第100話 異世界人の腕試し
祝! 100話!
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今しがたニコルから説明のあった今回の調査任務に俺はどうしても参加したかった。
なぜかというと鋼鯨の任務以降、己の未熟さを痛感し仕事の合間を縫って秘密裏に鍛錬に励んだ結果、ついに俺だけの能力を発現したからだ。
今回の任務は能力を試す絶好の機会。
このチャンスを逃す手はなく、すぐにでも皆に認めてほしかった。
しかし、会わせたい人物というのがまさかの転生者だとは思ってもいなかったのでいまだに動揺している。コイツとは後でじっくり話す必要があるが、今優先すべきことはチーム分けの異動についてだ。ここで自分の意思をハッキリ伝えておかなければ覆すのは難しくなってしまう。
俺の能力は屋外や旅先、遠征で最も効果を発揮するので必ず役に立つはずだ。自信はある。
すでに決定していたチーム編成に融通を利かせてもらい、その代わりに俺の能力をお披露目することになった。
『さて、この辺でいいかな? ここなら人目に付かないし思う存分、能力を発揮できると思うよ』
俺はニコルに頼んで人の目に触れることの無い場所を探してもらった。
その結果、ギルドの食堂を出て浜辺に向かって歩き、人の多いビーチを避けてゴツゴツとした岩場の近くまで来ていた。
いつぞや熊八に連れられてきたアナギンポの生息域にほど近い場所である。
「ああ、ここなら大丈夫だ。なるべく人が近くにいないほうがいい」
本音を言うと、まだ完璧に能力を操れるわけではないので失敗した時のために問題が起きないよう配慮したつもりだ。ここでなら多少ミスを冒したとしてもなんとかなるだろう。
『では、見せてもらおうかな。アラタの能力を』
楽し気に期待しながら見ているニコルや熊八、ハルシア。付いてきたギルフィードとシンも今か今かと待っている。
初めて人前で披露するだけに緊張してきたが、ここで結果を残せないようではどのみち先はない。
「見せてやるぜ、【異世界からの贈り物】を!」
その瞬間。
黄金色の魔力を纏い、創造タイプの力を発動させた。
まず、変化が現れたのは右手を伝って現れた独特の形をした鍵。
そこには暗転した画面が内蔵され、鍵を差し込む突起部分は十字に隆起しており正しい向きで差し込まないと奥まで入らない仕様。
次の変化は左手を伝って現れた二メートルほどの長方形の宝箱だった。
鍵と宝箱が魔力の光を失い、現存する実物として形成されると誰もが触れるよう静かに佇んでいる。
大きな宝箱の中央に空いている鍵穴に持っていた鍵を差し込み右に回す。
すると、ガチャという音をたてて鍵が解錠した音が鳴る。
「ギフト、オープン」
その言葉を発すると宝箱が意思をもって聞いていたかのように輝く光の塵となって霧散した。
中から現れたのは……、ガスコンロであった。
『……何これ?』
ガイアで常用されている竈式のものではなく、重厚な存在感を放ち、五つの五徳が備わっている業務用ガスコンロを初めて見たニコルは何に使用するものか分かっていない様子であり、この素晴らしさを理解していないようだ。
フフフ……。驚くのはこれからだぞ。
そうして次々に新たな宝箱を呼び出しては最初に手にした鍵を使って解錠していく。
いくつもの宝箱の鍵を開けたあと再度、魔法の言葉を唱える。
「ギフト、オープン」
一斉に魔力を霧散させた大小さまざまな宝箱は眩い光となって消えていく。
その後、残されたのは<蛇口が二つついた流し台>・<オーブングリル>・<寸胴や鍋>・<食器やグラス>、更には<電子レンジ>や<トースター>・<スチームコンベクション>・<焼き台>・<製氷機>・<冷蔵庫>など全てが業務用仕様のものを用意した。
無造作に砂場交じりの岩場に置かれている数々の電子機器や調理器具のすべてに十字の鍵穴が付いている。その異様な光景に誰もが言葉にすることが出来ないでいた。
「どうだ! 驚いたか? これが俺の能力だ。スゴイだろ! 他にもまだまだ出せるぞ!」
「…………」
