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人暦3103年

 その日、ある遊民の集落は深い悲しみに包まれていた。

 それはその集団の守護者とも慕われていた老婆が臨終の床に就こうとしていたからだ。その老婆は皆から"黒鱗のお婆"と呼ばれていた……そう、"彼女"のことである。


 老病に蝕まれ、床に就く"彼女"の周囲には、その世話をする女性達や心配する長老や子供達……それに各地に散っていた者達の幾人かもこの集落に帰って来ていた。

「「……お婆様……」」

「「……"黒鱗のお婆"様……」」

「「……お婆様、しっかりして……!」」

 老い衰えた"彼女"は、自らを気遣う人々に慈しみを浮かべた瞳で見回す。

「……あぁ……なんて、妾は幸せ者なのだろう…………これだけの者達に囲まれて、看取られることが叶うなんて……」

「……お婆様!」

「……その様なこと……」

 "彼女"の言葉に、その場にいる者の幾人かが息を呑み、続かぬ言葉を漏らす。悲壮な彼等に対して、"彼女"は穏やかな微笑みを投げかける。堪らず、すすり泣く声があちこちで上がった。


 悲嘆にくれるその幕屋に、不意に顔を覗かせる者が現れた。その者とは、集落に住む若者であった。その彼が慌てた様子で駆け込んで来たことに、幕屋で悲嘆に暮れていた人々は、声に出さず非難の色を瞳に宿していた。そして、長老の一人が少し険のある声で若者に問いを投げた。

「……何事じゃ、騒々しい……」

 ジロリと睨み返す長老の視線に、若者は少し怯えを見せつつも、何とか返事の言葉を紡ぎ出した。

「じ……実は……"黒鱗のお婆"にお客さんが…………」

「…………客じゃと……誰じゃ……?」

「……それは…………」

 そう誰何した長老へと返って来た人物の名は、その場にいる一同を驚かせた。その名は、彼等の多くが知る有名な人物ではあったが、遊民である彼等との接点がある人物とは思われなかったからだ。


 そして少しばかり混乱の後、件の人物は"彼女"が休む幕屋の中へと通された。

 幕屋に通され、"彼女"の傍らに座した人物は、銀髪・銀眼・白皙の青年の姿をしていた。しかし、光を失い始めた"彼女"の淀んだ瞳には、彼の全身が黒紫の霊光に包まれている様に見て取れた。

「…………貴方様は……?」

 "彼女"の問いかけに、彼はまず、自分の本名を名乗った。そして、更に言葉を続けた。

「……人は、私を"神銀の機神"等と言う異名で呼びます。ですが、違う名乗りをした方が良いかも知れませんね……私は、黒竜王より"始まりの機身の伯爵"の号を賜った者です。」

「…………"始まりの機身の伯爵"……"始機伯"……公竜格の竜戦士殿……!?」

「……公竜格と言っても、名ばかりの者です……」

 彼の名乗りを聞き、驚きを隠せず大きく瞳を見開く。そんな"彼女"を彼は穏やかに見詰め返して、言葉を続けた。

「私は、貴女に託けを届けに来たのです……黒竜王陛下よりの託けを……」

「…………え……?」

 "彼女"のかぼそき驚きの声に、彼は穏やかな微笑と頷きを返して、言葉を紡いだ。

「……貴女に科せられた"暴竜"の号を除く……との事です。」

 彼が紡ぎ出したその言葉に、"彼女"の眼は大きく見開かれた。そして、"彼女"は彼に擦れるその声で問い返す。

「……妾は……妾は……赦されたのですか……?」

 "彼女"の問いに、彼は無言で頷きを返した。その頷きを無言で見詰める"彼女"の瞳に、一筋の涙が浮かぶ……


 その涙の最後の滴が幕屋に落ちた時……"彼女"は、天上を渡る星辰の一粒となった。

 その涙が流れる間に見た"彼女"の夢は、果たして一体如何なる物であったであろうか……?



 今回にて外伝第二作“老婆の見る夢”は終了となります。

 よろしければ、ご意見・ご感想等々ありましたら、頂けますと幸いです。

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