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人暦2171年

 "彼女"達は地下回廊を疾走していた。

 そこは人間の……アティス王国と称する人々の創り出した地下施設である。その場所の名はフィルネック工廠……アティス王国第四都市フォーサイトに所属する魔法機械を生産する工廠群の一つであった。しかし、そんなことは、今この回廊を疾走する"彼女"達の中で知る者は一人としていなかった。そして、それを知ろうと言う気も更々なかった。

 何故なら、"彼女"達にとって、そこは忌まわしく破壊すべき場所でしかなかったからだ。


 疾走する数十人に及ぶ竜人族の集団にあって、その先頭を駆けるのが"彼女"であった。

 "彼女"は、自らの同族であり、部下でもある黒鱗の竜人の他に、赤鱗・白鱗の竜人十数名ずつを率いて、この地下を疾駆していた。

 黒鱗の竜率いる亜竜の群れが、この施設の地上部を完膚なきまでに粉砕した後で、この施設に地下部分があることに気付いたのは"彼女"だった。"彼女"は、周囲にいた幾人かの竜人達に声をかけ、地下の施設を破壊すべく足を踏み入れたのだった。


 その時"彼女"は、これら人間の王国の破壊に何の躊躇いも持ってはいなかった。それは、当然のことと言えたのかも知れない。

 この世界の均衡を保っているのは、六柱ある竜王である。竜王とその眷族たる公竜は、世界に魔力・精霊力を送り込み、その力の揺らぎを安定させているのだ。

 だが、ユロシア帝国やその属領であるアティス・チュルク両王国は、そんな竜王の働きに頓着することなく、魔力を浪費し続けていた。その激しい魔力の均衡の狂いを修正する為に、竜王は苦悶の呻きを漏らして力を尽くしていた。"彼女"は、自らが仕える黒竜王のその様な姿を目にして、自らの手で如何ともし難い事実に忸怩たる思いでいたのだった。

 だからこそ、天上にある二大神竜よりの"大災害"の執行の命が下った時、"彼女"は率先して西方大陸のアティス王国への侵攻を行っていた。


 地下の回廊を疾走していた"彼女"は、不意にその疾走を止めた。

「……どうなされた?」

「……優影士!?」

 足を止めた"彼女"に、後に続いていた者達は、怪訝に思いながらも足を止めた。訝しむ一同の中で、唯一"彼女"は回廊の先――その闇の向こうを知覚していたのだ。

「……来るぞ!」

「「「……!!」」」

 "彼女"の一言に一同は全てを察した。一同はそれぞれに爪や牙を剥き出し身構え、或いは竜王の力を振るわんと集中を始める。

 "彼女"達の準備が整わんとする頃には、一同の目にも迫る者共の姿がはっきりと窺えた。それは幾体もの人や獣・・・いや、幾十体もの魔法機械人形達であった。その人形達の先頭には、巨大な戦斧を構え、赤黒く重厚な装甲に身を包んだ巨漢が立っていた。巨漢の魔法人形は、相対する"彼女"達に向けて言い放つ。

「我はフォーサイト守備隊所属、ヴェゲル=ガリフト上級佐士である。其方等をここより先に一歩として通す訳には行かぬ。」

 その声に答えるように、その巨漢に従っていた幾体もの鋼人形や鋼の獣が彼の前に出る。その人形の手には剣や斧が握られ、鋼の獣達は牙や爪を剥き出しに唸りを上げる。

「人形如きが、戯言を……ウォォォ!!」

「……! 赤烈士!」

 "彼女"達の内でも一際大柄な赤鱗の戦士が、魔法機械人形の群れへと躍りかかった。その全身に炎を纏わせながら、灼熱の爪が鋼の人形に迫る。陣形を整えようとかけた"彼女"の声も虚しく、その動きによって戦端は開かれた。


 その激突は苛烈を極めた。鋼の獅子に指揮された鋼狼の群れが黒鱗の竜人の一体を屠る。だが次の瞬間、その狼を指揮していた獅子が白鱗の者のブレスで凍て付く。しかし、その白鱗の者も、ある鋼人形の槍によって胴を貫かれる。そして、その鋼人形も、灼熱と化した赤鱗の者の鉤爪によって、肩口から先の右腕をもぎ取られる。