しかし、思っていた以上に反応が薄い。
可笑しいなぁ。もっとリアクションがあってもいいものだけど。
『……アラタ。これは見たところ調理器具のようだけど、この大きな銀色の衣装ケースのようなものは何だい? それに何故この能力にしたの?』
怪訝そうな顔をしながら現れた冷蔵庫に触り、確かめるようにして尋ねてくる。
「今だから言えることだが、この世界の料理は大変だ。水は汲んでこないと限りがあるし、火だって薪から起こさなけりゃいけない。しかし! 俺の【異世界からの贈り物】があればそんな手間はいらない! 見てろよ……」
俺は一番最初に創り出したガスコンロの取っ手に手をかけ軽く捻る。
すると、パチっと静電気が発生した音のあとに円環状に青い炎がいくつも燃え始めた。捻る具合によって火力は調整でき強火から弱火まで自由自在。五つあるガスコンロ全てに火を付けていく。一つだけ火が付かなかったのは御愛嬌。
次に、向かったのは蛇口付きの流し台。
銀色に輝く新品同様の蛇口を回すと、その先から澄んだ清潔な飲料水が勢いよく流れ始め排水口に吸い込まれていく。もう一つの蛇口はお湯専用で温度も三十度~百度まで調節可能。煮え滾るお湯は白い靄を発生させながらいつまでも流れ出る。
冷蔵庫を開けると一度~四度の冷ややかな冷気が漏れ出し、極めつけは製氷機から取り出した氷を皆に悪戯っ子のように投げていく。
氷をキャッチしたみんなはその冷たさに驚き、地面に落としてしまった。シンを除いて。
熊八に至ってはガリガリと嚙み砕いて食べている始末。
次々に生み出した機械の使い方と利便性を示していき、能力の凄さをアピールした。
「まっ、ざっとこんなとこかな! これで俺が調査チームに同行するのを許可してくれるよな!」
旅先での料理はとても重要だ。
衛生状態の悪い屋外での食事は食中毒の危険性もあり、安全な加熱調理や保存のきく冷蔵庫など重用もの。食べるにしたって、万全な環境で料理した方が美味しいものができるに決まっている。
料理人、包丁を選ばず。されど、一級品なら尚良し。
以前の鋼鯨の任務のように、簡易的ではあっても調理スペースが用意されているのは稀なことだろう。ましてや、これほど便利で持ち運びも楽なものは俺の能力以外に二つとない。俺が転生者であり、且つ料理人であったからこその知識とバリエーションだ。
ちなみに、ガスの燃料や水の供給先、冷蔵庫の電力がどこからもたらされているかは俺自身よく分かっていない。
安全な燃料と安心できる水を思い浮かべているうちに、いつの間にか出来るようになっていた。排水先もどこに行くのか不明。流し台の後ろから垂れ流しになっていることはない。
なんとなくだが、どこか別の場所に送られているんだろうなとぼんやりと思っているが、俺だけの秘密にしておこう。
評価結果を待っていた俺だが、ニコルよりも先に興奮気味に騒ぎ始めた二人がいた。
「スゲェじゃねぇか、アラタ! お前さんは創造タイプであり、自然タイプなのか? くぅ~、羨ましいぜ!」
「ホントに凄いです! 火や水を際限なく出せるなんて双子ちゃんみたいですね! 見て下さいよコレ! 夏なのに氷が次から次へと出てきますよ! 不思議ですね~」
子供のように騒ぎ立てる二人をよそに、もう一人の転生者のシンも驚いていた。
「お前……、前職は板前だったんだよな。だから、地球の器具をガイアに創り出したってわけか。無茶苦茶しやがる奴だな。倫理とか文明に及ぼす影響は考えなかったのかよ?」
「俺が知るか。むしろ、何でもありなのはガイアのほうだろ? これぐらいどうってことねーよ。もし、気に食わない能力ならどっかで見てるはずの自称神様が黙っちゃいねーさ。こうして、他言しても何も言われないのはそういうことだろ」
「……ったく、馬鹿なんだか無鉄砲なんだか運のいい奴だな」
各々が雑談を交えながら、俺の能力を確かめているとニコルが疑問を呈してきた。
『なるほど。確かに五行を兼ねた能力はとても素晴らしい。能力的に【自然】と【召喚】を併せ持った特殊な能力みたいだね。いくつか、質問してもいいかな?』
