第112話 GGG調査チーム 三日目 最後の一人
♢ オルバートの森 入り口 新 ♢
オルバートの森がすぐそばに見える草原地帯で始まった戦いは二つに分けられた。
一つは議会が編成した“鉄巨人バスコ卿”率いる大部隊の援護に向かった熊八と、相対するは赤鬼の鬼人族とそのドラゴン。
俺たちが駆けつけた時すでに編成チームはボロボロであり、状況から察するに明け方ごろに鬼人族の奇襲を受けたようだった。
それでもなんとか立て直しにかかるバスコ卿は身を呈して敵の主戦力であるドラゴンと戦うことで全滅は免れているようだがなかなかに傷は深い。
そして、もう一つ。
派手に暴れているドラゴンの影に隠れるように現れたこの青鬼。
どうやら赤鬼が大部隊を攪乱し、散らばった傭兵を青鬼が仕留める役割を担っているようだ。
陽動と削り。
たった二人だけで襲撃してきただけに無策な訳がない。
一見、単純に見える戦略だが奇襲も相まって、その効果は絶大であった。
「アラタさん、やりますよ。二人掛かりでなんとか食い止めます!」
「おう!」
一度、距離をとった俺たちはすぐさま魔力を纏う。
そして、眼前に構える奴も動き出す。
『全員皆殺しだ。手土産にお前らの死体を連れていくとしよう』
その時。
青鬼が纏っていた青い魔力が一際力強さを増したとき、奴の能力が発動した。
【死の再利用】 発動
すると、これまで先の戦闘によって地に伏し息絶えていたはずの傭兵の亡骸がピクリと動いた。
次第にその動きは大きくなり、ついには自分の足で立ち上がると首を項垂れながらゆらゆらと揺れている。
その身体はドラゴンとの戦闘によってひどく傷ついており血まみれであったが、痛覚が失われているのか気にする様子がない。なかには折れた足首で骨が剥き出しになっているのを無理矢理、支えにして立っている者までいる。
その光景は常軌を逸していた。
「こ、こいつら……。死んでるのに立ち上がったぞ」
周りを囲むように次々と起き上がった元傭兵たちは不気味に体を左右に揺らしながら、じわじわと距離を詰めてくる。
ハルシアと背中合わせになり、向かってくる死体に警戒する。
「奴の能力でしょう。死した者を尚、酷使するとは。人の所業とは思えませんね」
「これで数の有利もなくなったな。どうする? 一体ずつ蹴散らすか?」
「そうですね。このまま囲まれてしまっては退路も断たれてしまいます。一点に集中して包囲網を突破しましょう。アラタさん、着いてきて下さい」
ハルシアの指示に従い、完全に包囲される前に突破するため走り出す。
目指す先は死者を操っている青鬼。
「奴を仕留めれば彼等も止まるハズです! 一気に決めましょう!」
「ああ!」
俺たちが動き出すとそれに合わせるようにゾンビも武器を構えて走り出した。
そのまま行く手を阻むように焦点の合っていない視線で攻撃を仕掛けてくる。
しかし、それは操り人形を操っているかのような不格好さであり、握りしめた武器をただ振り下ろすだけの直線的な動きであった。
ギャイイィィィンン
俺は持っていたフライパンで簡単に敵の斬撃を弾くと勢いに乗ったまま死体の腹を蹴り飛ばす。
魔力を纏った一撃だっただけに、生身の死体は事も無げに吹き飛んでいった。
「っくそ、死体蹴りなんてしたかねぇのによ!」
隣のハルシアも組手を駆使して難なくねじ伏せたようでおまけに両足の関節を外していた。
すでにゾンビであるがゆえ少しでも追撃を遅らせる手段なのだろうが、いとも容易く人の関節を外してしまうその技術と精神力には姉弟子ながら恐ろしい。
普段の可愛らしい印象と戦闘時では全く別人のようであった。
「さぁ、突破口は開けました! このまま行きましょう!」
後ろからは追随してくるゾンビどもが迫ってきているが魔力を扱えていないため歩みも遅く、囲まれさえしなければさほど脅威ではない。
これならば俺でも戦える。
だが、問題は青鬼だ。
青鬼はもちろん魔力を使ってくるうえ、鬼人族は戦闘に特化した種族。一筋縄ではいかないだろう。
多少の犠牲は仕方ない。
「まずは俺が行って囮になる! ハルシアはそのあと隙を突いて止めだ!」
「……はい!」
返り討ちに遭うのは目に見えているが俺に出来ることといえばこれくらいだ。
あとはハルシアが必至の一手を決めてくれるハズ。
俺の覚悟を汲み取ってくれたからこそ何も言わず、賛同してくれたのだ。
「うおおぉぉぉ!」
握りしめたフライパンを大きく振りかぶり力の限り青鬼に打ち付ける。
が、青鬼は地面を蹴り上げるとフワリと宙に浮きフライパンを右足で蹴り飛ばした。
そのまま体を回転させながら右足を地面に付けると今度は左足の踵で俺を吹き飛ばす。
ボグッッ
「っぐふ!!」
魔力を纏った蹴りはとても重く、蹴られた左の脇腹が猛烈に痛む。
幸いありったけの魔力を防御に回したので骨こそ折られていないが、そう何度も打てる手ではない。
しかし、俺の役目は全うした。
あとはハルシアが渾身の一撃を決めるだけだ。
「ハアァァァ!!」
ハルシアの気合の籠った声が響き、青鬼に迫る。
あの体勢から攻撃を躱すのは不可能! 入るっ!