 回廊は、竜人族の流す血と、魔法機械人形から漏れる薬液によって染め上げられて行く。戦いは両者の拮抗から徐々に魔法機械群の不利へと移り変わって行った。戦いの為の準備に怠り無かった竜人達に比べ、封印の眠りに付こうとしていたメタル・ビーイング達の動きは普段の精彩を欠いていると言わざるを得なかったからだ。


 徐々に劣勢になって行く中で呟かれた赤黒き鋼の巨漢の言葉を"彼女"は耳にしてしまった。

「……皆の為……あいつの為にも、この先に行かせる訳にはいかぬのだ!」

 既に赤烈士――最初に飛び出した赤鱗の竜戦士との戦いで、満身に傷を負い、金色の色合いを帯びた薬液を流しながら戦い続けるその巨漢の覚悟に、"彼女"は今まで相対した意思無き魔法機械と異なる何かを感じていた。


 しかし、そんな"彼女"の感慨を破るように事態に変化が生じた。彼女の傍らにいた白鱗の者達が、突如炎に包まれたのだ。

「「「…………!!」」」

「……ガリフト佐士!」

 噴き上がった不意の炎による一瞬の虚脱と沈黙の中で、それを破ったのは透き通った水晶の如き女性の声であった。

「……! ……キセカ……!?」

 その声に振り返った巨漢は、驚きの声を漏らしていた。回廊奥から駆けて来たのは、紫の装甲を持つ女性型の鋼人形に率いられた幾体もの機鳥であった。

 駆け寄る鋼の女性はその肩部や腰部に開いたスロットから、多数の結晶片が放出する。その結晶片は宙を浮遊し、幾つかの複雑な紋様を描き出す。それらは魔法の発動・強化の為の魔法陣を形作る。

 竜人達と鋼人形達が激突する場から、少し離れた所で立ち止まった鋼の女性は、周囲を結晶片によって描き出した魔法陣を展開した状態で、呪文を唱え始める。同時に彼女の背後に控えていた機鳥の半数も翼等に設置された共振晶に魔力を満たし始める。

 次の瞬間、彼女の周囲に展開されていた魔法陣より、火炎の渦と氷雪の嵐が吹き寄せる。そして、火炎は白鱗の者、氷雪は赤鱗の者へと襲いかかった。そして、それに呼応して機鳥より、魔法の光条や誘導飛槍が竜人達へと迫った。


 だが、迫る魔法を目にして、"彼女"は咄嗟に両手を虚空に掲げて、意識の集中を行う。次の刹那、"彼女"の両手の間に漆黒の闇球が生じる。

 魔法機械達が放った火炎の渦や氷雪の嵐、それに魔法の光条は、次々と"彼女"の闇球へ吸い込まれていく。

 "彼女"の力を目にし、驚きにか鋼の女性の動きが一瞬止まる。

「…………そんな……」

「怯むな! あの闇球も無限に魔法を吸収出来る訳ではない! 各員、フューレス尉士を中心に帝国式戦闘陣を組め!」

 赤黒き巨漢の叫びに、戦っていた者達も駆けつけた者達も揃い、魔法機械人形達は迅速に動いた。紫色の女性を幾体もの機鳥が取り囲み、その前面を戦士と機獣が固める。それは奥に控える女性や機鳥に魔法攻撃を放つ余裕を与える為の布陣であった。


 そして再び、熾烈な攻防が始まった。闇球を掲げる"彼女"を背にした竜人達と紫色の機女を背に守る魔法機械達……竜人達は魔法機械が布く陣の突破を試み、魔法機械の群れは"彼女"の掲げる闇球を消し去るまでの間を持ち堪えようと奮闘する。


 長く続くかに見えた戦いも決着の時を迎えた。

 そのきっかけは、"彼女"が掲げる闇球が数々の魔法攻撃に耐え切れず消滅したことだった。闇球が引き付けていた数々の魔法攻撃は、それを掲げていた"彼女"の元へ殺到していく。

「……チッ……!」 数多くの魔法攻撃により、"彼女"の右手は火炎に燃え上がり、左手は氷嵐に切り裂かれ、流れる血ごと凍り付く。そして、その身体に幾条もの光条が突き刺さる。それらの一撃に、"彼女"は膝を付いた。

