恋って何だろう、って思った。
・・・意味解んない小説です。読まない方が良いですよ。
塾に一時間遅刻した。いや、まだ自分の家に居るのだから、過去形ではなく、未来系の方が正しいのだろうか。授業は午後の一時からだから、そう、今は二時だ。授業は六時半まで、国・数・英の三種類あった。だが、憂鬱で何かをしたいような気分じゃない。
とんとん、と、母が階段を上ってくる音がした。
「沙耶ちゃん、今日は塾の日じゃないの?遅刻をするなら、お母さんが塾に電話をしておいてあげるわ」
母が私に向ける、哀れんだような視線と、過保護すぎる怯えたような声が嫌いだった。
「・・・今、出ますから・・・」
「そう?じゃあ、気を付けていってらっしゃい」
「・・・はい、お母さん」
自転車のカギと、塾用のかばんを引っ掴んで、階段を下りて、玄関の扉を開けて、外に出た。
「寒い」、出た瞬間にそう思った。少しの涙で濡れた頬が、何となくヒリヒリした。
きっと、行ったすぐに怒られるんだろうなぁ、と、そう遠くない未来のことを、自転車のペダルを忙しく回転させながら考えてはいたが、脳の大部分を占めていたのは、もっと別のことだった。
―――『終わりにしよう』―――、今朝だった。初めて付き合った男子にそういわれたのは。他に好きな女の子ができたのだと言っていた。 『そっか、分かった』、とだけ返事を返し、私は、彼の前から走り去った。涙が溢れ出てきそうだった。それに、胸が締め付けられるように痛かった。歯を食いしばって、声が漏れないように必死に堪えた。滅茶苦茶に走って、知らないうちに、自分の部屋のベッドに倒れこんでいたときは確か、昼の十二時だったような記憶がある。私は泣きながら、ゆっくり眼を閉じた。
私の通う塾は、駅の近くの、五階建てのビルの四階にある。塾の近くに自転車を停めて、走ってビルのエレベーターに飛び乗った。
四階に着いて、エレベーターを降りると、すぐ、斜め右前にある受付で、室長の神谷先生が、誰かの保護者と面談をしていた。ちらりと彼の方を見ると、一瞬眼が合う。私は軽く会釈をして、自分の授業が行われている教室へ、走って行った。
私が教室の扉を開けると、一瞬、教室全体がしんとなった。
その沈黙を破ったのは、その教室で私がくるまで授業をしていた、菅野ゆきこ先生だった。
「さやっぺ、遅刻なんてめずらしい、しかも私の授業で・・・」
何も答えたくなくて、黙って席に座る。
「?大丈夫?何か、元気無いけど」
「大丈夫、です」
「ふぅん、じゃあ、テキストの46ページ開いて。ノートは、後で写す時間、あげるから」
「はい」
その授業も、その次にあった数学の授業も、その次の神谷先生が担当していた英語も、集中できずに、ずっと上の空のまま、過ぎていった。
「沙耶、今日何で遅刻したの?」
神谷先生に話し掛けられたのは、英語の授業後の再テストで、いつものように私一人が残っていたときだった。
「・・・」
「なに?俺に黙ってどっか行ってたとか?」
少しふざけたように、神谷先生は私に尋ねた。こくん、と、私は無言のまま頷く。
「ふうん。・・・親は・・・知らないの?」
「・・・」
また、頷く。
「そっか」
先生は、それ以上は何も聞いてこなかった。いや、聞かなくても解ったのかもしれない。
途端に、何かの糸が切れて、私の目からは、大粒の涙が溢れ出した。
「・・・先生・・・」
「・・・ん?何?」
「・・・泣いても・・・良いですか・・・っ?」
先生は、私の頭を撫でるとこう言った。
「もう泣いてるヤツに、泣くななんて言わないよ」
その後私は、声を上げて泣き喚いた。神谷先生は、私が泣き止むまで、ずっと私の顔を自分のスーツに優しく押し当てていてくれた。神谷先生のスーツからは、コーヒーと、少し、タバコの匂いがした。普段嫌っていたタバコの匂いなのに、このときは何故か、とても心地よく感じた。
暫くして、私が泣き止むと、神谷先生はゆっくりと、私の頭から手を離した。
「・・・沙耶をフるなんて、どうかしてるよ、そいつ。俺が殴りに行ってあげようか?」
そう、冗談を言う神谷先生に、私の顔からは笑みがこぼれる。
「・・・やっと、笑った」
「え?」
「沙耶は、そうやって笑ってた方がイイよ。可愛いんだから」
途端に、顔が熱くなっていくのを感じた。
「・・・先生」
「ん?」
「恋って、何ですか?」
「・・・恋って言うのはね・・・」
「はい」
「俺が、沙耶に抱いてる感情の事かな?」
脳がその言葉を完璧に理解する前に、私の顔は林檎のように真っ赤になった。
「あ・・・の・・・」
「ん?」
「神谷せんせ・・・」
ガラッ、と音を立てて教室の扉が開く。
私の言葉を遮って教室に入ってきたのは、菅野先生だった。
「あ!!ちょっと神谷先生!私のさやっぺに何を・・・!あぁっ、さやっぺが泣いてる!神谷先生が泣かせたんですか!?」
「え!?いや、そんな、俺じゃないよ!?ね?そうだよね?沙耶!」
「・・・」
「え?何で答えないの?」
「菅野先生私・・・」
「さやっぺ・・・?」
私は、にっこり笑って菅野先生に言った。
「神谷先生に、泣かされちゃいました」
「えぇ!!何で!?」
「おのれ神谷ぁぁぁぁぁぁ!!」
「えっ、ちょ、俺君の上司だよ!?何で呼び捨て!?」
「問答無用!さやっぺの仇ぃぃぃ!!」
「い〜やぁぁぁぁぁ!!」
・・・この後、顔に痣をつくった神谷先生が目撃されたとかされてないとか・・・。
湿布を貼ってあげたら喜んでくれました。
「神谷先生・・・」
「ん?」
「今度、遊園地付き合って下さい」
「え?」
「先生の奢りです」
「・・・うん、行こう」
「はい!」
書いてて思いました。・・・これ、明らかに犯罪(未遂?)だろ。塾の先生と生徒って・・・。なんと言うか、私の頭もそろそろ換え時ですね。(換え時の換の字って合ってるんだろうか・・・)