第104話 GGG防衛チーム 一日目
♢ ギルド【GGG】 ホーム Olbato・K・Shin ♢
ニコルさんから新しい任務を言い渡され解散となったあと、それぞれが準備に取り掛かる。
調査チームの三人はオルバートの森までの荷造りをしなければならないと慌ただしくギルドを出ていき、その間、食堂も臨時休業することが決定した。
かくいう俺も昨日、遠征から帰って来たばかりだったのでその大変さは身を以って知っている。
そもそも双子と共に行った任務がなければ土還しの異常行動を発見することが出来ず、後手後手での対応になったはず。
偶然とはいえ、早期に問題を発見できたのは幸いだった。
と、ギルド一階にあるロビーの椅子に座り、そんなことを考えていると森で会敵した鬼人族との戦闘がありありと思い起こされる。
それは今朝の夢の続きを見ているかのように脳裏に深く刻み込まれていた。
奇襲を受け、うつ伏せに倒れて動かない右京。
黒鬼と懸命に戦いながらも破れ、傷だらけになった左京。
そして、何も出来ないままやられた俺。
鮮明に蘇った記憶は思いだすだけで怒りが込み上げ、叫びたくなるほどに感情を揺さぶる。
黒鬼との闘いに敗れたこともそうだが、何より俺を苦しめたのは自らの非力と不甲斐なさだった。
二ヶ月間ギルさんに修行をつけてもらい強くなったと慢心していた。
イグ・ボアと正面からやりあっても力負けしない強さを手に入れ驕っていた。
そんな俺を一笑に伏すかのように蹴散らした鬼人族。
奴らは一体何者なんだ?
突然、襲ってきたうえに計画とは?
分からない……。
なぜ、ギルさんはあの場所にいたんだ? 偶然にしては出来過ぎている。
そもそも港の修復作業を行っていたんじゃないのか?
何も分からない……。
戦闘においても時間を稼ぐどころか相手にならず、左京とニ対一で戦っていたにも係わらず惨敗した。
最初から俺一人の力で双子を逃がすことなんて到底無理だったんだ。
それに少なくとも左京は黒鬼と戦えていた。
もし、奇襲に狙われていたのが俺で戦闘に加わったのが右京ならば結果は違っていたのではないか?
……弱い。なんて俺は弱いんだ。
自分の命を捨てる覚悟でも仲間を救えやしない。
あまりにも無力。
……強さがいる。
せめて目の前にある大切なものを守れるだけの強さが。
力が……!!
『どうしたの? そんなに怖い顔して。悩みがあるなら聞くよ』
その言葉にハッと顔を上げると、笑顔のニコルさんが首を傾げながら尋ねてきて同席する。
あまりの悔しさから周りが見えなくなり心配されるほど酷い顔をしていたのだろう。
「いえ、大丈夫です。何でもないです」
現在、俺はギルさんと修行を始める前に先日の依頼の件で双子がギルドに来るのを待っているところだった。ギルさんはギルさんで話し合いのあと何やら準備があるようで一旦、ギルドを出ていったっきりだ。
そんな中、ニコルさんに声を掛けられた。
『そう? とても大丈夫そうには見えなかったけど? もしかして……、鬼人族との戦闘のことを思いだしてた?』
「……ッ!」
もはや何も言わずとも見透かされていた。
まるで頭の中を見られているかのようにこちらの考えを見抜かれてしまい、開いた口が塞がらない。
『やっぱり! そんな思いつめた顔してるからきっとそうだと思ったよ。それと、アラタとの出会いも拍車をかけているのかな?』
あいつとはまだ出会ったばかりだが、同じ転生者でしかも同時期に転生していたり前職が一緒だったり何かと共通点が多い。それなのに奴はすでに能力を発現し自分のものにしていた。
競っているわけではないが、なんだか負けたような錯覚に陥ってしまう。
「ニコルさん……。俺はどうやったら強くなれますか? 早くみんなのように能力を発現して役に立ちたいんですけど、どんな能力にすればいいか分からないんです。もし、失敗した時のことを考えるとなかなか一歩が踏み出せなくて……」
ギルさんとの修行中、一度能力を発現してしまうと変更はできないと教えてもらった。それこそ一生を左右する大事な力を易々とは決められない。
奴は何故、すぐ決めることが出来たのだろう?
『それは僕に聞くより相応しい人がいるんじゃないかな?』
師匠であるギルさんにはすでに聞いている。
その答えは「自分で決めろ」であった。
もちろん、これには訳があって見放されたわけでも軽視されている訳ではない。
能力には個人の思想が深く関係しており、自分にとって能力が適していると確信したほうがより大きな力を発揮できるからだ。
頭で考察する“ 思 ”
体で表現する“ 現 ”
心で反芻する“ 瞑 ”
これを《魔力の統一化》と呼ぶ。
まぁ、そのおかげでここまで悩んでいるのだが……。
『ん~、とは言ったものの僕からの助言とするならば“ 今、自分が一番欲しいもの ”を考えれば早いんじゃないかな?』
今、自分が一番欲しいもの。……か。なんだろう?