「「……優影士……!!」」

「「……やったぞ……!!」」

 深手を負った"彼女"の姿に、黒鱗の者達は浮き足立ち、魔法機械人形達の間に歓声が上がる。黒鱗の者、魔法機械人形・・・両者の間に、異なる理由ながら一瞬の空白の時が流れたかに見えた。だが、その一瞬の空白の中で鋭い一撃を放った者がいた・・・赤鱗の竜戦士――"赤烈士"であった。

「……まだだ! ……人形どもが浮かれるには早いわァ……ッ!!!!」

 赤鱗の竜戦士が怒号とともに放った灼熱の炎爪は赤黒き巨漢の右肩を貫き、巨漢の右腕は燃え上がる赤鱗の炎に照らされて虚空で弧を描き、炎爪に炙られた傷口からは薬液が赤い蒸気と化して噴き上がる。

「…………グアァァァ……!!」

「「……ガリフト佐士!?」」

 一瞬の後に上がった巨漢の絶叫とともに、事態は一変した。赤鱗の竜戦士の一撃は、竜人族の皆を大いに奮い立たせ、隻腕となった巨漢に率いられた魔法機械人形達は、その動きに精彩を失い始めた。

 そして、赤鱗の竜戦士の炎爪が赤黒き巨漢の胴を貫いた時……魔法機械人形達の築いた防衛陣が突破された。その奥にいた機鳥や機人達は、勝利の余勢に乗る竜人族の敵ではなかった。それは、凄絶な戦いではなく……凄惨な虐殺であった。


 "彼女"は深手を受けたが故に、その虐殺に参加することなく、一歩離れた所からその様子を眺めることとなっていた。そんな"彼女"の瞳に、同胞の働きは余りに惨たらしい物に映った。抵抗する力を失った存在を、引き千切り……踏み砕き……そして、その残骸に罵倒を浴びせかける。その姿は、世界を正す為の尖兵である筈の者達の姿とは到底思えなかった。

 だからこそ、"彼女"は言葉を紡いだ。

「……そこまで、する必要はないでしょう……」

「「「…………!!!!」」」

 その言葉を耳にした者達は、一斉に"彼女"の方を振り返った。その瞳には、強烈な驚愕とそれ以上の凄まじい憤怒が浮かんでいた。

「……貴様! この人形どもの肩を持つと言うのかァァァ!!」

 振り返った"赤烈士"の叫びが、雄弁にその場にいる者達の心を表していた。そして次の刹那、赤鱗の竜戦士は"彼女"に躍りかかった。

「貴様のその態度! ……暴竜となるつもりか!!!!」

 "暴竜"――竜王に逆らう者達を示す言葉……その単語を耳にした有鱗の民達は、その瞳に浮かぶ憤怒が殺気へと移り変わった。

 彼等が"彼女"へと襲いかかるのに、僅かな時しかかかりはしなかった。


 次の瞬間には、魔法機械相手に行われた非道は、全て"彼女"へと一身に向けられることとなった。彼等は"彼女"を殴り付け、蹴り付けるに飽きたらず、"彼女"の頭にある角をへし折り、その背の翼を引き抜いた。殺気立つ同胞に驚愕し、角と翼を失った際の苦痛が全身を襲ったが故に、"彼女"は悲鳴を上げる。

 そして、"彼女"の四肢と命が喪われる寸前に、猛る竜人族達に向けての一喝が響き渡った。

「何をしているのです!!」

「「「…………!!」」」

 振り返った彼等の視界の先――彼等が入って来た方角に立つ人物の姿に、一同の動きが暫し停止する。そこに立つ人物・・・それは人間の女性に似た姿をしていた。その髪は漆黒の色合いで長く流れ、同じく漆黒の麗しき衣に身を包み、その頭には六対の漆黒の角が冠の如く彼女を飾っていた。そして何より、ただその場にいるだけで幾人もの竜人達の行動を制止させ得る圧倒的な威厳と存在感を有していた。

 その姿、その威厳……それは彼等にとって、見知った者の一つであった。その者とは即ち、"麗夕姫"――"麗しき夕闇の姫"の称号を有する黒鱗の公竜である。彼女の姿を目にした一同は動きを停止したまま、愕然と呆然が綯い交ぜになった様子で黒鱗の姫君の姿を凝視していた。そんな一同に向けて、"麗夕姫"は再度口を開く。

