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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

擬音語(オノマトペ)

ドンッ

作者: amago.T/

 あちこちで銃撃音がする。

 さっきは少し向こうで爆弾が落とされたのが見え、また一つ、廃墟群が増えていた。


 こんなはずじゃなかったのに。

 私、こんなつもりでここへ来たんじゃ──。

 こんなつもりで、軍に入った訳じゃないのに。


 すぐそばで重量のあるキャタピラーが瓦礫を砕いて進む音がした。

 とっさに音とは逆にあった廃墟の壁に身を隠す。

 徐々に音は離れていった。

 耳を澄ませ、不審な音が聞こえなくなってから目視で辺りを確認した。

 動くものは、何もない。

 少しだけ安心し、その場にしゃがみ込む。


 もう、限界だった。

 とっくに、限界なんて超えていた。

 この場所に派遣されてすぐ、本隊との合流場所に着く前に私のいる増援部隊は襲撃され、多くの仲間が死んだ。

 生き残ったものたちも、パニックに陥ったり、我先にと逃げていったり、散り散りになった。

 それからどれだけの時が経ったのか、もう数えることは止めた。


 私は一緒に逃げる相手もいなくて、あてもなく彷徨き、廃墟にかろうじて残っていた食料を食べ、日々を繋いでいた。


 ただ、先輩みたいになりたくて……。

 私なんかを守ってくれた先輩みたいに、誰かを守りたくて──。

 軍に入れば、先輩みたいになれると信じて……。


 ふと足音が聞こえ、敵にバレたんじゃないかと身構える。

 怖くて音源を見られなくて、耳をふさいで目を閉じる。

 足音は、徐々に徐々に近付いてくる。


 助けて。助けて、先輩──!


 こんな所にいるはずもなく、生きているかどうかも定かではない恩人の顔を思い浮かべながら、私はただ、なるべく小さくなって息を潜めた。


 来ないで──ッ!!




 ……あれ?

 音が……止まった。

 でも、すぐ前に何かがいる。


 ドンッ


「きゃっ」


 耳元で音がした。


「そのまま動くな」


 聞き覚えのある声にとっさに目を開けると、顔の横には見覚えのある腕が。

 この服装は、私と同じところの軍の、本隊のものではないか。

 慌てて顔を上げると、そこには思い描いていた人物がいた。


「えっ……」


 先輩が、険しい顔をして遠くを見つめている。

 いや、もしかしたら、耳を澄ませているのかもしれない。


「先輩──」


 何でここにいるの?

 生きててよかった。

 また会えた。


「いいから下を向いて目を閉じろ!」


 急に先輩は言った。

 あの優しい先輩からは想像もつかないような強い語気で。


 言われたとおり、下を向いて目を閉じる。


 でも意識は、先輩に向けられている。


 私、先輩に伝えたかった。

 先輩のおかげで、ここまで来れたんだって。

 先輩──。


 先輩が壁についていない方の手を私の頭に回した。

 先輩の温もりを──鼓動を感じる。





ドンッ



 さっきとは明らかに違う、爆発音がした。

 すぐそばで。

 振動を感じる。

 暴風を感じる。

 先輩が、歯を食いしばる音が。


 風に舞った何かのかけらで、腕に痛みが走った。

 いったい何があったのかと、私は目を開ける。

 痛みは、血筋となって落下していく。

 頭を上げようとしたら、先輩の胸に当たって、止まった。


「──先輩……?」


 小さく声をかけると、先輩の腕から、力が抜けた。


「──大丈夫ですか?」


 強引に先輩をずらし、顔を見上げた。


「君こそ、怪我はないか?」


 先輩は、何事もなさそうな顔をしている。

 だから大丈夫だと思った。

 かすり傷くらいだろうと。

 だが、顔は青ざめていく。


「先輩が、守って──くれた、から……ッ!!」


 先輩は私の返答に笑って、その顔のまま、私に体重を預けた。


「先輩!!」


 力無く倒れかかってきた先輩の背中には、幾つもの鋭利な破片が刺さり、服を紅で濡らしていた。

 私を庇ったんだ。

 私の代わりに、先輩が──。


「先輩!」


 どうして。

 どうして私なんかを庇ったの?

 また、どうして!?


「治療をっ」


 といっても、私にはそういった知識はないし、あっても必要なものが揃わないだろう。

 これだけの傷なら、専用の設備がないと、きっと危ない。


「運びます──!」


 どこへ運んだらいいかなんて、判らない。

 爆発のすぐ後に動くと危険なのは解ってる。

 でも、先輩がここで死ぬ理由なんて、何一つ知らない。

 だからといって、じっとしていても、先輩が危ないだけだ。


 腕をとって立たせようとすると、先輩は首を左右に振った。

 辛うじて座ってくれたが、ここから動く気はないようだった。


「どうして──」


 先輩の口が、動こうとしていた。

 耳を近付けると、辛うじて聞き取れるほどの声量で、殆ど呼気同然の音が、鼓膜を揺らした。


「生きて……くれ──」


 言葉の意味を問おうと先輩の顔を見ると、先輩は、もう息をしていなかった。


 このまま先輩を見捨てていくのか。

──もう死んでる。

 死体を運ぶのは、無駄以外の何物でもない。

──でも、この人は先輩。

 死人には変わりない。

──……。


 ごめんなさい、先輩。

 私のせいで、また……。

 でも、二度も私を助けてくれて、「ありがとう……。」


 先輩は、笑顔のまま、動かなかった。


「先輩、私、生きますから。

──先輩の分も、生きて、たくさんの人を救いますから!」




 あの戦争は、それからまもなく終わった。

 先輩の遺体はあの場所になくて、他のたくさんの人の名前と共に、冷たい石に刻まれるだけ。

 その石の下に、先輩はいない。

 私も個人的に探したけれど、先輩の愛用していたグローブ以外、見つけることはできなかった。



「生きましたよ、先輩……。」


 私は暖かなベッドの上で、やっとのことでそれだけを絞り出した。



 自国とは無関係な地での介入に次ぐ敗戦という最悪の戦争だといわれたそれに参加していた最後の軍人が、今このとき、安らかに息を引き取った。


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