第101話 GGG調査チーム 一日目
♢ ミーティア領上空 新 ♢
ニコルから虫の異常行動を調査する任務を託された翌日。
現在、俺達は街を離れ空を飛んでいた。
というのも、昨日の午後のうちに遠征のための荷造りと移動手段の手筈を整えるため、熊八・ハルシア・俺の三人で街を奔走し、その際に【荷物屋】なる商売をしている店に赴いて足となるグリフォンをレンタルした。
グリフォンに乗るのは約二ヶ月ぶりで、以前は紅龍騎士団の所有するグリフォンにジュードと共に乗った以来。
けれど、今度は俺一人で操獣する必要があったため、一日早くレンタルしコツを掴むべく飛行訓練を行っている。
どうやら俺には操獣の才能があったようで少し練習しただけで一人前に乗りこなせるようになったが、店主曰くグリフォンは比較的乗りやすい生き物らしい。確かに、乗り手がいなければ商売にならないため当然の結果なのだろう。それ故に、冒険者からの需要も高く商売として成り立っているのだ。
注意する点は罰金の三十Gを支払う羽目にならないよう気を付けることくらいか。
旅に必要な荷物も【異世界からの贈り物】のおかげで軽量化することができ、姉弟子であるハルシアからお褒めの言葉も頂いた。
「これからはアラタさんがいてくれれば重くて嵩張る調理器具を持ち運ばなくてもいいですね! 出張、海熊亭も夢じゃないですよ」
ゆくゆくは暖簾分けも視野に入れていたのでそれも有りだな、と思い始めていたため本当に実現するかもしれない。本来は自分の店を構え店名は<味蕾>と決めていたのだが、俺の真名とモロ被りしてしまうので、流石にそれは却下した。
まぁ、それにも熊八の許可と実力が伴わないといけないので、まだまだ先のことだとは思うが……。
飛行中は障害物もなくグリフォンに跨っているだけでいいので比較的、暇だった。
晩夏とはいえ、高度が高く風よけもないスピードのある空の旅は冬のように肌寒い。いくら防寒対策を取っていても長時間飛んでいれば底冷えしてくる。寒いものは寒いのだ。
そんな気持ちを紛らわせるかのように出発時のニコルからの見送りが思い出される。
『では、気を付けていってきてね。熊八が付いてるから大丈夫だとは思うけど、絶対に無理はしないように。危ないと思ったら逃げること。何よりも命を大切にね。手掛かりを掴んだらハルシアの能力で知らせてくれ。忘れ物は無いかな? アラタも無茶しちゃダメだよ? 君はシンと似てるから心配だ。ああ、それと……』
と、この調子ではいつまで経っても出発できそうにないので熊八が手を翳すようにして割って入った。
「──あぁ、ニコル。大丈夫だ。遠征は何度も経験してんだ。今回もうまくやるさ。なっ、ハルシア!」
「はい! 任せて下さい! 情報は逐一、報告するので御心配なく。それに久しぶりに街の外に出るので私、楽しみでもあるんです!」
二人に窘められたニコルはまだ何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだようで黙って頷く。
『そうだよね! ついつい、言いたくなっちゃってさ! ゴメンね。それじゃ、行ってらっしゃい』
そうして笑顔のニコルに見送られながら、俺たちはオルバートの森へと飛び立った──。
その後、街を出てから何の問題もなく飛行し、すでに数時間が経過していた。
すると先頭を飛ぶ熊八が後ろの俺達に向け降下のジェスチャーを送ってくる。おそらく休憩だろう。朝一から飛び続け随分遠くまで移動し、そろそろトイレにも行きたくなってきたので有難い。
だだっ広い草原に降り立ち各々、所要を済ましたあとで休憩がてら携帯食料で軽食を摂る。
熊八は「ちょっくら辺りを見てくる」と言い歩いて何処かに行ってしまったので、目的地までの距離をハルシアに尋ねてみた。
