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そのさん

義母はとても出来た女性だと思う。

父との関係は決して幸せなものだったとは思えないが、あそこまで「立派」な兄を育て、今もなさぬ仲の私を他の兄弟と(生まれたのは弟だった)訳隔てなく育ててくれている。

義理の関係と言っても、悪いことは悪いときちんと言えるし、褒めるときは手放しで褒めてくれる。

実母は叱る事張っても褒めることが無かった人なので、彼女の姿勢は凄いと思った。






自分の性格形成を全て実母のせいにする気はないけれど、自分自身が一番嫌いだった、他人の顔色を窺うところは影響が強いと思ってしまう。

幼い頃から「出来て当たり前」の教育方針で、自分の思い通りにならなければ、叱る、叩くは当たり前。真っ暗な物置に閉じ込められる、夜中でも構わず外に追い出して鍵をかける。躾、というには余りにも厳しい態度で接しられてきたのだ。


いつだったか、連れ立て歩いているのを見た友人が「この間一緒だったの誰?」と訊かれて「母だ」と答えたら、酷く驚いた顔をされた事があった。彼女には「とても他人行儀な間柄」に見えたらしい。

あれも、母なりの愛情だったのだろう。しかし、そういった環境に育った私は、親に怒られないよう、嫌われないように気を使っていたように思う。勿論反抗期なんて無かった…反抗なんて考えるだけで怖かった。


母の「躾」を全て否定する気はないけれど、もう少し「愛されている」という実感が欲しかった。日常の会話に「お前が居たせいで離婚できなかった」といわれ続けたのだから、尚の事だ。






さて、過去の話はさておき、新たな家族の登場で訪れた変化は自分ばかりではなかった。


その際たる者が、幼馴染のお兄ちゃん。幼い頃から私を妹同然に可愛がってくれた彼は、突然現れた「兄」が同級生ということもあり、すぐに仲良くなった。

遊ぶとき、足手纏いであろう私を、決して仲間はずれにすることなく、揃って手を差し伸べてくれる二人の「兄」。



大丈夫。


込み上げてくる衝動を上手く誤魔化し、彼らを見て私は思う。

この二人なら…兄と一緒なら彼は「アレ」を乗り越えれる、と。



ある事がきっかけで心に闇を巣食わせた彼。一人静かに堕ちていきながらも、「妹」である私には常に優しかった幼馴染。

けれど、実母は彼との付き合いを、彼との関わりを禁じた。理由は彼が「堕ちた」から。俗に言う「不良」になってしまったから。その原因も経緯も知っていながら、実母は彼に背を向けたのだ。



そして、彼は命を落とした…バイクの事故で。


誰もが、当時の新聞ですら、あれは事故だと言っていたけれど。




私の中に、今も残るあの姿。

事故の前日、家の近くの橋の上で一人たたずみ夕日を見ていた彼。私に気が付いて、笑って手を振ろうとして、止めた彼。

知っていたのだ、自分と関わることで私が母に怒られる、という事を。

眼を逸らし、彼は再び夕日へと視線を移した。


今も残る後悔。あの時駆け寄って話しかけていれば。「おにいちゃん」と声をかけていれば、何かが変わったかもしれない、という思い。掛けた所で、事故に逢うのが運命で、彼は命を落としていたかも知れないけれど、それでも。




「桐子?」

黙り込んでしまった私に、兄――匠――が心配そうに声をかけた。

「なんでもなーい。あ、あのね、慎にぃ、わたしね来週からピアノ習うんだ」

「へぇ」

幼馴染――慎司という――が少し驚いた顔をした。

「母さんは早くピアノの感触に慣れた方がいいから、買った方が良いっていうんだけど、父さんはいつまで続くか解らないから、最初はオルガンで十分だ、って」

兄が苦笑交じりで言う。それが原因で、少しばかり夕べから両親が険悪になっていたりする。

「ピアノなら、家に姉ちゃんのがあるから、それ弾きに来ればいいじゃん?ふぅん、桐子がピアノかぁ」

似合わないなぁ、という彼の呟きは、兄に瞬殺された。




こうやって、いつまでも3人…弟もいずれ加わって4人で何時までも笑っていられればいい。そう願う。

ゆっくりと、少しずつ周囲が変わっていく。両親の離婚から始まって、兄の存在…ひょっとしたら、自分が知らなかっただけで兄は「むこう」にも存在したかもしれないけれど、こうやって逢って笑いあう事は無かったから。

その兄のおかげで、今の私がどれほど救われているか。庇護の対象とされていることで得られる安心感とそれに伴うある種の自信――と、いったら可笑しいけれど、そんな気持ちが私の中にあった。


要は「虎の威を借る狐」ってやつですね。もしくは、親ならぬ、兄の七光り。



まぁ、実際は虐めなんて起こらなかったのだけど。

兄の周囲にはいつでも人が集まっていた。しかも、学年でも中心的な存在の集まりだ。成績優秀、眉目秀麗、運動能力抜群。来た時代でいうチート能力は大半が本人の努力の賜物と知ってはいるけれど。出来た兄上は広げるだけ広げた翼の中に妹である私を入れて保護してくれる。

それに感謝をしながら、頭の片隅で、それをどう利用するかを考えて。培った経験を駆使しながら。

この夢とも現実とも区別のつかないこの世界で生きていこうと思う。



…我ながら性格悪いなぁ、うん。



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