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試作1  作者: 仙人掌
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第一話 理人と優姫の考え

 とある競争に参加させられて四年。

 現在、十二歳。

 理人と優姫はこの年齢になるまでに、すでに最低三十人以上の人を殺していた。

 殺した相手は、自分と同じ境遇の相手だった。

 ブラッドチャイルド――歴代最強にして最凶の少年兵候補にするために。

 いずれは戦場に出て有用性を示し、その優れた殺戮に特化した遺伝子を持った子供を大量に安価で生み出すための殺人者候補たち。

 その殺人者候補を競わせる実験は理人たちが八歳のときから始まった。

 新潟。

 政府が構想したハイテク複合都市――神上特区。

 そこに住んでいた理人たちを含めた百八十三名の子供たちが誘拐され、この地下施設へと強制的に連れて来られた。

 連れて来られてから、たった二ヶ月で泣いている時間は無駄だと判断するほどになっていた。

 一ヶ月に一度ある競技会の殺し合いで、全体の半分より上の順位に行かなければ、処分対象にされる。

 勝たなければ死ぬ。

 生き残らなければ死ぬ。

 相手を騙さなければ死ぬ。

 最後に生き残れるのは、たった一人だけ。

 初めに会った人たちは全員覚えているが、誰一人として思い出したくない。

 ただ、毎日必死だった。

 新しい体術を覚えることに。

 新しい人を殺すための罠を覚えることに。

 新しい武器の使い方を覚えることに。

 その時に友達ができる。生き残れたことを喜び合える友達ができる。だが、その友達が殺されてどこかへと運び込まれる。今まで以上に努力をする。

 友達ができる。

 その友達が死ぬ。

 また友達ができる。

 そして友達が死ぬ。

 また友達が出来てしまう。

 でも友達が死ぬ。

 友達にならなくても死に続ける。

 そして今日までに生き残れたのは、理人と優姫の二人まで絞り込まれた。

 そして見慣れてしまった競技場に着くと、優姫と引き離され自分以外に見知っている他の人間たちがいなくなっていた。

 つい昨日まで怒鳴り散らしていた教官と名乗る中年の男が、とても、それはとても嬉しそうにこんなことを言いながら、こちらへとやって来た。


「これまで私の教育通りによく、ここまで勝ち残った。最後に青組の天夜優姫を確実に息の根を止めれば、お前は輝かしい戦争史に名を刻める偉人になれるだろう」


 偉人――なんていう言葉を使ってきた。

 八歳のころからずっとそのふざけた教義について勉強させられた。自分たち【神の瞳】という組織は冷戦時代から世界中で戦争を引き起こして、世界を次の段階(ステージ)へと変革させてきた神の使者たちなのだと。

 教官の態度も、ここから異様なほど誇らしげになり始めた。

 目の前の教官はこちら側(赤組)が勝てば、自分は【神の瞳】の中で何段階も上の地位に就くことができる、と。

 聞いていないことまで、ベラベラとおよそ二十分ほど喋っていく。

 理人はそれに、こんな男のためだけに日々殺し合いを続けてきたのか、と思った。

 だから、この男に対して人生最後の笑みを向けながら質問する。


「……それは、教官にとって一番良いことなんだよね?」

「ああ、そうだ」

「もし負けたら教官はどうなるの?」

「上役の要望に答えることも出来ない役立たずは、その場で殺されるだろう……」

「わかった、じゃあすぐに勝ってきてあげる」


 そんなことを言っておく。最初は反発しようとしていたが、意味がないことを知り、自分にとって大事な感情を一つだけ持つことだけ決めた。そうすることで競争させられていることを深く考えないでいられるから、この男にも感情がない作った笑顔を向けることができる。

 教官はこの作られた笑顔に満足そうに頷きながらこう言った。


「もうすぐで最後の競技が始まる。否、お前にとっても素晴らしい思い出の一つになるだろう」

「…………」

「なぜなら戦場に出て活躍すれば、複数の若く綺麗で、従順な雌たちと交配し、我々【神の瞳】に優秀な遺伝子を持った子供を大量に生み出せるのだから。……それさえも頑張れば幹部の席を上役たちが用意して下されるであろう」


 そう言って、教官は下がった。

 理人は誰もいない競技場に、一人だけ残された。

 ここで、優姫と殺し合うのだという。

 ずっと殺し合いをしてきたこの競技場で、親友と殺し合うのだという。

 それを聞いて、やっと実感がわいてきた。


「…………」


 自分は生き残れたんだ、と。

 永遠に終わりがない競争が続くと思っていたが、ついに生き残ったんだ、と。







『さて、どうやって優姫に気付かれないように殺されようか……?』

 そう思案している内に、少し離れた競技場の入り口に一人の少女が現れる。これから自分が殺されにいく相手、優姫だ。

 同時に、頭の片隅にほんの少しだけこんな考えが浮かんでくる。

 自分が今より強くて、ここの大人より強かったらどうなっていただろう?

