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「お母さん…」


菜美のその一言で彼女の周囲が一斉に引いた。


国王は腰を抜かしながらも菜美の側から這いずり逃れ、ローブの老人もいつの間にか離れた場所にいる。


しかし、直様菜美は疑問を浮かべた。この人は本当に母なのだろうか。

今から三者面談に行きますといった格好の目の前にいる女性はこの場を圧倒するだけのオーラを持っている。


姿形こそ母そのものだが、内面から発するものが違いすぎる。

こんな人が授業参観に現れようものなら、生徒のみならず、教室中の注目を集める事請け合いだ。

むしろ、無視する事すら困難だ。


「な、何故貴様がここにいる!!」


国王が金切り声で女を指さし叫んだ。


「『何故』? アナタがそれを言う?」


女は国王を一睨みで黙らせ、足元に転がっていた王冠を何気ない仕草で拾い上げ、玉座にどかり、と腰を下ろすとすらりとした脚を組み、肘掛に肘を置き、形の良い顎を載せる。


全ての動作が様になり、その一挙手一投足に惹きつけられる。


「私の娘を返してもらいに来たのだけれど」


その一言でやはり母であったと認識する。


国王の怯えを含んだ視線が菜美の居る辺りを彷徨う。


「朝起きて、声かけても返事がないから、もう学校に行ったのかと思ったら、学校から電話がかかって来るじゃない。おかしいと思って娘の部屋に入ったら、娘の代わりに懐かしい魔力痕がはっきり残ってた。どういう事かしら?」


国王はぐぬぬ…と呻く。


「動くな!」


その瞬間、菜美の顎にゴツゴツした何かが押し当てられる。

見れば老人の持っている杖だった。


母は焦る様子もなく、こちらを見やった。視線は老人を捉えているにも拘らず、背筋に震えが走った。


「久しいな、厄災の勇者」


菜美の思考が止まった。


「ゆう…しゃ…?」


娘の声に眉間に皺が寄る。


初めて見る母のこの上ない不機嫌に全身が泡立った。


母は父が娘に語る夢物語を苦い表情で聞いていた。思い返せば母は「勇者」や「魔王」といった、テンプレ的単語にこの上ない拒絶反応を起こしていなかったか。


菜美の喉がコクリ、と上下した。


「久しぶりねぇ、おじいちゃん。お孫さんは元気かしら?」


老人はあからさまに顔を歪めた。


「貴様に誑かされたせいで仕事を全部放り出して世界中を彷徨っておるわ、この魔女め!!」


「随分人聞きの悪い」


カツリ…


すぐ背後に先程とはまた違った靴音…よりもその声に、菜美と老人はこれでもかというくらい目を剥いた。


「貴様は…」


「勝手に熱を上げたのはあちらだろ?」


ぼしゅっ


一瞬の熱と共に顎下のゴツゴツが消えた。菜美はその男を見上げた。


「お母さんに心配かけるのも、今度から禁止しようか」


ぽふり


頭に大きな手が載せられ、じわり、と目頭が熱くなる。


「魔王…、何故…」


その老人の一言で出かけた涙が引っ込んだ。


「まおう…?」


見上げた先には相変わらずキラキラしい父の姿。


「何故貴方がここにいる!?」


「何故も何も、珍しく積極的な彼女に引っ張り込まれた部屋で懐かしい匂いがするじゃないか。

あれだけ分かりやすい痕が残ってたから模写(トレース)するのは簡単だったよ」


「あちらの世界には魔法は存在しない筈!」


「魔法は確かに存在しない。でも、魔法の素になるものは意外と溢れててね、ご丁寧にもサンプルを残してくれてたものだから、僕はてっきり暗に『こちら』に呼ばれたものかと思ったんだけど、違うのかい?」


