第10話 城下町の洗礼
二日後、俺たちは街へと辿り着いた。
「シン! あれが僕たちのギルドがある街【マスウード(幸運な)・ミーティア(流星)】だよ」
丘の上から見下ろすようにニコルさんが指差す方向には海に面した三日月型の港街が広がっていた。
それはまるで地球の頃にテレビでみた地中海を思わせる街並み。
白を基調とした壁と赤茶色の煉瓦の屋根。
その奥には紺碧のどこまでも広がる水平線。港にはいくつもの船が並び沖に出ている船も見受けられる。海は照りつける陽光を反射しキラキラと輝いていた。
斜面が多く海に向かって整備された家が段々と建ち並ぶ姿からこの街の豊かさが窺える。
空には地球では見たことも無い帆船のような飛空艇が飛び、交易が盛んであることも予想できる。
その美しい街全体の中でもさらに目を引く巨大なお城が小高い丘の上にそびえ立っていた。
俺はその景色に、おもわず溜め息がもれた。
「なんて綺麗な街だ。まるで絵画みたいだ」
「ふふん。そうだろう? この【マスウード・ミーティア】は交易都市で世界でも有数のリゾート地でもあるんだ。海あり山あり。ここで採れる食材の数々はミーティアの宝石とも呼ばれるほど美しく絶品なんだ。見て良し! 食べて良し! ここは地上の楽園さ!」
ニコルさんが誇らしげ胸を張り、鼻を高くしている。
「だが、それ故に各地から様々な種族の者たちが移住してきて問題も多い街だ。光のあたる場所は華やかだがそれだけ闇も濃くなる。気をつけろ」
そんな浮かんだ気分にギルさんが釘を刺した。
「も~、ギルってばそんなに脅かさなくても。大丈夫! 怪しい連中も多いけどいい人もいっぱいいるから! それに大司教様もいらっしゃるしね」
「大司教様?」
「ほら、あそこに大きなお城が見えるでしょ? あそこに住んでるのがこの街を治める大司教様さ!」
「俺はいけ好かんがな」
「またそんなこと言って~、騎士団に聞かれたらどうすんのさ!」
「そんときはまた蹴散らすまでだ」
「も~~~」
どうやらニコルさんは穏健派だがギルさんと騎士団とやらは穏やかじゃない事情がありそうだ。
気になるがここは何も聞かないでおこう。
俺の身体はというと、この二日間ですっかり良くなっていた。
安静にしていたこともあるが、本来持っている自己治癒力とニコルさん特製の食事が傷の治りを早くしているようだった。
ニコルさん曰く『シンの身体がよくなるよう呪いをかけておいた』らしいが、そもそも呪いってなんだ?
舗装された道を進んでいくと高さ十m幅十五mほどの石門が開かれており、その両脇に槍を持った西洋風の鎧を着た門番が左右に一人づつ立ち構えていた。
街方面から出てくる商売人であろう人物は荷馬車に乗りながら何事もないように素通りしているので、出入りは自由のようだ。その他にいかにも勇者風情の男や戦士らしき女性など幾多の往来がある。
これなら俺が入っても平気そうだと何食わぬ顔で進む。
「そこの御仁、待たれよ!」
しかし、明らかに俺に向けて発せられた青年の門番の言葉に淡い思いは打ち砕かれた。
「はい、なんでしょうか?」
「失礼ですがミーティアへはどのようなご用件で?」
なぜ俺だけが門番に引き留められたのか理解できなかったが正直に答える。
「冒険者の登録にきました」
「冒険者に? 見たところ武器の一つもお持ちでないようだが」
あぁ、そういえば唯一持っていたナイフもイグ・ボアに襲われたときに川に落としてしまったな。
それ以外に武器も持っていないし。
「ここに来る途中、落としてしまいました」
「冒険者になろうとするお方が武器を落としたことに気付かなかったと? いささか信じられませんな」
「獣に襲われていたので拾うことが出来なかったんです」
「獣に襲われたという割に目立った傷もなく元気そうですが」
なんだコイツ。
だんだんイライラしてきたぞ。俺がそんな怪しいやつに見えるってのか? そんなに俺が街に入るのが気にくわないのか?
沸々とフラストレーションが溜まっていく中、もう一人の初老の門番が何事かと近づいてきたところで声をあげた。
「これはニコル殿! ギルフィード殿! 任務を終えご帰還ですかな! お疲れ様で御座います。おや? そちらの方は見ない顔ですな? 姿から察するに新しい奴隷ですかな?」
反対側にいた初老の門番はニコルさんとギルさんを知っているようだが当然、俺のことは知らなかった。だがその言葉には聞き捨てならない一言があった為、提灯袋の緒が切れた。
「だーれが奴隷だと!? このクソジジィ!! てめーといい、コイツといい門番にはろくなのがいねーのか? 初対面の人に向かって奴隷とか失礼極まりない奴だな! てめーなんかぶっttっ!?」
そう言い終わる前にギルにさん頭を叩かれ強制的に口を閉じてしまう。
「お勤めご苦労。こいつは俺たちの連れだ。奴隷じゃない。任地で出会い世話をすることになった。通ってもいいか?」
ギルさんが説明を終えると初老の門番が慌てて道をあける。
「これは失礼致しました。お二人様のお連れなら問題ないでしょう。お通り下さい」
二人の門番はサッと身を引き元いた場所へと戻っていく。
門番から解放された俺達は街へと入る。
「……ギルさん。なんで俺は門番に引き留められたんですか? 他の人は素通りしているのに……」
叩かれた頭を押さえつつ腑に落ちなかったので質問する。いまだに叩かれた頭がジンジンと痛む。
「それはお前が怪しい人間に見えたからだろう。問題のある人物は街へは入れない。さっきも言ったがこの街は絶えずいろんな人種が出入りし、その中には好からぬ行いをする者もいる。そうなる前に芽を潰すのが門番の仕事だ」
「俺ってそんなに悪人面ですか? なんかショックです」
初めて来た街にワクワクしていただけに気落ちしてしまう。さっきまでのときめきを返してほしい。
そんな気落ちした俺を見かねたのかニコルさんがアドバイスをしてくれた。
「実はシンが引き留められた時点で予想はしてたんだけど、あえて黙ってたんだ。ごめんね。でも、そのほうがこの街を知るのには早いかなって思ってさ。彼らは議会に所属する門番でこの街の治安が保たれているのも議会のおかげ。ここは至る所に議会の息がかかった連中が多いから騒ぎを起こすとすぐ衛兵が集まってくるから注意してね」
つまり洗礼を受けたというわけか。
「簡単に言えば悪いことをしなければ安心して暮らせる。シンは悪い人間じゃないでしょ?」
「当然です!」
「まぁ、いたずらが過ぎるようなら俺がとっちめてやるがな」
ニヤリと笑うギルさんの顔が怖い。
そういえば、門番は二人の顔を見ただけで名前が分かっていたな。この街ではなかなか有名な人たちなんだろうか?
話をしながらも歩を進めていくと、木造と煉瓦造りの大きな建物の前に止まった。
「ここが?」
「そう! ここが目的地の冒険者ギルド【GGG】! ようこそシン!」
重厚な扉を開けてくれると、俺は中へと第一歩を踏み入れる。
第11話は明日、18時に更新致します。