「だいぶ飛んできたけど目的地まであと、どのくらいかかるんだ? もう、着くころか?」
よほど寒がりなのか真冬並みに服を着込み、俺の能力で淹れた温かいお茶をゆっくりと嗜なむハルシアが鼻を赤くしながら答えてくれる。
「まだまだですよ。グリフォンの飛行速度では一日掛かりでも着きませんから。ですが谷は越えたので、このペースなら明日の昼までには着くと思います」
「結構、遠いな。これじゃあ、何か情報を掴んでもハルシアのような能力者がいないとすぐに知らせることができないな」
ハルシアの【何時でも何処でも猫可愛がり】は時差や距離の影響を受けずにノータイムでキャッツ達を召喚し自宅に返還することが可能だ。そのため遠方での情報を迅速に街まで伝えることができる。存外、ハルシアは拠点にいるよりも遠征での諜報部員のほうが向いているのではないだろうか。
「おそらくそのことを見込んでの編成だと思いますよ。確かに私の能力があれば伝達は簡単ですけど距離がある分、魔力の消費も激しいんですけどね。呼べる人数だって限られますし」
やはり誰の能力にも長所と短所が存在している。
うまく吊りあいの取れる能力にしないと自分で自分の首を絞めてしまいそうだ。俺にとっても他人事ではない。すでに多額のお金を使い込んでしまっているのだから……。
と、雑談をしているところでバチッと電気が弾ける音を鳴らして熊八が帰って来た。
姿が見えないと思ったら能力を使って遠くまで行っていたのか。
「向こうで別のパーティーを見つけた。それも結構な大部隊のな。装備からして俺達と同じ目的の冒険者だろう。会いに行こうぜ」
熊八の提案を受け入れ、再度空へと飛び立つ。
少し飛んでみると長い行列を作って森へと陸路で進路をとる大部隊が目に入る。草原を一列になって進む姿は遠目から見ると巨大な大蛇のようだった。
そこには街でよく見かける荷馬車にたくさんの荷物を積み込み、五十人ほどの武装した傭兵や冒険者の列が連なっていた。
その大部隊に滑空するように低空飛行をしながら近づくと斥候を兼ねた一騎の騎馬兵が近寄り身元の照会を求めてくる。
「我らはミーティアに所属する編成チームだ! 此度は議会からの特別任務のため共に行動している! 其方の目的は?」
馬を走らせながら大声を張り上げ並走している若い傭兵は索敵も兼ねて尋ねてきた。その顔と声から緊張も伝わってくる。
こちらの意図を伝えぬ限り敵と見られても可笑しくないため慎重に言葉を選び、負けじと大声で熊八が返答する。
「俺達はギルドGGGのもんだ! 俺らも《土還し》の異常行動を調査するため依頼を受けた!」
「あぁ! そこには何度か行ったことがある! あそこは飯が美味い!」
「あんがとよ! んで、お前さんたちの指揮官は誰だ?」
「我らの指揮官は“ 鉄巨人バスコ卿 ”だ!」
「あいつか! なかなかのビッグネームじゃねぇか! 同じ任務を受けたもん同士、頑張ろうぜ! じゃあな!」
「御武運を!」
会話を終えた熊八は列から離れるようにグリフォンを操って飛び、若い傭兵は列に戻っていく。
てっきり俺は編隊に合流するものと思っていたので肩透かしを食らった気分だった。話に出ていた人物が誰かは知らなかったが熊八が合流するべきではないと判断したのなら、それに従うまでだ。
高度を上げた俺たちはみるみる上昇し、歩みの遅い行軍をあっという間に追い抜いて飛び去った。
その後は日没前に着陸し今夜はここで野宿することに決めた。
一日働いたグリフォンのためにも新鮮な餌を調達してくると言った熊八が狩りに出かけ、俺とハルシアで夕食の準備に取り掛かる。
再度、能力を発動しガスコンロと流し台、食器や椅子とテーブルなどを出現させ瞬く間にオープンテラスのような簡易的な設備が整った。
