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試作1  作者: 仙人掌
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第四話 浄伐師の登校風景

【終わりなき帝国】……吸血鬼たちの勢力。規模・目的が現在のところ不明な国家。

【日本浄鬼軍】……第三次世界大戦が始まるまで存在が、公に知られていなかった【日本抗鬼呪術協会】を軍事組織として成り立たせたもの。


 宗介と理人の二人は、理人が住んでいる一戸建ての自宅から出ると、一人の老婆と目線が合った。

 昔の日本だったら、凶器を持ち歩いている人間がいれば、軍人だろうが関係なく警察に通報されただろう。

 だが、今は戦時特令なので軍人だけ装備の携帯を許可されている為、通報される事はない。

 しかし、一部の人間は浄鬼軍の存在に嫌悪感や恐怖感を持っているのも事実である。

 そんな事が日常になってしまった日本について思っていた時、目の前に一台の黒塗りの車が見えた。

 もし、この車について知らない者が見ても、聞き覚えのあるであろう会社の車だった。

 どっしりとしたその姿はこの住宅街の中でさえ、一際高級感を見せながら、この地に君臨していた。

 それを見た理人は、つい口に出して宗介に言った。


「こんだけ余裕あるなら、いい加減うちに朝飯食べる為に来るなよ! 嫌味か!」

「はっ、そんな小さい事にこだわんな、それよりも早く乗れ」


 そう宗介は見下すように言った後、運転席へと座った。

 理人は、宗介の態度に不満な顔をしながら車に乗った。

 そして、理人が乗ったのを確認した宗介は、手慣れた様子で走り出した。

 車が走り出すと同時に理人は、車内から窓の外に目を移すと、見慣れた風景が流れていく。

 活気に溢れた街の密集地帯に入ると、店先で客引きをしている男性や朝からジョギングをしている女性などが目に入る。

 そんな窓の外を見ながら理人はポツリと呟く。


「三年前には、吸血鬼の連中が襲ってきたのにな……」


 そして、制服の内ポケットから一枚の写真を取り出す。

 あの日助けられて以来、唯一見つかった家族の写真を見た。

 そこに写っているのは、自分と同じ髪色で笑っている三人の人間。

 母親と父親が奥にいて、その手前に一人の男の子がいる。それが理人自身だとわかる。

 いつもこの家族とどんな話しをしたのだろうかと、そんな事を毎日どうしても考えてしまう。

 あの地下施設に誘拐され、優姫と共に人を殺す技術ばかり教えられたので、家族に関する事は何も覚えてないのにである。それとも、何も覚えてないからだろうか……。

 そして浄鬼軍に入隊する事をあの日、自分で決めて、この隣にいる宗介に呪術と体術の基礎、さらには浄伐学なる学問も徹底的に教えてもらった。

 でも宗介は、初めから丹念に教えるのではなく、体に叩き込んで覚えさせる教え方をする。

 教え方についてはどうでもいいが、授業料と言ってお酒を買ってこさせるのは、いい加減止めて欲しいものだ。

 そう思っていた時に、宗介の声が耳に入った。


「もうすぐで到着するぞ、理人!」


 家を出てから一時間と少し。

 渋谷三丁目。

 高い塀で覆われ、人間の力では開かなそうな鋼鉄の門の前に、警備を担当している軍人が二人立っていた。

 警備兵の許可を取り、重厚な門が電子機器の操作により開いていき、そのまま敷地内を走っていくと、

 理人の目的地である、日本浄鬼軍関東支部の敷地内にある士官学校「赤月(あかつき)」にたどり着いた。

 これから、三年間ここに住み込みで通うことになる。

 理人は教科書の入った学校のバッグを手に持ち、車を降りようとしたその時、また宗介から呼ばれた。


「理人! お前、今日から学校では力を見せるなよ」


 そう宗介は言う。

 理人は、意味を理解していながら宗介に聞いた。


「は? 何の為にだよ?」

