第108話 GGG防衛チーム 一日目 免疫
♢ ギルド【GGG】 ホーム Olbato・K・Shin ♢
闘技場での決闘を終え、先にギルドに帰って来た俺は途中で別れたギルさんの帰りを待つ。
去り際に何やら企んでいる顔をしていたのでギルさんの性格上、手ぶらで帰ってくるはずがないことはすでに覚悟している。
さて、今度はどんな試練を用意しているのだろうか。
……今のうちに腹を括っておかなければ。
と、ギルド一階のフロアで悶々としながらギルさんの帰りを待っていると女性の声色ながら低く擦れ気味の人物が話しかけてきた。
「ここ、いいかのぅ?」
ふと顔を上げると、そこには先ほど自己紹介したばかりのとんがり帽子を被ったスウィフトさんが立っていた。
ニコルさんからの依頼を頼まれたあと準備のために出掛けて行ったのだが、それを終えたのか俺と同じように戻ってきた様子。
「はい、どうぞ」
俺の対面に腰掛けたスウィフトさんはローブを脱ぐことも、帽子を取ることもせず椅子に腰掛ける。
「どうじゃ? ここでの暮らしは慣れたかのぅ?」
一瞬、ガイアに転生してからのことを聞かれたのかと思いドキリとしたが、スウィフトさんが知っているはずがないので今はギルドに入ってからのことを尋ねているのだろう。
「皆さんいい人で、とてもよくしてもらってますので慣れました。右京にはたまに腹が立ちますが」
「ふふ。あれで右京なりに其方のことを受け入れておるのじゃ。悪く思わんでくれ」
「そう……、なんですかね? スウィフトさんは右京と仲が良さそうでしたけど、付き合いは長いんですか?」
「そうじゃのぅ、儂が右京と出会って二年になるかのぅ」
「ということはGGGに入団してから知り合ったんですね」
「うむ。そうじゃな。冒険者という仕事は何かと危険が付きまとうので男女の比率も自然と偏る。右京も少なからず肩身の狭い思いをしておるのじゃろう。それに儂も可愛い妹ができたようで嬉しいのじゃ」
とんがり帽子によってあまり表情が見えないスウィフトさんだが、その時ばかりはクツクツと笑う顔がほころんでいた。
男には分からない女性同士の友情というものか。
「ところで、さっきゴリさんが言ってた『まだ鬼人族の傷が癒えてない』って話なんですが過去に何かあったんですか? これから一戦交えるであろう相手のことを今のうちに知っておきたいので」
すると、先ほどまで笑顔だった顔が途端に影を帯び俯き加減ながらポツポツと語り始めてくれた。
「……鬼人族はのぅ、あの事件が起こるまでは持ち前の好戦的な性格と戦闘力の高さから腕の立つ傭兵として重宝されておったのじゃ。しかし、それ故にトラブルも多く戦闘においてもやり過ぎてしまう面もあったので常に議会からは目を付けられてたんじゃ」
重々しく口を開いて説明してくれるその内容はすでに不幸の兆しが見え始め、暗い未来が待ち受けていることは確定しているようだった。
「一体、何があったんですか? あの事件とは何ですか?」
「……きっかけは、今から五年ほど前の王族の家系の死から始まったのじゃ。とある護衛任務の移動中に予期せぬモンスターの襲撃に遭った旅客の一団は壊滅的なダメージを受け、その護衛対象であった一家が命を落としてしまったんじゃ。命からがらモンスターを追い払うことに成功したものの生き残ったのは護衛任務の傭兵として雇われていた鬼人族一人のみ。瀕死で街へと戻った鬼人族からその訃報を聞いた親族は大激怒してのぅ。行き場をなくした遺族の怒りと悲しみの矛先は、あろうことか生き残った鬼人族一人に向けられそのすべての責任を負わされたのじゃ」
「……ひどい話ですね。それで鬼人族は?」
「罪状はあまりにも惨いものじゃった。職務怠慢、能力不十分、危機管理の欠如など過剰な責任を負わせられた鬼人族は冒険者の剥奪、傭兵資格排除、超過罰金など重い賠償を背負い、納得のいかない鬼人族は猛抗議した。しかし、聞く耳を持たぬ遺族は鬼人族の危険性を世間に訴えるばかりで全く聞き入れようとはしなかった。そうして、ついに我慢の限界に達した鬼人族は怒りに身を任せ大暴れし、新たな罪を重ねていった結果、議会に雇われた者の手によってその者は殺害されたのじゃ」
「そんな……」
俺はあまりに一方的な主張に言葉を失い、信じるべきものが本当に正しいものなのか揺れていた。
「だが本当に恐ろしいのはこれからじゃった。同胞を殺されたことを大義名分として、それまで大人しくしていた他の鬼人族までもが枷が外れたかのように次々と暴れ出したのじゃ」
しかし、その言葉に俺は若干の違和感を抱いた。
何故なら、俺が森で出会った鬼人族は仲間のことなど想っておらず自分さえ良ければそれでいいような残忍な性格であったのだ。仲間の弔い合戦などするような種族にはとても思えない。
「無論、鬼人族は同胞の仇を取るために立ち上がったのではない。単にそれまで抑圧されていた鬱憤を晴らしたかっただけなのじゃ。そうして本能のままに暴れまわる鬼人族に手を焼いた議会はついに、無慈悲な依頼を全ギルドに命じた」
「その依頼とは……?」
「【鬼人族掃討作戦】。通称“ 鬼退治 ”。表向きの触れ込みとして鬼人族は“ 人 ”ではなく“ 鬼 ”として認識するよう言い渡し、割高な褒賞金を餌に一方的な攻撃が許可された。じゃが、その実情は鬼人族の殲滅。女子供関係なく皆殺しにする、……ただの人殺しじゃ」
つまり鬼人族であるならば一人たりとも生かしておかないということか。
……胸糞悪い。