 誰も死なないでいられただろうか?

 それとも今日まで生きていられなかっただろうか?


「…………」


 優姫が近づいてくる。

 彼女の姿は、先ほどとはまるっきり違っていた。

 艶やかにきらめく肩にまで届く橙色の髪に、透き通るような白い肌と同じ色のワンピースはところどころが“赤く染まり”、意志の強そうな凛とした瞳をしていた。

 冷たくて、怖さも含んでいるが、とても優しい声が響いた。


「今からこの病気じみた地下施設から脱出しようか、理人」


 そう彼女は、心の奥底から作っているとは思えない、笑顔を見せながら言った。

 この世界に連れて来られる前に見せた、あの頃の顔ように。


「……は?」


 彼女――天夜優姫が言った言葉の意味、そして身体中には複数の大人を殺したと思われる返り血をつけた姿。頭の中で処理しきれず、そんな情けない一言を理人は発した。

 だが、そこから考えをまとめ推測していく。


「…………」


 言葉は発しない。不必要な言葉は、いらない。優姫はこの地下施設から脱出しようと言った。だがそうなれば、ここにいる大人たちが自分たちを処分するために動くだろう。

それは昨日までに、使えないと判断されてしまったアイツらのように、なるのは目に見えていた。

 しかし、優姫はその考えを見透かしているかのように続けた。


「ふふ、安心して理人。今日、この時間に、大人たちが全員死ねるように即効性のある猛毒“アコニチン”を気付かれずに注入しておいたから、もう逃げられるんだよ?」


 それに、理人が答える。


「……そんなことは、できないだろう?」


 すると優姫が少しだけ微笑んで話し出す。


「じゃあ、競技の時間が過ぎても私たちが殺し合わないのに、何の反応も起きないのは何でだと思う?」


 その言葉を聞いて、彼女がどれほどの命を賭けた危険なことをしてきたのか理人は理解し、優姫と一緒に地上へと脱出を開始した。




 それが起こったのは実に唐突なことであった。

 けたましく鳴り響く警報音。日頃建物そのものが死んでしまったかのように静まり返ったこの場所においては到底ありえないような騒々しさ。


「検体七号、地下二階を突破!」

「警備員共はどうしているんだ。このような非常事態の為に雇い入れたようなものだというのに……!」


 そんな騒がしい中、たくさんのモニターを構える、部屋というよりは広間というほうが正しいくらいの広さの場所にその一人の白衣を纏った長身の男性がいた。

 周りであわただしくしている者たちに比べればいくらも冷静なものの、それでも彼は焦っていた。

 もしも地下を突破されたら?

 もしも防護システムを物ともしなかったら?

 もしもこの管制塔に辿りつかれたら?

 そこにあるのは――死。


「それが……他警備員、AからC班の二十名が一斉に検体七号に攻撃を仕掛けたものの、返り討ちにあった模様です」

「そんな馬鹿なことがあるか……! 殺戮性能が高い子供とはいえ我々が選んだ警備員相手に、勝負になり得る訳がないはずだぞ……!」


 歴代最強の少年兵量産化計画――しかしながらその目論見も今ここに潰えようとしている。それも実験材料によって――いや、これほどの殺戮劇を演じる兵器と化した今、それは有能な兵士と呼ぶほうがふさわしいのかもしれないが。