「そんな事が…」


「あるわけないよね?」


すっと男の青い瞳が眇められる。


「『勇者を元の世界に返還し、二度とこの地を踏ませない事と引き換えに、二度と『あちら』から人は喚ばない』そう僕達(・・)と約束したよね」


老人の顔が青を通り越して白くなる。


「約束を破ったのは君たちだ。今更僕が勇者(かのじょ)をこの地に招いたところで文句を言われる筋合いはないよ」


「さて」


母の一声で視線が玉座に集中する。


「娘は無事だったし、今だったら大目に見てあげるけど、どうする、王様?」


「ま、待ってくれ!キリシマ…ゆ、勇者殿!!」


玉座の母の一睨みで国王は慌てて言い直した。


「こ、此度の魔王は歴代最恐にして最悪の魔王と言われておる!人族のみならず、この世の存亡がかかっている!どうか、此度だけは!!」


国王は体裁もかなぐり捨て、玉座の前で土下座した。


それを見つめる菜美の顔の横に影が差す。


「アレね、母さんが若い頃に日本人の正しい謝罪方法だって1500年物の王冠踏み壊しながら教えたんだよ」


耳元で囁かれる声はひどく楽しげだった。


「王冠って、踏み壊せるものだっけ…?」


呆然と極々常識的な疑問が口をついた。


聞きたいのはそんな事ではないが、他に妥当な質問が思い浮かばなかった。


先代魔王様はにっこり笑った。


「人間でできるのは彼女くらいかな?ほら、「こちら」の人間は身分とか、歴史とか価値とか色々面倒なしがらみに縛られてるから」


「こちら」にしがらみのない母だからこそできる暴挙だと父はからりとのたまった。


違う。聞きたいのはそうではない。


王冠と言えば、純金にでかい宝石散りばめたイメージだ。

丁度、母が猫の頭を撫でるかのように撫でている王冠のように。

今、あそこに王冠があると言う事は、父のいつもの法螺噺(ほらばなし)か、それとも式典用に奥に大事にしまわれているものだろうか。

あそこまで絵に書いたような王様なら、その1500年物の王冠もそんな感じではないだろうか。


そもそも、あの母の細い脚でどうやって踏み壊すと言うのだろうか。


その話が本当なら、是非詳細を問いたい。

主に今後の自分の身の振り方の為にも。

が、その真偽を知る時は意外にも早く訪れた。


母は女王然と目の前で額を地に付ける国王を無感動に見下ろしていた。

その目が広間全体を睥睨する。


「あんた達」


母の一言にその場の全員の血の気が更に引いた。


「国王がこうまでしてるのに、あんた達は高みの見物?良いご身分ね」


一番良いご身分なのは母だろうに、そんなツッコミが誰かの口から出る代わりに国王を始めとしたこちらの人々の口から絞り出すような悲鳴が上がった。


母の手の下にあった王冠が、アルミ缶のような気軽さでひしゃげたのだ。


それを見た魔王と菜美を除く広間の人間全てが地に身を伏せた。


「ほらね」と目配せする父の隣で、「コツさえ掴めば力はいらないの」と気軽に素手で空き缶を圧縮していた母の姿を菜美は思い出していた。

きっと、母にとってはコツすら必要なかったのではあるまいか。


「たった一人に全部押し付けて、自分達は守られて当然ってのはもはや民族性なのだろうね」


父は周囲を見渡して明るく言い放った。


「で、君はどうするんだい?」


くるり、と身を翻し、玉座にある、かつての勇者を振り仰いだ。


「そうね…」


うんざりした表情で広間を見渡していた母の目が娘にぴた、と定まった。


「菜美」


「は、はひ!!」


咄嗟の事に声が裏返る。


「最近、あんた、自分の影が薄いのいい事に、時々授業サボってるらしいわね」


ぎくり


菜美は固まった。


今迄だったら「それがどうした」と開き直って自分の部屋か友達の家にでも駆け込んでしまう事もできただろう。しつこく食い下がる母と頑なな菜美の仲裁はいつも父の役目だった。


そう、今までは。全ては過去形だ。



菜美を見下ろしているのは日本という平和な国で生きていく為に被っていた猫の皮を脱ぎ捨てた虎だった。


異世界の王さえひれ伏させる虎相手に温室育ちの猫が勝てる筈もない。


「シロの世話もあんたがやる約束だったわよね」


シロとは、母にはひたすら従順で、父には一切近づかず、ドライフードをやった日には激怒して吠え立てる、我が家の暴君たるお犬様だ。


確かに世話はシロの美しい毛並みに触れたいが為に申し出た。

しかし、誇り(プライド)高き我が家の雑種は拾い主たる母以外の人間には一切己を触らせようとしなかった。


最初こそ張り切ったものの、一向に懐かないその様子に嫌気がさし、最近では散歩に連れ出さずとも変わらぬ意固地な犬の態度をいい事に、エサやり以外は適当に誤魔化していた。


目の前の笑顔は非常に怖かった。


隣を見上げれば、事態をことの外楽しげに見守る父の姿。


「お父さんに助けを求めたって無駄よ。あんたの空気なんて読まないんだから」


その言葉に広間の人間全てが目を剥いた。

だが、口を開く者は誰もいない。其処彼処(そこかしこ)で何かをひたすら飲み込もうとするうめき声が聞こえた。












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