「その依頼は瞬く間に王国全土に広がり、王国中で鬼退治が始まった。いくら鬼人族の戦闘能力が高いとはいえ、数の力の前には無力も同然じゃった。もともと数も多くはなかったので戦いが長引くことはなく、依頼が言い渡されてから半年もしないうちにその九割が死滅した」
「…………」
「それでも生き残った僅かな鬼人族は己の種族を隠しながら生きることを強いられ、事態は沈静化していったかに見えたのじゃ。そんな時、五年ぶりに鬼人族が怪しい動きをしていると其方たちの報告が議会に寄せられたのじゃ。これが鬼人族の血塗られた歴史じゃ」
「……一つ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
そのとき俺はどうしても確認しておきたいことがあった。
たとえその問いがスウィフトさんの心を搔き乱してしまうとしても聞かずにはいられない。
「その鬼退治に《GGG》も参加したんですか?」
これまで重い口調ながら、淡々と説明してくれた言葉がピタリと止まった。
そして、静かに頷く。
「……そうじゃ。儂たちも依頼を任され、任務を遂行した。儂自身も鬼人族と何度も戦い、時には殺めることもあった。そうでなければ儂等が殺されていた。……失望させてしまったかのぅ?」
「いえ。辛いお話を聞かせてもらい、感謝してます。ありがとうございました」
話を聞く前と違って大きく沈み込んだ気分は、否応なく俺を追い詰める。
偶然とはいえ、森で出会った鬼人族は鬼退治から生き残った数少ない人種だったのだ。
いくら、自分のことばかりの連中だとしても同じ種族を一方的に虐殺されては恨みも深かろう。結託して復讐しようと考えるのは至極、当然のことのように思えてしまう。
「じゃが、これだけは勘違いせんでくれ。先に手を出して来たのは奴等の方じゃということを。言い訳がましく聞こえると思うじゃろうが、皆を守るためにはああするしかなかったのじゃ。……が、頭ではそう言い聞かせておるものの、儂はいまだにあの依頼に正義があったのかどうかは今でも分からぬ」
「…………」
俺にも分かるはずがなく、言葉にできなかった。
「そして、今になって恨みを晴らすべく復讐しようと画策しておったようじゃな。議会から大部隊も派遣されたようじゃし、今度こそ死に絶えてしまうかもしれんのぅ……。無論、お主たちが気に病む必要はない。なるべくしてなった運命なのじゃ」
俺達が未然に発見したことによって粛清が行われると知り、顔に出ていたのだろう。察したスウィフトさんがフォローをいれてくれる。
と、そこまで聞いたところでギルドの玄関の扉が開き、手荷物を持ったギルさんが帰って来た。
更に、その後ろからニコルさんと治癒師ギルドの長であるソフィーさんが一緒に入ってくる。
「待たせたな、シン。スウィフトと話してたのか?」
荷物をテーブルに置いたギルさんが尋ねてくる。その荷物を置いた拍子にガチャガチャとガラス瓶がこすれる音が中から響き、荷物の中身が窺い知れる。
「はい、鬼人族の過去のことについて教えてもらってました。これでなんで森で襲われたのか理解できました」
「そうか。どこまで聞いたか分からんが、後で俺からも話してやる。だが、今優先すべきことはこれだ」
そう言って、荷物の中身を取り出したギルさんは手のひらサイズの小さな小瓶をいくつも取り出し、テーブルの上に並べていく。
しっかり栓をされた小瓶の中身は色とりどりのカラフルな色の液体が入っており、まるでかき氷のシロップのようだった。
「コレなんですか? 新しい魔力ポーションですか?」
通常、俺がよく服用している魔力ポーションは青、ないしは緑色なので赤や黄色といった暖色系の液体はついぞ見たことがない。
続々と取り出されていく小瓶は次第にドブのような灰色の液体や固形物が浮いているものまで実に様々なものが出てきた。
そんな俺の疑問が可笑しかったのか、ソフィーさんが答えてくれる。
「これが魔力ポーションだって? 物を知らないってのは怖いねぇ。クックック」
治癒師ギルドでお世話になった以来だが、相変わらずの美人だ。けど、外見と中身が吊りあってないのが惜しいところだ。
『そんな怖がらせる言い方したら不安になるじゃないか、ソフィー。けど、魔力ポーションではないということは確かだよ』
困ったような笑顔でニコルさんが補足してくれるが余計に不安になってしまう。
ならばこれだけ並べられた薬品? は何だというのだ?
荷物からすべての小瓶を取り終えたギルさんがそのうちの一つを持って栓を開けた。
「闘技場の帰り、お前と別れたあと向かったのはソフィーの治癒師ギルドに行ってたんだ。そこでたまたまニコルと合流してな。これだけのモノを揃えるにはソフィーのとこくらいしかないだろうからな」
「でも、ホントにやるのかい? あたしはどうなっても知らないよ。まっ、儲かるから止めはしないけどさ」
『大丈夫さ。もし、何かあったら君の能力で治せるじゃないか。だから、ここに来てもらってるんじゃない』
俺の理解が及ばないところで話している三人だが、このカラフルな液体の中身が碌なものではないということは確信していた。
「一体、これは何なんですか? 勿体つけずに教えてくださいよ」
薬品の匂いを嗅いでいたギルさんがようやく液体の正体を教えてくれた。
「これはな、自然界に存在するありとあらゆる“ 毒 ”だ。今からお前にここにある全ての毒液を飲んでもらう。もしかしたら、他にも免疫があるかもしれないからな」
そう言ったギルさんの顔はニヤリと笑っていた。