そして、青鬼の左頬にハルシアの拳が炸裂した。
「よっしゃーー! 決めちまえ! ハルシアーー!」
そのまま流れるような動きで青鬼の身体に魔力の籠った連打を浴びせていき反撃の余地を与えない。
初めてハルシアの戦うところを見たが、次々と繰り出される動きから武芸の心得があるようで型にハマったときの強さは戦闘職にも引けをとらないだろう。
防戦一方の青鬼は迫りくる連打の圧に抗えないようで一歩、また一歩と後ずさりを続けている。
が、押し切れると思った矢先、突如青鬼から背筋の凍るような寒気のする魔力が放たれた。
そのあまりに冷たい魔力から全身が一斉に粟立ち、身震いを起こす。
『調子に乗るなよ、小娘がッ!』
これまでとはまるで違う不吉な魔力は動きを一瞬、硬直させる。
その機を逃さなかった青鬼はハルシアの腕を掴むと地面に叩きつけ、バウンドして宙に浮いた体を思いっきり蹴り上げた。
「グッ、……!」
体重の軽いハルシアはいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
「ハルシアぁーーー!」
地面に打ち付けられたものの、嗚咽交じりの呼吸が聞こえてきたため意識はあるようだ。
だが、青鬼から視線を外した僅かな瞬間。
俺は後悔した。
それまでのやつの顔つきとはまるで違う……、もはや変化したと言ってもいいほどに身体が真っ青に染まり、額から生えていた双角は先ほどよりも長く伸びている。
双角から発せられる禍々しい魔力に怒り狂った表情。
その姿はまさに鬼。
一瞬の隙に眼前に迫り、目にも留まらぬ速さで振り抜かれた拳は俺の腹を的確に捉えると軽々と肋骨の骨をへし折った。
「ッガハッ……!」
あまりの痛みから呼吸もままならず、唾液交じりの血が口から垂れる。
『お前ら覚悟しろよ。楽には逝かせねぇからな。まずは手足の爪を全部剥いだあと次は骨だ』
乱れた髪をかき上げた青鬼は手をゾンビに向け動かすと、うずくまって動けないでいたハルシアの両腕を拘束したまま引きずって近くに連れてきた。
そのまま俺も脇を抱えられるように引っ張られ横に並べられる。
抗おうにも痛みは引かず、集まって来たゾンビによって四肢は固定され身動きが取れない。
俺とハルシアは絶体絶命の窮地に陥ってしまった。
『こんなところで力を使っちまうとはな。お前らにはそれ相応に報いを受けさせてやる。まずは好き勝手殴りやがった女からだ』
「や、……やめろ。やるなら俺からにしろ」
もはや俺一人の力ではどうすることも出来ないが、少しでも時間が稼げればハルシアが回復するかもしれない。
それに、異変を察知した熊八が救援に来てくれることも考えられる。
ならば戦力の乏しい俺が犠牲になることで僅かでも勝機を上げられれば僥倖。
無理行ってついてきただけの働きにはなるだろうさ……。
『黙れ。お前は後だ。この女が済んだら殺してやる』
そんな俺の願いも虚しく、青鬼には通じなかった。
「ふっ、ふふふ。あはは」
と、そんな時。不意にハルシアの笑い声が聞こえてきた。
この状況で笑っていられるほど事態は甘くないが、気でも触れてしまったのか笑うことを止めようとしない。
「ハ、ハルシア……? どうしたんだ!? しっかりしろ! 諦めるな!」
『フッ、自分の未来が見えて頭でも可笑しくなったか? 哀れだな』
俺や青鬼が語り掛けても反応はなく、必死に笑いが込み上げるのを我慢しているかのように失笑している。
そこで、ようやく話せるまで落ち着いたのかゆっくりと口を開いた。
「ふふ。すみません。久しぶりの実戦だったのでつい、はしゃいでしまいましたが、やはり日頃の鍛錬は怠ってはいけませんね。これほど体が鈍っているとは思いませんでした。反省です」
先ほどまで笑いを堪えていたと思ったら、今度は饒舌になりだした。
俺でさえもハルシアの考えていることがもう分からなくなっていた。
「もう少しやれると思ってたんですがね……、どうやらダメみたいです。アラタさんにも怪我を負わせてしまいましたし、我儘はここまでとします」
『何を言っている? お前、まだ自分が助かるとでも思っているのか?』
青鬼の言う通り、戦況は圧倒的に不利だ。
たとえゾンビの拘束を解いたとしても、それまでに青鬼の魔手は俺たちの首を跳ねるだろう。
「いえいえ、私には無理です。ですから、トラに頼むことにします」
ハルシアがそう告げた時、ハルシアの能力【何時でも何処でも猫可愛がり】が発動した。
「トラ、お願い」
『 御意 』
そうして召喚されたトラと呼ばれた獣人は瞬く間に死体を切り裂くと、青鬼に目にも留まらぬ一撃を与え瞬時に敵を一掃した。
俺がこれまで共に仕事をしてきた八人のキャッツの面々にトラという名前の獣人はいなかった。
そして、思いだす。
初めて、ハルシアの能力を見せてもらった夜。
ハルシアの家族は十人家族だと言っていたことを。
残るキャッツの一人が残っていたことを。
そこには、能力によって呼び出された虎の獣人が俺達を守るように堂々と立っていた。