「何故、その様な無体な真似を行っているのですか!」


 暫しの時が流れた後、最初に動いたのは"赤烈士"の称号を持つ竜戦士であった。彼は押さえながらも隠しきれぬ憤怒の情を浮かべ、"麗夕姫"の元へと歩み寄る。

「……私は……私達は、この裏切り者に制裁を……」

 歩み寄りながらそう言い募る赤鱗の竜戦士を、冷ややかな目で黒鱗の姫君は見詰めていた。

 そして、彼の言葉を遮るように軽く腕を振るう。それは、薄紗か何かを払う様な、何気ない動きであった。だが、それに続いて起こった事態に一同は、驚きと恐怖に言葉を失った。

 何気なく振るわれた"麗夕姫"の手は、詰め寄る"赤烈士"の胸元に触れた。次の瞬間、巨躯の赤鱗の竜戦士は、目にも止まらぬ速さで真横の壁に張り付いていた……いや、叩き付けられていた。

「……ウ……ウグッ…………ウゥゥ……」

「「「…………」」」

 彼の叩き付けられた壁は、凄まじい衝撃にか放射状の亀裂が走り、苦悶の呻きを漏らす彼の胸元は、目に見えて窪んでいた。

 そんな赤鱗の竜戦士と他の有鱗の民を睥睨して、黒鱗の姫君は重く穏やかな声で宣言する。

「この地は、私が封印を施すことと決まりました。これ以上の破壊は必要ありません……それでもなお、不足と言うのなら、其方等を暴竜とみなします。」

 その一言は、彼等の心中に宿っていた危険な熱情を消し去るに、十分な響きを有していた。"彼女"を押さえていた者達は次々と"彼女"から身を引いて行く。

 その様子を横目に見た黒鱗の姫君は、肺腑を潰された赤鱗の竜戦士に目を落とし、彼等に言葉をかける。

「……早くこの者を地上に運びなさい。上にいる緑鱗の者達に見せれば、まだ間に合うでしょうから……」

 その言葉に、赤鱗の者達が彼等の将である竜戦士を抱え上げ、急ぎ上階へ向かう方へと駆けた。残る者達も、赤鱗の者達の後を追ってその場を後にした。そして、その場には黒鱗の姫君と"彼女"の二人……一柱と一人が残された。


 満身創痍の上、同胞によって角と翼をへし折られた"彼女"は、まともに身を起こすことも叶わず、自らが崇める存在の一柱を見上げる。その"彼女"の瞳には、悲嘆や惨めさと言った感情が入り混じった色を映していた。そんな"彼女"を、黒鱗の姫君は優しさを映した瞳で見詰め、穏やかな声で語りかけた。

「……あの者達の暴挙は止めましたが、貴女の負傷を癒す訳にはいきません。貴女を私の麾下から除き、手折られた貴女の生来の角と翼は封じます。」

「…………はい…………」

 "麗夕姫"の宣言を項垂れて"彼女"は聞いていた。それは自分が"暴竜"と化したと宣告されたも同然の内容と言えた。打ち沈む"彼女"に向け、黒鱗の姫君は更なる言葉を続けた。

「…………しかし、貴女の"優影士"の称号を剥奪したりはしません。有鱗の民の元から離れ、貴女の思うことをなしてみなさい。」

「…………」

 その言葉に、"彼女"は何も言葉を返すことが出来なかった。

 通常、暴竜と判じられた時点で、竜戦士の称号も剥奪され、公竜や竜戦士によって滅ばされる筈である。それが竜戦士の称号を剥奪もされず、滅ぼそうともしない。それは"彼女"にとって予想外の処分と言えた。

 しかし、有鱗の民――竜人族、そして神竜を崇め仕える全ての竜・亜竜――から追放された後に残るものなど……その時の"彼女"には何もないと思っていた。



 お気付きかも知れませんが……このお話は、外伝第一部第四章の直後に当たる出来事になります。

 この奥で、彼は眠りに就こうとしていたのでした……


 ※ サブタイトルの修正を行いました。(10/21)

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