「ホント便利な能力ですよね~。自然タイプじゃないのに火や水や氷が使い放題なんて、支援職にピッタリじゃないですか」
実際は地球の頃の機械を創り出しただけなんだけどな。動力は俺の魔力で補えるようだし燃料もいらない。
けれど戦闘になった場合、大して役に立たないのが困りものだ。もし、俺一人で敵と戦う羽目になりでもしたら劣勢に陥ることは想像に難くない。
誰かを支える分、助けてほしい。
そんな話をしていると、獲物を仕留めてきた熊八が帰って来た。
獲物は丸々と太ったウサギが四匹でグリフォンに一匹づつ与え、残りの一匹は俺達で頂くことにする。
狩りに出かけてそれほど時間が経っていないにも係わらず、しっかり捕まえてくるあたりは流石であった。
早速、血抜きを行い毛皮を剥いで肉を切り分けていく。
俺はウサギを捌いたことが無かったので、今回はお手本を見せてもらい次の機会にやらせてもらおう。
調理はシンプルに焼き肉に決定した。軽く塩を振って焼くだけで十分、美味しい。
明日も早いため、手早く料理を済ませて食事に移り予定を立てていく。
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせて感謝の祈りを捧げる。
焼き肉以外にも、予め冷蔵庫の中に入れておいた食料を使えば野外であろうと立派な夕食になった。
「そういえば、昼に会った男が話してた“ 鉄巨人バスコ卿 ”って誰なんだ?」
もくもくと食べている熊八に聞いてみると、ウサギの肉をしゃぶりながら答える。
「バスコは四ツ星の冒険者で数々の結果を残してきた実力者だ。どうやら戦力の要として依頼されたみてぇだな」
「たしか……“ 鉄巨人バスコ卿 ”って言ったら火喰鳥の大群を一人で追い払った経歴を持つお方ですよね?」
「ああ、そうだ。火喰鳥は飛べない鳥だが、脚力が恐ろしく強い鳥だ。当時の依頼はAランク任務だったな」
過去を思い出しているハルシアに熊八も一目置く存在。
難易度的には鋼鯨の涙と同等なら、よっぽど危険な任務のはずだ。それを一人で達成するとは……。
「奴は強ぇぞ。四ツ星は伊達じゃねぇ」
「熊八よりも?」
俺がちょっとばかし唆してみると不敵な笑みを浮かべる熊八。
普段は全くそのような素振りは見せないが熊八は確実に野生の面影を残している。それは戦闘時にしか垣間見ることが出来ないが、ハッキリと感じる。
「奴は強ぇが、俺はもっと強ぇ! ガハハ!」
「そう言うと思ったよ。でも、同じ依頼なら一緒に行動すれば良かったんじゃないか?」
人数が多ければ効率も上がるし、情報も多くなる。特に今回の依頼のように広域で調査する必要があるならば人手はあったほうがいいはずだ。
しかし、首を左右に振る熊八。
「ぅんにゃ。俺等は別で行動した方がいい。何故なら相手が鬼人族だからだ。なるべく奴等に見つからずに原因を突き止め、迅速に対処する。奴らは戦闘狂であり戦うために産まれてきたような連中だ。戦いは避けたい。それなのに、あれだけの大所帯なら見つけてくれと言ってるようなもんだ」
熊八にこれほど言わせるほどの相手が鬼人族。
そこまで言われると興味が湧き、一目見たくなるがこれは言わないでおこう。叱られるのが目に見えている。
更に、付け加えるようにポツリと告げた。
「まぁ、勝つ自信があるからこその行軍だろうがな。そうなるといいが……」
まるで、これから闘いが起こることを見越しているかのような言葉に俺は返す言葉が見つからなかった。
それも決して優位に事が運ばないであろうニュアンスも含まれていることも沈黙に拍車をかける。
食事を終えたのち、交代で見張りを立てキャッツを召喚し今日一日の出来事を伝えた後就寝することにした。
言いようのない不安と初めての野宿の影響でなかなか寝付けなかったが瞼を閉じていると次第に微睡み、いつしか眠りに落ちていた。