大丈夫! 骨くらいへっちゃらだよ! それにトラがすぐに倒してくれればその分私たちも助かるんだから!」
「御意」
ハルシアの言葉を受け取ったトラは一直線に青鬼に向かっていき、道を塞ごうと前に出た白骨動物をまるでボーリングのピンのようにバラバラに吹き飛ばす。
「アラタさん、青鬼はトラに任せて私たちはここを凌ぎましょう。動けますか?」
「あぁ、なんとかな。俺だって少しはいい所を見せてやるぜ」
【異世界からの贈り物】 発動
「ギフト・オープン」
俺の能力によって宝箱を出現させ、すぐさま中身を取り出す。
それは、骨を砕くために用いるハンマー。
更に、リーチと威力を高めるためにバットほどの大きさに巨大化させる工夫も忘れない。
ずっしりと重いハンマーは振り回すだけで相当な威力になり、土に埋まっていた骨など容易く砕くことが可能だろう。
傷が痛むのであまり長くは戦えないが、牽制するにも使えそうである。
「ぅおりゃああーーー!!」
魔力の補助を受けた一振りはほとんど手応えを感じることなく骨を砕いた。厚い頭蓋骨も太い大腿骨もなんのその。
すでに朽ちかけていた骨は面白いほど簡単に崩壊していく。
「アラタさん凄い! 私にも何か出してもらえませんか?」
「おっと、そうだな! ならハルシアにはこれだ」
次に俺が創造したものは棒術に用いるような棍棒を出現させる。
特別に木製ではなく鉄製にしてあるのでかなり重いが、怪力の持ち主であるハルシアにとってさほど苦ではないはず。重さがある分、破壊力は抜群。
受け取ったハルシアは巧みにブンブン振り回すと、勢いにのせたまま一帯の骨を薙ぎ払った。
「わー! 気持ちいい! 癖になりそうです!」
向かってくる大きな猪であろう白骨死体の立派な牙も叩きつけるように粉砕している。
狂気の笑顔を浮かべて向かってくる骨を蹂躙している姿は頼もしい反面、恐ろしい。
「アハハハハハ! ハハハハハハッ!」
高らかに笑いながら鉄の棒を振るう我が姉弟子は別人のよう。
熊八もそうだがいざ戦いとなると人が変わるようになるのは冒険者ならよく有る事なのだろうか?
敵の数は多いが戦闘力は大したことはなく俺達だけでも難なく対応できそうだった。
単純な動きをする骨と武器の相性も拍車を掛けているかもしれない。
見てわかるように骨だけで動く相手なら刀のような斬撃や飛び道具を主体とする武器より、近接戦闘の肉弾戦のほうがはるかに有用だ。
結果、ほぼ一撃で再起不能にまで追いやることが出来る。
「イケるぞハルシア! このまま押し切ろう!」
「はい!」
しかし、事はそう簡単にいかないものである。
俺たちが猛威を振るうことを目の当たりにしたのか、個別に向かってきていた骨動物に変化が起きた。
「おいおい、マジか……」
目の前で始まったのは、いくつもの白骨死体がパズルのピースを組み合わせるように一つに組み合わされていき一体の巨大な複合骨格を形成した白骨融合個体だった。
困ったことに、先ほど砕いたばかりの骨もキメラの一部となって利用されておりそれまでの労力が水泡に帰す。
やがて一体の巨大なキメラは生物の長所を寄せ集めたかのようにいびつで、口には長く太い牙、手足には鋭い爪、棘だらけの長い尻尾、恐竜のような頭蓋骨の額には不格好に幾つもの角が生えている。
ぽっかりと落ち窪んでいる眼窩はすでに光を失っているが、しっかりと俺達を見据えていた。
もはやこの世に存在しない空想の物体が目の前に出来上がる。
「これまたヤバそうだな。こんなのどうやったら大人しくなるんだ?」
半ば呆れ気味に嘲ると、見上げているハルシアも流石に困惑しているのか生唾を飲み込む。
「もともと死んでいたものですからね。もしかすると、操ってる青鬼を止めない限り永遠に動き続けるんじゃないですか?」
「それは、笑えねぇ」
ふと、青鬼とトラの様子に目をやるとそこでも異様な光景が広がっていた。
トラが立ち向かっていたはずの青鬼はいつの間にかいなくなっており、代わりにいたのは死体の肉で形成された団子状の塊であり、刀傷を受け赤い血のついた見た目は異形そのものだった。
団子から飛び出るように生えている人間の手足はまだ新しく、死んだばかりの傭兵のものであると推測される。その醜悪な見た目は胸糞悪く、目を背けてしまいそうになる。
と、そんな時、トラも俺たちのいる場所まで下がって来た。
ハルシアもまた肉団子に気が付いており何があったのかトラに問いかける。
「あれは何なのトラ? なんであんなものがあるの?」
「儂にもよう分からんのですが、奴は逃げ足だけは速く動き回っている間に少しづつ死体を集めてたみたいでの。気が付くとあそこまでデカくなってしまって肝心の奴はあの中に隠れておるんですわ。それはそうと、こちらでも可笑しなもんがありやすね」
「ええ。つまり、骨の矛に肉の盾。全く嫌になるわね。死体の山に囲まれて戦うなんてどんな神経してるのかしら」
ハルシアがうんざりするのも頷ける。
これほど気味の悪い相手などこれまで一人たりともいなく、能力の多様性をまざまざと見せつけられる。
「トラならあの肉団子ごと切れたりするんじゃない?」
「やってみましたが何度刃を突き立てても、うんともすんとも言わんのです。こうなったら半分に切って中を確かめる他ありやせんね」
だが、トラの思惑を聞いていたかのように向こうにも動きがあった。
それは肉団子に白骨融合個体が駆け寄っていくと肋骨の骨を開閉し肉団子を抱えるように背骨と肋骨の内側に取り込んでしまった。
さながら心臓であるかのようにキメラの体の中心に収納された肉団子は外れないようにしっかりと骨に癒着している。あまりに異様な光景に空いた口が塞がらない。
「これで敵は一体になりやしたね」
「トラ、まるで一体倒したみたいに言わないの」
「すいやせん」
いまだ突破口を見いだせないまま不気味な能力を使役する青鬼との第二ラウンドが始まる。
そして、同じ戦場で繰り広げられているもう一つの闘いも激化の一途を辿り最終局面はまだ先の事となる。