だが、それなら確かに奴があの能力にしたのも頷ける。
奴の一番欲しいものは地球で使っていた調理器具やその環境なんだろう。
この世界では料理一つ作るのも重労働であるため、必然的にあのような能力になったのだ。でもそれは、料理人を続けるための能力であり今の俺にとって一番ではない。
その考え方の違いが現時点での結果に繋がっている。
と、そんなことを考えている時。
ギルドの扉を開け入って来た双子の姿が目に入る。右京と左京だ。
「おはようございます! ニコル様! 今日も一段と素敵ですわ! あぁ、あとシンも」
「……おはようございます。ニコル様、シンさん」
右京はまるで付け足したように挨拶してきたが、出会った頃に比べればいくらか進歩しているのでここは良しとしよう。左京は相変わらず礼儀正しくていい子だな。朝なのでいつも以上に眠そうな目をしているが。
『おはよう右京、左京。また新しい依頼が来てるんだ。是非とも二人に頼みたいんだけどいいかな?』
朝っぱらから元気のいい右京はニコルさんに頼りにされていることに目を輝かせ胸に手を当てると堂々と答えた。
「もちろんですわ! ニコル様の頼みとあらば、この右京! どんな任務でもお受け致します! ねっ! 左京!」
「……うん」
依頼内容を聞きもせずに引き受けるのもどうかと思うが、それほどニコルさんのことを信頼しているのだろう。これほど心酔するにはそれなりの理由があるはずだ。今回の騒動が一段落したら双子との出会いの経緯を聞いてみたい。
テーブルに近寄り席に着いた右京は持っていた鞄の中をまさぐるとジャラジャラと音を鳴らし、いくつかの硬貨を取り出した。
「はいこれ。イグ・ボアの生態調査の報酬よ。今回は任務の邪魔が入って稼げなかったし三人で分けるから少ないけどアンタの取り分よ」
そう言って右京が手渡してきたのは八G六Sだった。
イグ・ボアの棘が一本につき一Gで採取した棘が二十六本。それを三人で割った金額だ。多少の差額は気にしない。
「ああ、たしかに受け取った。けどこんなに貰っていいのか? 実際に俺が採取した棘は二本だけなのに」
「……大丈夫。これは僕たちパーティで稼いだお金だから正当な対価だよ」
「いらないってんなら私が貰ってあげてもいいわよ。グリフォンの賠償金も支払って赤字なの」
右京の言葉を聞き流して財布に硬貨をしまう。
確かにグリフォンのレンタル代や遠征の荷物を揃えるために出費が嵩んだため、金欠だ。大事に使わなければ。
そんな話をしているとギルドの扉が開き新たに入ってくる二人組がいた。
「おはよう! 諸君! なんとも清々しい朝だ。今日はトレーニング日和であるな!」
入ってくるなりその言葉を放ったのはゴリラのような大男だった。
正確にはゴリラの獣人なのだろう。その身体はギルさんと同じくらいかそれ以上に大きい。一際、目を引くのは服の上からでも分かるほど鍛え上げられた逞しい肉体である。
顔を覆う黒い体毛と服の隙間から覗く筋肉がこれでもかと盛り上がり血管が浮き出ており、なぜかボディビルダーのポージングをしていた。
《モストマスキュラー》と呼ばれる、体をやや前傾姿勢にして両手を前で握り、首・肩・腕の太さを強調するポーズ。
その顔は掘りの深い造形でむさ苦しいほどの笑顔に太い眉。ニカッと笑った口から真っ白な整った歯が並んでおり、気がつけばこちらをニコニコと見ている。
「 げ。」
ゴリラの獣人を見た右京は顔を顰めると明らかに嫌そうな顔を向けた。だが、そんなことを気にも留めずにこちらに向け話しかけてきた。
「むむ? そこにおるのは右京と左京ではないか! 聞いたぞ! 鬼人族の襲撃にあったそうではないか! 心配したぞ!」
ずかずかと両手を広げて近づいてくるゴリラの獣人から逃げるように右京は席を立ち、距離をとる。
「ちょっと近寄んないでよむさ苦しい。あんたいっつも距離が近いのよ」
「……姉さん。口が悪いよ」
「うるさいわね。ならあんたがどうにかしなさいよ」
「……え」
左京が戸惑っている隙にゴリラの獣人は近づくと両手で抱きかかえるように左京を軽々と持ち上げた。そのまま頬を合わせるように有無を言わせず、ずりずりと頬ずりをする。
「ぅああああぁぁぁああぁぁ」
左京が悲鳴を上げている。
虫は平気な左京でもこれはダメなのか。