 と、モニターに件の子供が映る。対するは、俗に言うガトリングガンを装備している警備員、総弾数は八百発を超えてコンクリート程度なら貫通できるモノだったか。

 しかし検体七号――天夜優姫は自分に降りかかる雨のような銃弾などないかのように、相手へと飛び掛り、相手の頭めがけてその腕を振り下ろす。

 振り下ろした腕は、それこそ豆腐でも潰すかのように相手の頭蓋を砕く。

 砕かれた頭部からは鮮血のみならず、人としてもっと大事な部位もが弾け散り飛んだ。

そして蓋のなくなった首からは足掻くように続いている胸の鼓動に合わせて動脈血が噴き出すが、やがてそれも迫り来る死に従い勢いをなくし、警備員だったモノはその場に崩れ落ちた。


「信じられん……。ガトリングを持った警備員がいとも簡単に殺られた……?」

「検体七号、地下一階へ到達。どうしますか!」

「全部だ! 全警備員と合成獣(キメラ)を奴にぶつけろ! ありったけの戦力をだ!」


 もはや自暴自棄ともいえる選択であった。仮にそれでこの事態を収拾したにせよ、大量の合成獣(キメラ)を同時に開放すれば、それが次なる被害となるのだから。

 ただそれもあくまで、仮に、の話である。

 もうこの場にいる誰もが悟っていた。

 ――アレは止まらない。止まるのはきっと我々が、全員死んだ時だけだ。

 だから、向かっていった他の警備員が瞬時に全て歪な肉塊と化し、その中身をばら撒くことになったとしても、それはただの予定調和でしかない。


「検体七号、地上入り口到達へ。……緊急プログラム最終項目、実行します」


 と、男がある一つのボタンを押した。

 モニターに映るのは、地下の廊下に次々と防護壁が下ろされていく様子。地上部分、地下への入り口に設置されたカメラには、厚い扉が閉じ、地上と地下が完全に遮断される様が。

 この実験施設地下はシェルター並みの強度を誇っている。それは実験材料に容易に破壊されないようにという意味も含まれているがもうひとつ、重要な目的がある。

 緊急プログラム、最終項目。

 それは文字通り最終。地下の爆破である。

 緊急時、事態の収拾、ならびに証拠を隠滅するために全てを焼き払ってしまおうというものである。

 と、大きな振動とともに、多くのモニターが砂嵐を映すようになった。爆破が実行されたのである。

 沈黙。

 しかし――誰もが予想はしていた。

 静寂の中、唯一無事なモニター、地下入り口の映像に変化が起こる。

 地上と地下をつなぐ扉が、地上のほうへと向かい倒れる。

 爆破自体が成功した証拠として、扉が倒れるのと同時に中からは黒煙が立ち込める。見れば鉄の扉も内側は黒く変色している。

 そして、

 予想を裏切らず、中から、検体七号は、それまでモニターに映っていたのと余り代わり映えもせずまったく同じ様子、何事もなかったかのように足取り軽く地上へと躍り出てきた。


「検体七号……無傷です……。もうじき、この管制塔に到着するものと思われます」

「……そんなバカな事があるか」


 ついに来た、終わりが。

 誰もが諦め、絶望し、発狂した。口から血を吐く者もいれば、呆然として動かない者も出た。

 混沌とする場。

 しかしながら、それも先からモニターに映っている惨劇を目の当たりにしているとなれば、仕方のない事ではあった。

 だが中には、


「にげ、逃げろおおぉぉぉ」


 発狂こそせよ、この状況下にあって未だ自分の生を諦めていないものもいた。

 狂った動きと口から血を吐く、人間としておかしくなっているように見える。

 急いでいるのだろうかその実足がもつれ、今にも転びそうな動きで部屋の出口へと向かう男。自動ドアが開く。

 と、それと同時に、男の上半身が宙に舞った。

 鈍い音が二つ。下半身が崩れる音と、宙の上半身が床に落ちる音。そしてそれを成したモノは、男の上半身からはみ出た中身を踏みつけ、蹴散らし検体六号と呼ばれた少年、理人は部屋の中へと進む。

 蹴散らされた、ピクピクと動く桃色の肉塊が別の男の眼前へと着地した。

 ひっ、と悲鳴のような声を上げた瞬間、その男は縦に裁断され、自身が嫌悪したものと同じものを、自身の中から曝すこととなった。

 それを見て、さすがに誰もが諦め、動きを止めた。

 その後のことで特筆すべきことはない。ただ、今までと同じことが起きただけ。

 殺戮が繰り返されただけ。醜い肉塊が増えただけ。部屋が紅く染まっただけ――。

 こうして灰宮理人と天夜優姫は、この施設から脱出した。


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