「……お前が今から行く学校はどんな所だよ!」


 宗介は笑みをこぼしながらも、目は笑ってはいない。

 その顔を見て理人は、すごく嫌な顔になった。

 宗介が言い、理人が気づいた事について口に出して言った。


「……そうだ、あそこは呪術名家の末裔ばかりだ。だからお前みたいな奴が、軍人になろうと知ったら、迫害に近い差別を受ける……。だから力は隠すようにしろ、いいな」


 この言葉は注意というよりも警告の意味合いが大きかった。それによってか、車内の空気が少しだけ悪くなったような気がした。

 それにやる気がない感じで答える「わかったよ」、と。

 理人は思い出す、この士官学校「赤月」に入る目的を。

 宗介に言われないでも、ここで自分は力を見せないさ……。

 俺はここに闇種に分類される奴等を浄化する事と歪んでいる社会を正す事の為に入るんだから。

 それから、すぐに車から降りた。

 車を降りてから気持ちを切り替える為、軽く深呼吸をすると、車の中とは違って新鮮な空気が理人の肺を満たす。

 その時、三度宗介から声がかけられた。


「忘れ物だ、理人」


 その声に理人は振り向くと、視線の先に黒い布に包まれた棒状の物が、目に入った。

 咄嗟にそれを掴むと、金属バットより重みのある刀だと分かった。


「これは……」

「妖刀、凪打(なぎうち)。一年生のお前には大事な物だろ?」


 その凪打を理人は腰につけて、数回屈伸をした後にバッグを持ち直し、学校へと理人は歩き出した。




 理人は車を降り、しばらく歩くとすぐに顔を上げることになった。

 なぜなら、空がピンク色に染まっていたからだ。

 桜がゆっくりと風にゆられながら舞っているのだ。

 春。

 入学のシーズンならぬ、入隊シーズン。

 理人は黒を基調としたブレザーの制服を着て、ポケットに両手を突っ込んで桜道を歩きながら、この先にある建物ついて考える。

 この緩やかな坂道が続いていく先にあるのは、ここ関東支部管轄の浄伐師養成高等学校「赤月」だ。

 浄伐師(陰陽師とは異なり、悪しきモノ通称“闇種”を浄化する事だけに特化)した者達を育成する軍の士官学校だ。

 そんな事を考え歩いていたら、後ろから女の声がかけられた。


「おはよう!ワタシの名前は絢辻玲愛(あやつじ れいあ)っていうの、これから三年間よろしくネ!」


 その聞き覚えのない女の声に気づき、理人はため息を一つ吐きながらそのまま歩き続ける。

 理人のその行動に、女こと絢辻玲愛はたまらず大きな声を響かせながら走り出し、


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 親しげに話しかけたのに無視ってどういうコトよ! わざとなの!」


 なんて事を、こちらを見据えながら堂々と言う。

 絢辻玲愛と名乗る女の姿は、黒色に近い灰色の髪を真っ直ぐ腰辺りまで伸ばし、やや気が強そうな二つの瞳に緑色のコンタクトを入れ、日本人らしい黒眼に近づけている。

 身長は百六十センチもないくらい。

 「赤月」指定の女子セーラー服を着ており、決して華奢ではないが滑らかさを感じさせる体のラインに、西洋系の雪のように白い肌を覗かせる。見た目に関しては文句のつけようがないほどの美少女。

 こうしている間にも、通りすぎる学生達から彼女の容姿を褒める言葉が、次々と聞こえてくる。

 しばらくして彼女――絢辻玲愛に向けて、理人は言う。


「関わると面倒そうな奴と、話したいか?」

「ええっ!?」


 と、両手を上げてオーバーリアクション。

 これが演技だったら古すぎるし、天然だとこれは痛くて見てられない……。


「そ、そんなコト言わないで仲良くしようよ〜、ワタシ一年三組の教室にいるからさ〜」


 理人は、彼女の言葉を聞いて僅かながら眉をピクリと動かすと、同時に思考が回り出した。

 こんなアホっぽい女と、今日から通う事になる教室が一緒で、最悪は三年間一緒にいなければならないだと!