「ああ。何でもこい」
『まず、発動におけるリスクは? これだけの能力がノーリスクであるはずがない。それと、これはもうこの場所から動かせないの? これが壊れたらどうなるの? 生き物や武器なども入れることができるの?』
ニコルのお家芸である質問攻撃が始まった。
しかし、この質問に全て答えなければ異動は認めてくれないだろう。
「もちろんリスクはある。それも手痛いリスクがな。ずばり“金”だ」
この能力の欠点。それは、機器を生み出すには莫大な金額のお金が必要だということ。
例として冷蔵庫を創り出した場合、約一P。つまり、十万円もの費用が掛かる。お金の減り具合は俺が持つマスターキーに表示されている電子画面に貯金額が表示されており、創り出せば創り出すほどに減っていく。
検証の結果、自宅の金庫から自動的に引き落とされている仕組みになっている。おそらくだが、残高がなくなった時は創り出すことが出来なくなるか同等の対価を求められることだろう。
当初、この能力を発現した際に議会の銀行に預けていた六百Pもの大金を全て引き出し自宅の隠し金庫に移していた。でなければ、議会に預けている金額と残高が合わなくなってしまうからだ。
「次に、運び出すことが可能かどうか? これは可能だ」
一度、創り出してしまえば誰でも持ち運び可能。しかし、これにも欠点がある。
俺が定期的に魔力を注がないとガスコンロは火が付かず、水道は水が出なくなる。およそ、一日で備蓄した魔力が切れるので実質、俺がいないと宝の持ち腐れとなる。
更に、俺だけはマスターキーを差し込み施錠すると再び宝箱に収納し、創り出したものを返還することも可能。
「壊れた場合はどうなるか? その場合は再度、創り出すことが可能だ」
極論を言ってしまえば、お金と魔力が尽きない限り無限に創り出すことができる。しかし、そんなことをしても費用もかかれば意味もない。
「生き物や武器などを収納できるか? これは予測の範囲内だが可能であり不可能だ」
食品はすでに前以って試した結果、冷蔵庫などの密閉空間に入れたものは冷たいままで保管されていたので問題ない。
生き物に限っては試してないが、おそらく入れた時は生き物だが返還し再度呼び出した時には肉に代わっていることだろう。つまり生きたまま持ち運ぶことは不可能。
武器も冷蔵庫や冷凍庫に入る物なら可能。取り出したときに冷たくなっているのは致し方ないが。
ちなみに、全ての器具は俺のイメージによって大きさを変えることも出来る。
その場合も大きさに比例して金額も跳ね上がるため恐れ多く、おいそれと創り出すことはないだろうが。
ニコルは俺の返答に一つ一つ考え込むように思案し、時折頷き難しい顔をしながら黙っていた。
そして、思考が纏まったのか結果を教えてくれる。
『うん、分かった。アラタの調査チームへの異動を認めよう。これほどの能力を燻らせておくのは勿体無いからね』
その言葉を聞いて思わず拳を握ってガッツポーズをしてしまう。
出し惜しみせずアピールした結果が実ってよかった。
『けど、どうやらこの能力はアラタ自身不確かな面も多く、まだまだ改良の余地がありそうだ。能力に慢心して使い方を間違えないよう十分、留意すること。これを守れると約束できるかな?』
「ああ、約束する! ありがとうニコル!」
『熊八とハルシアも注意して見てあげてね。能力を発現したばかりの頃は誰でも浮かれちゃうから』
「おう! 任せろぃ!」
「了解です! 姉弟子としてしっかり指導します!」
そうして俺の異動も無事に認められ調査チームに入ることが決定した。
浜辺に置いてある機器は全てを返還し、能力の開示は終了となった。
その後、ギルドに戻って来た俺たちはニコルの指示のもとチーム別に集合するよう言われ三つの班に分かれた。
最終的なチームはこのように決まった。
≪調査チーム≫
・熊八
・ハルシア
・アラタ
≪防衛チーム≫
・ギルフィード
・シン
・右京
・左京
≪待機チーム≫
・ニコル
・アイシャ
・その他
その翌日。
オルバートの森へのGGG調査チームが派遣された。