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その終わり

角度を変えながら、ゆっくりと深くなっていくキス。


口腔をなぞられる感覚に。身体が粟立つ。

頭の隅で、何でこんなにキスが上手いんだ、とか。一応こっちでは初心者なんだ、とか考えている自分は、結構冷静なのか、実はパニクっているのか、とか。






離された唇の端を手で拭われたときには、いい加減息が上がっていた。

「なんて、スケベなキスをする」

開口一番の私の台詞に、脱力した古賀君の頭が胸へと降りてきた。

「だーかーら」

「お前、なあ」

顔を上げ、視線が合う。ふっと笑うその姿に一瞬身体を引くが、ここは車の中、しかもシートベルトを締めていたりする。

寄せられた首筋に軽い痛みを感じた。虫刺されで誤魔化せる時期など、とうに過ぎたというのに、この男は。



「桐子」

顔を首筋に埋めたまま古賀君が呼ぶ。息がくすぐったくて、軽く身を捩ると「そうか」と呟く声が聞こえた。

「ここが弱いか」

「何考えてるんじゃ、己はっ!」

「桐子、口が悪い」

「知らない仲じゃないでしょっ」

「そうだ、今更だ。だが」

シートベルトが外される感蝕に、ほっと息を吐く。



「単刀直入に言う。お前が欲しい」

「…ここで、コトに及ぶのは止めてね」


一応初めてなんだから、と続けると、再び脱力したように古賀君の頭が落ちてきた。多少身動きが取れるので、首筋だけは避けると「ち」と舌打ちの音が聞こえた…全く、こいつは。






「心配するな。お前を抱くときはシュチュエーションに拘ってやる」

そんなものに拘らなくていいです。って、いうか。

「本気?」

にやり、と笑って私の髪を一房掬い、口付ける。

「やめれ!マンガや小説やドラマじゃあるまいし、何考えてるのよ!」

思わず髪の毛を奪い返す。外見だけなら絵になるけど、百歩譲って、私が相手っていうのにも目を瞑るけど、でも、こいつは古賀 雅人だ。8年間、私は彼を見ている。知っている。


くくくっ、と喉を鳴らし、私の肩に顔を埋めて古賀君は笑う。本当に楽しそうに、嬉しそうに。




「キリ、だ。本物の桐子だ」

大学のテキストを後部座席に置いたことを、この時ほど後悔したことはありません。女遊びの末に変な病気でも伝染されたんじゃないかと失礼な事さえ考えてしまう。




「他の女は喜ぶのにな」

「ほう」

思わず目を細める。口角が自然と持ち上がるのを感じる。

「ワタクシを、そこらの女と同じとお考えになる、と」

顔は肩に隠れて見えないけれど、ぴくり、と背中が揺れるのは見逃さなかった。

「随分安い女に見られたようで」


どっかの誰かの妹で、どっかの誰かの友人で。随分と打たれ強くはなったけど、何でも受け入れるような広い心は持っていない。むしろ、狭いと自負している。



「そうだな」

肩の上で声が聞こえた。

「安いはずが無い。気が付くのに6年半掛かった」

顔を上げ、目を合わせる。あまり気にしないようにしていたけど、少し痩せた。馬鹿ばっかりやっているから、と苦笑が洩れる。

「6年半…ねぇ。随分と長いですこと」

「茶化すな。そうだ、6年半。中学に入って、どんな形でもいいから傍に置きたいと思った時点で気がつくべきだった」


軽く私の唇を啄ばむ。一体こいつは誰だろう、と頭の中で思う。硬派な古賀君は何処に行かれた。



「恋愛感情なんてないくせに」

「何をどうもって『恋愛感情』と名づける?お前に対する執着も、傍にいるのがお前でなくては駄目だという、俺の気持ちがそうじゃないと誰が言える?」

彼の言うことは正しい。自分の気持ちは自分にしか分からない。そして、自分ですら分からない。


そう、さっき感じた違和感。彼の近くに女性が居ても何も感じなかった自分の心。


感じたのは恐怖。彼に会うことで今の自分の生活が崩れていくのではないかと…この掌につかめたものが、泡となって消えていってしまうのではないかと、其れゆえの恐慌、其れゆえの涙。



気が付けば、自分の気持ちなんて、あっけないほど明白だ。

「そうね」

古賀君と知り合って、ずっと感じていた、自覚もしていた、彼への執着。『子離れ』と周囲に揶揄されたそれに、如何にかこうにか折り合いを付けた矢先なのに。



それでも。


「縛られるのも悪くはないわね」

「…ほう」

にやり、と笑う相手の考えを正確に読み取って、にっこり笑い返してやる。

「そんな趣味、ないから」

「つまらん」

本当に、コイツハダレデスカ?

未来なんて誰も読めない。今の私にだって、この先の自分が読めるわけが無い。出会った人も、付き合っている友人たちも「むこう」と「こちら」では違っているのだから。そして、分岐点ごとに選んだのも、責を負うのも自分。




「大事にしてね」

「無論。高い買い物だったからな」

こいつ、さっきのこと未だ根に持ってやがる。

そう思いながら、降りてきた唇を受け入れた。







数分後、息も絶え絶えに「このド助平が」と、叫んで自分の選択を後悔しまくったのは私です。




これにてひとまず終了です。

機会がありましたら、番外編などを加えたいと思いますが、とりあえず完結とさせていただきます。


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