 理人は鼻で大量の空気を吸い、


「……お前と仲良くする気はない、話しかけるな!」


 相手を拒絶するように、毅然とそう言った。

 すると、周囲の視線が彼女から理人に移る。

 嫉妬と憎悪と嘲りと、落胆の顔。

 およそいい感情など一つもこもっていない視線が、理人へと一斉に突き刺さった。

 それに耐えきれなかった理人は、小さくため息。


「……わかったよ、多少は同級生として話せば問題ないよな。ドイツ系のクォーターさん?」

「……ありゃりゃ、もうそこまで分かったの? 西洋の血が入ってるとこまでしか分からないと思ってたのに!」


 理人の指摘に、彼女はまた大袈裟に口に手をやって驚いた。

 そんな動作にそっけなく、理人は学校の敷地内へと、首を動かす。

 たった三年間で、この国は昔より大きく様変わりし、今では義務教育の一環で、護身術や格闘技の類いは体得している。

 それによって国民一人一人が、自分を守る事への重みを理解するようになった。

 だが、闇種に分類される吸血鬼の力は強大であり、既存の現代兵器(弾道ミサイルクラス)でも勝てないほどだった。

 そんな絶大な力を有しているのだから、全世界を制圧してもおかしくないのだが、【終わりなき帝国】は現在、沈黙を続けている。

 理人が学校の風景をみていた時、目の前の通学路の端をスッと学生達が横切っていく。

 桜の舞う通学路。

 楽しげに笑い合っている学生達。

 だが、ここに通う学校の全員が「普通の人間」の定義からは著しく違うのだから。

 何故ならここは、鬼と呪術が存在する、忌まわしい浄伐師達の権力欲に支配された魔窟なのだから。

 ここに通う人間の約八割以上が前身であった【日本抗鬼呪術協会】に所属し、上からの命令があれば命を投げ出せる。そんな妄信的になっている者達の、子女たちだ。

 ちなみに【日本抗鬼呪術協会】というのは、約千三百年前に【浄月会】と【明鬼会】などの三つの団体を合わせて設立した組織の事である。

 その時、


「オ〜イ、そこの青年くん、こっちを向いてくれないかな?」


 なんて声が胸元付近から聞こえてくる。

 もちろんあの女、絢辻玲愛本人からの声だ……。

 それに理人は、仕方なく振り向く。


「何か用か?」

「何か用? じゃないでしょ。アナタのコト、教えてくれないかしら?」

「あ〜、そうだな……。名前は灰宮理人って言う、以上」


 この女は眼を閉じ、顎に指をついて思案し出した。考え出してから十数秒後、考えが纏まったのか口を開いた。


「……ここまで冷たくされるのはイヤなんだけど、灰宮理人ね〜、リヒトって呼ぶコトにするわ! ワタシの事は玲愛と呼んでネ!」


 完全に会うべきではない女、こと玲愛に会ってしまった、と理人は後悔。それ事態が遅いと分かっているのに、五分前の自分を呪いたくなっていた。

 しかし、玲愛は理人の心理状況を考えず、隣に並びこう続ける。


「ところでワタシ、灰宮家という呪術一族は聞いたコト一度もないけど……」


 そう玲愛が言いかけたところで、周りの空気は一変していた。

 その時にはもう、理人達の周りには【日本抗鬼呪術協会】の、息がかかっている学生達に溢れ返っていた。

 当然だ。

 ここは異常な通学路なのだ。

 そして今、ここはその浄伐師になる為、過酷な訓練を受けようとしている学生しかいない。

 ざっと百人ほどの視線に理人は気付く。同時に、自身の存在を否定する声も聞こえてくる。


「灰宮なんて一族、知らないぞ」

「もしかして、民間(ゴミ)から来てるんじゃないのか?」

「今年もいるのか、民間(ゴミ)の奴らが、実力もない役立たずが俺らの学校に溜まるぞ」

「たしかあの民間(ゴミ)、三組に入るって聞いたわ」

「うえー、民間(ゴミ)民間(ゴミ)らしく、廃棄場にいろよ」


 そんな声が、瞬く間に通学路全体に広がっていく。

 理人を見ている瞳は、およそ人間が抱く負の感情を形作っているようだった。

 この事態に玲愛は慌ててるようで、何やらブツブツ言い始めていた。

 しかし、こんな状況で理人は、考える。

 数少ない民間から来て、エリートクラスである三組に入る自分は、こいつらにとって納得出来ない事だろうな。

 さて、どうしようか? あのアホ宗介の許可をもらって来た、なんて言えば利用価値を見越して、今のうちに縁を作っておこうと目論む者たちに変わる。それは避けようもない流れであり、大半は何かしらの下らない権力欲を隠している。

