そのに
不快な表現があると思います。ご了承ください。
小学生から中学生にかけて、私は苛められっこだった。
まぁ、今考えればこちらにも色々悪いところはあったんだけどね。
それでも、理不尽な苛めは多々あった。
だけれど、「現代」のような陰湿な苛めはなくて、苛めるものも居れば、それを庇う者も居た。
全ては過去、といっていいかどうかは謎だけど、過去の出来事なんだけどね。
小学生において上の兄弟というのは、有る意味絶対的な存在だ。しかもそれが、色々な意味で「出来た」相手なら尚の事。
義母と一緒にやってきた「兄」はそういう存在だった。
成績優秀、スポーツ万能。人当たりも良くて友人も多い。勿論、妹になった私にも優しい。義母が「ちゃんと面倒を見てあげてね」といえば、友達との約束を後回しにして私の面倒を見てくれる。
母子家庭で苦労している上に、義母から言い含められているんだろうな。だって、友達に遊ぶ約束を断っている兄の口が微かに歪んでいたのを私は知っている。
「お兄ちゃん」という存在に憧れてはいたけれど、実際上の立場というか、下を持つ者の言い分も知っていたから、流石に兄が気の毒になってきた。だからといって、ここで下手な遠慮をしては後々面倒なのも分かっているし。
何故兄が私の面倒を見なくてはいけないか、というと、ぶっちゃけ義母が妊娠して体調が思わしくないからだ。
「お兄ちゃん」
つんつん、と兄の服を引っ張り私は笑う。できるだけ年相応に見えるように努力しながら。
「桐子、図書室行きたいな」
え、と目を見開く兄に「駄目かな?」と、ちょっと拗ねてみる…自分でやっていて気持ち悪いけど。
通っている小学校の図書室は出身者の篤志家の存在も在って、一介の公立の小学校とは思えないほどの蔵書を誇っていた。その為、近くの人たちも利用したりするので結構遅くまで開放する、という当時では珍しいシステムをしていたのだ。
その蔵書量の為か、司書の資格を持った先生…というか、事務の人も在駐している。
近くに遊ぶ為の公園や広場なんて無い時代、子供たちはよく校庭で遊んでいた。勿論、今日兄を誘った彼らも例外ではない。
「ご本読んでいるから、帰るとき迎えに来てね」
らしくない、絶対に小学一年らしくない。けれど、小学四年生に、それが分かるわけが無い。いくら、成績が優秀であったとしても、色々気遣って…いや、他者を気遣うことがオプションなのだから、自分が気遣われるなんて、しかも小一の妹になんて思ってもいないだろう。
遊びたい盛りの男の子。なれない場所に引っ越して、ようやく環境にもなれ友達も出来たのだ、妹が行きたがっているのが
遊ぶ約束の場所ならば天秤はあっさり傾く。
「いい子にしているんだぞ。兄ちゃんが来るまで、誰かについて行っちゃだめだぞ」
頭をわしわしと撫でて、少し心配そうに…けど、嬉しそうに出て行った兄の後姿に思わず笑いが洩れた。
兄の存在のおかげで、苛められることもなく平穏に過ごしているのだ、少しくらい恩を返しておかねば、って思考がおばさんよね、と苦笑する。
「さて、と」
自分的には懐かしい、としか言いようの無い本を手にとって近くの椅子に座り、読んでいる振りをして思考の淵に沈みこむ。
(並列世界、か)
周囲を見回して、心の中でため息を吐く。
インターネットなど無い時代。テレビのニュースと新聞(周りに気が付かれないように)で調べた限り自分の「記憶」の中での大きな事件――あくまで歴史的観点で――大きな違いは無かった。ただ、この先…父と母が離婚したことにより自分自身の環境を変えたことで、世界的な規模は兎も角、自身の未来がどう変わるかはわからない。
『自分が実際生きてきた過去には干渉できない』
ふと、小説家の友人の声が蘇る。彼女の言うとおり、ここが自分がいた世界とは異なる次元の世界なら。あの時母を拒絶したことで新しくできた「次元」なら、何故この記憶をもったままの自分が居るのか。
「開き直った、というか、考え放棄したはずなのになぁ」
小さく呟いて本を閉じ棚へ戻す。はるか昔に読んだその本たちの内容は、当然変わることなく存在する。苛められるよりは
と、引きこもって本ばかり読んでいた。お気に入りでくり返し読んだ本は、今も内容が記憶に残っている。
そう、記憶。
自分の記憶を辿ってみれば、30代後半までは思い出せる。しかし、もう少し年を重ねていたはずだ。それは解っていても確かな記憶はそこで止まっている。
「一体何があったのやら」
ふと、目に留まった一冊の本。何かの拍子にお互い子供の頃に好きだった本の話になったとき、小説家の友人と二人揃って「異世界トリップ」の王道、と笑った絵本がそこにあった。
走るウサギを追いかけて、落ちた先の嗤うネコ、帽子屋、トランプの兵隊。
彼女とも又逢えるだろうか。
もし、縁があって、あの世界と同じような思考の彼女に出会ったら自分の身に起きたこの不可解な事件を話してみよう。
半信半疑ながらも面白がって、彼女は言うだろう。
「それ、ネタに使っても良い?」