ゴリラの獣人は気が済んだのか優しく左京を椅子に戻すと魂が抜けたかのようにぐったりと項垂れていた。
「うむ! 元気そうでなにより! 団長も変わりないようであるな! むっ? お主はどちら様かな? 見ない顔だが」
今度は関心が俺に移り身じろいだがなんとか平静を装い自己紹介を始める。
ニコルさんや双子が顔見知りということは同じギルドのメンバーなのだろう。つまり、俺の先輩にあたる人物なので失礼のないよう挨拶しなければ。
「初めまして、新しくGGGに入りましたオルバート・K・シンと申します。宜しくお願いします」
席を立ち、軽くお辞儀をする。
顔を上げると屈託のない笑顔で真っ直ぐに見つめてくるゴリラの獣人。
「おお! お主がそうか! 噂は聞いておるぞ。最近入った二人の新人のうちの一人でギルフィードの弟子なのだろう? 吾輩はギルフィードと永遠のライバルでもあり友だ。
名は【Abraham・A・Morgan】である。以後、お見知りおきを」
握手を求めるであろう右手を差し出すがあまりにも手が大きすぎて人差し指を握る。まるで大人と赤ん坊くらい手の大きさが違うが、慣れているのかニコニコと笑顔で頷いている。
間近でパンパンに盛り上がった筋肉を見ているとつい見蕩れてしまい、一気に興味が惹かれてしまう。
「あの……、初対面でいきなり失礼かもしれないんですが、その立派な筋肉に触ってみてもいいですか?」
「もちろんいいとも! この肉体美が分かるとはなかなか見込みがある若者だ。思う存分、愛でるが良い」
「ありがとうございます! では、失礼します」
俺はペタペタと二の腕や分厚い胸筋を触っていく。
モーガンさんもまんざらではないのか頼んでもいないのにポージングまでしてくれている。
遠巻きに見ていた右京はこの素晴らしさが理解できていないのか呆れた顔をしてこちらを見ていた。
「すごい……、なんて逞しい肉体なんだ。鋼鉄を彷彿とさせる硬さなのにほどよく張りがありそれでいて柔軟性がある。これはもはや芸術の域に達している」
「むぅ、シンと言ったな。お主がよければ吾輩のトレーニングに付き合ってみぬか? 世界が変わるぞ」
「トレーニング!? 是非お願いします!」
出会ったばかりだというのに意気投合し、モーガンさんとの絆が深まった。それにしてもモーガンさんだと少し長くて呼びづらいな。いっそ、親しみを込めて違う呼び方をしてみるか。
右京はというと、どこか冷たく軽蔑に近い視線を向けてきているがこの際、気にしないでおこう。
「ゴリラと猿で種族が近いから気が合うのかしら? 暑苦しくて見てられない。理解に苦しむわ」
「おい! ゴリさんに向かってなんてこと言うんだ! ゴリさんに謝れ!」
俺は一目見た時からこの人のあだ名は《ゴリさん》と決めていた。
直感であったが、これ以上ないほどピッタリなのでそう呼んでみる。
「なにがゴリさんよ。モーガンもゴリラ呼ばわりされてていいの?」
「吾輩はゴリラの獣人故、構わんぞ」
「さすがゴリさん。懐が深い」
「ああもう、面倒くさい。好きにすればいいわ」
「むぅん。右京よ、寂しければ吾輩はいつでも受け入れる準備はできておるぞ。さぁ遠慮せずこの胸に飛び込んでくるがよい」
ゴリさんはキラキラとした笑顔のまま両手を広げ右京に歩み寄っていく。
おそらくだが、先ほど左京にした頬ずりを右京にもしてあげるつもりだろう。
「ウザい、キモい、クサい。近寄んないで」
「右京! お前っ!? ゴリさんに向かってなんてこと言うんだ!?」
「良いのだシン。右京ほどの年頃ならば大人に反抗的になるのはむしろ健全な証拠。これも照れ隠しの一種なのだ」
「おかしな解釈はやめてちょうだい。心からの本心よ」
ゴリさんの登場により一気に騒がしくなったギルド内だが、そのやりとりを入り口付近で静観している人物が一人。その人は今しがた一緒に入ってきていたが、あまりにもゴリさんの印象が強くなかなか触れることが出来なかった。
ゴリさんから逃げる右京がその人物に気が付き、助けを求めるように後ろに回り込むと服にしがみ付く。
どうやら右京とは親しい間柄であり、懐き具合からこの人もギルドの先輩だと推測する。
「助けて姐さま! 変態に追われてるの!」
「変態って……」
そこには煤けたローブを羽織った細身の女性が苦笑いを浮かべ、ひっそりと佇んでいた。