 そんな事は分かりきっているから、確実に安全から離れる逆の方向へと進もうか……。

 というより、元からそのつもりだったのだが、中には違う者がいて欲しいと考えてしまう自分がいる。

 そんな自分に対して嫌悪感は膨らんでいく。

 だから理人は瞳を閉じ、気持ちを切り替える。

 肌が粟立つような声を聞きながら、宗介は学校へと向かう。


「ずいぶんと、面白いところだな……」


 理人が小さく声を上げるのと同時に、そこに黒い塊が不意に左側頭部へと理人に向かって飛んできた。

 その何かはカランカランと音を立てて、地面へと転がっていく。理人は一体自分に何が当たったのかを確認する。

 それは空き缶だった。

 見たところ、さっきほど飲み干したばかりの物だということが分かる。

 この現状を見て玲愛は、前に一歩出て、


「ちょっと、アナタたち何して……」


 が、その玲愛の肩を掴み、後ろにやって理人は言う。


「ややこしくなるから、下がってろ」

「しかし」

「いいから、ここは俺に任せろ玲愛。こういう状況には対処し慣れている」


 玲愛は驚いた表情をするが、理人はヘラヘラと笑いながら、言う。


「あの〜、これは何かな?」


 すると玲愛以外の学生達が、一同に笑い始める。


「なんだ、あの民間(ゴミ)

「避ける事もしなかったぞ」

「同類だから、仲間と思ったんじゃないの」


 一体、誰が空き缶を投げたのかは、おおよそ見当がついていた。

 だが、誰が投げたのかは分からないフリをしていればいい。

 なぜなら、ここにいる奴ら全員の浄伐師としての実力を計り、分析し、自分の力で抑えられる者かどうかを、判断する程度の存在でしかないのだから。

 つまり、

『ここにいる全員、俺の協力者になるのか……』

 と、理人は自分に罵声と嘲笑をしている学生達の姿を眺め、実力が高そうなのを探しながら、後ろにやった彼女を呼ぶ。


「上手い対処の仕方だったろ? 玲愛」

「……ええ、そうね」


 完全に冷めた声で玲愛は、言う。

 つまらなそうに、興味が失せたように、言う。人間としても男としても最低な理人を知り、最初のような感情の変化はなくなった。

 だが「それでいい」、と理人は思う。

 これで絢辻玲愛の実力を正確に計り、分析し、自分が御し切れるか分かる。

 玲愛はあの対処が納得出来なかったのか、


「ワタシは一人で教室に行きますので、……リヒトも一人で来ればいいですわ」


 そう言って気品溢れる後ろ姿を残しながら、一人だけで歩き出した。

 玲愛が去ったのを確認した【日本抗鬼呪術協会】の、息がかかっている学生達は理人に向けて空き缶、ペットボトル、ボールペンなどを投げ始める。

 それらの物は理人の身体中に当たって、散らばっていく。

 それに、


「ずいぶんと、面白いところだ……」


 と、理人はまた呟いた。今度は確信を持って言う。

 何もしない理人に、面白みがないと思ったのか。

 それとも、登校時間が少ないと思ったのか。

 学生達は足早に自分達の教室に向けて歩き出して行った。

 通学路に一人残された理人は空を見上げて、

 何事の前にも「越えなくてはいけない壁」がある。

 例えば、勝利目前の試合に何らかの怪我を負ってしまい、長期の入院生活になるスポーツ選手。あるいは、何の問題もない日常がある日、経済的に危機に陥って一日生きる事も困難になる家庭。

 つまりは、誰の前にも危険は隠れていると言い切れるだ。

 即ち絶対と呼べるモノなどこの世に在りはしないということを表す。

 しかし、この壁を乗り越えられる者は自分に自信を持って生きていけるだろう。

 もし、これを否定する人間は、これからいろいろな形で覚悟を固めておくべきだろう。

 と、思いながら鬼と呪術が存在する、忌まわしい浄伐師達の権力欲に支配された魔窟の中へと向かった。

 今日、灰宮理人・十五歳は晴れて軍の士官学校へと入隊した。


◯主人公の同級生

名前 絢辻玲愛

性別 女

歳 15歳

身長 157センチ

体重 49キロ

スリーサイズ B84/W60/H86

所属 不明→軍の士官学校「赤月」1年3組の学生

詳細 ドイツ系クォーターで絢辻家の一人娘


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