そのよん
しつこいようだけど、確かに兄は凄い人だ。
周囲の勧めを振り切って、校区内の公立中学に入ると、ありとあらゆる記録を塗り替えた。
学年トップの成績は言うに及ばず、入部したバスケ部は慎兄と最強の…最凶ともいう…コンビで全国大会に進み、全国模試では100番台の後半の成績を3年間維持し、その上生徒会長までやってのけるという、何処の漫画の主人公だよ、と山ほどの突込みを入れたくなる存在に成長した。
まぁ、家では休日にパジャマで一日過ごすような性格ではあったけど、ね。基本不精。自分から動くことは余り無い。
それでよく生徒会長なんてやっているな、と思ったら、裏で上手く慎兄が糸を引いていたらしかった。流石親友。けれど、慎兄いわく、兄貴の操作術は私が一番長けているらしい。どこがだろう、と首を捻るがよく解らない。確かに若干、シスコン、ブラコン気味ではあるけれど。
それは兎も角。
有る程度覚悟していたとはいえ、入学早々なんですか、これは。
お約束のような体育館裏。自分の周囲は、主に3年生のおねぇさま…もとい、先輩方。
「ねぇ、本当に『これ』佐野先輩の妹なのぉ?少しも似ていないじゃない?」
いくら、後輩相手とはいえ、初対面の相手をいきなり「これ」呼ばわりですか。しかも、兄関係の頼みごとをしたいんですよね?
「でも、同じ小学校の出身者の子に聞いたから間違いないよ。『サノ トウコ』ってこの子だけだし」
お調べになったんですか。ご苦労様です…まぁ、誰も何も隠してはいませんですけど。
「まぁ、いいわ。ねぇ、アンタの家に行きたいんだけど」
うーん、魂胆は丸見え。しかし、この場合どうするべきか。「以前」のこの時代の私なら、首を縦に振っていただろうな。
まぁ、それ以前に兄貴が居なかったから、こんな風に声をかけられることはなかったけど。そして「こちら」に来る直前の私なら、即効断っているだろう。それは懇切丁寧に――慇懃無礼にともいう――。
「何黙っているのよ。行くわよ」
…ナニサマですか、貴女は。
「何か家に御用ですか?」
きょとん、とした顔で、先輩を見上げる。向こうの方が数センチ高いからね。
「御用…って、アンタ」
「先輩たちとは、今日はじめて会ったばかりなんですけど?家に何か御用ですか?」
にっこりと、天然ちゃん(この時代には、まだこの言葉は無いけどね)を気取ってみる。我ながら、似合わないなぁ。
「あんたに用があるわけないじゃない。アタシたちが会いたいのは匠先輩だもの」
正直ですねお嬢さん方。そして、それでこっちが頷くと思うんですね、うふふ。
「兄、ですか?でも、学校から帰ってくるの遅いですよ?」
有名人な兄は、あちこちで声をかけられているらしい。その為、まだ入学したばかりであるのに、家に帰ってくる時間は遅い。外面は良いからなぁ、兄ちゃん。最近色々見えてきたけど…本性、いや、敢えて語るまい、某テニス漫画は未だこの世に誕生していないが、閏年生まれのキャラクターが実在するとこんな感じ、っていうのを目の当たりにした時の私の衝撃はいかばかりであったことか、ってね。
「べ、別に先輩が帰っていなくても待っていればいいことだし」
この場合、どちらが天然なんだか。っていうか、見事なまでの自己中。こーいうのが後のモンスターピアレンツになるんだろうか…怖いなぁ。
「っていうか、いい加減案内しなさいよ!」
「あんたは黙ってアタシ達を家に連れて行けばいいのっ」
こうなると、当時…というか、未来が懐かしいね。この時代、携帯はおろかポケベルだって無い時代だ。兄貴に連絡して対処してもらおうにも術がない…本当に素晴らしいお兄様がいらっしゃると下の者は苦労するわね。
「母に電話してもいいですか?家には小さい弟もいますから」
「別に黙って連れて行けば良いでしょ!」
どん、と肩を押され背中が体育館の壁に当たる。対して痛くはなかったけど、盛大に顔をしかめれば少しひるんだ表情を見せた。しかし、すぐにふん、と鼻を鳴らす。
「ほら、さっさと連れて行かないから」
ほぅ、開き直り、というか相手に責任を擦り付けますか。あまり問題は起したくないっていうか、女の先輩たちを敵に回したくはなかったんだけどね。
学年章は3年。一年なんとかやり過ごせばいいことだし。
そう思って、断りの言葉を口にしようとしたときだった。
「ああ、佐野、ここにいたんだ」




